『オダリスク』『ポンパドゥール夫人の肖像』などで知られる18世紀の画家ブーシェ。ゴブラン製作所の所長でもあったブーシェはタペストリー(タピスリー)のための下絵も描いています。
『ウェルトゥムヌスとポモナ』( Vertumne et Pomone ) 1763年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』
この作品はゴブラン織のタペストリーの下絵として描かれました。
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』 Sailko CC-BY-3.0
『ウェルトゥムヌスとポモナ』( Vertumne et Pomone ) , INV 2710 bis
展示場所:シュリー翼、927展示室
このゴブラン織のタペストリーはシュリー翼622室にあります。
引用元:シュヴルーズ公のベッド両脇のタペストリー Tangopaso
引用元:シュヴルーズ公のベッド両脇のタペストリー Tangopaso
解説によると、『ウェルトゥムヌスとポモナ』をテーマとしたタペストリーは、オテル・ド・ラッセのブルボン公爵夫人の「ピンク色の部屋のために作られた」とのこと。
オテル・ド・ラッセ( Hôtel de Lassay )はパリの7区にある私邸で、建設は18世紀後半。
1768年、ブルボン公爵夫人の孫であるコンデ公ルイ・ジョセフ・ド・ブルボンに売却されました。( Wikipedia : Hôtel de Lassay )
シュリー翼、622室「オテル・ド・シェヴルーズのパレード・ルーム 」( Salle 622 – Chambre de Parade de l’hôtel de Chevreuse )
引用元:オテル・ド・シェヴルーズのパレード・ルーム Tangopaso
シュヴルーズ公の寝室内の羽目板( Boiserie de la chambre à coucher du duc de Chevreuse ) , OA 10198
展示場所:シュリー翼、622展示室
オテル・ド・シェヴルーズ(オテル・ド・ルイネス)は、17世紀後半にパリ市内に私邸として建設。
19世紀末に取り壊しが決まり、寝室内の羽目板や暖炉などは1962年にルーヴル美術館に遺贈されたそうです。( Wikipedia : Ancien Hôtel de Luynes (Paris) )
貴婦人の私的空間を華やかに彩るタペストリー。
リボンや花で飾られた楕円形のフレームの中では、神々の恋愛の情景が繰り広げられています。
フランスのタピストリーは十八世紀に入っても十七世紀の豪壮さこそうすれたが、王宮や貴族の邸宅の壁面を飾るために制作された。主題はロココ絵画の雅宴画(貴族たちの雅びた田園での遊びを描いたもの)の影響のあるものや、狩猟の情景、愛の物語、オペラの主題などが好まれ、花を中心とした装飾文様の中に窓をつくって絵画的情景を挿入することも流行した。ゴブラン王立工場の芸術監督であった画家ブーシェの甘美で軽快な美が好まれた。シャルル・コワペル下絵の「ドン・キホーテ物語」連作、ブーシェ、ほかの下絵による神々の恋」もすぐれていた。ボーヴェ、オービュッソンでもロココ的タピストリーが制作された。
佐野敬彦(著). 2013-9-20. 『織りと染めの歴史』. 昭和堂. p75.
100ページちょっとの厚さの本ですが、非常に充実した内容です。教科書?
