ロココの雅宴画と、それらが描かれた扇をご紹介します。

『ルーヴル美術館の若い水彩画家』 1889年頃 パスカル・ダニャン=ブーベレ エルミタージュ美術館蔵

引用元:『ルーヴル美術館の若い水彩画家』
Художница-акварелистка в Лувре エルミタージュ美術館
若い画家が扇に絵付けをしています。
彼女が座っているのは、ルーヴル美術館内、ヴァトーの『シテール島への巡礼』の前。
『シテール島への巡礼』( Pèlerinage à l’île de Cythère ) 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

引用元:『シテール島への巡礼』 Sailko CC-BY-3.0

引用元:『シテール島への巡礼』
Pèlerinage à l’île de Cythère ルーヴル美術館
ヴァトーの絵画に登場するドレスの襞
ロココ貴婦人が纏うドレスの「ヴァトー・プリーツ(ヴァトーの襞)」
女性画家の衣装も素敵ですが、楽し気な表情も素敵です。

引用元:『ルーヴル美術館の若い水彩画家』

引用元:『ルーヴル美術館の若い水彩画家』
ところで、キャンバスの裏に描かれた人物の顔は、この絵の作者であるパスカル・ダニャン=ブーベレの可能性あり、だそうです。

モチーフになった絵画
『アクセサリーの歴史事典 下 脚部・腕と手・携帯品』(八坂書房)によると、扇産業は、17世紀末にはパリだけでも500以上の同業組合が在ったようです。
扇面に張ったサテンや子山羊の皮や上質皮紙には、当代の有名画家が独自の画風で細密画を描いた。主題は牧歌的風景、踊るニンフたち、クピド、花輪模様、愛らしい女性像などだった。扇の装飾画家は職業として厚遇されるようになり、ブーシェ、ランクレ、ヴァトー、グルーズ、フラゴナールらは、ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人やポンパドゥール夫人の扇に絵を描いた。
K.M.レスター & B.V.オーク(著). 古賀敬子(訳). 2020-11-20. 『アクセサリーの歴史事典 下 脚部・腕と手・携帯品』. 八坂書房. p.138.
ブーシェ、ランクレ、ヴァトー、グルーズ、フラゴナールらの名前が挙げられていますが、みんな18世紀ロココ絵画を代表する画家たちです。
アントワーヌ・ヴァトー( Antoine Watteau, 1684年10月10日 – 1721年7月18日)
みやびな宴、「雅宴画」というジャンルをつくった画家 アントワーヌ・ヴァトー。
恋愛の楽しさ、喜び、哀しみを繊細に表現しています。
人気のあったヴァトーの絵画は、扇や磁器のモチーフとしても使われました。
本物を所有することは難しくても、扇・器に描かれたものなら、いつでも手に取って眺めることができますよね。
『田園の集い』( Fête champêtre (Pastoral Gathering)) 1718年 – 1721年頃 シカゴ美術館蔵

引用元:Fête champêtre (Pastoral Gathering)
Fête champêtre (Pastoral Gathering) シカゴ美術館
『田園の集い』の中で楽しく戯れる人々。
ここでは「愛の三段階」が表現されているといいます。
始まりの「無邪気さ(左)」、「ロマンチックな魅惑と求愛(中央)」、「恋の成就(右)」を暗示するようにグループ化されており、更に、
「移り変わる紅葉と午後の光が、ロマンスの儚さを強調しています。この絵は、ヴァトーがキャリアの終わり頃に描き始め、ヴァトーに師事して未完成のプロジェクトのいくつかを完成させたジャン=バティスト・パテールが完成させたと考えられます。」(シカゴ美術館による解説 Google翻訳)
ジャン=バティスト・パテール(ジャン=バティスト・パテル)とは、ヴァトーとは同郷の出身、ヴァトー唯一の弟子。
右にいる、ピンク色のドレスの女性、後ろ姿が印象的ですね。 ルーヴル美術館の『二人の従姉妹』に似ています。
『二人の従姉妹』( Les deux Cousines ) 1716年 – 1717年 ルーヴル美術館蔵

引用元:『二人の従姉妹』
貴婦人の美しい後ろ姿
ロココ貴婦人が纏うドレスの「ヴァトー・プリーツ(ヴァトーの襞)」
『愛の音階』( La Gamme d’Amour / The Scale of Love ) 1717年 – 1718年頃 ナショナル・ギャラリー蔵

