光り物はお好きですか?博物館や美術館で見る昔の指輪、肖像画に描かれた指輪の装着状況について調べたい時は『指輪の文化史』をどうぞ。
引用元:イングランド王ヘンリー8世
『図説 指輪の文化史』
中学生の頃、歴史の資料集を見るのが大好きでした。
カラー写真が豊富な『図説』シリーズはあの時の資料集を思い出します。
なんと言っても、百聞は一見に如かず。
わかり易いのが一番です。
『指輪の文化史』は1999年に白水社から、2004年に白水社Uブックスシリーズから単行本が出ています。
『図説 指輪の文化史』と著者名を見た時、私が所有している書籍のビジュアル+修正版かな?と思ったのですが、あとがきにもあるように、本書はその後に入手した資料を参照して、一部を除き新たに書き下ろしたとのこと。
新たに加えられた豊富なカラー画像のおかげで格段にわかり易くなっています。
資料集というより、眺めて楽しい写真集のようでもあります。
著者の浜本隆志氏は1944年生まれ、関西大学名誉教授でいらっしゃいます。
専門はドイツ文化論、比較文化論で、私からしたら神様のような存在。著書も多く、私は『拷問と処刑の西洋史』『笛吹き男の正体』他を持っています。
- 浜本隆志(著)
- 出版社 : 河出書房新社
- 発売日 : 2018/8/24
- 単行本 : 120ページ
- ISBN-10 : 4309762735
- ISBN-13 : 978-4309762739
- 浜本隆志(著)
- 出版社 : 白水社
- 発売日 : 2004/4/1
- 単行本 : 214ページ
この本の目次
- 序章 人はなぜ指輪を付けるのか
- 第1章 結構指輪の文化史
- 第2章 指輪の魔力と護符
- 第3章 メモリアルリングの系譜
- 第4章 さまざまな目的の指輪
- 第5章 指輪が語るヨーロッパ史
- 第6章 指輪伝説から近代の指輪物語
- 第7章 指輪をつくっていた人、売っていた人
- 終章 日本の指輪文化の特色
指輪はお好きですか?
普段アクセサリーを着けないひとでも、もしかしたら指輪はお持ちなのではないかと思います。
高級ブランドの、小粒ダイヤがいっぱい付いた指輪も素敵ですし、物語(いわく?)のありそうなアンティーク・リングもまた歴史の浪漫を感じるもの。
私は普段職場では着けませんが、アンティークの指輪を中心にいくつか持っています。
この記事に目を留めてくださったあなたは、指輪のどんなことに興味があるのでしょうか。
- 人が指輪をつけるのはなぜか
- 日本における指輪や装身具の空白の期間があるのはなぜか
- 結婚指輪の交換はいつ始まったのか
- フェデリング、ギメルリング、ディアレスト指輪、リガード指輪、メモリアルリングなど、指輪の種類
- マリー・アントワネットの遺髪が収められた指輪が見たい
- メアリー・ステュアートの印章指輪が見たい
- ジャンヌ・ダルクの指輪が見たい
- ツタンカーメン王のミイラが着けていた指輪が見たい
- 毒入り指輪、香料入り指輪、鍵付き指輪が見たい…などなど。
とりあえず本書を開いてみたくなりますよね。
例えば、日本には1100年間の指輪の空白期があるそうです。
弥生時代や古墳時代に存在した指輪文化が奈良時代以降姿を消してから、江戸時代末期までに至る期間です。
それはなぜ?
それって世界にも他に類が無いことなの?
着物と装身具の関係って?
