ドラローシュの歴史画『エドワード5世とヨーク公』『殉教の娘』(ドゥノン翼)

    • URLをコピーしました!

    『若き殉教の娘』で知られるポール・ドラローシュ。英国史上の出来事を描いた『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』『イングラド女王エリザベス1世の死』はドゥノン翼で鑑賞できます。

    『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』( Édouard V, roi mineur d'Angleterre, et Richard, duc d'York, son frère puîné (1483), dit Les enfants d'Édouard ) 1830年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』 1830年 ポール・ドラローシュ

    展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。

    目次

    ドゥノン翼700展示室

    『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』( Édouard V, roi mineur d’Angleterre, et Richard, duc d’York, son frère puîné (1483), dit Les enfants d’Édouard ) 1830年

    ドゥノン翼700展示室Édouard V, roi mineur d’Angleterre, et Richard, duc d’York, son frère puîné (1483), dit Les enfants d’Édouard , INV 3834 ; LP 15

    『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』( Édouard V, roi mineur d'Angleterre, et Richard, duc d'York, son frère puîné (1483), dit Les enfants d'Édouard ) 1830年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』 1830年 ポール・ドラローシュ

    引用元:『ロンドン塔の若き王と王子』

    1483年、エドワード5世とその弟ヨーク公リチャードは、ロンドン塔内で忽然と姿を消しました。

    1827年に旅行でロンドン塔を訪れたドラローシュは、その出来事にインスピレーションを得て本作を制作。

    囚われたふたりの不安や緊張感が伝わってくるようですね。

    ロンドン塔の王子たちの絵

    ミレーの『塔の中の王子たち』

    ドゥノン翼701展示室

    『若き殉教の娘』( La Jeune Martyre ) 1865年

    2025年4月現在ランス別館にて展示La Jeune Martyre , RF 1038

    『若き殉教の娘』( La Jeune Martyre ) 1865年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    『若き殉教の娘』 1865年 ポール・ドラローシュ

    引用元:『若き殉教の娘』

    両手を縛られ、川を流れていく若い女性。

    皇帝ディオクレティアヌスの治世で、改宗を拒み殉教したキリスト教徒を描いた、ポール・ドラローシュ最後の作品です。

    昔々のルーヴル初訪問では、とても心惹かれた作品でした。

    あの頃はねぇ、この絵の作者も背景もわからなくてですねぇ…。ゲットした絵葉書を頼りに、後からいろいろ調べましたねぇ。

    そんなかつての自分に、美術館に行く前に本などである程度予習しておけと、今の私なら言いますね。ええ。

    なんで手が縛られているのか。

    この物語の時代背景は?

    とか、知らないで観るのと、知っていて観るのでは、見方が全然違いますから。

    関連記事

    ポール・ドラローシュ 最後の作品『若き殉教者』

    書籍『ルーヴル美術館ベスト100』でもちゃんとランクイン

    『イングラド女王エリザベス1世の死』( Mort d’Élisabeth, reine d’Angleterre, en 1603 ) 1828年

    ドゥノン翼701展示室Mort d’Élisabeth, reine d’Angleterre, en 1603 , INV 3836 ; C 248

    『イングラド女王エリザベス1世の死』( Mort d'Élisabeth, reine d'Angleterre, en 1603 ) 1828年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    『イングラド女王エリザベス1世の死』 1828年 ポール・ドラローシュ

    引用元:『イングラド女王エリザベス1世の死』

    イングランド女王エリザベス1世は、1603年3月24日に69歳で亡くなりました。

    健康状態が悪化したエリザベスは3月に入ってからは薬や食事も受けつけず、ベッドではなくクッションの上に身を横たえていたと言われています。(参考:『エリザベス1世』 講談社現代新書)

    本作が描かれた頃、フランスではイギリスブームが起こっていました。

    ドラローシュは、

    ・『若きイングラド王エドワード5世と弟のヨーク公リチャード』(1830年、ルーヴル美術館蔵)

    ・『クロムウェルと棺の中のチャールズ1世』(1831年、ハンブルク美術館蔵)

    ・『レディ・ジェーン・グレイの処刑』(1833年、ナショナル・ギャラリー蔵)

    など、英国史にヒントを得た作品を描いています。

    習作

    『レディ・ジェーンの処刑』( L’Exécution de Lady Jane Grey )

    英国ナショナル・ギャラリー所蔵の傑作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』。

    『レディ・ジェーン・グレイの処刑』( The Execution of Lady Jane Grey ) 1833年 ポール・ドラローシュ ナショナル・ギャラリー蔵
    『レディ・ジェーン・グレイの処刑』( The Execution of Lady Jane Grey ) 1833年 ポール・ドラローシュ ナショナル・ギャラリー蔵

