巨匠コレッジョの『ユピテルの愛の物語』四枚と、ホガースの絵画『当世風の結婚』(第四場)を一緒に観て行きます。
「ユピテルの愛の物語」四部作
『ユピテルとイオ』( Jupiter and Io ) 1531年頃 アントニオ・コレッジョ 美術史美術館蔵
引用元:『ユピテルとイオ』
恍惚の表情を浮かべる女性。
よく見ると、女性をかき抱くような手と口づけする男の顔が。
屋外であるのに、「シーツ」もあります。
女性の名はイオ。
初代アルゴス王の娘(河の神の娘とも)イオを見初めたゼウス(ユピテル)は、雲に変身してイオを誘惑します。
このコレッジョの絵画は、黒い雲の姿をしたゼウスが、妻ヘラの目を盗み、イオと愛を交わそうとする場面を描いています。
しかしヘラをごまかすことはできず、ゼウスによって白い牝牛に姿を変えられたイオはこの後大変な目に遭います(;・∀・)
絵には、コレッジョが得意とした、ものとものとの境界線が自然にぼかされる「ぼかし(スフマート)技法」が効果的に使われています。
技法もスゴイですが、裸婦のお尻も非常に官能的。
官能的過ぎて、
コレッジョの描いたイオがあまりに猥褻だとして、フランスのオルレアン公の息子が、この作品にナイフを突き立てたという伝説が残っている。だが、本作品にそのような傷は見つかっておらず、実際に傷つけられたのはコレッジョのほかの作品だったようだ。しかし、このような誤解が生じて伝説となるほど、この作品は当時の人々には刺激が強いものだったのだろう。
池上英洋(監修). 池上英洋・川口春香・荒井咲紀(著). 2013. 『禁断の西洋官能美術史』. 宝島社. p.19.
ヘラの嫉妬を買ったイオは牝牛の姿で各地を逃げ回り、エジプトのナイル川に辿り着きます。
そこでイオはゼウスによって人間の姿に戻されました。
後にイオはエジプトでイシス女神となり、息子エパポスも国王となって崇拝されたという。その娘リビエが「リビア」の語源となった。
井出洋一郎(著). 2011-6-26. 『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』. 中経の文庫. 中経文庫. p.34.
イシスとはエジプトの神話に出てくる豊穣の女神です。
イオ自身の名も、「イオニア」海の語源となっています。
引用元:イシス女神像
『ガニュメデスの略奪』( The Abduction of Ganymede ) 1531年頃 アントニオ・コレッジョ 美術史美術館蔵
引用元:『ガニュメデスの誘惑』
『ユピテルとイオ』と同じ縦長の絵画ですね。
『ガニュメデスの略奪』は、古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』に描かれた「ユピテルの愛の物語」をテーマにした絵の連作のひとつで、『ユピテルとイオ』とは対。
『ガニュメデスの略奪』では、ゼウスは大鷲に化けています。
美少年であるトロイ(トロイア)の王子ガニュメデス(ガニュメデ)をさらう場面です。
相手が女性でも男性でも、気に入れば実力行使。
息子をさらわれて悲しむ父王に、ゼウスはガニュメデスの「身請け代」として神馬などを贈ります。
オリンポスでは、ガニュメデスは神々に不死の酒ネクタールを給仕し、ゼウスにも酌をしました。
わし座、水がめ座、木星の衛星ガニメデの名の由来は、この『ガニュメデスの略奪』の話から来ています。
『レダと白鳥』( Leda and the Swan ) 1531年頃 アントニオ・コレッジョ ベルリン、絵画館蔵
引用元:『レダと白鳥』
数ある『レダと白鳥』の中でも最も官能的と言われるコレッジョの作品。
白鳥はもちろんゼウスの変身した姿です。
今度のお相手はスパルタ王妃レダ。
侍女に付き添われ沐浴するレダに心を奪われたゼウスは、白鳥に変身してレダに近づき、難なく思いを遂げます。
コレッジョは情事の場を屋外に設定。
この画面右手には飛び立つ白鳥の姿がありますが、ゼウスの白鳥が複数いるというわけではなく、
右手には、異時同図法として、白鳥が誘惑する場面と飛び去る場面が、さらに左手には縦笛や竪琴を弾くエロース(キューピッド)が描かれ、官能的な愛の交わりを暗示しています。
平松洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. ビジュアルだいわ文庫. 大和書房. p.58.
