『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』(翔泳社)から、個人的に気になっている「古代ギリシャ・ローマ彫刻」の話。
引用元:ダビデ像 Francisco Anzola CC-BY-2.0
『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』
引用元:ダヴィデ像 David Gaya CC-BY-SA-3.0
教科書や資料集でよく目にする超有名な彫刻ですね。
ルネサンスの時代に活躍したミケランジェロの作品、ダヴィデ像が本書の表紙。
旧約聖書に登場するダヴィデが、巨人ゴリアテとの戦いに臨む場面です。
著者は株式会社SDアートの代表取締役の堀越 啓氏です。
「はじめに」から引用させていただくと、「会社では「アートを通じて社会を豊かにする」というビジョンのもと、アート関連イベントの企画事業やセミナー・コンサルティング、美術作品の売買等を行っています。私たちはフランスのロダン美術館と深い親交があり、ロダン美術館が所蔵し販売するオーギュスト・ロダンの作品を日本で販売することができるエージェントです。」とのこと。
最初本書をパラパラとめくって、なんとなくロダン多め?と感じたことも、この文を読んで納得しました。(もちろん、ロダンは彫刻史上の重要人物だということもあります。ロダン好きな方は楽しい本かと)
絵画に関する書籍は多く出ていますが、それに比べて、彫刻の見方や歴史を解説してくれる本は少ないと思います。
例えば、よく「古代ギリシャ・ローマ彫刻」という言い方で一括りにされる古代ギリシャ・ローマ彫刻ですが、「なんで一緒くたに書かれるの?」とか、「古代ギリシャ彫刻も、古代ローマ彫刻も同じなの?」「違うの?じゃ、ギリシャ彫刻とローマ彫刻の違いって何?」って思ったことはありませんか?
私は思っていました。ですので、このような、以前の私が知りたかったことが書かれていると、嬉しいです。
個人的には、古代エジプトや古代ギリシャ・ローマの彫刻について、もっと多くページ数が取られていると良かったな、とは思いました。(次の機会にぜひお願いします)
しかし、「あんまり彫刻自体に馴染みが無いけどこれから勉強したい」「何から読んだらいいのかな」という方の、「とっかかり」には充分になるのではないでしょうか。
世界の「これだけは押さえておきたい」彫刻作品を見るのも楽しいですし、北海道から九州まで、彫刻が堪能できるおすすめスポットも掲載されています。
- 堀越 啓(著)
- 出版社 : 翔泳社
- 発売日 : 2022/4/22
- 単行本(ソフトカバー) : 240ページ
- ISBN-10 : 4798172936
- ISBN-13 : 978-4798172934
この本の目次
- はじめに
- 第1章 彫刻はこんなにおもしろい
- 彫刻の特徴とは?「縦横思考」で考えると見えてくる
- なぜ、いま「彫刻」なのか?
- 彫刻の特殊性から派生する「どこまでが本物なの?」という問題
- パブリックアートの三つの魅力
- コラム 彫刻の起源
- 第2章 彫刻から美術史が簡単に理解できる
- 彫刻から美術史が簡単に理解できる!
- 5つの彫刻の流れのポイントを覚えれば、美術史を理解できる!
- 古代ギリシャ・ローマ(ギリシャ・ローマ)
- ルネサンス(イタリア)
- ロダンの登場(フランス)
- 20世紀ポストロダンじゃ(フランス、アメリカ)
- 拡大する彫刻のジャンル
- 4次元、5次元を目指すアート
- コラム 富が集まるところにアートが栄える?
- 第3章 彫刻作品を鑑賞するコツ
- 彫刻は理解するのが難しい?
- 美術鑑賞の5つのフレームワークとは?
- 屋外彫刻鑑賞ができる おすすめスポット8選
- コラム 日本の近代彫刻の流れ
- 第4章 これだけは押さえたい彫刻作品
- ギリシャ、ローマの美しき彫刻たち
- ドナテッロ、ミケランジェロによるルネサンスの煌めき
- ベルニーニらによるドラマチックなバロックの時代
- 古典作品を打ち破った、ロダン、ブールデル、マイヨール作品
- 「彫刻って何?」と問題提起したピカソ、ゴンサレス作品
- 抽象的な新しい表現。ブランクーシ、ジャコメッティ作品
- 戦後の彫刻たち
- コラム 静から動へ……動き始めた彫刻
- 第5章 彫刻で人生が豊かになる
- 見方が変わると人生が変わる理由~見方が8割、人生を決めるのは「見方」
- 彫刻鑑賞で得られる三つの「S」
- ヨーゼフ・ボイスが提唱した「社会彫刻」とは?