引用元:『愛の音階』
ナショナル・ギャラリーの解説によると、「この絵の主役のカップルは、ヴァトーの別の作品「La Récreation galante」(ベルリン絵画館)に登場する男性ギタリストとその女性同伴者に似ている。ヴァトーはおそらくこの 2 枚の絵を同時に制作し、1718 年までに完成させたと思われる。ナショナル ギャラリーの絵は小さいながらも、より親密なスケールのヴァトーの作品の好例である。」(Google翻訳)ということです。
ベルリンの絵画館に収蔵されている作品はこちらです。
Gesellschaft im Freien / Company in the Outdoors 1718年 – 1721年頃 絵画館(ベルリン)蔵

引用元:Gesellschaft im Freien ArtDaily.org
絵画館の解説には、
「この絵画はヴァトーの創作活動の後期に描かれたものと考えられており、おそらく他の絵画のさまざまなモチーフを組み合わせる意図に基づいて描かれたものと思われる。この作品は、他の絵画にも使用された 14 枚の絵に基づいています。」(Google翻訳)
14枚! 確かに、よーく見てみると、「あの絵かな?」と思える場面が見つかります。
上に挙げた絵をもとにしたと思われる扇です。

引用元:扇(表)
ちなみに、この扇の裏はオリエンタル風味。

引用元:扇(裏)
Pleated Fan クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
『愛の音階』( La Gamme d’Amour / The Scale of Love )は下の画像 KPM製の花瓶にも使われています。 色が違うと印象も全然違いますね。

引用元:painting of a Watteau scene on a vase Foto: Wschmock (330) CC-Zero
『ヴェネツィアの祝宴』( Fêtes Vénitiennes ) 1718年 – 1719年頃 スコットランド国立美術館蔵

引用元:『ヴェネツィアの祝宴』
Fêtes Vénitiennes スコットランド国立美術館
フランスの作曲家 アンドレ・カンプラ作のオペラ バレエをもとにしたと言われる『ヴェネツィアの祝宴』。
ヴァトーは自分自身の姿を音楽家として描き込んでいます。
こちらもサイトでじっくりご覧ください

下は、『シテール島への巡礼』の登場人物たちのポーズです。
振り向く。立ち上がる。寄り添う。談笑する。
他の作品を見たときに、「あのポーズと似ているような…」と感じるのでは。

引用元:『シテール島への巡礼』(部分) Sailko CC-BY-3.0

引用元:『シテール島への巡礼』(部分) CC-BY-3.0 Sailko
『幸運な事故』( Le Faux-Pas ) 1716年 – 1718年頃 ルーヴル美術館蔵

引用元:『幸運な事故』
『幸運な事故』も掲載
ロココ貴婦人が纏うドレスの「ヴァトー・プリーツ(ヴァトーの襞)」
『シャンゼリゼ(エリュシオンの園)』( Les Champs Elisées ) 1717年 – 1718年頃 ウォレス・コレクション蔵

Les Champs Elisées ウォレス・コレクション
背景の彫像はヴァトーの絵画『ニンフとサテュロス(ユピテルとアンティオぺー)』
『愛の喜び』( Das Liebesfest ) 1718年 – 1719年頃 ドレスデン国立美術館蔵

引用元:『愛の喜び』
『愛の喜び』はこちらに掲載

Kärlekslektionen / The Love Lesson 1716年 – 1717年頃 スウェーデン国立美術館蔵

引用元:Kärlekslektionen

引用元:ヴァトーの絵が描かれた皿(KPM) scanned by Wschmock
ヴァトー作品の再現度が結構高いですね。
20歳の頃こういう絵皿を見てから磁器収集にハマって行きました。 KPM、高くて手が出ませんでしたが、憧れましたねえ。
La promenade

引用元:La promenade

引用元:ヴァトーの絵が描かれた花瓶(KPM) Wschmock (306) CC-Zero
Den italienska serenaden / The Italian Serenade 1716年 – 1719年頃 スウェーデン国立美術館蔵

Den italienska serenaden スウェーデン国立美術館
『イタリアのセレナーデ』と題される本作は、メトロポリタン美術館の「時計付き宝石箱」( Jewel cabinet with watch )の元ネタかと思われます。