実は結構な量の情報が、この一冊に詰まっています。
西洋の肖像画を観る前や、ルーヴル美術館やヴィクトリア&アルバート美術館など、指輪を多く所有している美術館に出掛ける前に読んでおくと役に立つと思います。
ヘンリー8世の指
イングランド王ヘンリー8世(1491年-1547年) 1540年 ハンス・ホルバイン(子) ローマ、国立絵画館蔵
生涯で6度結婚し、最初と4番目の妃を離婚、2番目と5番目の妃を斬首したイングランド王ヘンリー8世イングランド王ヘンリー8世(Henry VIII, 1491年6月28日 – 1547年1月28日)。
最初の離婚の際、ローマ・カトリック教会からのイングランド国教会の分離。
子供たちに、
エドワード6世(3番目の妃・ジェーン・シーモアとの息子)、
メアリー1世(最初の妃・キャサリン・オブ・アラゴンとの娘)、
エリザベス1世(2番目の妃・アン・ブーリンとの娘)
がいます。
威厳たっぷりの肖像画ですね。本書にはこの絵が掲載されています。
ガウンの大きな肩パッドが印象に残りますね。
衣装にはスラッシュ(切れ目)が入っていて、下に着たリネンがぷくぷくと出ています。
手には手袋を持っています。
第5章-5「イングランド王ヘンリー八世と宮廷画家ホルバイン」
それでは、ヘンリー8世の指を見てみましょう。
左右の人差し指と小指に指輪をしています。
人差し指の指輪は、「人を指揮するシンボルと考えられ、この時代の王侯貴族には一般的な傾向である。」とのことです。
肩にかかる装身具(カラー)は金にルビー、オパール、真珠でできているようです。
さらに金、ルビー、オパール、真珠の装身具、コッドピース(股間袋、男性性をアピール)、男性用の白色のストッキングを身に付け、衣服にも宝石類の装身具を付けて、左右の人差し指と小指に指輪をはめている。なお人差し指の指輪は人を指揮するシンボルと考えられ、この時代の王侯貴族には一般的な傾向である。王は宮廷画家だけでなく、宝石職人を雇っていたことから、それを身に付け、肖像画を描かせることによって、王の権威を高めようとしていることがわかる。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. p.73.
引用元:ヘンリー8世
この先、この時代の王侯貴族の肖像画を観る時は、注意して観るようにします(誓い)。
ハンス・ホルバイン(子)( Hans Holbein ( der Jüngere ), 1497年/1498年-1543年)
ヘンリー8世の胸元に光るペンダントヘッドも素敵なデザインですよね。
宮廷画家のホルバインはジュエリーのデザイン画も残しています。
引用元:ジュエリーのデザイン画
股間にも注目 コッドピース( codpiece )
肩パッドの入ったガウンを着て、威圧するように両脚を広げて立つ国王。
指輪と共に目が行くのが、「コッドピース」( codpiece, コドピースとも表記 )と呼ばれる、股袋(またぶくろ)。
股間の前開き部分を覆うための布のことですが、実用と同時に、「男らしさ」、つまり「男性性」を強調しています。
引用元:ヘンリー8世
体型を大きく強調するのが流行したこの時代。
コッドピースも時には豪華に。
時には思い切り大きく。
おがくずなどの詰め物もしたりしましたが、この中に貨幣やお菓子なども入れて持ち運んだそうです。
引用元:ヘンリー8世
次に、「ベーシズ」と呼ばれる「スカート」です。
『ファッションの歴史 西洋中世から19世紀まで』(八坂書房)では、上の「銀糸で織った布にさらに豪華な刺繍が施されたベーシズ」を着けたヘンリーの絵を挙げています。
1520年、ヘンリー8世とフランスのフランソワ1世が、仏カレー近郊バランゲムの平原で会見しました。(「金襴の陣」または「錦野の会見」と表記することが多いと思いますが、書籍内では「金刺繍平原」とされています)
そのときのヘンリー8世の衣裳、ベーシズについて、「金刺繍と銀刺繍のひだが交互にたたまれて、裾にはそれぞれ反対の色で縁取りされていた」と記録にあるそうです。
次に、ヘンリー8世と半年程で離婚に応じ、その後は「王の妹」として、与えられた年金で悠々自適生活を送った四番目の妃アン・オブ・クレーヴズの「指」をご紹介します。
四番目の妃アン・オブ・クレーヴズ( Anne of Cleves, 1515年9月22日-1557年7月17日)
引用元:アン・オブ・クレーヴズ
ルーヴル美術館:Portrait d’Anne de Clèves (1515-1557), reine d’Angleterre, quatrième épouse de Henri VIII
1539年にホルバインによって描かれたこの肖像画は、ヘンリー8世に向けた「お見合い肖像画」です。
お見合い用ですから、彼女がはめているのは結婚指輪ではありません。
ヘンリー八世と六人の王妃たちの肖像画は、すべてがホルバインの作品ではないが、ほとんどが人差し指、薬指に指輪をはめている。王妃候補のアン・オヴ・クレーヴズも右手人差し指と薬指、左手親指に指輪をはめている。共通しているのは複数の指輪を両手にはめていることである。親指と小指の例は少数であるが、中指にはめているものはだれもいない。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. pp.73-74.
