『海から上がるヴィーナス』(シャセリオー作)

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    テオドール・シャセリオーが10代で描いた『海から上がるヴィーナス(Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine)』について。

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。

    目次

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 1838年

    シュリー翼940展示室Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine. , RF 2262

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    海から上がり、髪を絞る女性。

    足元の帆立貝が、この女性が愛と美の女神 ヴィーナスであることを示しています。

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』 テオドール・シャセリオー

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』 テオドール・シャセリオー

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    タイトル「Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine」の「Vénus anadyomène」は、「ウェヌス・アナデュオメネ」と読みます。

     様々な肢体の裸婦がヴィーナスの名のもとに描かれてきました。特に古代ギリシャの画家アペレス以来、好んで描かれたのが、「海から上がるヴィーナスウェヌス・アナデュオメネ」のモティーフで、波間から出てきた女神が、岸に上がる姿を描いたものです。

    平松 洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. 大和書房. p.22.

    古代から好まれ、繰り返し描かれた、陸に上がるヴィーナスの姿です。

    hanna and booksの記事

    『誘う絵』でヴィーナスのポーズについて学ぶ

    『海から上がるヴィーナス』リトグラフ

    『海から上がるヴィーナス』リトグラフ 1844年頃 大英博物館蔵
    『海から上がるヴィーナス』リトグラフ 1844年頃 大英博物館蔵

    引用元:『海から上がるヴィーナス』リトグラフ

    大英博物館蔵Venus Anadyomène

    大英博物館の解説欄「学芸員のコメント」から引用します。

    シャセリオが自身の絵画をもとに制作したリトグラフ。1839年のサロンに出品された。デルテイユによれば、数部が最初に「アフロジェネイア」というタイトルでブリによって発行され、その後「芸術家の思い出」(第369号)に「アナデュオメーヌのヴィーナス」というタイトルで掲載された(Google翻訳)

    大英博物館蔵Venus Anadyomène

    1839年、シャセリオーは、『海から上がるヴィーナス』(1838年)と『水浴のスザンナ』(1839年)をサロンに出品します。

    『海から上がるヴィーナス』は、『水浴のスザンナ』以上に好評を得ました。

    シャセリオーは1819年生まれですから、これらの作品を制作したとき彼はまだ18、19歳。

    天才の登場に、人々は驚嘆したといいます。

    批評家ゴーティエらの注目を集め、文豪バルザックに作品を購入できなかったことを悔やませたそうです。(参考:『ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 – 新古典主義からロマン主義へ 2005』)

    『水浴のスザンナ』( Suzanne au bain ) 1839年

    ドゥノン翼700展示室Suzanne au bain , RF 410

    『水浴のスザンナ』( Suzanne au bain ) 255 cm×196 cm 1839年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『水浴のスザンナ』( Suzanne au bain ) 255 × 196 cm 1839年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    引用元:『水浴のスザンナ』

    『水浴のスザンナ』は『旧約聖書』の「ダニエル書」から取られた物語です。

    神々しい裸体の背後に、人妻スザンナに迫る好色爺さんたちがいますね。

    本作は、シャセリオーの恋人だったアリス・オジーの手元にありましたが、本人より1884年に寄贈されています。

    テオドール・シャセリオーの恋人アリス『泉のほとりで眠るニンフ』

    アイエツのスザンナほか、ルーベンス、シャセリオーのスザンナも掲載

    テオドール・シャセリオー( Théodore Chassériau, 1819年9月20日 – 1856年10月8日)

    シュリー翼943展示室Portrait de l’artiste., RF 3788

    2026年3月15日展示されていません

    『テオドール・シャセリオー自画像』( Portrait de l'artiste ) 90cm×80cm 1835年 ルーヴル美術館蔵
    『テオドール・シャセリオー自画像』( Portrait de l’artiste ) 90 × 80 cm 1835年 ルーヴル美術館蔵

