新古典主義とロマン主義の融合『エステルの化粧』(シャセリオー作)

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    新古典主義の巨匠アングルに学びながらロマン派のドラクロワの色彩に惹かれる、早熟の天才テオドール・シャセリオー。旧約聖書の『エステル記』から、色香漂うエステルの化粧シーンです。

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d'Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。

    目次

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 1841年 テオドール・シャセリオー

    シュリー翼942展示室Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther , RF 3900

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d'Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『エステルの化粧』 45 × 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー

    引用元:『エステルの化粧』

    美女が左右から侍女たちにかしずかれ、身繕いをしている場面。

    女性の名はエステル。旧約聖書の「エステル記」のヒロインです。

    侍女たちが捧げ持つ豪華な品物、エステルが身に着けている首飾りや腕輪がエキゾチックですね。

    『エステルの化粧』 テオドール・シャセリオー
    『エステルの化粧』 テオドール・シャセリオー

    引用元:『エステルの化粧』

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d'Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『エステルの化粧』 テオドール・シャセリオー

    引用元:『エステルの化粧』

    ユダヤ人であるエステルは出自を隠し、ペルシア王アハシュエロスに嫁ぎます。

    王の寵愛を一身に受けるエステルは、ある時宰相ハマンのユダヤ人を根絶やしにしようとする計画を知ってしまいました。

    エステルは計画を阻止することを決意。

    ユダヤの同胞たちの命を救うため、エステルは着飾り、王に会おうとします。

    王に謁見するための化粧風景を描いた本作について、『西洋美術史を変えた名画150』ではこのように記述されています。

    エステルの化粧を描いた画家テオドール・シャセリオーは、19世紀のフランス絵画界の重鎮アングルに学び、後にドラクロワの影響を受ける。本来格調高く描くべき題材を鮮やかな色彩で官能性強く描いている点がロマン主義的だ。ロマン主義と新古典主義を融合させようとした1枚である。

    木村泰司(著). 2017-9-25. 『西洋美術史を変えた名画150』. 辰巳出版. p.80.

    エステルを描いた絵画では、エステルが王の前で失神する場面がよく知られています。

    『エステルの失神』 1697年 アントワーヌ・コワペル

    シュリー翼916展示室L’évanouissement d’Esther , INV 3500 ; MR 1377

    『エステルの失神』 105 cm × 137 cm 1697年頃 アントワーヌ・コワペル ルーヴル美術館蔵
    『エステルの失神』 105 × 137 cm 1697年頃 アントワーヌ・コワペル

    引用元:『エステルの失神』

    『エステルの失神』 1737年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ

    シュリー翼660展示室L’Evanouissement d’Esther , INV 8216 ; MR 1514

    『エステルの失神』( L'Evanouissement d'Esther ) 1737年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ ルーヴル美術館蔵
    『エステルの失神』 320 × 470 cm 1737年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ

    引用元:『エステルの失神』

    王の前で失神するエステル。

    コワペルの絵、ド・トロワの絵、どちらも王がうろたえ、エステルを案じている様子が窺えますね。

    直訴を決意し王の前に進み出たエステルですが、大きな緊張感の中で失神してしまいます。

    というのも、「王に呼ばれてもいない者が王の前に出るのは死罪」という決まりがあり、王妃エステルと言えど例外ではありませんでした。

    さらにエステルは自分がユダヤ人であることを隠しています。

    この物語では、ドラマティックな失神場面や緊張した面持ちで王に直訴する場面が多く描かれました。

    ちなみに結末は、エステルは王の前でハマンの企みを暴き、同胞たちの命を救います。

    国王ルイ15世の食堂を飾ったド・トロワの作品

    優雅な屋外の食事風景『狩の食事』(ド・トロワ作)

    もちろん「ルーヴル美術館ベスト100」にも挙げられています

    新古典主義とロマン主義の融合

    テオドール・シャセリオー( Théodore Chassériau, 1819年9月20日 – 1856年10月8日)

