書籍『怖い絵』で有名な作品。ろうそくを前にもの思いにふける「夜の絵」と対照的な、今悪事を働こうとするいかさま師たちの絵です。

展示室変更、貸し出し・修復中などで展示されていない場合もあります。美術館のサイトをご確認ください。
『いかさま師』(Le Tricheur à l’as de carreau) 1636 – 1640年 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
Salle 912, Aile Sully / シュリー翼912展示室Le Tricheur à l’as de carreau, 1636 / 1640, RF 1972 8

引用元:『いかさま師』
今まさにカモられようとしている若者。
中央の女の合図で、悪事が始まる瞬間です。
グルの給仕女と手前の実行犯の顔は陰になっており、彼らが「良からぬ人種」であることを示しているようです。
男は袖でさりげなく稼いだ金を隠しており、腰のベルトには、隠していたダイヤのエースが…。

引用元:『いかさま師』
袖の長い飾りも、若者からの目隠しの役割りを果たしていると思われます。
この時代のカードにはまだキングやクイーンの図柄、K、J などのアルファベットも描かれていませんね。


引用元:『ダイヤのエースを持ついかさま師』 CC-BY-2.0

中央の女が持つカードの裏面も白地です。
ここに爪で傷をつけたり故意に汚れをつけるなどして、いかさまの目印に使う、というわけですね。
登場人物の衣装
この頃、袖というのは服(ボディス)に留めて使用する、着脱可能なものでした。
中央の女性の袖にはスラッシュが入っていて、ボタンで服本体に留められているのが判りますね。

引用元:『いかさま師』
右側の青年が着ている豪華なベストには、美しい刺繍が施されています。
手触りの良さそうなシルクの袖は、華やかな色のリボンで留められています。

引用元:『いかさま師』
『怖い絵』の著者、中野京子氏もこの若者の身に着けているものについて仰っています。
凡庸さをカバーするかのように、若者は美々しく着飾っている。といっても、誰もが身分家柄にふさわしい衣服を身につけることが求められていた時代なので、彼が必要以上に派手にしているというわけでもない。高位貴族か、大商人の息子ならごくふつうの、だが庶民からすれば贅を凝らした装いである。鮮やかなオレンジ色に染めた大きな羽根付き帽、金糸銀糸で刺繍模様をほどこしたサテン地のベスト、赤いクラバットと肩袖の飾りは艶のある絹製だし、たっぷりした白地の袖のカフス部分は手の込んだ金糸銀糸で華麗に縫い取りされている。
中野京子(著). 『怖い絵』.角川文庫. p.17.
岩波書店『ヨーロッパ中世ものづくし メガネから羅針盤まで』から、登場人物の「袖」について
無表情を装う給仕女の頭には羽根飾りがありますが、『「世界の名画」謎解きガイド』(PHP文庫)によると、これは後世に「描き加えられた」とあります。

引用元:『いかさま師』
有名なラ・トゥールの絵が、中野京子氏の本によって更に有名になりました。もしまだお読みでないなら、一読されることをお勧めします。衣装やトランプのカードについても言及されています
三つの誘惑「賭博」「酒」「淫蕩(いんとう)」
ラ・トゥールは、身振りや視線のやり取りに細心の注意を払っており、若い騙されやすい少年を犠牲にして仕組まれた巧妙な策略を露わにしている。その少年はあまりにも騙されやすく、その虚栄心は服装の過剰な豪華さによって明らかになっている。カードゲームはおそらくイタリア起源のポーカーの祖先である「プライム」(primiera)で、カードの組み合わせに賭けるゲームである。キンベル美術館にある同じ主題の絵画では、詐欺師は間違いなく同じスートのエース、6、7の組み合わせである「グランドポイント」を組み立てている。(Google翻訳)
ギャンブルが流行し、公営の賭博場もあったという17世紀のパリ。
本作は当時の道徳論において「最も重大な誘惑」とされた、賭博・酒・淫蕩の三つが描かれています。
賭博は今やっている真っ最中。
給仕女がワインを差し出し、中央に座る女は娼婦といったところ。
誘惑に身を委ね、オトナの世界にデビューした若者は、手元のカードに自分の勝ちを確信しているようです。