- 誰もがARTISTになる時代
- コラム ミュージアムが連なり、アミューズメントパークへ
- 巻末付録 日本で見るべき彫刻作品29選
第2章から 古代ギリシャ・ローマ(ギリシャ・ローマ)の彫刻
西洋美術における「美の基準」となった古代ギリシャ・ローマの彫刻。
神様に捧げるためにつくられたという彫刻はどれも美しく、堂々としていて、理想的な姿です。
著者は、多神教であるギリシャ神話に触れ、
そして、この「さまざまな神様」は、人間に非常に近しい存在のように描かれており、人間の肉体はこの神々から授かったという考え方でした。
そして、「美しい肉体こそ、神様に喜んでいただける、善なるもの」という考えだったことから、力強い筋肉をもちバランスがとれた男性像こそ美しいという考え方が生まれていきました。その結果、理想的な美をつくる際には、その人間の姿をそのまま表すことができる彫刻が好まれ、成形と耐久性の点で適した素材のブロンズや大理石が用いられるようになりました。このため、彫刻の完成度が非常に高く、現代にまで続く「ギリシャ彫刻のような肉体」という表現が根付いていったのです。
堀越 啓(著). 2022-4-22. 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』. 翔泳社. pp. 63-64.
と仰っています。
彫刻はブロンズで制作されることが多かったのですが、現存しているものはほとんどありません。
像が現存していない理由として、「繰り返される天災や争い等の中で武器にされたり、消失したりしたため」とあります。
古代ギリシャはローマ帝国が成立するにつれその領土を失い、結果的にギリシャのブロンズ彫刻などの美術品は、ローマに吸収されていきました。そしてローマ人たちもこのギリシャ彫刻の美しさに魅了された結果、大理石で模倣する「ローマンコピー」という作品が生み出されていきました。
古代ギリシャ彫刻、ローマ彫刻がひとくくりに語られていますが、ギリシャの時代につくられたオリジナルのブロンズ彫刻は失われてしまったことから、ローマの時代につくられた大理石のコピーを通じて、ギリシャ彫刻を見ているという事情があるからです。
堀越 啓(著). 2022-4-22. 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』. 翔泳社. p. 65.
古代ギリシャで女性の裸体像が作られるようになったのは、男性の裸体像よりもずっと後です。
男性の均整の取れた身体の像は社会的にも賞賛されましたが、恋愛や性を意識した裸体彫刻で女性を表現することは避けられていました。
このタブーを破ったのが、女神を全裸で表現した「クニドスのヴィーナス(アフロディテ)」像。
引用元:『クニドスのヴィーナス』 Daderot CC-Zero
「クニドスのヴィーナス」像もローマ時代のコピーは残っていますが、大理石で作られたというオリジナルは残っていません。
彫刻家プラクシテレスの愛人だったフリュネ(フィリーネ)をモデルにした女神像は、このような外観だったようです。
くぼみのついた両肩および陰影のある胸は、パロス島産の大理石がもつ鮮やかな色調を帯び、頭髪は金箔と金粉で装われ、双の眸には青緑色のトルコ石がはめ込まれ、ベルトとサンダルには宝石がちりばめてあった。足の爪と唇は深紅色に染めてあり、ガウンは青色で銀糸のレースがついていた。したがって、純朴な市民や地方人が、輝く若きフィリーネのこの等身大のレプリカを見たとき、すくなからず男心が騒いだろうことは、想像にかたくない。
ミュリエル・シーガル(著). 小山昌生(訳). 1977-10-11. 『巨匠のモデル』. 白水社. p.13.
見てみたいですよねえ。
「ギリシャ彫刻とローマ彫刻の違い」
次に、ギリシャとローマの彫刻の違いについて、です。
一番わかり易い違いは、「シワの有無」とのこと。
一番わかりやすい違いは、「シワがあるか、ないか」ということです。これは、モチーフの選び方とも言い換えられるのですが、要するに「理想的な美」なのか「現実の描写」なのかという点で異なるのが大きな特徴です。
堀越 啓(著). 2022-4-22. 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』. 翔泳社. p. 66.
若い男性の、力強く均整のとれた肉体を「美しい」とした古代ギリシャ彫刻と、老いさえもそのまま忠実に表現する、写実性重視のローマ彫刻。
老人をモチーフにすれば、その彫刻にシワがあるのは当然ですもんね。
更に、古代ローマは、権力者の姿もモチーフとした肖像彫刻も制作しました。
何故、ローマは、「写実的であること」を重視し、権力者の姿をモチーフにした彫刻をつくったのか。
これは、ローマ帝国という統一国家が生まれ、支配するためのヒエラルキーが生まれたことにより、当時の権力者の権威を表すような表現に寄っていったこと、また、神ではなく人間が治めていることなどを強調する意味合いもありました。
そういった点からも、当時の権力者をモデルにした作品が登場してきたわけです。その代表作が、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの彫刻《プリマポルタのアウグストゥス》です。
堀越 啓(著). 2022-4-22. 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』. 翔泳社. pp 66-67.