    早熟の天才と謳われたテオドール・シャセリオーは11歳という若さで、新古典主義の巨匠ドミニク・アングルに師事します。

    アングルからはその才能を高く評価されました。

    『テオドール・シャセリオー自画像』 1835年

    シュリー翼943展示室Portrait de l’artiste., RF 3788

    2025年8月30日展示されていません

    『テオドール・シャセリオー自画像』( Portrait de l'artiste ) 90cm×80cm 1835年 ルーヴル美術館蔵
    『テオドール・シャセリオー自画像』 90 × 80 cm 1835年

    引用元:テオドール・シャセリオー自画像

    一時期シャセリオーの恋人だったアリス・オジーのヌード画や、『テピダリウム』

    テオドール・シャセリオーの恋人アリス『泉のほとりで眠るニンフ』

    師匠 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル( Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780年8月29日 – 1867年1月14日)

    『24歳の時の自画像』 1804年 コンデ美術館蔵

    ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル( Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780年8月29日 - 1867年1月14日) 1804年 コンデ美術館蔵
    ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 1804年 コンデ美術館蔵

    引用元:ドミニク・アングル自画像

    『グランド・オダリスク』 1814年 ドミニク・アングル

    ドゥノン翼702展示室Une odalisque, dite La grande odalisque , RF 1158

    『グランド・オダリスク』( Une odalisque, dite La grande odalisque ) 91 cm × 162 cm 1814年 ドミニク・アングル ルーヴル美術館蔵
    『グランド・オダリスク』 91 × 162 cm 1814年 ドミニク・アングル

    引用元:『グランド・オダリスク』

    筆跡が見えない、陶磁器のようなつるんとした質感のお肌。

    ハーレムに住まうオダリスクです。

    イタリアの画家アイエツに影響を与えたといわれるアングルの『オダリスク』

    フランチェスコ・アイエツの『水浴のスザンナ』とドミニク・アングルの『グランド・オダリスク』

    シャセリオーは、アングルがイタリアに発つ1834年まで、アングルの教えを受けました。

    その後シャセリオーは、アングルのライバルとも言えるドラクロワの影響を受けて行きます。

    アルジェリアに旅行し、次第にロマン派に傾倒していくシャセリオー。

    「アングルの冷たい線描様式とドラクロワの情熱的な色彩表現とを一つに統一しようと務めた」と、『フランス絵画史 ルネサンスから世紀末まで』(講談社学術文庫)の中で高階秀爾氏は書いておられます。

    ロマン派の旗手 フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ( Ferdinand Victor Eugène Delacroix, 1798年4月26日 – 1863年8月13日)

    『ウジェーヌ・ドラクロワ自画像』 1837年

    シュリー翼942展示室Portrait de l’artiste , RF 25

    ウジェーヌ・ドラクロワ自画像 65 cm × 54.5 cm 1837年 ルーヴル美術館蔵
    ウジェーヌ・ドラクロワ自画像 65 × 54.5 cm 1837年

    引用元:ウジェーヌ・ドラクロワ自画像

    シェークスピアに惹かれたドラクロワの『オフィーリア』『クレオパトラ』

    女王クレオパトラが蛇に噛ませたのは胸?腕?

    『サルダナパールの死』 1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ

    ドゥノン翼700展示室Mort de Sardanapale , RF 2346

    『サルダナパールの死』 392 cm × 496 cm 1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ ルーヴル美術館蔵
    『サルダナパールの死』 392 × 496 cm 1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ

    引用元:『サルダナパールの死』

    力強く、激しい色彩。非常に迫力のある作品です。

    「新古典主義とロマン主義の融合を試みた傑作」『エステルの化粧』

    「新古典主義とロマン主義の融合を試みた傑作」『エステルの化粧』は、『西洋絵画史 WHO’S WHO 』(美術出版社)にも挙げられています。

    初めて本作を観た時、まずその色彩がとても印象に残りました。

    でも、でもですね、王に惚れ込まれたという美貌のエステルのですね、なんだか顔の造作がね、ちょっとね…と思ってしまったんですよね…。

    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d'Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 45 cm× 35 cm 1841年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