『ウェルトゥムヌスとポモナ』( Vertumne et Pomone ) 1760年 ジャン=バティスト・ルモワーヌ ルーヴル美術館蔵
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』 Loicwood (2006) CC-BY-SA-2.5
『ウェルトゥムヌスとポモナ』( Vertumne et Pomone ), RF 2716
展示場所:リシュリュー翼、105展示室
ブーシェと同じ時代に活躍したフランスの彫刻家ジャン=バティスト・ルモワーヌによる作品。
「ルイ15世とポンパドゥール夫人へのオマージュとして制作された」とありました。( Wikipedia : Vertumne et pomone )
ローマ神話『ウェルトゥムヌスとポモナ』
果実のニンフ・ポモナ(ポーモーナ)はその美貌で多くの男性を虜にしていました。
しかし彼女の関心は専ら庭仕事のみ。
彼女に恋をした豊穣の神ウェルトゥムヌスは様々な姿に変装してポモナに近づき、ウェルトゥムヌス神の功績を称えます。
それでもポモナは無関心。
豊穣神は老婆に化けて彼女の元を訪れます。
そして結婚の美徳を説き、その真の姿を現しました。
愛に目覚めたポモナはウェルトゥムヌスと結ばれます。
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』
コロンバス美術館のブーシェの作品と、ポモナの物語も掲載
画家フランソワ・ブーシェ( François Boucher, 1703年9月29日-1770年5月30日)
『フランソワ・ブーシェの肖像』( Portrait de François Boucher (1703-1770). ) 1741年 グスタフ・ルンドベリ ルーヴル美術館蔵
引用元:フランソワ・ブーシェの肖像
『フランソワ・ブーシェの肖像』( Portrait de François Boucher (1703-1770). ) , INV 30868
グラフィック・アーツ相談室で予約して閲覧可
布地装飾家の父ニコラ・ブーシェ(1672年-1743年)から最初の手ほどきを受けた後、画家フランソワ・ルモワーヌのもとで絵画を学びました。
ローマ賞を受賞したものの留学のための経済支援を受けられず、自費での留学を余儀なくされます。
1727年から1731年からローマに留学。
1728年4月から5月まで、経費を節約するためにヴァン・ロー一家の三人( シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー、ルイ=ミシェル、フランソワ)とイタリアを旅行しました。
引用元:カルル・ヴァン・ローの肖像
父、兄も高名な画家ですが、シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー( Charles-André van Loo, または カルル・ヴァン・ロー( Carle van Loo )が一番有名。雅宴画やポンパドゥール夫人の肖像画で知られています。
イタリア旅行の同行者のひとり、ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー( Louis Michel van Loo )は、カルル・ヴァン・ローの甥。
早世したフランソワ( François van Loo, 1708年-1732年)と、シャルル=アメデー=フィリップ( Charles Amédée Philippe van Loo )の兄です。
引用元:自画像
『リナルドとアルミーダ』( Renaud et Armide ) 1734年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
引用元:『リナルドとアルミーダ』
『リナルドとアルミーダ』( Renaud et Armide ) , INV 2720
展示場所:シュリー翼、919展示室
フランスに帰国したブーシェは、『リナルドとアルミーダ』で王立絵画彫刻アカデミー会員に。
アルミーダのモデルは、後のブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾーです。可愛いですね。
彼女の姿は他の作品でも見ることができます。
ポンパドゥール侯爵夫人ジャンヌ=アントワネット・ポワソン( Jeanne-Antoinette Poisson, marquise de Pompadour, 1721年12月29日-1764年4月15日)
引用元:『ポンパドゥール侯爵夫人』
『ポンパドゥール侯爵夫人』( La Marquise de Pompadour (1721-1764). ) , RF 2142
展示場所:シュリー翼、611展示室
引用元:『ポンパドゥール夫人』
ブーシェは、タペストリーだけでなく、ポンパドゥール侯爵夫人が携わったセーヴル磁器の下絵を描くなど、装飾の面でも豊かな才能を発揮。当時のオペラ座の舞台装置も手掛けています。
ヴェルサイユ宮殿、フォンテーヌブロー宮殿、その他多くの宮殿や邸館の装飾に活躍し、またボーヴェやゴブランのタピスリー制作のための下絵を描いた。現在ルーヴル美術館にある大作《ウルカヌスの鍛冶場》(一七五七年)は、ゴブラン製作所のためのタピスリー下絵「神々の恋愛」シリーズの一点である。
きわめて社交的性格でもあったブーシェは、シュヴルーズ公や、スウェーデン大使テッサンや、銀行家のエベールなど、当時の著名な美術愛好家と親しく交わり、多くの注文を受けたが、特に、ルイ十五世の寵妃であり、その趣味の指南番でもあったポンパドゥール夫人の知遇を得たことは大きい。晩年には、カルル・ヴァン・ローの後を承けて、首席王室付画家になっている。
高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史 ルネサンスから世紀末まで』. 講談社学術文庫. p.148.