そこで中指に注目。
三番目の妃ジェーン・シーモア( Jane Seymour, 1508年-1537年10月24日)
引用元:ジェーン・シーモア
五番目の妃キャサリン・ハワード( Katherine Howard, 1521年?-1542年2月13日)
引用元:キャサリン・ハワード
六番目の妃キャサリン・パー( Catherine Parr, 1512年-1548年9月5日)
引用元:キャサリン・パー
長女 イングランド女王メアリー1世( Mary I of England, 1516年2月18日-1558年11月17日)
引用元:イングランド女王メアリー1世
次女 イングランド女王エリザベス1世( Elizabeth I, 1533年9月7日-1603年4月3日)
宝石好きのヘンリー8世の娘たち、メアリーとエリザベスも大の宝石好きだったそうです。
確かに、中指に指輪はありませんね。
何気なく見ていた肖像画が、その時代の指輪の装着状況を現代の我々に伝えてくれます。
ザクセン選帝侯妃ジビュレ・フォン・ユーリヒ=クレーフェ=ベルクの肖像( Portrait of the Electress Sibyl of Saxony ) 1533年 ルーカス・クラナッハ(父) コペンハーゲン国立美術館蔵
引用元:ザクセン選帝侯妃ジビュレ・フォン・ユーリヒ=クレーフェ=ベルクの肖像
この絵の女性は、アン・オブ・クレーヴズの姉、ジビュレです。
妹アンの肖像画はハンス・ホルバイン(子)ですが、姉ジビュレの肖像画は北方ルネサンスの巨匠・ルーカス・クラナッハ(父)です。
ジビュレはユーリヒ=クレーフェ=ベルク公ヨハン3世の長女としてデュッセルドルフで生まれ、ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒの妃となりました。
ジビュレの指にも指輪がありますが、中指には無いですね。
アグネス・フォン・ハイン( Bildnis der Agnes von Hayn, geb. von Rabenstein, 1543年) 1543年 ルーカス・クラナッハ(子) シュトゥットガルト州立美術館蔵
引用元:アグネス・フォン・ハイン
シュトゥットガルト美術館:Bildnis der Agnes von Hayn, geb. von Rabenstein
指輪部分が『指輪の文化史』(白水uブックス)の表紙に使われている肖像画。116ページにも『女性肖像画』として載っています。『図説 指輪の文化史』では22ページに掲載。
作者はクラナッハの息子です。(『図説 指輪の文化史』(p.22)、『指輪の文化史』(白水uブックス)には『アナ・フォン・ミンクヴィッツの肖像』とありますが、シュトゥットガルト州立美術館には「アグネス・フォン・ハイン」とありました)
とにかく豪華で素敵な首飾りに指輪ですね(欲しい)。
ドイツの肖像画について、「十個以上、ときには二十個以上の指輪をはめている例もあるが、ただ中指にだけは伝統的にはめていない」という記述の例に挙げられています。(参考:『指輪の文化史』(白水uブックス)p.116.)
