愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエの姿『狩りの女神ディアナ』(フォンテーヌブロー派)

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狩りの女神として描かれ、その姿を現代に残す、フランス王アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエ。他の画家によるディアーヌの絵画と、ディアーヌが愛した美しいシュノンソー城のおススメ動画もご紹介します。

女神ディアナに扮したディアーヌ・ド・ポワチエ 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵
『狩りの女神ディアナ』( Diane chasseresse ) 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵
目次

『狩りの女神ディアナ』( Diane chasseresse ) 1550年代 フォンテーヌブロー派

女神ディアナに扮したディアーヌ・ド・ポワチエ 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵
『狩りの女神ディアナ』 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵

引用元:『狩りの女神ディアナ』

森の中、頭に三日月の飾りを着け、手には弓、そして矢筒を持った女性が犬を従えています。

これらの持ち物から、この女性が月と狩りの女神、処女神ディアナだと判ります。

すらりとした、少年のような伸びやかな肢体に、イタリアのマニエリスムの影響が感じられます。

『狩りの女神ディアナ』( Diane chasseresse ) 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵
『狩りの女神ディアナ』 フォンテーヌブロー派

引用元:『狩りの女神ディアナ』

『狩りの女神ディアナ』( Diane chasseresse ) 1550年代 フォンテーヌブロー派 ルーヴル美術館蔵
『狩りの女神ディアナ』 フォンテーヌブロー派

引用元:『狩りの女神ディアナ』

フォンテーヌブロー派( École de Fontainebleau )

フォンテーヌブロー宮を舞台に活躍した画家たちを総称して「フォンテーヌブロー派」と呼びます。

そのため、個人名が伝わっていない画家も多くいます。

『狩りの女神ディアナ』は、フォンテーヌブロー派の画家ルカ・ペンニ( Luca Penni, 1500年または1504年-1556年)の作品と言われていました。

ルカ・ペンニは、1530年頃にフランソワ1世に呼び寄せられたイタリアの画家のひとりです。

ラファエㇽロの弟子で、かつてはルーヴル美術館の《狩人姿のディアナ》(一五五〇-六〇年頃)の作者にせられたこともあるルカ・ペンニ(一五〇〇頃-一五五六)は、ロッソと相前後してフランスに到着し、「フランソワ一世のギャラリー」の装飾に協力したことがわかっている。しかし、ロッソの死後、おそらくはプリマティッチオによって遠ざけられたのであろうが、彼の名は、フォンテーヌブローの記録からは消えてしまう。ただし、その後も古典主義的傾向の強い肖像画や宗教画などで活躍し、パリで世を去った。

高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史』. 講談社学術文庫. p.28.

フランソワ1世

遠征した先のイタリアで、イタリア芸術の素晴らしさに魅せられたフランソワ1世は、イタリアからマニエリスムの芸術家を招聘。フォンテーヌブロー宮の改装に当たらせます。

フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵
ヴァロワ朝第9代の王フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵

引用元:フランソワ1世

ルーヴル美術館公式サイト

ロッソ・フィオレンティーノ、フランチェスコ・プリマティッチオなどの芸術家たちを通して、フランスにイタリアのルネサンス文化が伝わっていきました。

イタリアのマニエリスムを受け継いだフォンテーヌブロー派は、いっそう優美に、フランス宮廷風に洗練されていきます。

ヴァロワ朝の王にはフランソワ1世、アンリ2世、アンリ3世らがいます。フォンテーヌブロー派の絵画を観る前に目を通しておくと良いと思われます。

フォンテーヌブロー派にはヴィーナスよりディアナが人気

神話画でよく描かれる愛と美の女神ヴィーナス。

しかし、フォンテーヌブロー派には月と狩りの女神であるディアナの方が人気がありました。

フランソワ1世の息子・アンリ2世には20歳年上の、ディアーヌ・ド・ポワチエという愛妾がいました。

ディアナが人気だったのは、この愛妾と同じ名前だったためといわれています。

フォンテーヌブロー派が活躍した時代は、繰り返される戦争と戦争の間の小休止の時期に当たりました。

王が持つ権力が強くなり、王の愛妾たちも王の寵を争い、政治に介入し、権力を握るようになります。

ディアーヌ・ド・ポワチエ( Diane de Poitiers, 1499年-1566年)

ディアーヌ・ド・ポワチエ 1525年 ジャン・クルーエ コンデ美術館蔵
ディアーヌ・ド・ポワチエ 1525年 ジャン・クルーエ コンデ美術館蔵

引用元:ディアーヌ・ド・ポワチエ

ディアーヌ・ド・ポワチエ(1499年-1566年) 16世紀半ば フランソワ・クルーエの工房 コンデ美術館蔵
ディアーヌ・ド・ポワチエ 16世紀半ば フランソワ・クルーエの工房 コンデ美術館蔵