引用元:『ダイヤのエースを持ついかさま師』 Ferdine75
彼の前にはそれまでに獲得した金が。

引用元:『ダイヤのエースを持ついかさま師』 Ferdine75
今開始されようとするいかさまに「気をつけて!」と彼に言ってあげたいか、またはオトナの世界の洗礼として、「カモられる場面を見てみたい」と思いながら観るか…どちらでしょう?
夜想曲(ノクターン)
構図は、非常に繊細な対称性の操作に従って、2つの平行な平面に注意深く構成されている。正面を向いている人物もいれば、横顔で描かれている人物もいる。画家は、テーブルの狭い帯の両側に、メトロポリタン美術館の「占い師」を構成する人物のフリーズの原理を二重にしているように見える。独特の色彩と滑らかで光り輝く肌の色調は、1620年代後半のテル・ブルッヘンのいくつかの絵画、例えばゲッティ美術館の「バッカンテ」(1626~27年頃と推定される)やロンドンのナショナル・ギャラリーの「コンサート」(1627年)を彷彿とさせる。後者の絵画にも、カードカッターと同様のポーズをとった人物が描かれており、後ろ姿と横顔で描かれ、片方の顔が鑑賞者の方を向いている。ダイヤのエースを持つカード詐欺師の色彩は抑制されており、夜想曲に近いが、キンベル版の色彩はより明るく陽気である。2つのカード詐欺師の年代は大きく異なっている。アンソニー・ブラントは、2つの作品はラ・トゥールの様式発展のどこにも自然には当てはまらないと主張した。イギリスの歴史家は、これらの作品を、画家がネーデルラント連邦共和国に滞在したとされる2つの期間の間、1616年から1625年頃のものと推定した。一方、ジャック・テュイリエは、キンベルの絵画を1635年から1638年頃、ルーブルの絵画を最初の主要な夜想曲と同じ時期、1639年から1640年頃のものと推定した。(Google翻訳)
引用文中に出てきた「夜想曲」、原文では « nocturnes » です。
なぜ突然、「夜想曲?」と思いますよね。
ラ・トゥールの成熟期の作品に、『聖ヨセフ』『灯火の前のマグダラのマリア』など、ろうそくの光を効果的に用いた明暗法が使われている絵があります。
静謐で宗教的、瞑想的なそれらの作品群を、日本語で「夜の絵」(Scène de nuit) といいます。
ラ・トゥールの夜景画は、しばしば Nocturnes (夜想曲群)と総称され、ルーヴル美術館の解説でもこの語が使われています。 (ただし、この表現は19世紀以降に用いられたようです。)
本作『いかさま師』は「夜の絵」に対し、「昼の絵」とされます。
「じゃ、「昼の絵」は何ていうのか?」と思いますが、『いかさま師』の解説内にこのような記述があります。
Le tableau du Louvre est le premier « diurne » signé qui fut découvert et acquis, vers 1926, par Pierre Landry (1899-1990), joueur de tennis et collectionneur. Il constitua donc le point de départ de la première reconstitution de l’ensemble des tableaux diurnes de La Tour proposée par Hermann Voss dans un article de la revue Formes en 1931, qui rapprochait le Tricheur à l’as de carreau du Vielleur du musée de Nantes et des deux Saint Jérôme aujourd’hui conservés aux musées de Stockholm et de Grenoble.
(Google翻訳:ルーヴルの絵画は、テニス選手でコレクターのピエール・ランドリー(1899-1990)が1926年頃に発見し入手した、署名入りの最初の「昼間」の絵画です。そのため、ヘルマン・フォスが1931年に雑誌『フォルム』の記事で提案した、ラ・トゥールの昼間の絵画すべての最初の復元の出発点となりました。フォスは、ナント美術館所蔵の「ダイヤのエースを持つカード詐欺師」と、現在ストックホルムとグルノーブルの美術館に所蔵されている2枚の「聖ヒエロニムス」を関連付けた。)
« diurne » との単語があり、「夜」に対しての「昼」にあたりますが、ラ・トゥールの主な研究対象は「夜の絵」。
「昼の絵」というのは、美術、ラ・トゥール研究における特別な専門用語ではないようです。
もうひとつの『いかさま師』
ルーヴル美術館のものより先に描かれたとされている、キンベル美術館版『いかさま師』です。
The Cheat with the Ace of Clubs /『クラブのエースを持ったいかさま師』 1630 – 1634年頃 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール キンベル美術館蔵

