狩りの女神として描かれ、その姿を現代に残す、フランス王アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエ。他の画家によるディアーヌの絵画と、ディアーヌが愛した美しいシュノンソー城のおススメ動画もご紹介します。

展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。
Diane chasseresse / 『狩りの女神ディアナ』
Salle 823, Aile Richelieu / シュリー翼823展示室Diane chasseresse, 1540 / 1560, INV 445

引用元:『狩りの女神ディアナ』
森の中、頭に三日月の飾りを着け、手には弓、そして矢筒を持った女性が犬を従えています。
これらの持ち物から、この女性が月と狩りの女神、処女神ディアナだと判ります。
すらりとした、少年のような伸びやかな肢体に、イタリアのマニエリスムの影響が感じられます。

引用元:『狩りの女神ディアナ』

引用元:『狩りの女神ディアナ』
École de Fontainebleau / フォンテーヌブロー派
フォンテーヌブロー宮を舞台に活躍した画家たちを総称して「フォンテーヌブロー派」と呼びます。
そのため、個人名が伝わっていない画家も多くいます。
『狩りの女神ディアナ』は、以前は、フォンテーヌブロー派の画家ルカ・ペンニ(Luca Penni, 1500年または1504年 – 1556年) の作品とされていました。
ルカ・ペンニは、1530年頃にフランソワ1世に呼び寄せられたイタリアの画家のひとりです。
ラファエㇽロの弟子で、かつてはルーヴル美術館の《狩人姿のディアナ》(一五五〇-六〇年頃)の作者に擬せられたこともあるルカ・ペンニ(一五〇〇頃-一五五六)は、ロッソと相前後してフランスに到着し、「フランソワ一世のギャラリー」の装飾に協力したことがわかっている。しかし、ロッソの死後、おそらくはプリマティッチオによって遠ざけられたのであろうが、彼の名は、フォンテーヌブローの記録からは消えてしまう。ただし、その後も古典主義的傾向の強い肖像画や宗教画などで活躍し、パリで世を去った。
高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史』. 講談社学術文庫. p.28.
現在のルーヴル美術の解説欄、アーティスト名に、「 Carmoy, Charles 」(カルモワ、シャルル)の名がありますので、『狩りの女神ディアナ』はこの画家によるものかと思われます。
フランソワ1世(1494年 – 1547年)
遠征した先のイタリアで、イタリア芸術の素晴らしさに魅せられたフランソワ1世は、イタリアからマニエリスムの芸術家を招聘。フォンテーヌブロー宮の改装に当たらせます。

引用元:フランソワ1世
Salle 822, Aile Richelieu / リシュリュー翼822展示室François 1er (1494-1547), roi de France., 1525 / 1550, INV 3256 ; B 1964
ロッソ・フィオレンティーノ、フランチェスコ・プリマティッチオなどの芸術家たちを通して、フランスにイタリアのルネサンス文化が伝わっていきました。
イタリアのマニエリスムを受け継いだフォンテーヌブロー派は、いっそう優美に、フランス宮廷風に洗練されていきます。
フォンテーヌブロー派にはヴィーナスよりディアナが人気
神話画でよく描かれる愛と美の女神ヴィーナス。
しかし、フォンテーヌブロー派には月と狩りの女神であるディアナの方が人気がありました。
フランソワ1世の息子・アンリ2世には20歳年上の、ディアーヌ・ド・ポワチエという愛妾がいました。
ディアナが人気だったのは、この愛妾と同じ名前だったためといわれています。
フォンテーヌブロー派が活躍した時代は、繰り返される戦争と戦争の間の小休止の時期に当たりました。
王が持つ権力が強くなり、王の愛妾たちも王の寵を争い、政治に介入し、権力を握るようになります。
Diane de Poitiers / ディアーヌ・ド・ポワチエ(1499年 – 1566年)

引用元:ディアーヌ・ド・ポワチエ

引用元:ディアーヌ・ド・ポワチエ
亡くなるまでその美しさが衰えることがなかったといわれるディアーヌ。
フランソワ1世の時代から宮廷に仕え、少年だったアンリ2世の心を捉えて離しませんでした。

引用元:アンリ2世
アンリ2世はディアーヌのために、パリ近郊にアネの城館 (château d’Anet) を建てます。
この城館にはディアーヌにちなむ大理石の噴水彫刻、『アネのディアナ』が置かれました。
Diane d’Anet / 噴水彫刻『アネのディアナ』

引用元:現在のアネの城館にある彫刻 Gérard CC-BY-SA-4.0

引用元:『ディアナの噴水』 Nathanael Burton CC-BY-SA-2.0
Salle 214, Aile Richelieu / リシュリュー翼214展示室Diane appuyée sur un cerf, 1540 / 1560, MR 1581 ; N 15107 ; N 15108 ; N 15109
ルーヴル美術館のサイトでは『Diane appuyée sur un cerf(鹿に寄りかかるディアナ)』(2026年現在)となっています。通称は『La Diane d’Anet』(アネのディアナ)』。
当初はアネ城の中庭に置かれていたそうです。
1819年にルーヴル美術館の所有となりました。
下の絵は19世紀に描かれた、『アネのディアナ』の制作風景の歴史画です。

