ジャン・クルーエによるフランソワ1世、フランソワ・クルーエによるエリザベート・ドートリッシュの肖像はリシュリュー翼で鑑賞できます。
A curated guide to the masterpieces by Jean and François Clouet in the Richelieu wing.
展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。


Salle 822, Aile Richelieu / リシュリュー翼822展示室
François 1er (1494-1547), roi de France / フランス国王 フランソワ1世
François 1er (1494-1547), roi de France., 1525 / 1550, INV 3256 ; B 1964

引用元:フランソワ1世
ジャン・クルーエ (Jean (or Janet or Jehannot) Clouet, 1485年頃 – 1540/1541年)による、ヴァロワ朝の第9代フランス国王フランソワ1世の肖像です。
フランソワ1世は、遠征したイタリアでイタリア芸術にハマり、レオナルド・ダ・ヴィンチ、チェッリー二らをフランスに招聘(しょうへい)します。

フランソワ1世のライバルに、神聖ローマ皇帝カール5世、イングランド王ヘンリー8世らがいます。
スペイン国王カルロス1世と神聖ローマ皇帝の座を争いますが破れ、カルロスが神聖ローマ皇帝カール5世となります。
Portrait de François Ier en saint Jean Baptiste / 洗礼者聖ヨハネとしてのフランソワ1世の肖像
Portrait de François Ier en saint Jean Baptiste, 1500 / 1600, RF 2005 12

引用元:Portrait of François I as St John the Baptist
…ちょっとひとクセ有りそうな聖ヨハネ…。
Henri II (1519-1559), roi de France / フランス国王 アンリ2世
Henri II (1519-1559), roi de France., vers 1559, INV 3259 ; MR 1339

フランソワ1世の次男、ヴァロワ朝第10代のフランス王。
王妃はカトリーヌ・ド・メディシス。
世界史的には、1559年のカトー・カンブレジ条約でアンリ2世の名前が出てきます。
この条約で、フランスはイタリアへの権利を放棄。 長く続いたイタリア戦争は終結しました。
条約の一環で、アンリ2世の王女エリザベート・ド・ヴァロワがスペイン王フェリペ2世と、アンリ2世の妹マルグリットがサヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトと結婚しています。
ヴェルディ『ドン・カルロ』ヒロインのモデル、エリザベート・ド・ヴァロワ
Charles IX (1550-1574), roi de France / フランス国王 シャルル9世
Charles IX (1550-1574), roi de France., vers 1566, INV 3253 ; MR 1337

引用元:シャルル9世 Siren-Com CC-BY-SA-3.0
ヴァロワ朝第12代フランス王。 父はアンリ2世、母はカトリーヌ・ド・メディシス。
ヴァロワ朝第11代フランス王 フランソワ2世の弟で、ヴァロワ朝最後のフランス王 アンリ3世の兄でもあります。
シャルル9世妃は、神聖ローマ皇帝の娘 エリザベート・ドートリッシュ。
世界史では、母后カトリーヌ・ド・メディシスとともにサン・バルテルミの虐殺(1572年)に名前が出てきます。
シャルル9世妃『エリザベート・ドートリッシュの肖像』(フランソワ・クルーエ作)
本作は、ウィーンの美術史美術館にある肖像画の縮小版。
ルーヴル美術館の作品の由来に、「1574年以降、おそらくカール9世の未亡人であるオーストリアのエリザベートによってウィーンに持ち込まれた。ウィーン帝国王立美術館所蔵。1809年のオーストリア遠征中にナポレオンによって押収。ルーブル美術館に収蔵(ヴィロ 1855参照)。」(Google翻訳)とあります。
オーストリアのエリザベートとありますが、フランス語表記では「エリザベート・ドートリッシュ」です。
François-Hercule de France, duc d’Alençon (1554-1584) / アランソン公 フランソワ
François-Hercule de France, duc d’Alençon (1554-1584), quatrième fils de Henri II et de Catherine de Médicis., 1566 / 1567, MI 836

引用元:フランソワ(アンジュー公)
アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの四男です。
解説によると、この作品のオリジナルは1566年頃に描かれたと考えられているとのこと。
「原画は1566年頃に描かれたもので、王子が同年授与された聖ミカエル騎士団の首飾りを身につけているように見える。」(Google翻訳)
アンジュー公フランソワは、イングランド女王エリザベス1世に直接求婚した人物として知られています。
フランソワ 24歳、エリザベス 46歳と年の差はありましたが、ふたりは親しくなったそうです。
しかし1584年6月、マラリアにかかり、29歳という若さで亡くなりました。
フランソワ・クルーエの肖像画で見る1500年代後半のフランス宮廷
Élisabeth d’Autriche (1554-1592), reine de France, femme de Charles IX / シャルル9世妃 エリザベート・ドートリッシュ
Élisabeth d’Autriche (1554-1592), reine de France, femme de Charles IX., 1571, INV 3254 ; B 2371

