「一角獣」のモチーフの話(『モチーフで読む美術史 2』から)

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宮下規久朗氏の『モチーフで読む美術史 2』から、「一角獣」のモチーフについて。モローやラファエロ、モレットの絵画も掲載しました。

『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw ) 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵
『妻との自画像』 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵
目次

『モチーフで読む美術史 2』

モチーフで読む美術史 2

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  • 宮下 規久朗(著)
  • 出版社 ‏ :‎‎ 筑摩書房
  • 発売日 ‏ : ‎2015/7/8
  • 文庫 ‏ : ‎272ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4480432841
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480432841

今回は宮下規久朗さんの『モチーフで読む美術史 2』をご紹介致します。

宮下さんは他にも『カラヴァッジョ 聖性とビジョン』『食べる西洋美術史』『欲望の美術史』『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』『カラヴァッジョへの旅』『刺青とヌードの美術史』『知っておきたい世界の名画』なども出されています。

もちろんほとんど読んでます。というか持ってます。何なら電子書籍でも買い直していたりします。ファンです。

本書は、日本や西洋の絵画に登場する「モチーフ」から、画家が言いたかったこと・隠された意味を読み解いていくという知的な遊びを教えてくれます。

何も特別なモチーフが登場するわけではありません。蜂、野菜、傘…と身近なものばかりです。

このモチーフにこんな意味があったのか、と、いちいち感心しますよ。

右の▼マークを押すと「この本の目次」が表示できます

この本の目次
  • 蜘蛛
  • 鹿
  • 栗鼠
  • 麒麟
  • 一角獣
  • 白鳥
  • 鸚鵡
  • 海老
  • 野菜
  • サクランボ
  • ナツメヤシ
  • オリーブ
  • ピアノ
  • ヴァイオリン
  • 甲冑
  • 煙草
  • 硬貨
  • 骰子
  • トランプ
  • 眼鏡
  • シャボン玉
  • 彗星
  • 主要人名索引

表紙『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw )

『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw ) 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵
『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw ) 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵

引用元:『妻との自画像』

アントワープ王立美術館:De schilder en zijn vrouw

本書の表紙はアントワープ王立美術館の『妻との自画像』。

この本の帯の中、小文字で書かれた文に、「この本の表紙の絵、あなたならどこに注目しますか?」とあるのですが、どこって、奥様の顔とか、テーブルの上の食べものとか…。

『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw ) 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵
『妻との自画像』 フランクフルトの画家

引用元:『妻との自画像』

女性の被り物、テーブルの上の果物の近くに蠅が留まっています。

『妻との自画像』( De schilder en zijn vrouw ) 1496年 フランクフルトの画家 アントワープ王立美術館蔵
『妻との自画像』 フランクフルトの画家

引用元:『妻との自画像』

あまりにも身近な虫過ぎて、「あ、ハエがいる」くらいでスルーしそうです。

一番最初の『蠅』の項では、「蠅は世界中どこにでもいて嫌われる存在であるにもかかわらず、美術ではもっとも頻繁に描かれた昆虫である。」と書かれています。

えっ、そうなの?

と思いませんでした?

美術ではもっとも頻繁に描かれた昆虫」と知っただけで、この本買って良かったと思ってしまいましたね。

だって、全然考えたことも無かったんですもん。美術史上、最も描かれた虫が何かなんて。

…まあ、クイズくらいしか使いみちがない知識かもしれませんが、知らなかったことを知るのは面白いですよね。(しかも一冊千円以下の価格で知識が手に入る。お得。)

続いて、

もっともそれは、蠅だけを描くものではなく、画面のどこかに蠅を描き込むものであった。こうした蠅は、美術史学では古来多くの研究が蓄積されてきた。わが国でも東京大学の秋山聰教授による詳細な研究があり、以下の内容もそれに負っている。

宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.8.

あ、そうですよね。蠅一匹を描いた絵というより、画面のどこかに描き込まれたというね…。

騙し絵みたいな絵もありますもんね。

でも、一体どういう意図で? なぜ蠅を、画家は描き込んだのでしょう。

宮下氏が書いておられるように、それは単純な画家の悪戯心か、自らの技量を誇示するものだったのかもしれませんね。

この項ではデューラーやクリストス、クリヴェッリなど結構有名な絵画が掲載されています。

この先実物を見る機会に恵まれたら、真っ先に蠅を探してしまいそうです。

『一角獣 処女神信仰と聖母』から

一角獣、ユニコーンは、馬に似た想像上の動物です。

鶴岡真弓氏の『すぐわかるヨーロッパの装飾文様』(東京美術)を参考にさせていただくと、一角獣には

  • 長い角(らせん状の筋が入っている。毒消しの力がある)
  • ライオンのような尾
  • 牡山羊のあごひげ
  • 二つに割れたひづめ
  • 純白
  • 猛々しいが、処女の命令には従う

という特徴があります。

『モチーフで読む美術史 2』では、このような記述があります。

太古から処女神信仰と結びつき、聖母マリアの処女性と結びつけられてきた。とくに中世の教本『フィシオロゴス』によって知られることとなり、聖母のみならずキリストの受肉を象徴するものとなった。その角を触ればあらゆる傷が治り、処女にしか捕らえられないとされた。

宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.72.

