フランソワ・ブーシェ風のクピドや中国趣味の絵付けを得意とした、セーヴル王立磁器製作所の職人シャルル=二コラ・ドダン(1734年-1803年)。18世紀フランスの王侯貴族の城館を飾った花瓶やポプリポット、家具に使われたドダンの作品をご覧ください。
磁器絵で飾られたデュ・バリー夫人のドレッサー( Commode de Madame du Barry ornée de plaques en porcelaine ) 1772年 ルーヴル美術館蔵
引用元:デュ・バリー夫人のドレッサー G.Garitan CC-BY-SA-4.0
デュ・バリー夫人のドレッサー、化粧箪笥です。
子どもの頃とても憧れて、非常に欲しかったタイプなのですが、今これっぽいものを購入しても、私の部屋では確実に浮きまくること必至。
というか場所を取る。寝るスペースなし。
さて、箪笥本体は木材で出来ていて、天板は大理石とのこと。
家具職人マルティン・カルラン(マルティン・カーラン、マーティン・カーリンとも表記 Martin Carlin, 1730年-1785年)による制作です。
箪笥を華やかに飾る絵画はセーヴル磁器製。
ジャン=バティスト・パテル、ニコラ・ランクレの雅宴画から題材を取られており、磁器に絵を描く画家のシャルル=二コラ・ドダン(チャールズ・ニコラス・ドーディンとも表記 Charles-Nicolas Dodin, 1734年-1803年)による絵付けです。
ここでは三枚の絵の部分を拡大し、ルーヴル美術館の解説を頼りに、元ネタになった絵画を探してみました。
美術館の解説には他にシャルル=アンドレ・ヴァン・ローの絵の名前も挙がっていますが、今回は割愛しています。
左側の絵
引用元:デュ・バリー夫人のドレッサー G.Garitan CC-BY-SA-4.0
『やさしい歌で…』( With a tender little song… ) 18世紀 二コラ・ランクレ フィッツウィリアム美術館蔵
引用元:『やさしい歌で…』
右側の絵
引用元:デュ・バリー夫人のドレッサー G.Garitan CC-BY-SA-4.0
『優雅な会話』( A Gallant Conversation (Conversation galante) ) 1719年 二コラ・ランクレ ウォレス・コレクション蔵
引用元:『優雅な会話』
ウォレス・コレクション:A Gallant Conversation (Conversation galante)
ランクレのオリジナルとは、絵の中のミュージシャンが「立っている」「座っている」の違いがありますが、男女の構図が似ています。
背景の木と建造物の位置も似ているので、これかなーと思いましたが、もし違っていたら教えてくださると助かります。もし書籍等見つかりましたら修正・追記します。
引用元:『優雅な会話』
メトロポリタン美術館:Gallant conversation’ (Conversation galante)
ウォレスコレクションによると、ランクレはヴァトーと短い期間協力関係にあったようです。
ランクレの『優雅な会話』はウォレス・コレクションに収蔵されていますが、ヴァトーの ‘ Voulez-vous triompher des Belles ‘ (台帳番号 P387)も同じ美術館に収められています。
『優雅な会話』の中の左側の人物群は、このヴァトーの作品から「直接引用したもの」だとのこと。
1871年にハートフォードハウスの目録に掲載されるまで、『優雅な会話』はヴァトーの作品と間違われて記載されていたそうです。( ART UK ( A Gallant Conversation (Conversation galante) ))
引用元:” Voulez vous triompher des Belles? “
ウォレス・コレクション:Voulez-vous triompher des Belles?
