ホガースの『貞操の危機』他『その前』と『その後』、屋外ヴァージョンと屋内バージョンを掲載しました。
『貞操の危機』( The Lady’s Last Stake ) 1758年-1759年 ウィリアム・ホガース オルブライト=ノックス美術館蔵
引用元:『貞操の危機』
オルブライト=ノックス美術館:The Lady’s Last Stake
この絵の解説に、
貞淑な人妻が若い将校とのカードの賭けに負け、望みをかなえてくれれば一切を返そうという男の言葉に思い惑っている。
第一アートセンター.『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』.同朋舎出版.
ってありますけど、あまり深刻な感じに見えませんね(-_-;)。
引用元:『貞操の危機』
青年将校は彼女の金や宝石が入った帽子を見せ、もう一勝負して、貴女が勝ったらこちらをお返ししよう、と申し出ています。
引用元:『貞操の危機』
引用元:帽子
しかし、もし彼女が負ければ、彼女は彼の想いを受け入れなくてはなりません。
机や、床に散らばるカード、夫からの手紙。
「貞節」のシンボルである犬はテーブルの下です。
引用元:犬
引用元:暖炉の扉
引用元:暖炉の中
引用元:床の上の手紙とトランプ
暖炉の上の壁には、先行きを暗示するような暗いアイテム (『改悛のマグダラのマリア』と思しき絵が掛かっており、その前にはキューピッドが載った時計)があるのですが、キューピッドが持っているのは愛の矢ではありません。
時の翁が持つ大鎌、カマです。
引用元:時計
時計の針は16時55分を差し、窓からはもう月が見えています。
もうじき夜が訪れるのです。
さて、彼女の決断は?
ウィリアム・ホガース( William Hogarth, 1697年11月10日-1764年10月26日)
引用元: ウィリアム・ホガース
ウィリアム・ホガースが活躍した18世紀、ヨーロッパは華やかなロココ文化の中にありました。
ホガース自身は歴史画家としての名声を望んでいましたが、残念ながらその分野での評価は得られませんでした。
しかし、版画家として修業を積んだホガースは、当時の世相を風刺した連作の油彩画、それに基づく版画ヴァージョンを制作し、売り出します。
ホガースの代表作に、1730年代の『娼婦一代』、『放蕩息子一代』、1740年代の政略結婚した夫婦の顛末を描いた『当世風の結婚』、1750年代の『残酷の4段階』、『ビール通りとジン横丁』などがあります。
マネやピカソは新聞記事や写真を参照した。彼らは何か一つのテクストをもとに自分たちの絵を作り上げたわけではない。しかし、自分で話を創作してそれを描いたわけでもなかった。テクストを持たない物語を描き、その主題を自分で発案した最初の芸術家は、一八世紀のイギリスで版画家と画家を兼ねたウィリアム・ホガースである。
エリカ・ラングミュア(著). 高橋裕子(訳). 2005-5-25. 『物語画』. 八坂書房. p.112.
『ビール通りとジン横丁』( Beer Street and Gin Lane ) 1751年 ウィリアム・ホガース
引用元:『ビール通りとジン横丁』
整然として見える『ビール通り』に対し、転落する赤ん坊、痩せこけ、死にかけた男…と、『ジン横丁』にはこの世の地獄が溢れています。
カンヴァセーション・ピース( Conversation piece )
カンヴァセーション・ピースとは
「18世紀英国で流行した、家族の集まりなどの群像画」「家族団欒図」を、「カンヴァセーション・ピース」と言います。
描かれているのは必ずしも家族とは限らず、友人同士であることもありますが、親し気な、寛いだ雰囲気を感じ取れるものです。
『グラハム家の子供たち』( The Graham Children ) 1742年 ウィリアム・ホガース ナショナル・ギャラリー蔵
引用元:『グラハム家の子供たち』
ギャリック夫妻( David Garrick with his wife Eva-Maria Veigel, “La Violette” or “Violetti” ) 1757年-1764年 ウィリアム・ホガース ロイヤル・コレクション蔵
引用元:ギャリック夫妻
人気俳優デヴィッド・ギャリックとその夫人の肖像画です。
変にかしこまったり、堅苦しい感じがしませんね。
関連記事 18世紀の名優デイヴィッド・ギャリックを描いた画家たち
” Before and After “ 『その前』と『その後』
『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』の「エロティシズム」に関する記述で、著者がケンブリッジ大学在学中、指導教官から、ルネサンスの巨匠・ティツィアーノの『ルクレツィアの凌辱』(1571年)について、この作品をエロティシズムの傑作だと思わないかと尋ねられたというエピソードがあります。
著者は、「ティツィアーノより、同じフィッツウィリアム美術館にあるホガースの作品の方が、「訴えかけるもの」があった」と書いておられます。
こちらはティツィアーノの作品、『ルクレツィアの凌辱』。
引用元:『ルクレツィアの凌辱』
そのホガースの作品がこちらです。
『その前』と『その後』 1730年 ウィリアム・ホガース フィッツウィリアム美術館蔵
画像出典:WIKIART Before (Public domain)
画像出典:WIKIART After (Public domain)
それは十八世紀の英国の画家ウィリアム・ホガースの二点一組の絵画《その前》と《その後》である。最初の絵では、若い男が森の空地で若い娘に言い寄っている。彼女のほうではまったくその気がなさそうに見える。二点目は、二人があえぎながら寄り添っている姿で、彼女の抵抗はとるに足らないものだったことがわかる。乱れた衣服は、二人の終わったばかりの性交渉が火急のものだったことの証だ。
フィリップ・フック(著).中山ゆかり(訳).2016-12-22.『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』. フィルムアート社. pp.172-173.
原罪を連想させる「林檎」。
『その後』で、足元に零れ落ちて転がっているリンゴも意味深です。
フィッツウィリアム美術館のものは「屋外ヴァージョン」ですが、「屋内バージョン」もあります。
『その前』と『その後』 1730年-1731年頃 ウィリアム・ホガース ゲティ・センター蔵
引用元:『その前』(Before)
引用元:『その後』(After)
前と後では立場が逆転、といった感じでしょうか。
貞操のシンボルである犬も寝てしまっています。
- エリカ・ラングミュア(著). 高橋裕子(訳). 2005-5-25. 『物語画』. 八坂書房.
- 第一アートセンター.『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』.同朋舎出版.
- フィリップ・フック(著).中山ゆかり(訳). 2016-12-22.『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』. フィルムアート社.
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