一角獣が処女に弱いとか、角は毒消し効果があるというのはよく知られていますよね。

しかし、「太古から処女神信仰と結びつき、聖母マリアの処女性と結びつけられてきた」話はあんまり語られない気がします。

15世紀くらいに好んで描かれたテーマに、「一角獣の狩り(狩猟)」というものがあります。

下の画像は、猟犬に追われた一角獣が、聖母マリアの懐に逃げ込む場面です。

「一角獣の狩猟」 15世紀後半 エプシュトルフ修道院( Kloster Ebstorf )所蔵
「一角獣の狩猟」 15世紀後半 エプシュトルフ修道院( Kloster Ebstorf )所蔵

引用元:「一角獣の狩猟」

以下の引用文は、ゼヴェリ聖堂のものについての説明ですが、この記事では本書に掲載されている絵画ではなく、エプシュトルフ修道院のものを掲載しています。

構図はほとんど同じで、エプシュトルフ修道院のものにも塀や塔が描かれています。

一角獣を追う狩人が、聖母に受胎を告げに来た大天使ガブリエルとなり、一角獣が聖母に駆け込む。聖母と一角獣の周囲には塀が張り巡らされているが、これは「閉ざされた庭」として聖母の純潔を表す。同じような意味を持つ「閉じた門」や泉や塔も配されている。

宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.72.

次に、クリュニー美術館の素晴らしい有名タペストリー(タピスリー)、『貴婦人と一角獣』を見ることができます。

本当に美しい作品ですね。

『貴婦人と一角獣』( À mon seul désir ) 1484年-1500年の間 クリュニー美術館蔵
『貴婦人と一角獣』( À mon seul désir ) 1484年-1500年の間 クリュニー美術館蔵

引用元:『貴婦人と一角獣』 Didier Descouens CC-BY-SA-4.0

La Dame à la licorne( À mon seul désir )

この美しいタペストリーにインスピレーションを得て制作されたのが、ギュスターヴ・モローの幻想的な絵画『一角獣』です。

『一角獣』( Les Licornes )  1895年頃 ギュスターヴ・モロー ギュスターヴ・モロー美術館蔵
『一角獣』( Les Licornes )  1895年頃 ギュスターヴ・モロー ギュスターヴ・モロー美術館蔵

引用元:『一角獣』

一角獣を従えた聖女も紹介されています。

一角獣を「アトリビュート(持ち物)」としているのはパドヴァの守護聖人、聖ユスティナです。

『一角獣を連れた聖ユスティナと寄贈者』 1530年頃から1534年頃の間 モレット・ダ・ブレシア 美術史美術館蔵
『一角獣を連れた聖ユスティナと寄贈者』( Hl. Justina, von einem Stifter verehrt ) 1530年頃から1534年頃の間 モレット・ダ・ブレシア 美術史美術館蔵

引用元:『一角獣を連れた聖ユスティナと寄贈者』

美術史美術館:Hl. Justina, von einem Stifter verehrt

殉教のシンボルである棕櫚(しゅろ)の葉を持つ聖女に、注文者である男性が跪拝しています。

上品で理知的な美しさのユスティナ。

画家モレットは出身地であるプレシアから「プレシアのラファエロ」(美術史美術館の解説では「北イタリアのラファエロ」”Raffael Oberitaliens” )とも呼ばれます。

もちろん、ラファエロの『一角獣と貴婦人』も紹介されています。

『一角獣と貴婦人』( Dama con Liocorno ) 1505年頃 ラファエロ・サンツィオ ボルケーゼ美術館蔵
『一角獣と貴婦人』( Dama con Liocorno ) 1505年頃 ラファエロ・サンツィオ ボルケーゼ美術館蔵

引用元:『一角獣と貴婦人』

ラファエロの《一角獣を持つ貴婦人》は、《モナ・リザ》に想を得て、小さな一角獣を抱える女性を描いたものだが、見合い用に描かれた処女の肖像画であろう。長らく一角獣の部分は塗りつぶされて、アレクサンドリアの聖カタリナの持物である車輪と棕櫚の葉に変えられていた。無名の女性の肖像画よりも、人気のある聖女の絵にしたほうが価値が高かったからであろう。

宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.73.