Jewel cabinet with watch メトロポリタン美術館
この「時計付き宝石箱」の別面には、フランソワ・ブーシェの作品が。

フランソワ・ブーシェ( François Boucher, 1703年9月29日 – 1770年5月30日)
フランス王ルイ15世の公式寵姫 ポンパドゥール夫人の庇護を受け、その人生において多くの作品を残した フランソワ・ブーシェ。
若い頃(1720年代初め)には図案家・版画家として働いており、1725年にはヴァトーの作品をもとに版画を制作しています。
『田園生活の魅力』( Charmes de la vie champêtre ) 1735年 – 1740年 ルーヴル美術館蔵
メトロポリタン美術館の「時計付き宝石箱」の元ネタかと思われる作品。

引用元:『田園生活の魅力』
Charmes de la vie champêtre. ルーヴル美術館
Pastoral 1730年 – 1760年 Accorsi-Ometto Museum蔵

引用元:Pastoral

次は、ブーシェの『エウロペの略奪』と、1840年代の扇です。
『エウロペの誘拐』( L’enlèvement d’Europe ) 1747年 ルーヴル美術館蔵

引用元:『エウロペの誘拐』
L’enlèvement d’Europe. ルーヴル美術館

引用元:扇(表)

引用元:扇(表)
Pleated Fan (France or Northern Europe) クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
絵画を飾る装飾がすごいですね。 豪華ですね。
ジャン=バティスト・パテル( Jean-Baptiste Pater, 1695年12月29日 – 1736年7月25日)
同じヴァランシェンヌ出身の画家ヴァトーに弟子入りし、ヴァトーにとって唯一の弟子となったパテル。
後に不仲となり、パテルはヴァトーの元を離れますが、ヴァトーの死の前に和解します。
前出のヴァトー作品『田園の集い』(1718年 – 1721年頃 シカゴ美術館蔵)はパテルによって仕上げられたようです。
Le concert amoureux (The Amourous Concert) 1730年 – 1733年頃 ウォレス・コレクション蔵

引用元:Le concert amoureux (The Amourous Concert)
Le concert amoureux (The Amourous Concert) ウォレス・コレクション
『愛のコンサート』( Le concert amoureux (The Amourous Concert) )。
下の扇(表面)の元ネタとなったようです。

引用元:扇(表)

引用元:扇(裏)
Pleated Fan (France) クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
『愛のコンサート』( Le concert amoureux (The Amourous Concert) )のポーズは、ヴァランシェンヌ美術館の『田舎の休息』でも見られます。
Les délassements de la campagne 18世紀前半 ヴァランシエンヌ美術館蔵

Les délassements de la campagne ヴァランシエンヌ美術館
Fête galante with Six Figures near a Fountain 1728年頃 ウォレス・コレクション蔵

Fête galante with Six Figures near a Fountain ウォレス・コレクション
タイトルの意味は「噴水近くの6人の人物の祝宴」でしょうか。
1760年~80年に制作された扇

Une Fête champêtre. Réjouissance de soldats 1728年 ルーヴル美術館蔵

引用元:Une Fête champêtre. Réjouissance de soldats Sailko CC-BY-3.0
Une Fête champêtre. Réjouissance de soldats ルーヴル美術館
副題が「兵士たちの歓喜」(Google翻訳)となっています。
「噴水近くの6人の人物の祝宴」( Fête galante with Six Figures near a Fountain )の男女と同じポーズの人物が描き込まれていますが、背景や服装によって印象が全然違うんだなと改めて思います。
パテルの作品
ジャン=バティスト・パテルの雅宴画『イタリア喜劇の役者たちの集い』
ヴァトー唯一の弟子・パテル『水浴する貴婦人たち』(スコットランド国立美術館)
二コラ・ランクレ( Nicolas Lancret, 1690年1月22日 – 1743年9月14日)
ニコラ・ランクレは、ヴァトーの後継者のひとりとされる画家です。
『鳥かご』( Der Vogelkäfig (Les amours du bocage)) 1735年 アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『鳥かご』
Der Vogelkäfig (Les amours du bocage) アルテ・ピナコテーク蔵
本作は優雅なロココ絵画ファンの プロイセン王 フリードリヒ2世のコレクションでした。
ランクレの作品をもとに、18世紀半ばに制作された扇。