    引用元:『エステルの化粧』

    また、今改めてweb上で見るとそうは思わないのですが、当時は「高慢な女」の姿に見えていました。

    後でこの絵の主題を知り、「西洋絵画を観る時は聖書とか神話の知識って必要だよな」と思った次第です。

    シャセリオーの『エステルの化粧』は本書では1ページ分割かれています。 西洋美術史に影響を及ぼした名画150作品。150なら、死ぬまでになんとか全部観て回ることができそうな数、ですかね

    ルーヴル美術館で鑑賞できるシャセリオーの作品

    『画家の姉妹アデルとアリーヌ・シャセリオー』 1843年

    シュリー翼943展示室Mesdemoiselles Chassériau, dit aussi Les deux soeurs. Marie-Antoinette-Adèle (1810-1869) et Geneviève (Aline) Chassériau (1822-1871), soeurs de l’artiste. , RF 2214

    『画家の姉妹アデルとアリーヌ・シャセリオー』( Mesdemoiselles Chassériau, dit aussi Les deux soeurs. Marie-Antoinette-Adèle (1810-1869) et Geneviève (Aline) Chassériau (1822-1871), soeurs de l'artiste.) 180cm×135cm 1843年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『画家の姉妹アデルとアリーヌ・シャセリオー』) 180 × 135 cm 1843年 テオドール・シャセリオー

    引用元:『画家の姉妹アデルとアリーヌ・シャセリオー』

    シャセリオーの姉妹の肖像画です。

    シャセリオーは優れた肖像画家でもあると言われますが、これを見ると納得ですね。

    『海から上がるヴィーナス』 1838年

    シュリー翼940展示室Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine. , RF 2262

    『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『海から上がるヴィーナス』 65 × 55 cm 1838年 テオドール・シャセリオー

    引用元:『海から上がるヴィーナス』

    海から上がる愛と美の女神ヴィーナス。

    腕を上げているポーズは、師のアングルのヴィーナス像(コンデ美術館)を思い出させます。

    シャセリオー19歳の時の作品。

    関連記事

    『誘う絵』でヴィーナスのポーズについて学ぶ

    『アポロンとダフネ』 1844年

    シュリー翼942展示室Apollon et Daphné , RF 3870

    『アポロンとダフネ』 53 cm × 33.5 cm 1844年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『アポロンとダフネ』 53 × 33.5 cm 1844年 テオドール・シャセリオー

    引用元:『アポロンとダフネ』

    こちらも腕を上げているポーズですね。

    アポロンの求愛を拒んだダフネが月桂樹に姿を変える場面です。

    『ムーア人の踊り』 1849年

    シュリー翼942展示室Danseuses mauresques à Constantine (Algérie). La danse aux mouchoirs. , RF 3879

    『ムーア人の踊り』( Danseuses mauresques à Constantine (Algérie). La danse aux mouchoirs. )1849年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵
    『ムーア人の踊り』 1849年 テオドール・シャセリオー

    引用元:『ムーア人の踊り』

    エキゾチックな魅力全開ですね。

    動画で絵画鑑賞

    LearnFromMasters 様の動画では、解説はありませんが、シャセリオーの素晴らしい絵画を楽しむことができます。

    主な参考文献
    • 木村泰司(著). 2017-9-25. 『西洋美術史を変えた名画150』. 辰巳出版.
    • 高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史 ルネサンスから世紀末まで』. 講談社学術文庫.
    • 諸川春樹(監修). 2006-7-25. 『西洋絵画史 WHO’S WHO 』. 美術出版社.
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