フランソワ・ブーシェが描く 1756年の『ポンパドゥール夫人』とその衣装

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1756年に描かれたポンパドゥール夫人の肖像画。

その衣装に見られる優雅で美しい「ピエス・デストマ」「アンガジャント」など、画像付きでご紹介します。

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大したものです。

目次

『ポンパドゥール夫人』( Madame de Pompadour ) 1756年 フランソワ・ブーシェ

『ポンパドゥール夫人』 フランソワ・ブーシェ 1756年 アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 フランソワ・ブーシェ 1756年 アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』

フランソワ・ブーシェの代表作のひとつ、ルイ15世の愛人の肖像画『ポンパドゥール夫人』です。

1756年の肖像画のドレス

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』 Vassil CC-Zero 

首と胸元をリボンで飾り、頭や胸、袖口には造花をあしらっています。

 ブーシェによる1756年のポンパドゥール夫人の肖像画には、典型的なローブ・ア・ラ・フランセーズが描かれている。前身頃がぴったりと身体にそった前開き形式のローブとジュップは艶やかなサテン製で、胸にはリボン結びの列(エシェル)、V字形にあいたローブの下に三角形のパネル状のピエス・デストマ、お揃いの首のリボン、最高級レース製の三重のアンガジャント、ローブの衿から裾、ジュップの裾にかけて重ねられた共布の縁飾り、その上に銀糸レースとバラの造花。さらに造花は胸、頭、袖口の飾りにも繰り返されている。なかでも着装する度に縫い止められていたピエス・デストマは、絹地に装飾がされたもの、エシェルなど、特に豪華に装飾された部分であり、コルセットによって持ち上げられた乳房を、より魅惑的に強調していた。過剰装飾は全体としての完璧な調和を保ち、洗練された精細な美の表現を見せている。ローブ・ア・ラ・フランセーズはフランス革命期まで宮廷用衣装として続いた。

(『世界服飾史』 深井晃子(監修) 美術出版社 P90)
『ポンパドゥール夫人』 1750年-1758年頃 フランソワ・ブーシェ スコットランド国立美術館蔵
『ポンパドゥール夫人』 1750年-1758年頃 フランソワ・ブーシェ スコットランド国立美術館蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』

ローブ・ア・ラ・フランセーズ( Robe à la Française, フランス風ドレス)

ローブ・ア・ラ・フランセーズ オランダ 1740年-1760年の間 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
ローブ・ア・ラ・フランセーズ オランダ 1740年-1760年の間 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

引用元:ローブ・ア・ラ・フランセーズ

こちらは後ろから見た図です。

背中の美しい襞は、画家アントワーヌ・ヴァトー( Antoine Watteau )の名にちなみ、「ヴァトー襞(ヴァトー・プリーツ)」などと呼ばれます。

ヴァトーはワトーとも表記されます。

宮廷での正式な女性服はローブ、つまり現在のスカートにあたるジュップ(ペティコート)とローブが前開きの場合には胸部に三角形のパネル状のピエス・デストマ(ストマッカ―)で構成され、これらがコルセットとパニエという造形的な下着の上に着装された。

(『世界服飾史』 深井晃子(監修) 美術出版社 P89)
イングランド製女性のコルセットとパニエ 1780年頃 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
イングランド製女性のコルセットとパニエ 1780年頃 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

引用元:イングランド製女性のコルセットとパニエ

ロサンゼルス・カウンティ美術館の解説ページはこちらです。

パニエ( panier )とは、下着(ファウンデーション)のこと。

骨組み(?)の上にスカート(ジュップ)を着ます。

ポルトガル製ペティコート 1760年頃 ロサンゼルス郡美術館蔵
ポルトガル製ペティコート 1760年頃 ロサンゼルス郡美術館蔵

引用元:ポルトガル製ペティコート

ロサンゼルス・カウンティ美術館の解説ページはこちらです。

ピエス・デストマ( Pièce d’estomac )