その他掲載されている指輪
第2章-5「ヘビ信仰と指輪」
古代ローマの美術展などで見る機会も多いヘビのフォルムの指輪。
後世のキリスト教においてはあまり良いイメージではありませんでしたが、古代におけるヘビは豊穣のシンボルでした。
書籍には別の指輪が掲載されていますが、この記事ではウォルターズ美術館の収蔵品を載せました。
引用元:ローマ時代(1世紀)の蛇形の指輪 Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
古代エジプトの女王クレオパトラは毒蛇に自らを咬ませ、自害したとされています。
下の画像はクレオパトラを演じたフランス出身の女優、サラ・ベルナールのためのブレスレットと指輪です。
引用元:女優サラ・ベルナールのスネーク・ブレスレット Fonds Françoise Foli CC-BY-SA-4.0
21、2歳の頃、書籍でこのブレスレットを見て、この世にこんな美しいものが存在するんだと衝撃を受けました。
アール・ヌーヴォーにハマっていろんな本を探し、読んでいた頃のことです。懐かしい。
第3章-2「ピューリタン革命の犠牲者 チャールズ一世とメモリアルリング」
1649年、ピューリタン革命で処刑されたイングランド王チャールズ1世の肖像画の入ったメモリアルリングも紹介されています。
王の処刑後、
王党派は王の肖像画を彫り込んだメモリアルリングをつくり、ひそかにその同志に配った。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. p.47.
とあります。
ここにはヴィクトリア&アルバート美術館に収蔵されているものを挙げておきます。
美術館の解説によると、指輪はおそらく18世紀に作られ、17世紀半ばに描かれたと思われる肖像画がはめ込まれているそうです。
第5章-4「稀代の悪役にされたリチャード三世と指輪」
シェイクスピアの戯曲『リチャード三世』で有名なイングランド王リチャード3世( Richard III, 1452年10月2日-1485年8月22日)。
引用元:リチャード3世
引用元:リチャード3世
戯曲では「容貌は醜悪」とされた悪役、リチャード3世。
言われている程醜悪には思えませんが、どちらの肖像画も本人の死後に描かれたとされているものです。(没年は1485年)
二つを並べてみると、描かれている表情は神経質そうであるが、悪役顔という風にはみえない。当時、おそらく生前の王の姿を知る人がいたので、顔そのものは本人そのままに描いたものと考えられる。ただし奇妙なことに二つの肖像画はどちらも指輪が目立つように描かれ、これが重要なメッセージを伝えているように思われる。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. p.72.
そう、ふたつとも、指輪と指輪に触れる指が目立つのです。
上の絵では、リチャードは指輪を抜き取ろうとしているように見えますよね。
その意味は、
つまりこの絵は、王妃のアンを毒殺したという噂にもとづく解釈であるとされ、王の冷酷な悪人説に沿って描かれている。しかし史実では王妃の死は一四八五年に結核によるものであって、毒殺説はねつ造されたものである。したがってこの王の人物評価は、指輪が物語るように、「ばら戦争」の勝者のランカスター家の意図的な改ざんがなされているといえよう。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. p.72.
では下の絵ではどうか?
やっぱり指とか指輪に視線が行きますよね。
右手の親指、薬指、小指の指輪をクローズアップしていることは明らかだ。この三つの指輪が何を意味しているのかは解釈の域を出るものではないが、ただ常識的には親指は直系の親、薬指は配偶者の王妃、小指は子どもということになる。目立つ構図で小指に指輪を装着しようとしているのは、王家の後継者に問題があることを暗示している。
浜本隆志(著). 2018-8-30.『指輪の文化史』. ふくろうの本 河出書房新社. p.72.
面白いですね。
この本の中で私が気になったのは、これらイングランドの王たちとその指輪でした。
他にも興味深い事柄が載っていますので、ぜひ本書をお読みください。
2014年の美術展『橋本コレクション 指輪』
2014年に行われた「指輪」展。
この図録、大変分厚いもので、ネットで見る価格も結構お高いものですが、もし指輪についてもっと知りたいなら見て損はないと思います。
古本屋さんで見掛けたら超ラッキー、即買いです。図書館にあったらとりあえず開いてみてください。
過去に開催された美術展のチラシ、「橋本コレクション 指輪」(目録)を見てみたい方はこちらです。別館に飛びます。
下は2000年に行われた指輪展の図録です。こちらの図録も良いですよ。