18世紀ロココの時代、巨費を投じて作られた豪華な帆船型のポプリ容器、ポプリ・ア・ヴァイソー。
船の形をしたポプリ容器・ポプリ・ア・ヴァイソー( pot-pourri à vaisseau )
ポプリ・ポット 1764年 ウォルターズ美術館蔵
引用元:ポプリ・ポット Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
不思議な形の装飾品ですよね。
これは軟質磁器のポプリ壺(ポット)、ポプリを入れる容器です。豪華ですね。そして重そう。
この豪華な帆船型のポプリ・ポットは、セーヴル窯で巨費を投じて製作されました。
1757年から1764年までの間に12個作られ、現存するのは10個。
1764年以降ロココ調のデザインは流行遅れになってしまったようです。
下の画像は反対側から見た、台座無しの状態です。
引用元:ポプリ・ポット Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
ジャン=クロード・シャンベラン・デュプレシス( Jean-Claude Chambellan Duplessis, 1699年-1774年)
このポプリ・ポットのデザインを考案したのは金銀細工職人、鋳物・彫金師、装飾家デュプレシスです。
ジャン=クロード・シャンベラン・デュプレシスは1699年にトリノで生まれました( 本名 Giovanni Claudio Ciambellano )。
日本の書籍だとただ「デュプレシス」となっていることがほとんどではないかと思うのですが(もし見落としていたらすみません)、息子のジャン=クロード・トーマス・シャンベラン・デュプレシス( Jean-Claude-Thomas Chambellan Duplessis, 1730年-1783年頃)と区別するために「デュプレシス・ペール(デュプレシス(父)、Duplessis père)」と呼ばれるそうです。
ちなみに、デュプレシス(息子)の作品は英国のヴィクトリア&アルバート美術館に収蔵されています。
デュプレシス(父)は1748年から1774年に亡くなるまでセーヴルでヴァンセンヌ磁器製造所に勤め、1758年からは宮廷金工家を務めました。
このポットの磁器絵付けはジャン=ルイ・ モラン(またはモリンと表記 Jean-Louis Morin, 1732年-1787年)。
引用元:ポプリ・ポット Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
引用元:ポプリ・ポット Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
ポプリ・ポット 1757年-1758年頃 メトロポリタン美術館蔵
メトロポリタン美術館の解説によれば、この作品は、1758年に製造された最初のモデルのひとつだそうです。
引用元:ポプリ・ポット
メトロポリタン美術館:Potpourri vase (pot-pourri à vaisseau)
美術館の説明に、このポットの大きさは 44.8 cm x 37.5cm x 19.4 cm とあります。
ご覧になる機器の色の出方で印象が違うかもしれませんが、華やか・鮮やかなピンクではなく、ちょっとくすんだような、抑えたピンクです。
その名も「ポンパドゥール・ピンク」。
中央にはロココ期の画家フランソワ・ブーシェ風の絵。
この上の部分は取り外し可能です。
引用元:ポプリ・ポット
こちらはポットの反対側。
引用元:ポプリ・ポット
引用元:ポプリ・ポット
ペナント(白いリボン部分)には王室の紋章に使われた意匠、フルール・ド・リスが。
引用元:フルール・ド・リス Sodacan CC-BY-1.0 CC-BY-SA-3.0-migrated
引用元:ポプリ・ポット
引用元:象の頭の花瓶
メトロポリタン美術館:Vase (vase à tête d’éléphant) (one of a pair)
こちらはデュプレシスによるデザインの象頭の花瓶セット、のひとつ。
メトロポリタン美術館の説明文では、上の船形のポプリ・ポットとこの花瓶一対は「ひとつのセット」とのことです。
引用元:象の頭の花瓶
引用元:象の頭の花瓶
メトロポリタン美術館:Pair of elephant-head vases (vases à tête d’éléphant)
ポプリ・ポット 1760年頃 ルーヴル美術館蔵
引用元:ポプリ・ポット Faqscl CC-BY-SA-4.0
ルーヴル美術館:Pot-pourri “à vaisseau”(上部を取った状態や他の角度からも見られます)
ルーヴル美術館の説明文に、本作は「1760年5月30日にパリのポンパドゥール夫人の部屋のためにポンパドゥール夫人に届けられました。」との記述がありました。