    引用元:『レディ・ジェーン・グレイの処刑』

    在位わずか9日間の女王ジェーン・グレイについては

    1553年、9日間女王レディ・ジェーン・グレイの処刑

    この習作が大英博物館、ホイットワース美術館、ルーヴル美術館グラフィック・アート部門( Département des Arts graphiques )にあります。

    Etude pour ‘L’Exécution de Lady Jane Grey’ , RF 1727, Recto

    『レディ・ジェーンの処刑』の素描
    『レディ・ジェーンの処刑』の習作

    引用元:『レディ・ジェーンの処刑』の習作

    Etude pour ‘L’Exécution de Lady Jane Grey’ , RF 35132, Recto

    『レディ・ジェーンの処刑』の習作
    『レディ・ジェーンの処刑』の習作

    引用元:『レディ・ジェーンの処刑』の習作

    Etude pour ‘L’Exécution de Lady Jane Grey’ , RF 35133, Recto

    Etude pour l’Exécution de Jane Grey , RF 35134, Recto

    『若き殉教の娘』( La Jeune Martyre )

    Etude pour La Jeune Martyre , RF 368, Recto

    Deux bras croisés , RF 34820, Recto

    Femme étendue sur le dos, les mains liées sur la poitrine , RF 34815, Recto

    Etude de composition pour ‘La Jeune Martyre Chrétienne’ , RF 34816, Recto

    Croquis de deux mains liées, tenant une croix , RF 34818, Recto

    肖像画

    ナルシス=アシル・ド・サルヴァンディ( Le comte Narcisse-Achille de Salvandy ( 1795-1856))の肖像 1800年 – 1900年

    ドゥノン翼702展示室Le comte Narcisse-Achille de Salvandy ( 1795-1856) , RF 2489 ; INV 20073

    ナルシス=アシル・ド・サルヴァンディ( Le comte Narcisse-Achille de Salvandy ( 1795-1856))の肖像 1800年から1900年の間 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    ナルシス=アシル・ド・サルヴァンディ(1795-1856)の肖像 1800年から1900年の間 ポール・ドラローシュ

    引用元:ナルシス=アシル・ド・サルヴァンディ

    フランスの政治家。

    写真みたいな肖像画ですね。

    プルタレス=ゴルジェ伯爵ジェームズ・アレクサンドルの肖像( Portrait de James-Alexandre, comte de Pourtalès Gorgier (1776-1855) ) 1846年

    シュリー翼943展示室Portrait de James-Alexandre, comte de Pourtalès Gorgier (1776-1855) , RF 1998 1

    プルタレス=ゴルジェ伯爵の肖像( Portrait de James-Alexandre, comte de Pourtalès Gorgier (1776-1855) ) 1846年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    プルタレス=ゴルジェ伯爵ジェームズ・アレクサンドル(1776-1855) の肖像 1846年 ポール・ドラローシュ

    引用元:Portrait of James-Alexandre, Comte de Pourtalès-Gorgier

    作品は伯爵家の所有でしたが、1997年に相続税の納税のため贈与されたそうです。

    『アルプスを越えるボナパルト』( Bonaparte franchissant les Alpes ) 1848年

    Bonaparte franchissant les Alpes , RF 1982 75

    (2025年4月現在展示されていません)

    『アルプスを越えるボナパルト』( Bonaparte franchissant les Alpes ) 1848年 ポール・ドラローシュ ルーヴル美術館蔵
    『アルプスを越えるボナパルト』 1848年 ポール・ドラローシュ

    引用元:『アルプスを越えるボナパルト』

    ナポレオンと言えば、ダヴィッドの『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン』のように、勇ましく馬で進軍…というイメージがあります。

    しかし、このドラローシュの絵には「先頭切って駆け抜ける」ナポレオンもその馬もいません。

    ガイド?の男性に付き添われ、ラバに乗って歩を進めて行くナポレオン。

    実際はこうだったんだろうなとか、これに近かったんだろうと感じてしまいます。

    ポール・ドラローシュ( Paul Delaroche, 1797年7月17日 – 1856年11月4日)

    自画像 1848年以前 エベール美術館蔵
    自画像 1848年以前 エベール美術館蔵

    引用元:自画像

    まだ59歳という年齢で亡くなってしまったドラローシュ。

    パリ生まれで、ドラクロワ、ジェリコーといったロマン主義の画家たちと交流しました。

    生前はドラクロワに匹敵するほどの人気だったそうですが、没後は「忘れられた存在」になったそうです。

    私が絵葉書だけの情報を頼りに関連書籍を探していたとき、なかなか「これだ!」というものに辿り着けなかったのですが、今ならルーヴル美術館関連本もいろいろ出ているし、ネットでも探せるから、良い時代になったものだと思います。

    コラムでドラローシュ作品を紹介

    もちろん「一生に一度は見たいルーヴル美術館ベスト100」入り

    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!
    目次