引用元:ディアーヌ・ド・ポワチエ

亡くなるまでその美しさが衰えることがなかったといわれるディアーヌ。

フランソワ1世の時代から宮廷に仕え、少年だったアンリ2世の心を捉えて離しませんでした。

アンリ2世 1553年頃 フランソワ・クルーエ フランス国立図書館蔵
ヴァロワ朝第10代のフランス王アンリ2世 1553年頃 フランソワ・クルーエ フランス国立図書館蔵

引用元:アンリ2世

アンリ2世はディアーヌのために、パリ近郊にアネの城館( château d’Anet )を建てます。

この城館にはディアーヌにちなむ大理石の噴水彫刻、『アネのディアナ』が置かれました。

噴水彫刻『アネのディアナ』( Diane d’Anet )

現在のアネの城館の彫刻
現在のアネの城館の彫刻

引用元:現在のアネの城館にある彫刻 Gérard CC-BY-SA-4.0

『ディアナの噴水』 16世紀 ルーヴル美術館蔵
『ディアナの噴水』 16世紀 ルーヴル美術館蔵

引用元:『ディアナの噴水』 Nathanael Burton CC-BY-SA-2.0

ルーヴル美術館公式サイト

『ディアナの噴水』( Diane appuyée sur un cerf )

展示場所:リシュリュー翼、214展示室

ルーヴル美術館のサイトでは『Diane appuyée sur un cerf(鹿に寄りかかるディアナ)』となっています。

当初はアネ城の中庭に置かれていたそうです。

1819年にルーヴル美術館の所有となりました。

下の絵は19世紀に描かれた、『アネのディアナ』の制作風景の歴史画です。

『ジャン・グージョンのアトリエのディアーヌ・ド・ポワチエ』 19世紀 アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『ジャン・グージョンのアトリエのディアーヌ・ド・ポワチエ』 19世紀 アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール ルーヴル美術館蔵

引用元:『ジャン・グージョンのアトリエのディアーヌ・ド・ポワチエ』

自室で愛でる美魔女ディアーヌの姿

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ディアーヌを描いた16世紀の作品

ディアーヌの姿は当時の他の作品にも描かれています。

『水から救われるモーセ』( Moses saved from the waters ) 1556年頃 ベルナルト・リック  ワルシャワ国立美術館蔵

『ナイル川から救われるモーセ』 1559年 ベルナルト・リック ワルシャワ国立美術館蔵
『ナイル川から救われるモーセ』 1559年 ベルナルト・リック ワルシャワ国立美術館蔵

引用元:『水から救われるモーセ』

アンリ2世の家族を描いたといわれる『水から救われるモーセ』では、ディアーヌはモーセを救うファラオの娘として描かれています。

下の二作品の婦人像はディアーヌ・ド・ポワチエといわれていますが、どちらも彼女の死後の作品です。

『湯浴みする女性』( A Lady in Her Bath ) 1571年頃 フランソワ・クルーエ ナショナル・ギャラリー 蔵

『湯浴みする女性』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ナショナル・ギャラリー (ワシントン)蔵
『湯浴みする女性』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ナショナル・ギャラリー (ワシントン)蔵

引用元:『湯浴みする女性』

『ディアーヌ・ド・ポワチエの肖像』( Portrait of Diane de Poitiers ) 1590年頃 フォンテーヌブロー派 バーゼル美術館蔵

『ディアーヌ・ド・ポワチエの肖像』 1590年頃 フォンテーヌブロー派 バーゼル美術館蔵
『ディアーヌ・ド・ポワチエの肖像』 1590年頃 フォンテーヌブロー派 バーゼル美術館蔵

引用元:『ディアーヌ・ド・ポワチエの肖像』

おススメの動画『Château Chenonceau 3 – Diane de Poitiers (Fontainebleau School)』

ディアーヌ・ド・ポワチエがアンリ2世から贈られたシュノンソー城。betapicts 様による、シュノンソー城シリーズの3つ目のようです。英語の解説ですが、美しい景観や絵画、彫刻を楽しむことができます。

アンリ2世とその家族に関する記事( hanna_and_art’s blog )

カトリーヌ・ド・メディシスとアイスクリームとジャム

1559年6月30日午後、フランス王アンリ2世の事故

フェリペ2世の妃たち エリザベートとアナ

ヴェルディの『ドン・カルロ』ヒロインのモデル、エリザベート・ド・ヴァロワ

フランソワ・クルーエの肖像画で見る1500年代後半のフランス宮廷

『ヴァロワ朝』『カペー朝』『ブルボン朝』が三冊一緒になった電子書籍です。

主な 参考文献
  • 高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史』. 講談社学術文庫.
  • 小島英煕(著). H6-1-20. 『ルーヴル・美と権力の物語』. 丸善ライブラリー.
  • 有地京子(監修). 青い小鳥アート研究室(編). 2019-12-13. 『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』.誠文堂新光社.
  • 大友義博(監修). 2014-10-12. TJMOOK 『一生に一度は見たい ルーヴル美術館BEST100』. 宝島社.
  • アンリ・ロワレット(総監修). 2005-2-6. 『別冊太陽 ルーヴル美術館』. 平凡社.
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