引用元:ポプリ・ポット Faqscl CC-BY-SA-4.0
図柄はシノワズリ、東洋趣味。
このポプリ・ポットには緑が効果的に使われています。
絵付けはヴェルサイユ生まれの磁器画家シャルル=二コラ・ドダン(チャールズ・ニコラス・ドーディンとも表記 Charles-Nicolas Dodin, 1734年-1803年)。
フランソワ・ブーシェの作品の複製を専門とし、風景やシノワズリの絵を描いていました。
ポプリ・ポット 1760年頃 J・ポール・ゲティ美術館蔵
引用元:ポプリ・ポット
J・ポール・ゲティ美術館:Lidded Pot-pourri Vase (vase or pot-pourri vaisseau à mât, deuxième grandeur)
引用元:ポプリ・ポット
窓絵の絵画はルーヴル美術館のものと同じくシャルル=二コラ・ドダン(チャールズ・ニコラス・ドーディン)。
17世紀のフランドルの画家ダフィット・テニールス (子)にちなむ絵を描いています。
説明文にはこの他、美術品収集家のピエール・クロザと交流のあった彫刻家ジャック=フィリップ・ル・バ( Jacques-Philippe Le Bas, または Lebas (1707年-1783年)の名も挙げられていますが、どの部分が「ジャック=フィリップ・ル・バにちなむエングレーヴィング」なのか私にはよく判りませんでした。判りましたら追記します)
ちなみに、ピエール・クロザは画家ロザルバ・カッリエーラ、アントワーヌ・ヴァトーなどとも関係が深い美術収集家です。
引用元:ピエール・クロザの肖像
ダフィット・テニールス (子)( David Teniers de Jonge, 1610年 – 1690年)はフランドル出身の画家で、様々なジャンルの絵を描いています。
テニールスの絵には農民たちが酔っぱらって寝ているひとを起こすような場面があるので、本作のポプリ・ポットの絵の着想はここからかな?と思います。
後で引用させていただいている前田正明氏の『ヨーロッパ陶磁名品図鑑 華麗なるアンティークの世界へ』や氏の他の書籍で「トゥニエール」という画家の名が挙がっていますが、これは Teniers のフランス語読み?
同一人物か調べましたがはっきりしませんでした。こちらも何か判りましたら追記します。
ポプリ・ポット 1760年代 ワデスデン・マナー蔵
現存する10個のうち3つは、英国のワデスデン・マナーが所有しています。
引用元:ポプリ・ポット National Trust, Waddesdon Manor / John Bigelow Taylor CC-BY-SA-4.0
ワデスデン・マナーのサイトには、画像の左にある青いポットの解説が載っています。
描かれているのは戦闘場面、背面はジャン=ルイ・ モランによる花の絵。「1762年」の日付とマーク入り。
紺色のポットの絵はおそらくアンドレ=ヴァンサン・ヴィエイヤール( André-Vincent Vielliard, 1717年-1790年)によるもの。着想はダフィット・テニールス (子)の農村風景の絵画から取られたようです。
ヴィエイヤールは1750年代に数多くの花瓶の絵を手がけ、その後1760年代になるまでにはティー・セットや実用品に取り組んだようです。(参考:André-Vincent Vielliard )
画像の中央にあるポットの色は、「1760年頃に短期間だけ生産された “petit vert” (プチ・ヴェール)」とあります。
足の部分も他のポットとは異なり、金メッキの台座に取り付けられているようです。
港の風景の絵はおそらくジャン=ルイ・ モランとのこと。背面の絵は花。
引用元:ポプリ・ポット National Trust, Waddesdon Manor / John Bigelow Taylor CC-BY-SA-4.0
ポプリ・ポット 1761年頃 ウォレス・コレクション蔵
引用元:ポプリ・ポット
ウォレス・コレクション:Pot-pourri Vase and Cover
胴体部分の窓絵にはロココ風の人物が描かれることが多いセーヴル磁器ですが、ここに描かれているのは鳥の絵です。
胴部に金の縁どりで窓絵風に描かれた絵は、ブーシェやトゥニエールによるロココ様式の田園に遊ぶ男女を描いたものが多いが、ここに描かれている極楽鳥は珍しく、エヴァンの手になるものとされている。胴部から台座にかけての濃い青地、すなわち「王者の青」に鎖状の金彩模様が見られるが、これは特に「虫食い装飾」と呼ばれて好まれた装飾文様である。
前田正明(監修・執筆). 1989-12-1. 『ヨーロッパ陶磁名品図鑑 華麗なるアンティークの世界へ』. 講談社. p.68.