    引用元:テオドール・シャセリオー自画像

    海から上がり、髪を絞るヴィーナス

    「ヴィーナスの誕生」といえば、まずボッティチェッリの、この有名絵画を思い出します。

    胸と恥部を隠し、ホタテに載って、片足に重心をかけるこのポーズ。

    『ヴィーナスの誕生』 1485年頃 サンドロ・ボッティチェッリ

    『ヴィーナスの誕生』( Nascita di Venere ) 1485年頃 サンドロ・ボッティチェッリ ウフィツィ美術館蔵
    『ヴィーナスの誕生』( Nascita di Venere ) 1485年頃 サンドロ・ボッティチェッリ ウフィツィ美術館蔵

    引用元:『ヴィーナスの誕生』

    ウフィツィ美術館Nascita di Venere

    次はボッティチェリのヴィーナスから約40年後、巨匠ティツィアーノのヴィーナスです。

    画面いっぱいの迫力ボディ。ヴィーナスの上陸です。

    『海から上がるヴィーナス』 1520年頃 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

    『海から上がるヴィーナス』( Venus Rising from the Sea (‘Venus Anadyomene’)) 1520年頃 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ スコットランド国立美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』( Venus Rising from the Sea (‘Venus Anadyomene’)) 1520年頃 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ スコットランド国立美術館蔵

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    スコットランド国立美術館Venus Rising from the Sea (‘Venus Anadyomene’)

    スコットランド国立美術館の解説に、「ティツィアーノは、古典彫刻に触発されたポーズで、浅瀬を闊歩しながら髪を絞る女神を描いています。(Google翻訳)とあります。

    ポーズの「元ネタ」は古代彫刻で、シャセリオーの時代やルネサンス期にいきなり登場したわけではないということですね。

    下は、シャセリオーの師であるドミニク・アングルのヴィーナス像です。

    『海から上がるヴィーナス』 1807年 – 1848年 ドミニク・アングル

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus Anadyomène ) 1807年 - 1848年 ドミニク・アングル コンデ美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』( Vénus Anadyomène ) 1807年 – 1848年 ドミニク・アングル コンデ美術館蔵

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    『ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 – 新古典主義からロマン主義へ 2005』から引用させていただきます。

    「ヴィーナスの誕生」は、ボッティチェッリやティツィアーノなど、多くの巨匠が取り組んできた主題である。何よりも、シャセリオーの脳裏には師アングルによる同題の作品が焼きついていたに違いない。だが、ヴィーナスを画面一杯に扱ったティツィアーノやアングルとは異なり、シャセリオーは背景にも重要な役割を与えた。朝陽に輝く遠景の島影は、誕生の神秘を象徴する。今日伝えられている油彩のラフ・スケッチと比べたとき、画家が正方形に広げた画面の前景に岩塊を遠景に山並を据え、より開放的な空間を実現しようとしたことは明らかだ。

    『ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 – 新古典主義からロマン主義へ 2005』. p.56.

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』 テオドール・シャセリオー

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    『海から上がるヴィーナス(習作)』( Vénus marine, 1838 ) 56.2 × 33.7 cm 1838年 テオドール・シャセリオー
    『海から上がるヴィーナス(習作)』( Vénus marine, 1838 ) 56.2 × 33.7 cm 1838年 テオドール・シャセリオー

    引用元:Théodore-chassériau-vénus-marine

    artnet(Théodore Chassériau)

    やはりルーヴル美術館収蔵のものの方が、「神秘的」という印象ですね。

    昇る朝陽の中、今まさに上陸したような。

    先の引用に続きます。

     しかしながら、シャセリオーは神話主題の刷新を目指したわけではない。この早熟の画家の探求は、むしろ、伝統的な図像に同時代の詩想を加え、イメージを豊かに膨らませることに向けられていた。

    『ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 – 新古典主義からロマン主義へ 2005』. p.56.

    この後、「古典的主題が抱える表現規範に縛られることなく、それをゆるやかに、新鮮なものへと展開したシャセリオーの手腕」との記述が出てきます。

    『海から上がるヴィーナス』は、シャセリオーがまだ18歳頃の作品ですよ。

    10代で、これ?