二コラ・ランクレ( Nicolas Lancret, 1690年-1743年)
引用元:ニコラ・ランクレ自画像
ニコラ・ランクレは、雅宴画のジャンルの先駆者アントワーヌ・ヴァトーの後継者のひとりとされる画家です。
中央の絵
引用元:デュ・バリー夫人のドレッサー G.Garitan CC-BY-SA-4.0
「楽しい交際』( L’agréable société ) ジャン=バティスト・パテル原画
” L’agréable société ” は『楽しい交際』でいいのかな。邦題が見つからなかったので、私が付けています(書籍等あれば修正します)。
使用できる画像も無かったため artnet 様の記事へのリンクを掲載しています。
二枚あるうちの左側が ” L’agréable société ” です。
ジャン=バティスト・パテル( Jean-Baptiste Pater, 1695年-1736年)
引用元:ジャン=バティスト・パテル
ジャン=バティスト・パテル( Jean-Baptiste Pater, 1695年-1736年)は、画家アントワーヌ・ヴァトーの同郷出身で、弟子。
デュ・バリー夫人マリ=ジャンヌ・ベキュー( 1743年8月19日-1793年12月8日 )
引用元:デュ・バリー夫人胸像 https://www.flickr.com/photos/internetarchivebookimages/14741679726/
デュ・バリー夫人胸像( Madame Du Barry (née Marie-Jeanne Bécu) (1743-1793) ), MR 2651
展示場所:リシュリュー翼、220展示室
下町の貧しい家庭の私生児として生まれたジャンヌは、お針子や娼婦を経て、国王ルイ15世の公式寵姫となった女性です。
情夫デュ・バリーの弟と結て貴族の身分を手に入れ、「デュ・バリー夫人」と呼ばれました。
ルイ15世の寵姫だったポンパドゥール夫人と違い、政治には全く興味がなかったジャンヌ。
美しいものや宝石が大好きで、明るく優しい性格の女性だったようです。
デュ・バリー夫人は最初の方で登場
シャルル=二コラ・ドダン( Charles-Nicolas Dodin, 1734年-1803年)
シャルル・ニコラ・ドダンは、1734年1月1日、食料品店の息子としてヴェルサイユで生まれました。
1754年にヴァンセンヌ王立磁器製作所に就職して以降、ドダンは、画家フランソワ・ブーシェ風の絵を専門とし、風景画や中国趣味の絵を描いています。
引用元:スープチュリーン(台帳番号50.211.182a, b)
メトロポリタン美術館蔵:Tureen with cover (terrine du roi)
1758年に、ルイ15世がデンマーク王に贈ったディナーセットの一部。
引用元:スープチュリーン(台帳番号50.211.182a, b)
ドダンの初任給は24リーヴルでしたが、1774年には100リーヴルを稼ぐ高給取りの職人となり、住宅手当も支給されていたそうです。
また、ドダンは、最初から自分の作品に「K」という文字を付けています。( Wikipedia : Charles-Nicolas Dodin )
1756 年、ヴァンセンヌの工場は、ポンパドゥール夫人の後押しでセーヴルの新工場に移転。
宮廷画家ブーシェが登用され、セーヴル磁器のための下絵を手掛けます。
引用元:フランソワ・ブーシェの肖像
『フランソワ・ブーシェの肖像』( Portrait de François Boucher (1703-1770). ) , INV 30868
グラフィック・アーツ相談室で予約して閲覧可
ポンパドゥール夫人の美意識や趣味を強く反映したセーヴル磁器は多くの王侯貴族を魅了。
巨費を投じてつくられた磁器は、城館の装飾や貴人への贈り物として購入されました。
ドダンもセーヴル王立磁器製作所に移り、1803年に亡くなるまで勤めました。
引用元:ポプリゴンドラ
メトロポリタン美術館:Potpourri vase (pot-pourri gondole)
メトロポリタン美術館のタブロー( Plaque (tableau) ) から
引用元:『狩猟の合間の昼食』
『狩猟の合間の昼食』( Halte de chasse ) , INV 6279
展示場所:シュリー翼、919展示室
引用元:” Plaque (tableau) “ CC-Zero
貴族の狩りの合間の食事風景と、のどかな田園風景の中の人物たち。趣きは違いますが、並べて見ればなんとなく近いものを感じますよね。
タブローを所有するメトロポリタン美術館によると、このタブローの着想源はシャルル=アンドレ・ヴァン・ローの『狩猟の合間の昼食』とのことです。
引用元:カルル・ヴァン・ローの肖像
タブローの裏には、アルファベットの L と L の上部を結合した磁器製作所のマークに「K」の文字、Dodin の姓、1761という数字が記入されています。
引用元:” Plaque (tableau) “ CC-Zero
1761(年)ということから、このタブローがセーヴルで最初に制作された可能性があるとのことです。
本作品に関するメトロポリタン美術館の解説を参考にさせていただくと、1750年代後半、セーヴル磁器製作所は、家具を装飾するための飾り板の製造を開始しました。
絵画のキャンパスに見立てた軟質磁器は窯焼成中に反る可能性が大きいため、技術的にも難しいものでした。
磁器に絵を描く職人には非常に高度なスキルが求められたようです。
