本書を読んだだけでは痩せませんが、ダイエットそれ自体の歴史以外にファッションや美の歴史も学ぶことができます。
引用元:Corset Thylda publié dans Les Modes en octobre 1908
『ダイエットの歴史 みえないコルセット』
海野 弘氏の著作には随分お世話になりました。
ココ・シャネルや世紀末芸術に関する本をたくさん出されています。
大学時代に骨董にハマり、こういうことを知りたいけれど、どのように調べたらいいか、勉強したらいいか全然わからないという中、この方の本が頼りでした。
自分の専門なら教授に相談して書籍を紹介して貰うことができましたが、こちらは全く専門外(^^;。
図書館や古本屋さんで海野 弘氏、春山行夫氏、山口遼氏の本を見つけては読み漁り、それがとっかかりとなり、千足伸行氏、高階秀爾氏、飯塚信雄氏、若桑みどり氏、前田正明氏…と読んで行きました。
美術館・骨董市に通うだけでなく宝石の専門学校にも通い、前述した中の方が教鞭を取っておられる大学まで聴講に行ったり、カルチャースクールで講演されると聞けば出掛けて行く日々を送りました。
未だ骨董屋になってはいませんが、海野 弘氏のお名前を目にする度あの頃の自分を思い出します。
- 海野 弘(著)
- 出版社 : 新書館
- 発売日 : 1998/8/5
- 単行本 : 257ページ
- ISBN-10 : 4403240453
- ISBN-13 : 978-4403240454
この本の目次
- 序章 ダイエットの神話
- Ⅰ 世紀末(第一次世界大戦まで)
- Ⅱ 新しい女とスリムな身体 一九二〇年代
- Ⅲ スレンダーとナチュラル 一九三〇~五〇年代
- Ⅳ 高度消費社会のダイエット 六〇、七〇年代
- Ⅴ ダイエット・カーニヴァル 八〇、九〇年代
- あとがき
気になるのは「美の基準の歴史」
過去に「美しい」とされていたものが、次第に美しくないものとされていきます。
豊満な体よりスリムな体に
かつて、巨匠ルーベンスが描いた女性の体は豊満。食べるに困らない、裕福な階級に所属しているんだなと思える「恰幅の良さ」でした。
個人的な好みもあり、印象派の巨匠ルノワールの美女はグラマラスで女性美に溢れ、薔薇のように美しいと思います。
食事情が昔に比べ格段に良くなった近代。
特にアメリカの食事は量も多く太りやすいものだったため、<ダイエット>が問題になってきます。
体重との戦いが始まり、1891年頃から公衆用の体重計、1913年頃から家庭用の体重計が登場しました。
19世紀末に「肥満はいけない」という考え方が一般化してきますが、それより以前には中産階級で肥満は問題になっていなかったそうです。
人々はそれほど太っていなかったということですが、豊かになった中産階級は食事情の改善によって食べ過ぎるようになり、肥満は悪と考えられるようになりました。
ここで面白いなと感じたのは、海野氏が仰る「世紀末のウィーン」の話です。
世紀末のウィーンで、装飾が悪とされたとの部分なのですが、
それで連想されるのは、世紀末のウィーンで、装飾が悪とされたことだ。アドルフ・ロースによって唱えられたこの説は、モダン・デザインの出発点となり、装飾をそぎ落とした、できるだけスリムなデザインが二十世紀の主流となった。まったく同じ頃、肥満も悪だとされたわけである。デザインとダイエットは並んで進んだことになる。
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. p.14.
なるほど(゚д゚)!
余計なものをそぎ落としたスリムなデザインとダイエットが同時期に進行していたとは!
「装飾は悪である」というのは建築家アドルフ・ロースの主張でした。
世紀末芸術大好きだった私には、世紀末のウィーンといえばグスタフ・クリムトです。
ロースは、クリムトを中心に結成されたウィーン分離派を批判しました。
引用元:アドルフ・ロース
引用元:『キス』
フランス女優サラ・ベルナール( Sarah Bernhardt, 1844年10月22日?-1923年3月26日)
『ハムレット』や『椿姫』などを演じたフランスの人気女優。
アール・ヌーヴォー芸術を代表する人気画家ミュシャが、サラの舞台のポスターを手掛けています。
引用元:『ジスモンダ』
引用元:サラ・ベルナール(1882年)
19世紀の女優は豊満な肉体美を誇っており、サラのようなほっそりとして凹凸の無いタイプは痩せっぽちととらえられていました。
しかし時代は豊満からスリムな美へと向かいます。
一九〇〇年にアメリカ巡演をしたサラは絶賛された。彼女は一八八〇年代から何度もアメリカに来ているが、この時ほど美しいといわれたことはなかった。彼女はこの時、五十六歳なのである。それ以前には醜いといわれたこともあった。
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. pp.22-23.