    「天才」という表現以外に思いつきません。

    シャセリオーは、ギュスターヴ・モローら同時代の芸術家たちに大きな影響を与えましたが、1856年に37歳で亡くなりました。

    石崎勝基様による「テオドール・シャセリオーに就いて」

    『ヴィーナスの誕生』 1862年 アモリー=デュバル

    『ヴィーナスの誕生』( LA NAISSANCE DE VENUS ) 1862年 ウージェーヌ=エマニュエル・アモリー=デュヴァル リール美術館蔵
    『ヴィーナスの誕生』( LA NAISSANCE DE VENUS ) 1862年 ウージェーヌ=エマニュエル・アモリー=デュヴァル リール美術館蔵

    引用元:『ヴィーナスの誕生』

    LA NAISSANCE DE VENUS

    アングルの弟子のひとり、アモリー=デュヴァル(Amaury-Duval, 1808年4月16日 – 1885年12月25日 デュバルとも表記)の『ヴィーナスの誕生』。

    海を背に長い髪を絞る、すらりとしたヴィーナス。

     アングルとともに、この絵に影響を与えたと思われるのが、同じくアングルに師事したシャセリオーです。早熟の彼が19歳のときに描いた『海から上がるヴィーナス』の影響がこの絵にも見られますが、彼の友人で後輩でもあったのがモローで、モローや、彼に共鳴したルドンも同テーマを描き、アングル以来の腕を上げるポーズを踏襲しています。

    平松 洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. 大和書房. p.30.

    アモリー=デュヴァルは、1863年の官展に本作を出品。

    ボードリーの『真珠と波』、カバネルの『ヴィーナスの誕生』も出品され、1863年の官展は「ヴィーナスのサロン」と呼ばれました。

    腕を上げるポーズ

    シャセリオーの作品には、「腕を上げた女性」がよく登場します。

    同じルーヴル美術館でもそのポーズの女性の絵が見られます。

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 1841年

    シュリー翼942展示室Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther , RF 3900

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d'Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    引用元:『エステルの化粧』

    『アポロンとダフネ』( Apollon et Daphné ) 1844年

    シュリー翼942展示室Apollon et Daphné , RF 3870

    『アポロンとダフネ』( Apollon et Daphné ) 53 cm × 33.5 cm 1844年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『アポロンとダフネ』( Apollon et Daphné ) 1844年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    引用元:『アポロンとダフネ』

    アポロンに追いつかれ、足元から樹化していくダフネ。

    『テピダリウム』( Le Tepidarium, “salle où les femmes de Pompéi venaient se reposer et se sécher en sortant du bain” ) 1853年 オルセー美術館蔵

    『テピダリウム』( Le Tepidarium, “salle où les femmes de Pompéi venaient se reposer et se sécher en sortant du bain” ) 1853年 テオドール・シャセリオー オルセー美術館蔵
    『テピダリウム』( Le Tepidarium, “salle où les femmes de Pompéi venaient se reposer et se sécher en sortant du bain” ) 1853年 テオドール・シャセリオー オルセー美術館蔵

    引用元:『テピダリウム』

    オルセー美術館Le Tepidarium, “salle où les femmes de Pompéi venaient se reposer et se sécher en sortant du bain”

    古代ローマの浴場からインスピレーションを得た作品。

    オルセー美術館の解説に「この絵画は1853年のサロンで大成功を収め、テオフィル・ゴーティエは特に「ポンペイの壁から盗まれた古代のフレスコ画」と評した。」(Google翻訳)とありました。

    中央の女性はシャセリオーの恋人だったアリス・オジー嬢。

    『オリエントの室内』( Orientalist Interior: Nude in a Harem ) 1851年頃

    『オリエントの室内』( Orientalist Interior: Nude in a Harem ) 1851年頃 テオドール・シャセリオー 個人蔵
    『オリエントの室内』( Orientalist Interior: Nude in a Harem ) 1851年頃 テオドール・シャセリオー 個人蔵

    引用元:『オリエントの室内』

    オリエンタルな雰囲気に満ちた画面ですね。

    こちらの女性もアリス・オジーがモデル。

    参考図書
    • 平松 洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. 大和書房.
    • 『ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 – 新古典主義からロマン主義へ 2005』.
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