引用元:ポプリ・ポット
ロイヤル・コレクションの収蔵品
使用できる画像が無かったため、リンクを貼っています。
ラピス・ブルーと緑の地色で、大きさは 55.1 cm x 37.8 cm x 19.3 cm。
「1758/9」の日付が入っているとのこと。
描かれた絵は風俗画、農村風景です。こちらもダフィット・テニールス (子)の絵から着想を得ているようです。
このポットは1759年の年末に行われたヴェルサイユでの販売会で、ポンパドゥール夫人により960リーヴルで購入されましたが、その後は英国王ジョージ4世(1762年-1830年)のコレクションに加わりました。
フリック・コレクションの収蔵品
使用できる画像が無かったため、リンクを貼っています。
説明文によると、本作は1759年に作られ、大きさは 44.5 cm x 37.8 cm x 19.1 cm、3つの花瓶セットのうちのひとつとあります。
色は青と緑。
前面と背面の窓絵に描かれた鳥は、「鳥や風景の絵画を専門とする著名な芸術家」である、Louis-Denis Armand l’aîné(ルイ=ドゥニ・アルマン・ライネと表記? 1745年-1788年)によるものだそうです。
画家は作品に三日月のマークを署名していることから ” crescent painter “「三日月の画家」と呼ばれているとのこと。(参考:Louis-Denis Armand l’aîné )
ポプリとその容器
部屋に芳香を漂わせるため、薔薇の花などにシナモンなどの香料を加えて熟成させた室内香、ポプリ。
『ポプリ』( Potpourri ) 1899年 エドウィン・オースティン・アビー画
引用元:『ポプリ』
アメリカ出身の画家エドウィン・オースティン・アビー( Edwin Austin Abbey, 1852年4月1日-1911年8月1日)の『ポプリ』です。
時代も国も異なりますが、美しいポプリ作りのイメージということで掲載( ̄▽ ̄)。
作業中のテーブルの奥には陶磁器、ポプリ・ポットでしょうか。
18世紀後半のロココの宮廷では、贅沢なポプリ・ポットが貴婦人たちに好まれました。
引用元:ワデスデン・マナーのポプリ・ポット、花瓶 Daderot CC-Zero
引用元:ポプリ・ポット Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
船の形をしている理由
船の形をした装飾品といえば、中世でよく使われた、船形の超豪華な塩容れ(塩入れ)「ネフ」が浮かびます。
引用元:ネフ(聖ウルスラの身廊) Dguendel CC-BY-4.0
「ポプリ・ア・ヴァイソー」の形は「ネフ」から来ているとの記述もありますが( Lidded Pot-pourri Vase (vase or pot-pourri vaisseau à mât, deuxième grandeur )、これらポプリ・ポットのひとつを所有するウォレスコレクションの説明文の中に、船の形をしているのは、七年戦争(1756年-1763年)におけるフランス海軍の勝利を指している場合がある、との記述がありました。
The boat shape has long been associated with the arms of the city of Paris, in the context of contemporary political events it might however refer to the recent French naval victories in the Seven Years’ War (1756-1763).