フランスまたはイタリア製のピエス・デストマ 1775年頃 ロサンゼルス郡美術館蔵
フランスまたはイタリア製のピエス・デストマ 1775年頃 ロサンゼルス郡美術館蔵

引用元:フランスまたはイタリア製のピエス・デストマ

ロサンゼルス・カウンティ美術館の解説ページはこちらです。

ピエス・デストマは英語ではストマッカ―(stomacher)といいます。

英語の「stomach(胃)」の方が装着する場所を連想し易いかもしれません。

刺繍を施したり、真珠などを縫い付けて飾ります。

アンガジャント( engageante )

『ポンパドゥール夫人』 フランソワ・ブーシェ 1756年 アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 フランソワ・ブーシェ 1756年

引用元:ポンパドゥール夫人(本・手元) Miguel Hermoso Cuesta CC-BY-SA-4.0

アンガジャントはしばしばレースなどで作られ、ローブの袖口を飾りました。

英国・コットン製 1750年頃 メトロポリタン美術館
英国・コットン製 1750年頃 メトロポリタン美術館

引用元:アンガジャント CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説ページはこちらです。

履き物はミュール( mules )

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』(足元)

足元は、可愛らしいデザインの履き物、ミュールですね。刺繍が素敵。

下は実際に1700年代前半に使われていた履き物です。

ミュール(仏) 1710年-1729年 皮、絹製 メトロポリタン美術館蔵
ミュール(仏) 1710年-1729年 皮、絹製 メトロポリタン美術館蔵

引用元:18世紀初頭のミュール  CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

画家フランソワ・ブーシェ( François Boucher, 1703年9月29日-1770年5月30日)

ロココを代表する画家フランソワ・ブーシェは、肖像画や神話画などの油彩、エッチング、壁画装飾、タピスリーや磁器の下絵制作などとても多くの作品を残しました。

父ニコラ・ブーシェ、フランソワ・ルモワーヌ(François Lemoyne または François Le Moine, 1688年-1737年)の下で修業し、1720年代初めには図案家・版画家として働いていました。

1725年には、ヴァトー(またはワトー)の作品をもとに版画を制作しています。

1723年、ローマ賞を受賞したブーシェは、1727年から1731年まで、画家のカルル・ヴァン・ロー(シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー)、ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー、フランソワ・ヴァン・ローと共にイタリアを旅行。

ポンパドゥール侯爵夫人から厚い庇護を受け、1765年に王立絵画彫刻アカデミー院長に就任します。

ブーシェは1770年に亡くなりました。

『彼らが考えているのは葡萄のこと?』( Are They Thinking about the Grape? )(1747年)の牧人の衣装

『彼らが考えているのは葡萄のこと?』 1747年 フランソワ・ブーシェ アート・インスティテュート・オヴ・シカゴ蔵
『彼らが考えているのは葡萄のこと?』 1747年 フランソワ・ブーシェ アート・インスティテュート・オヴ・シカゴ蔵

引用元:『彼らが考えているのは葡萄のこと?』

『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』(同朋舎)では、タイトルが『彼が考えているのは葡萄のこと?』となっています。

自然の中、近くに羊がいて、男女は牧人の服を身に着けてはいますが、これは現実の牧人の姿ではありません。

貴族の仮装のように見えます。

この羊飼いにしては優美過ぎるこの衣裳について、

女性のスペイン風の衣装(首のまわりを飾るひだ襟と膨らんだ袖付きのドレス)は当時の流行を反映し、ブーシェはこの種の服を着たルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人も描いている。まだ愛くるしさが残る中央の男女の人物像は幾度も模写され、タピスリーや陶器などの下絵のデザインとしてたびたび用いられた。

『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』(同朋舎 P41)

ポンパドゥール侯爵夫人ジャンヌ=アントワネット・ポワソン( Jeanne-Antoinette Poisson, marquise de Pompadour, 1721年12月29日-1764年4月15日)