『プリマポルタのアウグストゥス』像、これも超有名ですね。確か歴史の教科書に載っていたような。
引用元:『プリマポルタのアウグストゥス』 Till Niermann CC-BY-SA-3.0-migrated CC-BY-SA-2.5
第4章から 『ラオコーン』
引用元:『ラオコーン』 sailko CC-BY-SA-3.0
1506年に、ローマ皇帝ネロの大宮殿ドムス・アウレアの近くから出土しました。
その時ローマに滞在中だったミケランジェロは、このラオコーン発掘の歴史的瞬間に立ち会っています。(うらやましい)
ラオコーン像は長い間ベルヴェデーレ宮殿に置かれていましたが、1799年、侵攻してきたナポレオンによって強奪され、フランスに運ばれて行きます。
その後の1816年、ラオコーン像はナポレオンの失脚後にローマに返還されました。
当時、フランスの美術界は新古典主義と呼ばれる美術様式が主流に。
新古典主義の理論的支柱となったのは、18世紀のドイツ人美術史家であるヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンの著作でした。
ヴィンケルマンは、古代ギリシャの文化は「純白の文化」であると考えていました。
第4章から 「実は白くなかった!古代ギリシャ・ローマの大理石彫刻の衝撃」
エーゲ海を背景に、白く映える美しい彫像群…というのが、私の中の古代ギリシャ彫刻のイメージでした。
それが、最初から白い状態で飾られていたのではなく、実は彩色されていた、と知った時は驚きました。
しかも今の私から見たら、結構カラフル。
本書にもこの話はもちろん掲載されています。
エルギン・マーブル洗浄事件
引用元:エルギン・マーブル Brian Jeffery Beggerly CC-BY-2.0
古代ギリシャのパルテノン神殿を飾った彫刻、エルギン・マーブル。
私にとっては、これこそが「白亜の大理石彫刻の古代ギリシャ」のイメージでしたね。
初めて観た時その荘厳さに圧倒され、それこそ時空を飛び越えた気になり、大いに感動したものです。
この彫刻は、19世紀英国の外交官だったエルギン伯爵が、パルテノン神殿から削り取って持ち帰ったものでした。
「削り取って…」って、改めて書くと、すごく乱暴ですね…。
そしてこのエルギン・マーブル事件ですが、彫刻はもともと色が塗られていました。
しかし、1939年頃、その着色の跡を「汚れ」と見なして削り取ってしまったのです。
そのため、古代ギリシャ人が目にしていた色は再現不能になってしまいました。
この出来事は、「古代ギリシャの神殿は白でなくてはならない」、「静謐な白であった方が観客に受ける」という考えから来る破壊的行為でした。
しかし「こんな着色痕なんて不要だよね。白い方が綺麗」というだけの単純な話ではなく、著者の言葉をお借りすると、
こういった「白亜の大理石」は、実は、つくられたものであり、また、さらに言えば、このギリシャ彫刻の「本来の姿」を伝えることを意図的に拒んでいるのは、西洋美術の起源が、東方にあることを示してしまう非常にまずい可能性を含んでいるからなのです。そう、それは、西洋美術はオリジナルな世界ではなく、もともとは、アジアをはじめとする東方世界に由来する文化だったのではないか。そんな「不都合な真実」すら透けて見えてくるのです。
堀越 啓(著). 2022-4-22. 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』. 翔泳社. p 141.
西洋美術の美の基準、神話に登場する金髪碧眼の女神のルーツが、もしかしたらアジアや東方に由来する、のかも。
大英博物館に行った際には、こういう話も頭に入れておいた上で、エルギン・マーブルを見るのがいいですね。
私も何の予習もしていない状態で観た時と、この次観る時とでは見方が全然違うと思います。
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【電子書籍版】古代ギリシャのリアル[ 藤村シシン ]第4章「これだけは押さえたい彫刻作品」のひとつ、ベルニーニの彫刻
あんまり詳しくないながら、好きな彫刻というのはいくつもあります。
著者が挙げておられる「これだけは押さえたい彫刻作品」の中に、自分の好きな作品や彫刻家の名が挙がっていたら嬉しいですよね。
ミケランジェロもドナテッロも好きだけど、先に浮かぶのは、バロックの巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニかなあ。
昔は苦手だった仰々しさ、派手さが、年を取ったら好きになりました。
年取ったら良さがわかるようになったのだと思いたい。
引用元:『ダヴィデ像』 CC-BY-SA-4.0
引用元:Damned Soul CC-BY-2.0
著者がお好きだという、ベルニーニが 21歳の時の作品 《 Damned Soul 》。
一度見たら忘れられない迫力の表情です。
「地獄を見下ろす、恐怖や不安に憤怒している男性」と、この像の対となる、同時期に制作された「天国を見上げ、恍惚の表情を浮かべる女性」《 Blessed Soul 》も挙げておられます。
男性像の顔のシワ。女性像のうっすら開いた唇。
ベルニーニ、やっぱり天才です。
ミケランジェロ、ドナテッロも出てきます