Pot-pourri Vase and Cover
七年戦争と製作時期が被っていることから、この可能性はかなり高いのかなと思いました。
もし情報をお持ちの方がいらしたら是非お教えください。よろしくお願い致します。
「ポンパドゥール・ピンク」の名の由来
1752年、不振が続いていたヴァンセンヌ窯は巨額の資金を投入され、「王立磁器製作所」として生まれ変わります。
1756年、フランス国王ルイ15世の愛妾ポンパドゥール侯爵夫人は、セーヴルにある、当時使用されていなかった王家の別荘を製陶工場にあてるよう国王に提案します。
引用元:『ポンパドゥール夫人』
ポンパドゥール侯爵夫人は国王の賛同を得て、自身の館のあったベルヴューに近いセーヴルに製作所を移転。
1757年に「フランス王立セーヴル磁器製作所」として開窯しました。
ポンパドゥール侯爵夫人は国王とともに、国の威信をかけて製造したセーヴル磁器の展示即売会を催します。
どんだけ高額な即売会だったんでしょう。
王立セーヴル窯で製作された優美なポプリ壺や花瓶、蠟燭立てなどはヴェルサイユやトリアノン、ベルヴュー、ムードン、フォンテンブローなどの王宮や邸館の飾り物として、あるいは諸王家や王妃、愛娘、愛妾、廷臣、外交官らへの贈り物として製作されたものだが、一方では国王やポンパドゥール夫人みずから主催者となり、各国の王侯貴族や自国の高官、大商人らを招いて、ヴェルサイユ宮殿やポンパドゥール夫人のベルヴュー邸館でこれらの磁器の展示即売会を催した。このとき王への忠誠を誓って貴族や政府高官、これに招かれた各国大使、高官らは、外交辞令も手伝って先を争ってこれらの作品を買い求めたと伝えられている。
前田正明・櫻庭美咲(著). H18-1-31. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書. p.161.
貴族、政府高官の皆様、お買い上げ(・∀・)。(毎度ありー)
ポンパドゥール侯爵夫人自らも少なくとも3個ほどお買い上げ。(すげー)
ポンパドゥール侯爵夫人の栄誉をたたえ、科学者ジャン・エローは特別な鮮やかな薔薇色の地色を発明します。
しかし1764年のポンパドゥール侯爵夫人の死、または1766年のエローの死で製法が永遠に失われたことによってなのか、「ポンパドゥール・ピンク」の生産は終了しました。
デュプレシスによるデザイン
ゴンドラ型ポプリ・ポット
引用元:ポプリゴンドラ
メトロポリタン美術館:Potpourri vase (pot-pourri gondole)
すっごく凝った装飾ですよね。
デザインはデュプレシス、磁器絵付けはシャルル=二コラ・ドダンです。
このポプリ・ポットの最初の所有者はポンパドゥール侯爵夫人でした。
花瓶本体の上部には四つの穴が開けられていますが、これは、「おそらく球根を支えることを目的としている」そうです。
引用元:ポプリゴンドラ
引用元:ポプリゴンドラ
引用元:ポプリゴンドラ
ロイヤル・コレクションにはピンクのポプリゴンドラが収められています。
こちらのサイトにもいろいろな角度からの画像が載っていて、球根をセットする穴もよく見えます。
花瓶
引用元:花瓶一対 Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
引用元:花瓶 Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
シカゴ美術館:Pair of Vases (Pots Pourris à Bobèches)
引用元:花瓶
メトロポリタン美術館:Flower vase (cuvette à tombeau)
いやー、豪華、豪奢、ゴージャス、立派、贅沢なポットや花瓶ですよねえ。
初めてポプリ・ア・ヴァイソーの実物を見た時、「ナニコレ。ナニスルヤツ??ナンカ穴アイテルケド」というような感想でした。
後でアレは非常に貴重なものだと知り、もっとよく見ておけば良かったと思ったものです。
このロココ期のセーヴル磁器は優雅でとても素敵。
王侯貴族が贈答用に、または忠誠心を示すために購入した器ですが、当時の庶民が見たらどう思ったのでしょうか。
- 前田正明・櫻庭美咲(著). H18-1-31. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書.
- マーガレット・クロスランド(著). 廣田明子(訳). 2001-12-1. 『侯爵夫人ポンパドゥール ヴェルサイユの無冠の女王』. 原書房.
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