ポンパドゥール侯爵夫人ジャンヌ=アントワネット・ポワソンは、フランス王ルイ15世の公式寵姫です。

平民階級の出身でしたが、両親は彼女が幼い頃から貴族の子女と同等の教育を受けさせます。

公式寵姫になるには貴族の既婚女性であることが必須でした。

ルイ15世は断絶していたポンパドゥールの侯爵位を復活させ、その領土をジャンヌに与えて宮廷に迎えました。

ポンパドゥール「侯爵夫人」となっていますが、実際には、夫だった人物が侯爵なのではなく、ジャンヌ自身が侯爵です。

marquise de Pompadour、ポンパドゥール(女)侯爵ですね。

ポンパドゥール夫人は芸術の庇護者でもあり、ブーシェやカルル・ヴァン・ローらを引き立てました。

セーブル磁器にも深く関わっています。

42歳で病没するまで、政治に関心の無いルイ15世に代わり、政治や外交を取り仕切りました。

ブーシェの肖像画の中にもさり気なく置かれている手紙、羽ペン、蜜蝋、そしてスタンプ。

「読み書きができる」アピールでもあり、忙しく「仕事」もしている様子が見て取れますね。

1751年、フランスの啓蒙思想家ディドロやダランベールらによって「百科全書」が編纂されます。

自然科学や産業技術など当時の最先端の知識が総集され、のちのフランス革命にも影響を与えた。啓蒙思想家たちと交流のあったポンパドゥール夫人は、百科全書の刊行を援助したことでも知られている。

 (『図解名画の美女 巨匠たちが描いた絶世の美女50人』 木村泰司(監修) 洋泉社MOOK P19)

多くの貴族女性が本など読まない時代に、ポンパドゥール夫人は大変な読書家でした。

肖像画の背後にも書物が描かれていますが、夫人の蔵書は3525冊。

歴史、哲学、詩集と多岐にわたっていたそうです。

ブーシェによるその他の『ポンパドゥール夫人』

1758年 ヴィクトリア&アルバート美術館

『ポンパドゥール侯爵夫人の肖像』 1758年 フランソワ・ブーシェ ヴィクトリア&アルバート美術館蔵
『ポンパドゥール侯爵夫人の肖像』 1758年 フランソワ・ブーシェ ヴィクトリア&アルバート美術館蔵

引用元:1758年 ヴィクトリア&アルバート美術館

この絵が来日した『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91)の図録によると、1741年頃、ブーシェとジャンヌ(ポンパドゥール夫人)は顔を合わせているそうです。

彼女が「ポンパドゥール侯爵夫人」に叙せられたのは1745年。

夫人によってブーシェの宮廷内の地位はいくらか保証されたのかもしれません。

本作品での夫人のポーズは、比較的早い時期に属する室内を背景とする幾つかの肖像画に比較することができるであろう。年記は1758年であるから、夫人は37歳。彼女の知的な興味のありようを示すように、本を手にし、もう一方の肘を別の本の上にあずけた姿で描かれている。夫人は大層知的で教養のある人物であったとの多くの記述があり、従ってこのポーズはモデルを実物以上に見せ掛けようとする絵画的な仕掛けというだけのものではない。溌剌とした表情、ドレスに注ぐ光の演出、そして夫人が摘んで足元に置いた野薔薇が殊に素晴らしい。

(『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91) P120) 

1700年代前半 ルーヴル美術館

ポンパドゥール侯爵夫人 1700年代前半 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
ポンパドゥール侯爵夫人 1700年代前半 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵

引用元:ポンパドゥール夫人 1700年代前半 ルーヴル美術館蔵

1750年頃

ポンパドゥール夫人 1750年
ポンパドゥール夫人 1750年

引用元:1750年頃

1758年 フォッグ美術館

『化粧中のポンパドゥール夫人』( Marquise de Pompadour at the Toile ) 1758年 フォッグ美術館蔵
『化粧中のポンパドゥール夫人』 1758年 フォッグ美術館蔵

引用元:『化粧中のポンパドゥール夫人』 1758年 フォッグ美術館蔵

1759年 ウォレス・コレクション

『ポンパドゥール侯爵夫人』( Portrait of Marquise de Pompadour ) 1759年 フランソワ・ブーシェ ウォレス・コレクション蔵
『ポンパドゥール侯爵夫人』 1759年 フランソワ・ブーシェ ウォレス・コレクション蔵