セーヴル磁器製作では、家具に貼るために作られた磁器板と、ひとつの絵画として販売されることを目的とした磁器板とを区別しています。
後者は、家具用の飾り板とは違い、絵画または絵画を意味するフランス語の「タブロー」として記録されています。
永く美しい色合いが続く磁器の絵。
タブローで絵画として鑑賞するも良し。家具や食器を絵として鑑賞するも良し。
昔の王侯貴族たちはこんなものに囲まれて生活していたんですね。
デュ・バリー夫人の音楽館のティー・テーブル
手前の円形のテーブルの絵柄にご注目ください。
引用元:デュ・バリー夫人の音楽館のティー・テーブル Tangopaso
テーブルの作者はマルティン・カルランです。
テーブルの中央の絵は、1737年に描かれたシャルル=アンドレ・ヴァン・ローの絵画が着想源とのこと。
中央のプレートを囲む六枚の窓のような絵は、アントワーヌ・ヴァトーにちなんで描かれたとありました。
セーヴル磁器のポプリ・ポット
引用元:ポプリ・ポット Faqscl CC-BY-SA-4.0
ポプリ・ポット( Pot-pourri “à vaisseau” ) , OA 10965
展示場所:リシュリュー翼、619展示室
1757年に開発された魅力的なこの色の名は「ロゼ・ポンパドゥール(ポンパドゥール・ピンク)」です。
科学者ジャン・エローによって発明されましたが、1764年のポンパドゥール侯爵夫人の死、あるいは1766年のエロー自身の死で製法が永遠に失われたためなのか、「ロゼ・ポンパドゥール」の生産は終了。
また、この船の形をしたポプリ容器は1757年から1764年までの間に12個作られ、現存するのは10個。本作はその中のひとつです。
この記事内に掲載している二コラ・ランクレ、アントワーヌ・ヴァトー、シャルル=アンドレ・ヴァン・ローらの絵画を所有するウォレス・コレクションにもひとつ収蔵されています。(参考:’pot pourri à vaisseau’ )
J・ポール・ゲティ美術館にあるポプリ・ポット、メトロポリタン美術館のゴンドラ形ポットの絵付けはドダンによるものとされています。
ウォレスコレクションの船形ポプリ・ポット他、セーヴル磁器の名品も数点掲載
「枝付き燭台の」あるいは「蠟受けのある」ポプリ入れ 一対
上に挙げた『「枝付き燭台の」あるいは「蠟受のある」ポプリ入れ 一対』(OA 11306)、(OA 11307) は 2008年に来日しました。(中央の時計(OA 10899)は違います(^^; )
このポプリ入れ兼燭台のデザインはジャン=クロード・デュプレシ(デュプレシスとも表記)です。
絵柄を描いたのはシャルル=二コラ・ドダン(1734-1803)であると考えられている。ドダンは、革命時に至るまでセーヴル製作所で活動したおそらく最も優れた絵付け画家である。「空色」の色調は、一般にはほとんど使用されることはなく、類まれな高品質の製品にのみ使われたもので、1760年頃、セーヴル製作所に登場した。各々のポプリ入れは、片方の面が中国の情景を描いた楕円形のカルトゥーシュで飾られ、もう片方の面は様式化された東洋の花束で飾られている。
この一対の壺は、1762年6月25日、ポンパドゥール夫人が各々336リーヴルで手に入れた。これは彼女のメナール宮を飾る置物類に含まれていた。その中にはまた、通称「ロミイの」振り子時計(ルーヴル美術館)と二つの「葉飾りの」ポプリ入れ(ボルティモア、ウォルターズ美術館)も含まれていた。
飾り置物は、原則として3個あるいは5個の壺をセットにして、暖炉の装飾として用いられた。壺はまたは整理箪笥の上に置かれることもあったが、どちらの場合も、壺の裏面が映って見えるように、鏡の前に置かれた。
『ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美』. 2008. 朝日新聞社. p.56.
ぜひルーヴル美術館のサイトでじっくりご覧ください。
素敵な写真集でもあります。まばゆいばかりの工芸品
ルーブル美術館にはもう一対、同じタイプのポプリ入れがあります。
枝付き燭台はありませんが、デュプレシとドダンの作品はウォルターズ美術館にもありますので、参考までに掲載。
引用元:デュプレシによるデザイン、ドダンによる絵付けのポプリ花瓶一対 Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0
その他ドダンによる絵付けの作品
このカップは『ルーヴル美術館展 - 地中海 四千年のものがたり - 』(2013年)に来日しています。品名は『「美しい青」の地に、会話する二人のトルコ人を描いたカップ(リトロン)』。
展示場所:シュリー翼、623展示室
展示場所:シュリー翼、619展示室
展示場所:ヴェルサイユ宮殿
展示場所:ヴェルサイユ宮殿国立博物館(作品はグラフィックアーツ相談室にて予約制で閲覧可)
展示場所:フォンテーヌブロー宮殿国立博物館
現在展示されていません。
ドダンっぽい??ブーシェ風の絵が描かれた作品
622展示室の花瓶
ブーシェ風のクピドが描かれたピンクの花瓶一対。
ルーヴル美術館の解説に「ドダン」の名前はありませんでしたが。
引用元:ブーシェ風のクピドが描かれたピンクの花瓶一対(1758年) Tangopaso
619展示室の花瓶
619展示室の花瓶も「ブーシェ風クピド」が描かれています。「ドダン」の名はありません。
メトロポリタン美術館にも同じような、ポンパドゥール・ピンクの花瓶がありますが、こちらの解説にも絵付け職人の名はありませんでした。
展示場所:シュリー翼、619展示室
コメント