18世紀ロココの画家フランソワ・ブーシェが制作した『ヴィーナスの勝利』。実に美しい絵画です。ブーシェに絵を注文したのはスウェーデンのテッシン伯爵でした。
『ヴィーナスの勝利』( The Triumph of Venus ) 1740年 フランソワ・ブーシェ スウェーデン国立美術館蔵
引用元:『ヴィーナスの勝利』
スウェーデン国立美術館にあるフランソワ・ブーシェの絵画『ヴィーナスの勝利』。
つるんとした美しい肉体の女神、彼女の周囲に集い戯れるトリトンや海のニンフたち、イルカ、そして頭上を舞うキューピッドたち。
華やかで軽やか、憂いなどとは無縁な世界です。
海の泡から生まれたとされるヴィーナスは真珠で飾られ、貝殻の上に青い布を敷いて座っています。
青がヴィーナスの肌の色を引き立てていますね。
ブーシェは『褐色のオダリスク』『ディアナの水浴』でも青い布を使っています。
輝くような美貌の愛と美の女神。このヴィーナスのモデルは、画家ブーシェの夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー(1716年1月9日-1796年12月30日)です。
引用元:『ヴィーナスの勝利』
引用元:『ヴィーナスの勝利』
引用元:『ヴィーナスの勝利』
もちろん神々の裸には毛などありません。
男性の肉体はがっちりたくましく、女性は豊満。理想的な姿です。(この時代は小ぶりな乳房が好まれたようです)
場面は明るい官能性に満ちています。
仰向けになったニンフの足の間に鳩がいますが、なんだかギリシア神話の『レダと白鳥』を思い出しますね。
ゼウスが白鳥に姿を変え、レダと交わる物語です。
これは性行為を暗示していそうです。
宙を舞うキューピッドもニンフたちの側にいるキューピッドも、仕草はどこかエロティック。
ちなみに、鳩はヴィーナスの持ち物(アトリビュート)です。
スウェーデン国立美術館の説明文によると、ブーシェはこの絵を制作する前にスケッチを数枚しただけだったそうです。(スウェーデン国立美術館による解説はこちらです)
数枚のスケッチでこんなダイナミックで美しい画面を構成できるなんて、やっぱりブーシェ先生はすごい。
ムック本です。『ヴィーナスの勝利』も掲載されています。いつでも眺めてうっとりしたい方、どうぞ。
自宅でブーシェの絵を楽しみたい時は見てみてください。たくさんの種類が出ています。
絵のタイトル『~の勝利』
本作のタイトルは『ヴィーナスの勝利』ですが、「ヴィーナスが勝つの?誰に勝利??」という気がしませんか?
『~の勝利』『~の凱旋』というタイトルの絵をよく見かけますよね。
『くらべて楽しむ西洋絵画』によれば、神話に「凱旋」などの場面は存在しませんが、ルネサンス期以降ローマ帝国の凱旋行進が復活し、それが絵画にも波及したということです。
主題にはヴィーナスやバッカスなどの神々が選ばれ、「画家たちは絵のなかに愛や純潔、死、名声、時、永遠といった寓意を込めた」のでした。
引用元:『ヴィーナスの勝利』 CC-BY-SA-3.0-migrated
引用元:『バッカスとアリアドネの勝利』
ジャンル別、テーマ別に整理されていて、絵画史の流れがわかりやすいです。見覚えのある絵画がたくさん掲載されていますので、読んでいて飽きません。
発注主カール・グスタフ・テッシン伯爵( Carl Gustaf Tessin, 1695年-1770年)
発注主・カール・グスタフ・テッシン伯爵
カール・グスタフ・テッシンはスウェーデンの貴族で政治家。
1739年から1742年までルイ15世の宮廷に滞在し、大使役を務めました。
パリにいる間、テッシン伯爵は美術品を収集して行きます。
引用元:フランソワ・ブーシェの肖像
ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人の庇護を受けた売れっ子画家ブーシェ。
テッシン伯爵はブーシェにも作品を注文したのですが、その時のことを『くらべて楽しむ西洋絵画』では、
ヴィーナスのモデルは、若くて美しいぼくの妻マリーさ。実はこの作品、マリーにひと目惚れしたスウェーデン大使のテッシン伯爵から依頼を受けて描いたもの。不倫されるんじゃないかって? ふたりの仲は承知の上さ。僕もよろしくやっているから別に構わないよ。
岡部昌幸(監修). 2020-12-1. 『くらべて楽しむ西洋絵画』. 成美堂出版. p.179.
…。
そうなんだ…(^^;。
国王自ら既婚女性を公式寵姫にし、貴族男女は恋愛遊戯に耽り、伴侶以外に恋人を持つのが当たり前、というロココの時代。
ブーシェ自身も女性にモテたそうですからね。
引用元:『ヴィーナスの勝利』
ヴィーナスに扮したマリー=ジャンヌ。さすがお綺麗ですねえ。
ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー( Marie-Jeanne Boucher, 1716年1月9日-1796年12月30日)
13歳年上のフランソワ・ブーシェと結婚し、ふたりの娘をもうけました。
ブーシェのお気に入りのモデルでしたが、他の有名画家のモデルも務めています。
マリー=ジャンヌ自身も絵を描き、ブーシェの絵に基づくエングレービングやミニアチュールを制作しました。
下はマリー=ジャンヌがモデルとなったブーシェの絵画。
引用元:『リナルドとアルミーダ』
スウェーデン国立美術館のコレクションを構成する
テッシン伯爵は有名な美術収集家ピエール・クロザのコレクションも購入します。
クロザが1740年に亡くなった後、クロザのコレクションは競売にかけられていました。
引用元:ピエール・クロザの肖像
母国スウェーデンに帰国する頃、莫大な負債を抱えていたテッシン伯爵。
テッシン伯爵はコレクションの一部を王室に売却し、『ヴィーナスの勝利』は 1749 年に他の絵画と共に伯爵の手を離れたとのこと。
テッシン伯爵の死後、国王グスタフ3世がコレクションを買い上げました。
これが後の国立美術館のコレクションを構成する、重要な要素となったようです。
美術館にはテッシン伯爵が購入したブーシェの絵画『モディスト』も収蔵されています。
引用元:『モディスト』
出入りの業者(モディスト)が奥様にお品物をお届けしているところです。
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- 岡部昌幸(監修). 2020-12-1. 『くらべて楽しむ西洋絵画』. 成美堂出版.
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