キンベル美術館The Cheat with the Ace of Clubs, c. 1630-34
ルーヴル美術館の「いかさま師」によって使われているのは、「ダイヤのエース」です。
それに対して、キンベル美術館のいかさま師の手にあるのは「クラブのエース」。

他にも、給仕女のターバンには羽根飾りはありませんし、若者の衣装も異なりますね。
いわゆる「ダチョウの卵」と呼ばれる、中央の女性の顔かたち。その表情も若干違っています。
また、卓上にある女のカードは完全に伏せられていますが、ルーヴル美術館版では少し立てられていますよね。
女は手元のカードをちらりと見て確認し、今この瞬間に悪事の決行を決めたかのように見えます。

引用元:『いかさま師』
ところで、『モチーフで読む美術史 2』には『クラブのエースを持ったいかさま師』について、このような記述もあります。
カモの青年の持つ札にも違いがあり、平泉千枝氏によれば、キンベル美術館の作品のほうでは、青年がこれから大逆転するチャンスも示されているという。
宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫. p.200
大逆転とは、ギャンブルの世界は奥が深い…。
『モチーフで読む美術史 2』は【hanna and books】でご紹介しています
「一角獣」のモチーフの話(『モチーフで読む美術史 2』から)
「いかさま」というテーマ
The Cardsharps /『トランプ詐欺師(いかさま師)』 1596 – 1597年頃 カラヴァッジョ キンベル美術館蔵

引用元:『トランプ詐欺師』
キンベル美術館The Cardsharps, c. 1595
Good Luck /『女占い師』 1596 – 1597年 カラヴァッジョ カピトリーニ美術館蔵

引用元:『女占い師』
カピトリーニ美術館Good Luck
La diseuse de bonne aventure /『女占い師』 1595 – 1598年頃 カラヴァッジョ ルーヴル美術館蔵
Salle 712, Aile Denon / ドゥノン翼712展示室La diseuse de bonne aventure, 1595 / 1598, INV 55 ; MR 105

引用元:『女占い師』
無垢でうぶな若者から指輪を抜き取るわ、いかさまトランプに引きずり込んでカモにするわ、「ひとを騙す」主題の風俗画を描いた、イタリア出身の画家・カラヴァッジョ。
『もっと知りたい カラヴァッジョ』(東京美術)によると、カラヴァッジョが『トランプ詐欺師』を描いた当時のローマでは、この主題は大変珍しかったそうです。
その後この主題は流行し、ラ・トゥールも『いかさま師』を完成させます。
さらに、ラ・トゥールはカラヴァッジョの絵画にはいなかった犯罪の黒幕を登場させました。
その結果、ラ・トゥールの『いかさま師』は、仲間同士の目配せが非常に強い印象を残す作品になりました。
The Fortune-Teller /『女占い師』 おそらく1630年代 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール メトロポリタン美術館蔵