引用元:1759年 ウォレスコレクション

ここから先は、ブーシェのライバルでもあるカルル・ヴァン・ローの『ポンパドゥール夫人』と、その親戚のヴァン・ロー一家による有名人たちの肖像画が出てきます。

画家ヴァン・ロー一家

カルル・ヴァン・ロー( Carle van Loo, フランス名はシャルル=アンドレ・ヴァン・ロー、1705年-1765年)

父、兄も高名な画家。

カルル本人は雅宴画で有名で、画家ド・トロワとともにフォンテーヌブロー城の食堂を飾った、『狩猟の合間の昼食』などが挙げられます。

ブーシェとカルルのイタリア行きにはルイ=ミシェルとフランソワが同行しました。

『ポンパドゥール侯爵夫人』 1754年-1755年 小トリアノン宮殿
『ポンパドゥール侯爵夫人』 1754年-1755年 カルル・ヴァン・ロー 小トリアノン宮殿

引用元:『ポンパドゥール侯爵夫人』 カルル・ヴァン・ロー

女庭師に扮したポンパドゥール夫人の肖像画です。

『コーヒーを飲むポンパドゥール夫人』 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー 1747年  パリ装飾芸術美術館蔵
『コーヒーを飲むポンパドゥール夫人』 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー 1747年  パリ装飾芸術美術館蔵

引用元:『コーヒーを飲むポンパドゥール夫人』 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー

ポンパドゥール夫人の弟マリニー侯が、「夫人のほんとうの姿を表している」として、気に入っていた肖像画です。

スルタンの妃に扮し、女性からコーヒーを受け取っていますが、凛とした威厳のある姿に描かれています。

ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー( Louis-Michel van Loo, 1707年-1771年)

カルル・ヴァン・ローの甥。

早世したフランソワ( François van Loo, 1708年-1732年)と、シャルル=アメデー=フィリップの兄。

『ルイ15世』 1700年代 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ヴェルサイユ宮殿蔵
『ルイ15世』 1700年代 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ヴェルサイユ宮殿蔵

引用元:『ルイ15世』

王太子時代のルイ16世 1769年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ヴェルサイユ宮殿
王太子時代のルイ16世 1769年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ヴェルサイユ宮殿

引用元:王太子時代のルイ16世

『百科全書』のドゥニ・ディドロ(1713年-1784年) 1767年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ルーヴル美術館蔵
『百科全書』のドゥニ・ディドロ(1713年-1784年) 1767年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ルーヴル美術館蔵

引用元:ドゥニ・ディドロ

ショワズール公爵エティエンヌ=フランソワ  1763年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー 個人蔵
ショワズール公爵エティエンヌ=フランソワ  1763年 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー 個人蔵

引用元:ショワズール公爵エティエンヌ=フランソワ 1763年 個人蔵

ポンパドゥール夫人から厚く信頼されたショワズール公爵は、ルイ16世とマリー・アントワネットの結婚にも深く関わっています。

ポンパドゥール夫人の死後、ルイ15世の寵姫となったデュ・バリー夫人やその一派により失脚しました。

(関連記事:輿入れ前のマリー・アントワネットを描いた18世紀フランスの画家ジョゼフ・デュクルー

シャルル=アメデー=フィリップ・ヴァン・ロー( Charles-Amédée-Philippe van Loo, 1719年-1795年)

シャルル=アメデー=フィリップもフランス王家の肖像画を描いています。

シャルル=アメデー=フィリップは後にベルリンのフリードリヒ2世に仕える宮廷画家となりました。

彼の教え子の一人に、アレクサンドル・クシャルスキがいます。

サド侯爵 1760年 シャルル=アメデー=フィリップ・ヴァン・ロー画
サド侯爵 1760年 シャルル=アメデー=フィリップ・ヴァン・ロー画

引用元:サド侯爵

(サド侯爵の関連記事:サド侯爵、ローマでベルニーニの聖女とステファノ・マデルノの『聖チェチリア像』を観る。

『マリー・アントワネット』(未完成) 1792年 アンドレ・クシャルスキ ヴェルサイユ宮殿
『マリー・アントワネット』(未完成) 1792年 アンドレ・クシャルスキ ヴェルサイユ宮殿