『アイネイアスのために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス』( Les forges de Vulcain ou Vulcain présentant à Vénus des armes pour Énée ) 1757年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
引用元:『アイネイアスのために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス』
先に挙げた引用文にあった《ウルカヌスの鍛冶場》。縦 3.2 m × 横 3.2 m という大作です。
解説によるとこの作品も「神々の愛」のシリーズのひとつで、タペストリーの図案になることを想定していました。
セーヴル磁器の花瓶( Vase” hollandais” décoré de quatre paysages ) , OA9995
展示場所:シュリー翼、619展示室
1758年制作のセーヴル磁器の花瓶。ブーシェの下絵。
信頼のおける高階秀爾先生の著書。一冊持っていると流れがわかります
オテル・ド・ラッセのタペストリー『アムールとプシュケ』
引用元:シュヴルーズ公のベッド両脇のタペストリー Tangopaso
下絵、タペストリーなど
『ケファルスとオーロラ』( Céphale et l’Aurore )
引用元:『ケファルスとオーロラ』 Sailko CC-BY-3.0
『ケファルスとオーロラ』( Céphale et l’Aurore ) , INV 2710
展示場所:シュリー翼、927展示室
王立ゴブラン製作所のタペストリーの図案になることを想定した絵。
『愛の標的』( La Cible d’Amour )
引用元:『愛の標的』
『愛の標的』( La Cible d’Amour ) , INV 2715
展示場所:シュリー翼、927展示室
「ルーブル美術館展 愛を描く」(2023年)の図録に、「ゴブラン製作所で織られたタペストリーの連作「神々の愛」のモデルとして用いられた原画の一つである。」とあります。
『水上のウェヌス』( Vénus sur les eaux, d’un ensemble de quatre pièces des tentures de François Boucher, tissées pour la chambre de la duchesse de Bourbon à l’hôtel de Lassay ) , OA 5120
フランソワ・ブーシェによるオテル・ド・ラセのブルボン公爵夫人の寝室のためのタペストリー。四つの織物のセットのひとつとのこと。
『ウルカヌスの鍛冶場』( Les Forges de Vulcain ) , MI1025
ボーヴェのタペストリー製作所( Manufacture de Beauvais )の「神々の愛」シリーズのためのスケッチ。
展示場所:シュリー翼、921展示室
「神々の愛」シリーズのタペストリー『ネプチューンとアミューモーネー』( Neptune et Amymone, de la tenture des Amours des dieux ) , SRO455
ボーヴェのタペストリー製作所( Manufacture de Beauvais )。ブーシェによる下絵。
『イタリアの休日:音楽』( Feuille d’écran de la tenture des Fêtes italiennes : la Musique ) , OA 7311 BIS
ボーヴェのタペストリー製作所( Manufacture de Beauvais )。ブーシェの下絵、1765年頃。
『中国のタペストリー:お茶』( Le thé, de la Tenture Chinoise ) , OAR 19
オービュッソンのタペストリー( Tapisserie d’Aubusson )、ブーシェによる下絵。
『中国のタペストリー:鳥小屋』( La Volière, de la Tenture Chinoise ) , OAR 33 A
オービュッソンのタペストリー( Tapisserie d’Aubusson )、ブーシェによる下絵。
メトロポリタン美術館の収蔵品
メトロポリタン美術館蔵:Allegory of Water (Neptune Rescuing Amymone)
引用元:『ウェルトゥムヌスとポモナ』
メトロポリタン美術館蔵:Vertumnus and Pomona from a set of Scenes from Operas
引用元:『「神々の愛」から、「アイネイアスのために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス」』
メトロポリタン美術館:Vulcan Presenting Arms for Aeneas to Venus from the set The Loves of the Gods
油彩以外にもデッサンなど、ルーヴル美術館にはブーシェの作品がたくさん収められています。
その多くが明るくて甘やかな世界、何の憂いもない、幸福感に満ちた世界です。
ブーシェは一日に10時間働くなど精力的に活動し、その生涯に一万点も描いたそうです。すごいですね。
タペストリー、一枚でいいから欲しいんですが…私の部屋じゃ確実に合わないな…。
自室を美術館に
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