かつてアメリカで「醜い」とされたサラの体型は、20世紀に入る頃には「かっこいい」といわれるようになったのです。
引用元:サラ・ベルナール(1864年)
1900年代に入り、その美しさが認められた?サラの1860年代のポートレート。美しいですね。
アメリカのダンサー、イザドラ・ダンカン( Isadora Duncan, 1877年5月26日-1927年9月14日)
引用元:イザドラ・ダンカン
古代ギリシア文化に影響を受け、衣装も古代風。モダン・ダンスの先駆者です。
イザドラの母親はフェミニズム運動に関わっていました。
アメリカ近代のダイエット・ブームは、モラリッシュな様相を持つとともに、男性にも及んだが、やはりその中心は女性であった。二十世紀のダイエットがなぜ、特に女性の問題となったかは、この本全体のテーマともいえるのだが、十九世紀末から女性は社会に出て活動しようとする。つまり社会的に見える存在となり、スタイルが特に注目されたのであった。フェミニズムの歴史とダイエットの歴史は並行しているのである。フェミニズムの立場からすると、女性とダイエットの関係は両義的である。
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. p.21.
ダイエットは男性からの視線を意識してのものばかりではなく、女性が自立し、社会に出て行こうとするための表現であったかもしれない、と著者は仰います。
その一例に挙げられているのがイザドラ・ダンカン。
古代風の衣装を身に着けたイザドラが身体の線も露わに裸足で踊る姿は、人々に衝撃を与えました。
体重を減らし、身体を引き締めるための体操やダンスといったエクササイズはダイエットと大きな関係がありますが、
世紀末に女性がダンス、体操、スポーツをするようになったことは、この時期のダイエット運動の背景をなしている。
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. p.22.
フェミニズム、ダイエット、美の基準、ダンス…いろんなことが密接に関係しているんだなという感想を改めて抱きました。
本書を読むと、世紀末に美の基準が大きく変わったことがわかります。
食事制限の歴史、体重を気にする歴史などは、自己啓発本やビジネス書のように、今すぐ自分の生活に取り入れて活用するという使い方は難しいですが、物知りにはなれそうです(^^;。
こういう系のレポート・卒業論文を書く際には目を通しておくと、なにかしらの気付きやヒントを拾うことができるのではないでしょうか。
私には近代の服飾史としても楽しめました。
既製服と通信販売の歴史も「あ、ナルホドね」と思いましたね( ̄▽ ̄)。
コルセットの話
私は衣装や刺繍、意匠などにも興味があり、絵画の中に描かれたドレスやコルセットがあるとついガン見してしまいます(もちろん食べものも観ますw)。
引用元:1891年のコルセット CC-Zero
かつて女性たちは、窮屈なコルセットに自身を押し込め、窮屈な生活を送っているのだというイメージを持っていました。ある意味、貞操帯みたいな感じ?
多分映画とか小説による影響だと思います。
近代に入り、女性がコルセットから解放されたのは、とても喜ばしい事件と捉えていました。
本書でもコルセットについて触れられている箇所があります。
引用元:ジョルジュ・バルビエによるイラスト(1921年) CC-Zero
1920年代、アール・デコの時代。
1930年代に、20年代のすらりとした直線的なシルエットから、出るトコロは出て締まるトコロは締まっているという「女性らしい」スタイルが登場します。
引用元:ジーン・ハーロウ
二〇年代の、少年のようにほっそりして、直線的なシルエットに代って、三〇年代には、スレンダーではあるが、ウエストはきゅっとしまり、胸は女性らしい曲線を描いているというシルエットがあらわれた。〈ナチュラル〉とは、女性らしいということであり、いったんは解放されたはずの、女は女らしくといったモラルに回帰したのであった。
このような三〇年代の女性像は、二〇年代のフラッパーに対して、グラマーといわれ、成熟した大人の女の魅力が理想とされたのである。
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. p.149.
ナチュラルとは言うけれど、本書にもある通り、このナチュラルとは「自然」「自然のまんま」ではありませんでした。
女性らしいシルエットを保つためにダイエットや器具が必要になり、一旦は解放された筈のコルセットが女性の生活に戻ってきたのです。
昔のままのコルセットではなく、今度は新しい、「つけていないように見せる」コルセットが必要になりました。
女性はこっそりとコルセットを付けて、付けていないふりをしたのである。
マリアンヌ・セサンダーによると、一九三九年には次のような百貨店の広告が出たという。
「暑い夏の日には、ブラジャーをはずしたくなりますが、それは危険、とても危険です。ブラジャーによるやさしい支持を受けずに形のいいバストはめったにありません。夏のドレスは情容赦なく身体の欠点をむきだしにするでしょう。ガードルやコルセットも必要です。それをまったくつけずにかっこのいい女性はごく稀なのです。」
海野 弘(著). 1998-8-5.『ダイエットの歴史 みえないコルセット』. 新書館. p.150.
19世紀においてコルセットは、上流階級や少なくとも中流階級以上の女性がつけるものでした。
それが、この20世紀になってほとんどすべての女性たちが「ブラジャーやガードルやコルセットをつけなければなりません」と言われているのです(゚Д゚;)。
皮肉というか、なんだかおもしろいですね。
垂れる心配の無いサイズの私には関係ない…と思っていたら、そう、現代では詐欺レベルの大きさに見せるブラジャーも売られています。
あ、でもヒップはこれ以上大きくなられたら困る。何とか小さくならないか…いや、小さく可愛く見せることはできないものか…。
と、自分の理想体型に近付けるための補正下着の存在を有り難く思います。
決して無関係な話ではありません(-ω-)。
私にとっては、理想とされる体型の変遷、下着の進化の歴史としても興味深い本書ですが、食事や薬によるダイエット法の歴史に興味がある方にもお勧め致します。