ジャン・クルーエの息子、フランソワによる最高傑作と呼ばれる シャルル9世妃 エリザベート・ドートリッシュの肖像。
美しいですね。
シャルルとは1570年に結婚。1574年に死別しています。
シャルル9世妃『エリザベート・ドートリッシュの肖像』(フランソワ・クルーエ作)

Pierre Quthe (1519-après 1588), apothicaire / 薬剤師 ピエール・キュト
Pierre Quthe (1519-après 1588), apothicaire, 1562, RF 1719

引用元:薬剤師ピエール・キュト
パリの有名な薬剤師、ピエール・キュトの肖像。
キュトはフランソワ・クルーエの隣人だったそうです。
本作はクルーエが署名したたった二点の作品のひとつ。(参考:『ルーブル美術館 Ⅳ ルネサンスの波動』 日本放送出版協会)
Claude de Beaune de Semblançay, dame de Chateaubrun (v. 1530-1571)
Claude de Beaune de Semblançay, dame de Chateaubrun (v. 1530-1571)., 1563, INV 3277 ; C 329

引用元:Claude de Beaune de Semblancay
Louis de Saint-Gelais, seigneur de Lansac (av. 1515/13-1589) / ランサック領主 ルイ・ド・サン=ジュレ
Louis de Saint-Gelais, seigneur de Lansac (av. 1515/13-1589), gouverneur de François II et de Charles IX, surintendant de la maison de Catherine de Médicis., 1550 / 1575, INV 3270; B 2392

ルイ・ド・サン=ジュレは、フランソワ2世、シャルル9世、カトリーヌ・ド・メディシスに仕えた人物です。
実父はフランソワ1世のようです。
ルイ・ド・サン=ジュレは外交に手腕を発揮。 カトー・カンブレジ条約でスペイン王フェリペ2世と結婚するエリザベート・ド・ヴァロワに付いてスペインに向かいました。
Pierre Forget, seigneur de Fresnes (1544-1610) / フレスヌ領主 ピエール・フォルジェ
Pierre Forget, seigneur de Fresnes (1544-1610)., 1565, RF 1941 29

引用元:Pierre Forget, seigneur de Fresnes
Diane de France, duchesse d’Angoulême (1538-1619), fille naturelle et légitimée de Henri II, roi de France / アングレーム女公 ディアーヌ・ド・フランス
Diane de France, duchesse d’Angoulême (1538-1619), fille naturelle et légitimée de Henri II, roi de France., 1568, INV 3271 ; B 2424
2026-4-30 non exposé / Not on display / 現在展示されていません

引用元:ディアーヌ・ド・フランス
ディアーヌ・ド・フランス(1538年7月25日 – 1619年1月11日)は、フランス王アンリ2世と愛妾フィリッパ・ドゥーチの間に生まれました。
1557年、アンヌ・ド・モンモランシーの長男 フランソワと再婚しています。
フランソワ・クルーエの肖像画で見る1500年代後半のフランス宮廷
クルーエ親子
Jean Clouet / 父 ジャン・クルーエ(1485年頃 – 1540/1541年)

引用元:ジャン・クルーエ User:Mel22 CC-BY-SA-4.0
ブルゴーニュ公国出身の画家で、フランスで活躍しました。
国王フランソワ1世、フランソワ1世の姉マルグリットなどの肖像で有名。

引用元:フランソワ1世騎馬像
Département des Arts graphiques / グラフィック・アーツ部門Portrait équestre de François Ier, Vers 1540, MI 1092, Recto
François Clouet / 息子 フランソワ・クルーエ(1520年頃 – 1572年)

引用元:フランソワ・クルーエ
フランソワ・クルーエはトゥールで生まれ、父ジャンに師事。
父同様、侍従長と国王専属画家の職を務めました。
アンリ2世、カトリーヌ・ド・メディシス、スコットランド女王メアリー・ステュアートなど、フランス宮廷の人びとを描いています。

クルーエ親子作じゃないけどルーヴル美術館収蔵の王家関連作品
アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエ扮する女神の絵。
Salle 823, Aile Richelieu / リシュリュー翼823展示室Diane chasseresse, 1540 / 1560, INV 445

引用元:『狩りの女神ディアナ』
愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエの姿『狩りの女神ディアナ』(フォンテーヌブロー派)
ルーヴル・ランス美術館Buste de Louise de Savoie, mère de François Ier (1476-1531) , vers 1515, RF 2659

引用元:ルイーズ・ド・サヴォワ Tangopaso
フランソワ1世のお母さま ルイーズ・ド・サヴォワ胸像。