引用元:扇
Pleated Fan And Case (France) クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
パテルやランクレらの絵画をもとにしたドレッサーについて

クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館のコレクションのほんの一部。サイトでどうぞ





雅宴画以外の名画
『パルナッソス』( Il Parnasso ) 1509年 – 1511年 ラファエロ・サンツィオ ヴァチカン宮殿

引用元:『パルナッソス』
ラファエロの有名な作品に題材を取った扇もあります。

引用元:扇
Pleated Fan (USA) クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
『アウローラ』( L’Aurora ) 1612年 – 1614年頃 グイド・レーニ パラッツオ・パラヴィチーニ・ロスピリオージ

引用元:『アウローラ』
グイド・レーニの傑作『アウローラ』。 扇にするとこんな感じ。
18世紀半ばの作品

Venditrice di amorini フレスコ画 1世紀 ナポリ国立考古学博物館蔵

古代ローマ時代のフレスコ画『キューピッド売り』。 この絵は多くの家具や工芸品の図案になりました。

引用元:扇
この扇の Wikipedia の説明欄に、「Souvenirfächer aus Neapel」(ナポリのお土産扇)とありました。
Kunstgewerbe-verein in Frankfurt(フランクフルト芸術工芸協会)のサイトでは上の扇は探せなかったので詳細は判りません。
このサイトではべっ甲で出来た扇を見ることができます
18世紀フランスの画家 ジョゼフ・マリー・ヴィアンは、当時の趣味に合わせて「現代風」にアレンジされた『キューピッド売り』を描いています。

引用元:『キューピッド売り』
La Marchande à la toilette, dite La marchande d’amours フォンテーヌブロー城国立美術館(ルーヴル美術館)
ヴィアンの『キューピッド売り』
18世紀の古代ブーム ジョゼフ=マリー・ヴィアンの『キューピッド売り』
18世紀の扇
容易に想像がつくように、凝った装飾が施された扇はとっても高価。
実際たいへん高価な装飾品だったので、金、銀、象牙、真珠母貝などの高価な素材が使われた。骨の部分もまた装飾の対象として美しい彫り、飾り穴、ピケ、宝石などで精緻に装飾され、なかには小さな時計をはめ込んだものまであった。この時代特有の装飾「ピケ」は象嵌の一種で、象牙や貝殻の扇骨に孔をあけ、金や銀の小さなピンを差し込んで模様を表わすものである。
K.M.レスター & B.V.オーク(著). 古賀敬子(訳). 2020-11-20. 『アクセサリーの歴史事典 下 脚部・腕と手・携帯品』. 八坂書房. p.138.

引用元:扇(表)

引用元:扇(表)
さらっと流しがちですが、扇骨もセンスが問われるところ。 繊細な装飾が施されています。 素材自体も高価。
イギリスの博物館で初めて実物を見たときは、目眩がしましたね。
18世紀のフランスでは、結婚式に招待した女性客に花嫁から扇をプレゼントする習慣が生まれ、大量の扇が用意されるようになった。こうした扇はたいてい高価な品だったので、王家の結婚式ともなると扇業者は破格の報酬を得ることができた。この習慣がすっかり定着してからは膨大な量の扇が巷にばらまかれることになったため、今日美術館や博物館で見ることのできる美しい扇の多くはこうした結婚時の贈り物である。
富裕層だけの非常に高価な扇とは別に、より安価な絵扇の需要もあった。白い紙に薄い色をつけ、話題性のある最近の出来事などの絵をプリントした、いわゆる「扇絵」が作られた。 1785 年の気球の上昇を描いた扇絵などが有名である。イングランドでは『乞食オペラ』のシーンが数多くプリントされ、ホガースのドローイングも人気のあるテーマだった。
K.M.レスター & B.V.オーク(著). 古賀敬子(訳). 2020-11-20. 『アクセサリーの歴史事典 下 脚部・腕と手・携帯品』. 八坂書房. pp.138-139.
一個欲しいなあ、部屋に飾りたい、などと思ったこともありましたが、いや、そもそもそんな美しい扇様をお迎えできるような部屋じゃないし。
こうしてブログに書き留めて、時折眺めるくらいがちょうど良いのだ。
これら扇の使い方の「マナー」や使い道については、また別の機会にご紹介する予定です。
扇絵や ウィリアム・ホガースの活動についてはこの書籍の方が詳しいです




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