修復前の画像では、上着、棕櫚の葉、車輪が描かれています。

1935年の修復前の『一角獣と貴婦人』
1935年の修復前の『一角獣と貴婦人』

引用元:1935年の修復前の『一角獣と貴婦人』

ラファエロは若い女性のお見合い肖像画を描く際、一角獣を描き込むことによって、女性の処女性を強調したのでしょうか。

ラファエロの『一角獣と貴婦人』は、同時代に生きた女性ジュリア・ファルネーゼ( Giulia Farnese, 1474年-1524年3月23日)を描いたものではないかとされていました。

ジュリア・ファルネーゼは長い金髪の持ち主で、非常な美人だったとされます。

私としては「ジュリア・ファルネーゼだといいなー」と思うのですが、現在のところモデルの正体は不明。

裕福な家の女性・マッダレーナ・ドーニ説、ジュリア・ファルネーゼの娘・ラウラ説も挙がっています。

hanna_and_art’s blog の記事一角獣とジュリア・ファルネーゼ

ファルネーゼ家の紋章

ジュリア・ファルネーゼと一角獣の関係ですが、ジュリアの生家ファルネーゼ家は一角獣を紋章としていました。

下の紋章はジュリアの時代よりだいぶ後になりますが、第3代パルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼ時代(1585年-1592年)のものです。

引用元:ファルネーゼ家の紋章 Parair CC-BY-SA-4.0

アレッサンドロ・ファルネーゼも出てきますパルマ公妃マルゲリータ・ダウストリアの肖像(アントニス・モル作)

パラッツォ・ファルネーゼ(ファルネーゼ宮殿)には、一角獣を優しく抱き締める乙女の姿が描かれています。

ファルネーゼ宮殿のガレリア(回廊)は、一六〇〇年にアンニーバレ・カラッチが壮大な天井画を描いたことで名高いが、カラッチの一番弟子ドメニキーノが、その下の壁画に一角獣を抱く乙女を描いている。

宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.73.
『処女と一角獣』 1602年 ドメニキーノ パラッツォ・ファルネーゼ蔵
『処女と一角獣』 1602年 ドメニキーノ パラッツォ・ファルネーゼ

引用元:『一角獣と貴婦人』

ジュリア・ファルネーゼは教皇パウルス3世の妹でした。

兄が教皇庁で出世したのは、ジュリアが教皇アレクサンデル6世の愛人だったためともいわれています。

ルカ・ロンギによる、「おそらくジュリア・ファルネーゼ」とされている絵にも、やはり一角獣が描かれています。

『一角獣と貴婦人』( La dama e l’unicorno ) 16世紀 ルカ・ロンギ サンタンジェロ城国立美術館蔵
『一角獣と貴婦人』( La dama e l’unicorno ) 16世紀 ルカ・ロンギ サンタンジェロ城国立美術館蔵

引用元:『一角獣と貴婦人』

【 Finestre sull’Arte THE BEST OF ITALIAN ART 】 によれば、この絵は1535年頃から1540年頃に描かれたそうです。

ファルネーゼ家が、1524年に亡くなったジュリアのために画家に依頼したようです。

この記事では「一角獣」をご紹介しましたが、「他の項目も面白そうだな」と思われませんか。

私は大変楽しく読ませていただきました。私のブログの元ネタヒントになる話がいっぱい載っています。

項目が多くて、「あれ、どっちに書いてあった? 1巻? 2巻?」となりそうですが、興味を惹かれたものだけでもお読みになると良いと思います。

絶対、「知らなかった。そんな意味があったのか。今度はそこに注目して観なくちゃあ」と思いますから。

「トランプ」の項では、かの有名な『ダイヤのエースを持ったいかさま師』についても書かれています。

オール・カラーではありませんが、まあ、それは仕方ありませんね。オール・カラーだと価格が上がってしまいそうだし。

電子書籍でも紙の本でも、移動中など空いた時間に気軽に「勉強」できるので、お勧めです。

kindle では、『モチーフで読む美術史』1・2巻に『しぐさで読む美術史』もプラスして3冊

『モチーフで読む美術史』1・2巻セットになった電子書籍

目が楽しい、鶴岡真弓氏の著書。オール・カラーの装飾文様です。これも勉強になります。

宮下規久朗氏の著書の一部。良書揃いです。

『モチーフで読む美術史 2』にはヴィーナスの乗る貝についても数行言及あり。ポーズについてはこちらをどうぞ

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