引用元:『マリー・アントワネット』(未完成)

主な参考文献
  • 『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎
  • 『世界服飾史』 深井晃子(監修) 美術出版社
  • 『美女と悪女の世界史』 祝田秀全(監修) 青春出版社
  • 『図解名画の美女 巨匠たちが描いた絶世の美女50人』 木村泰司(監修) 洋泉社MOOK
  • 『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91)
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コメント

コメント一覧 (8件)

  • MIyukey様
    見てくださって有難うございます!
    さすが王の公式寵姫まで上り詰めただけのことはあるポンパドゥール夫人、才色兼備だなんて本当に羨ましいです。勿論他人には計り知れない苦労も多くあったのだと思います。
    この頃のファッションリーダーが着る最新ファッションも興味深いですよね。
    贅沢を好んだと言われますが、そのお陰で華やかな文化、それを支える芸術家が多く出たのだと思うとフクザツではあります。
    また次も見ていただけると嬉しいです。
    有難うございました。

  • ハンナさま
    とても楽しく読ませていただきました☆
    ポンパドゥール夫人、美しいですね!
    外見の美しさはもちろんですが、
    この時代に、貴族女性でありながら
    読書家で、博識であったということが
    素晴らしいと思いました☆
    そうでなければルイ15世の代わりに
    政治を取り仕切ることなんてできませんよね。
    いろいろな意味でポンパドゥール夫人は
    すごいですね!

  • まーたる様
    今日も有難うございます(礼)!
    金を湯水のように使って城を建てた、とかいろいろ言われますが、彼女の贅沢が無ければ文化の花は咲かなかったと思うとフクザツです…。
    しかし咲いた花は皆で愛でましょう。
    ドレス、素敵ですよね。女の子として生まれたからには一度くらいは憧れるものかもしれません。勿論男子も憧れてOK!美しいものを愛するのに男女の別は不要。
    そして私も湯水のようにお金を使ってみたいです。
    あの調度品、一個でいいから欲しいです。売ったら幾らかな…。家計の足しにしたいです。
    年月を経て、女の子はちょっと大人になってしまいました。
    またどうかお付き合いください。有難うございました。

  • こんばんは(о´∀`о)
    ポンパドゥール夫人、華やかな美しさだけでなくて、知識人でもあったんですね❗️
    たくさんの書物を読み、詩や哲学、いろんなジャンルの知識を持っていた賢夫人なんですね(*☻-☻*)
    この時代のドレスは本当に細部まで美しくて、ほうっと感嘆の息がもれちゃいますよ〜(*☻-☻*)
    実際着ると大変なのかもしれないけれど、お姫様のドレスは女の子の夢ですよね(●´ω`●)
    女の子って歳はずいぶん昔になってますけどね(*≧∀≦*)

  • 蝶々様
    小さい頃憧れた「おひめさま」が着ていたドレスですね。
    豪華ですが、それなりの窮屈さ不便さがあるのだろうなと大人の常識で思います(笑)。
    今は「きれーだなー」と愛でるだけです。
    今回も読んでくださって有難うございました。

  • 女性が憧れるお洋服ばかりですよね😆💕
    見てるだけって辛いですね😰

  • こんにちは。
    女の子が憧れるドレス、そのものですね。初めて見たとき衣装の色にばかり目が行き、足元の犬に気が付きませんでした(笑)。
    今回も読んでくださって有難うございました。

  • おはようございます。
    これまた、きれいなお洋服ですね。
    とってもがらも繊細な感じで、素敵なお洋服。
    さりげなく置かれているものも細かく描かれていますね。
    わんこかわいい~。ふさふさ感が出ていて、すごいなぁ~って思いました。(笑)。

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