引用元:『女占い師』
メトロポリタン美術館『女占い師』
悪い女たちの餌食にされている、育ちの良さそうな青年。
メトロポリタン美術館の解説に、「銘文には彼が住んだロレーヌ公国の町、リュネビルの名前が確認できます。」とあります。
ルーヴル美術館にあるラ・トゥールの「夜の絵」を堪能する
Georges de La Tour /「夜の画家」ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593年3月 – 1652年1月30日)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、ロレーヌ地方のパン屋の家に生まれました。
1617年に裕福な新興貴族の娘と結婚。
1620年、妻の出身地リュネヴィルに移り住み、ロレーヌ公アンリ2世の庇護を受けます。
その後ロレーヌがフランスの支配下に入るとラ・トゥールはパリに出て、1639年にフランス国王ルイ13世の「国王付画家」となりました。
初期には風俗画を多く描きましたが、やがてろうそくの光を効果的に用いた宗教画を手掛けるようになります。
カラヴァッジョを思わせる明暗の効果ですが、ろうそくによって照らし出された人物の横顔が、自らの心の内を覗き、深いところで対話をしているようです。
静謐さの中に深い精神性を感じさせることから、ラ・トゥールは「夜の画家」「夜の巨匠」とも呼ばれます。
ルーヴル美術館所有のラ・トゥール作品を掲載
ルーヴル美術館シュリー翼 | ラ・トゥール『いかさま師』『聖ヨセフ』他
Saint Joseph charpentier /『聖ヨセフ』 1642 – 1644年
Salle 912, Aile Sully / シュリー翼912展示室Saint Joseph charpentier, 1642 / 1644, RF 1948 27

引用元:『聖ヨセフ』
Saint Sébastien soigné par sainte Irène /『イレネに介抱される聖セバスティアヌス』 1649年頃
Salle 912, Aile Sully / シュリー翼912展示室Saint Sébastien soigné par Irène, vers 1649, RF 1979 53

La Madeleine à la veilleuse dite La Madeleine Terff /『灯火の前のマグダラのマリア』 1642 – 1644年
Salle 912, Aile Sully / シュリー翼912展示室La Madeleine à la veilleuse dite La Madeleine Terff, 1642 / 1644, RF 1949 11

引用元:『灯火の前のマグダラのマリア』
ラ・トゥールは同じ主題を繰り返し描いています。
例えば、『灯火の前のマグダラのマリア』は、ルーヴル美術館以外にも、メトロポリタン美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館にあります。
生前国王付きの画家の称号まで手にしたにも関わらず、ラ・トゥールは200年もの長い期間忘れられていました。
彼の生きた時代は、30年戦争があった戦乱の時代でした。
彼の作品は失われ、現存しているのは約40点余りです。
深い精神性を感じさせる絵を描きながら、ラ・トゥールという人物はかなり「イヤなヤツ」だったとそうです。
成金、傲慢、乱暴、世渡り上手…、この巨匠について知れば知るほど作品のイメージとは真逆の人物像が浮かびあがります。恨み疎まれ、裁判まで起こされ…、生きざまもカラヴァッジオのようですが、ラ・トゥールの活躍した時代は戦乱の世。生き抜いて自分の道を貫くには仕方がなかったのかもしれません。
有地京子(監修). 青い小鳥アート研究室(編). 2019-12-13. 『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』.誠文堂新光社. p.171.
『名画のすごさが見える 西洋絵画の鑑賞事典』にもありますが、「周囲の人々とたびたびトラブルを起こすなど、静謐な画風とはおよそ結びつかない」人柄だったようです。
いや、でも、きっと、彼の本質は、たぶん…。
youtube の解説動画 | APPRENEZ À TRICHER – Georges de la Tour, le tricheur à l’as de carreau !
Sous la toile 様の動画です。間近で(かぶりつきで)観ているような気分になれます。他の絵画も出てきますので、ぜひ。
ラ・トゥールの絵も複数掲載されています
ラ・トゥール作品もランクイン
- 有地京子(監修). 青い小鳥アート研究室(編). 2019-12-13. 『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』.誠文堂新光社.
- 大友義博(監修). 2014-10-12. TJMOOK 『一生に一度は見たい ルーヴル美術館BEST100』. 宝島社.
- 宮下規久朗(編著). 2011-10-30. 『不朽の名画を読み解く 見ておきたい西洋絵画70選』. ナツメ社.
- 佐藤晃子(著). 2016-01-10. 『名画のすごさが見える 西洋絵画の鑑賞事典』. 永岡書店.
- 宮下規久朗(著). 2015-7-10. 『モチーフで読む美術史 2』. ちくま文庫.
- 中野京子(著). 『怖い絵』. 角川文庫.
ルーヴル美術館所有のラ・トゥール作品一覧


