青い空と海の間に横たわる、生まれたばかりのヴィーナス。1863年のサロンで入選し、ナポレオン3世の買い上げになったカバネルの『ヴィーナスの誕生』です。

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『ヴィーナスの誕生』
『ヴィーナスの誕生』( Naissance de Vénus ) 1863年 アレクサンドル・カバネル オルセー美術館蔵

引用元:『ヴィーナスの誕生』
なんて美しい身体なのでしょうか。さすが、愛と美の女神ヴィーナスですね。
海の泡から生まれたヴィーナスは波の上に横たわり、遠くにはヴィーナスが流れ着いたというキプロス島が見えています。
ヴィーナスのポーズについて、『絶世の美女』(中経の文庫)では、「アリアドネなど古代の眠れる裸婦像に由来し」ているとし、ほぼ同じ姿勢の例としてドミニク・アングルの『奴隷のいるオダリスク』を挙げています。

引用元:『奴隷のいるオダリスク』
オダリスクとは異なり、波の上に横たわる女性の上で舞い踊るクピド ― これでこの女性が人間ではなく、女神ヴィーナスであることが判ります。

引用元:『ヴィーナスの誕生』(部分) Sailko CC-BY-3.0

引用元:『ヴィーナスの誕生』(部分) Sailko CC-BY-3.0
しかし海をベッドに置き換え、ヴィーナスの誕生を祝うクピド達を除いたら、神話の女神様が非常に生々しい、モダンでリアルな若い女性のヌードに見えてきませんでしょうか。
手で顔を隠す仕草は恥じらいを表わしていると言いますが、その手の下から覗く表情は気だるげ。
また、反りかえった爪先もとても気になります。

引用元:『ヴィーナスの誕生』(部分) Sailko CC-BY-3.0
ベッドの上からこちらに向ける気だるい眼差しに、緊張に沿った爪先からは「あること」が想像できます。
画面の表向きの主題を生まれたばかりの美の女神としながらも、生まれたばかりとも思えぬ意味ありげな流し目で描く表情も、そのことを裏付けている。
女神ヴィーナスの誕生というテーマとはうらはらに、この絵は明らかに成熟した女性の性的なエクスタシーを描いているのである。
西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス. p.30.
伝統的な主題やポーズ、筆の痕の残らない陶磁器のような肌からは、新古典主義の巨匠アングル、カバネルの師エドゥアール・ピコの絵を思い起こさせますが、眼差しや爪先からかこのヴィーナスは断トツにエロティック。
生身の女性のエロティシズムを描くためにクピドらを配し、これは神話の中の女神様、しかも多くの男を魅了するヴィーナスなので魅力的なのは仕方がないんです、と言っているように思えます。

引用元:『ヴィーナスの誕生』 Sailko CC-BY-3.0
『ヴィーナスの誕生』( The Birth of Venus ) 1875年 アレクサンドル・カバネル メトロポリタン美術館蔵

引用元:『ヴィーナスの誕生』
メトロポリタン美術館所蔵の『ヴィーナスの誕生』。
メトロポリタン美術館の解説によると、1875年、ニューヨーカーのジョン・ウルフ( John Wolfe )はオルセー美術館のものより小さい複製をカバネルに依頼したとのことです。
メトロポリタン美術館には1893年にウルフによって寄贈されました。

引用元:『ヴィーナスの誕生』
ダーヘシュ美術館の『ヴィーナスの誕生』
米国のダーヘシュ美術館( Dahesh Museum of Art )にも同じ絵があります。
Cabanel quickly sold the reproduction rights for his image to the art dealer and publisher Adolphe Goupil, who commissioned one of his in-house copyists, Adolphe Jourdan, to paint a reduced replica that would serve as a model for the production of an engraving. That reduced replica—the version in the Dahesh Museum Collection—became the most famous version of the original painting, frequently mentioned and reproduced in 19th-century books and journals, and always attributed to Cabanel himself.
Dahesh Museum of Art:https://www.daheshmuseum.org/portfolio/alexandre-cabanelthe-birth-of-venus/gallery/paintings/
(Google翻訳:カバネルはすぐに自分の画像の複製権を画商兼出版社のアドルフ・グーピルに売却し、グーピルは社内の模写師の一人、アドルフ・ジュルダンに版画制作のモデルとなる縮小複製の制作を依頼した。その縮小レプリカ(ダーヘシュ美術館所蔵版)は、原画の最も有名な版となり、19 世紀の書籍や雑誌で頻繁に言及され複製され、常にカバネル自身の作であると考えられていました。)
当時とても人気があったとことがうかがえるカバネルの『ヴィーナスの誕生』。
私も飾りたい。
『蛇に噛まれた女』( Femme piquée par un serpent ) 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

薔薇の褥で身を捩じらせる女性像、彫刻家クレサンジェの『蛇に噛まれた女』。
クレサンジェの愛人だった女性をモデルにした像で、『ヴィーナスの誕生』と同じオルセー美術館に収められています。
『蛇に噛まれた女』は当時のヌードの常識を破り、大きな評判を呼びました。
この評判はクレサンジェの一世代後にあたるカバネルも知っていたと思われ、『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』(マガジンハウス)によると、『蛇に噛まれた女』が『ヴィーナスの誕生』のポーズ等に直接の影響を与えている可能性もあるということです。
画家アレクサンドル・カバネル( Alexandre Cabanel, 1823年-1889年)

引用元:自画像
アレクサンドル・カバネルはフランス学士院のメンバーとなった1863年、サロン・ド・パリに『ヴィーナスの誕生』を出品。
作品は入選を果たし、大いに賞賛されます。
当時のフランス皇帝ナポレオン3世は個人的なコレクションのため、『ヴィーナスの誕生』を買い上げました。
皇妃ウージェニーはボードリーの『真珠と波』を購入しています。

引用元:ナポレオン3世
1863年「ヴィーナスのサロン」
1863年の官展にはボードリーの『真珠と波』、デュバルの『ヴィーナスの誕生』も出品され、カバネルの作品と人気を三分しました。
これらの作品以外にもヴィーナスを題材にした絵画が出品されたため、作家のテオフィール・ゴーティエは「ヴィーナスのサロン」と呼んでいます。

引用元:『真珠と波』
女性を真珠に見立てた『真珠と波』。打ち寄せる波の白い泡、貝殻が「ヴィーナスの誕生」を連想させます。

引用元:『ヴィーナスの誕生』
この年官展に落選した作品は多く、世間からの批判を受けたナポレオン3世は落選作品を集め、「落選展」を開催しました。
マネの『草上の昼食』は落選展で展示されています。

引用元:『草上の昼食』
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