引用元:『ジャン・グージョンのアトリエのディアーヌ・ド・ポワチエ』
Salle 937, Aile Sully / シュリー翼937展示室Diane de Poitiers chez Jean Goujon., vers 1825, RF 1997 38
自室で愛でる美魔女ディアーヌの姿
ディアーヌを描いたとされる16世紀の作品
ディアーヌの姿は当時の他の作品にも描かれています。
Finding of Moses – Allegorical family portrait /『モーセの発見』 1562年頃 ベルナルト・リック ワルシャワ国立美術館蔵

引用元:『水から救われるモーセ』
ワルシャワ国立美術館Finding of Moses – Allegorical family portrait
かつて「フォンテーヌブロー派の作」とされていましたが、現在は、フランドル出身のルネサンス期の画家 ベルナルト・リック (Bernaert de Rickere) とされています。
Rickere の読み方はリック? リッケレ? よくわからなかったため、Wikipedia の「リック」としています。
アンリ2世の家族を描いたといわれる本作『モーセの発見』では、ディアーヌはモーセを救うファラオの娘として描かれています。
この並外れた作品の起源となった、1876年から1906年まで国立美術館の前身である美術館の名誉館長を務めたキプリアン・ラチニツキは、その作者をフランソワ・クルーエと結びつけ、(フランスの歴史家ルイ・ヴィテに倣って)作品に隠された寓意的内容に関する興味深い仮説を提唱した。 「ファラオの娘」(1560年代のファッションに身を包んだ女性たちの中で、唯一裸体を部分的に覆い、宝石で飾られている)は、フランス国王アンリ2世の寵愛を受けたヴァランティノワ公爵夫人ディアーヌ・ド・ポワティエで、言い伝えによれば、王室の子供たちを愛情深く世話した人物である。エジプトの王女が発見された赤ん坊のモーゼを乳母に託した例にならい、ディアーヌ・ド・ポワティエはアンリ2世の末裔である生まれたばかりのアランソン公を、自ら選んだ乳母に託した。この仮説には根拠がないわけではない。絵に描かれた宝石にはディアーヌ・ド・ポワティエの本物のシンボル(いわゆる「数字」)が刻まれており、構図の左側に描かれた2人の少年の姿は、ルーブル美術館に保存されている若いヴァロワ(後のフランソワ2世とシャルル9世)の肖像画に似ていることが分かっている。この絵画が制作された当時(1560年代)、少年たちは10歳以上年上だったはずです。(Google翻訳)
アンリ2世の王子たちについては、言われてみれば、なんか面影がある、ような。
ご興味があれば、下の記事も併せてご覧ください。


下の二作品の婦人像はディアーヌ・ド・ポワチエといわれていますが、どちらも彼女の死後の作品です。
A Lady in Her Bath /『湯浴みする女性』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ナショナル・ギャラリー・オブ・アート蔵

引用元:『湯浴みする女性』
ナショナル・ギャラリー・オブ・アートA Lady in Her Bath
Bildnis einer Dame /『婦人の肖像』 1534年 – 1566年 フォンテーヌブロー派 バーゼル美術館蔵

バーゼル美術館蔵Bildnis einer Dame
少し前の書籍だと『ディアーヌ・ド・ポワチエの肖像』となっているかもしれません。
バーゼル美術館の解説には「フィリピーナ・ヴェルザー(1527年 – 1580年)」の名が見えますので、そちらかな?
おススメの動画『Château Chenonceau 3 – Diane de Poitiers (Fontainebleau School)』

ディアーヌ・ド・ポワチエがアンリ2世から贈られたシュノンソー城。betapicts 様による、シュノンソー城シリーズの3つ目のようです。英語の解説ですが、美しい景観や絵画、彫刻を楽しむことができます。
アンリ2世とその家族に関する記事( hanna_and_art’s blog )
ヴェルディの『ドン・カルロ』ヒロインのモデル、エリザベート・ド・ヴァロワ
フランソワ・クルーエの肖像画で見る1500年代後半のフランス宮廷
ヴァロワ朝の王にはフランソワ1世、アンリ2世、アンリ3世らがいます。フォンテーヌブロー派の絵画を観る前に目を通しておくと良いと思われます
国王の愛と欲望で学ぶフランス史
『ヴァロワ朝』『カペー朝』『ブルボン朝』が三冊一緒になっています
ヴァロワ朝の人々
ルーヴル美術館では多くのディアナ像を観ることができます
- 高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史』. 講談社学術文庫.
- 小島英煕(著). H6-1-20. 『ルーヴル・美と権力の物語』. 丸善ライブラリー.
- 有地京子(監修). 青い小鳥アート研究室(編). 2019-12-13. 『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』.誠文堂新光社.
- 大友義博(監修). 2014-10-12. TJMOOK 『一生に一度は見たい ルーヴル美術館BEST100』. 宝島社.
- アンリ・ロワレット(総監修). 2005-2-6. 『別冊太陽 ルーヴル美術館』. 平凡社.