全裸の女性とその足の間に体を入れる白鳥。
レダに口付けようと伸びた白鳥の首は「男根的形象」を示すものだそうです。
あまりに官能的なために絵に傷を付けられたのは、前出の『ユピテルとイオ』ではなく、この『レダと白鳥』だったようで、
18世紀、所有者のオルレアン公ルイにより、あまりに卑猥だとして、レダの顔の部分が切り裂かれたという逸話を残す。現在の顔はのちに修復されたもの
海野弘・平松洋(監修). 2014-5-23. 『性愛の西洋美術史 愛欲と官能のエロティック・アートの世界』. 洋泉社. p.37.
「卑猥」かあ。まぁ、愛の場面ですしね。
いや、もうどれもこれもセクシーで素敵です。
同じ16世紀の画家ヴェロネーゼの『レダと白鳥』は室内での睦み合い。こちらは白鳥がのしかかり、レダも口付けに応えています。
引用元:『レダと白鳥』
『ダナエ』( Danae ) 1531年頃 アントニオ・コレッジョ ボルゲーゼ美術館蔵
引用元:『ダナエ』
「娘が産む子に殺される」との神託を信じた父王によって、美貌の王女ダナエは青銅の塔に閉じ込められていました。
その美しさに惹かれたゼウスは黄金の雨に姿を変え、ダナエのもとにやってきます。
コレッジョはキューピッドを描くことで、私たち鑑賞者にこれから始まる愛の交歓を予感させています。
ダナエはゼウスとの間に英雄ペルセウスを産みました。
多くの画家がダナエの官能的な姿を描いていますが、クリムトが描いたダナエ、これが断トツでエロティックではないかと個人的に思います。
引用元:『ダナエ』
作品を注文したのはマントヴァ公フェデリーコ2世・ゴンザーガ
引用元:フェデリーコ2世・ゴンザーガ
これらの色っぽい絵画をコレッジョに発注したのは、イタリアの名門ゴンザーガ家の当主フェデリーコ2世でした。
彼自身も美術品の収集家ですが、彼の母親イザベラ・デステの方がもっと有名かも。
引用元:イザベラ・デステ
『ユピテルとイオ』『ガニュメデスの略奪』の縦長の形は、フェデリーコ2世の離宮パラッツォ・デル・テ( Palazzo del Te )に飾るためだったそうです。
しかし、この『ユピテルの愛の物語』四作品は完成直後の1532年、神聖ローマ皇帝カール5世に贈呈され、スペインに渡りました。
引用元:神聖ローマ皇帝カール5世
『当世風の結婚』第四場、奥様の私室にある絵
『当世風の結婚』 第四場「化粧室」(The Toilette) 1743-1745年頃 ウィリアム・ホガース
引用元:『当世風の結婚』 第四場(The Toilette)
18世紀イングランドの画家、ウィリアム・ホガースの代表作『当世風の結婚』の第四場です。
家柄だけはいいけれど金が無い貴族の息子と、金だけはある成り金商人の娘が愛の無い結婚をするというストーリー。
『第一場・第二場』はこちらです
この絵は四番目の場面ですが、奥様の私室に飾られた絵で奥様の現在の状況を「読む」ことができます。
そんな絵画のうち、目立つ所に飾られたこの絵は( ゚Д゚)!
引用元:『当世風の結婚』 第四場(The Toilette)
『ユピテルとイオ』です!
誘惑する者、される者。妻を欺いて浮気する男の、不倫の絵。
下の画像は見づらいですが、『ガニュメデスの略奪』です。
引用元:『当世風の結婚』 第四場(The Toilette)
引用元:『当世風の結婚』 第四場(The Toilette)
画面右下のバスケットの中に入っている絵皿には、白鳥と裸婦が描かれていますね。
一緒に入っている人形はギリシャ神話に出てくるアクタイオン。女神アルテミスの怒りに触れて牡鹿に姿を変えられてしまい、最後には猟犬に引き裂かれてしまう男性です。
角は「寝取られ男」の象徴とされます。
『レダと白鳥』『ガニュメデスの略奪』『ロトとその娘たち』などの絵画に囲まれて、このホガースの『当世風の結婚 第四場』は「不倫」「姦淫」を示唆しているのです。
コレッジョの作品が意外なところで楽しめますね( ̄▽ ̄)。
- 池上英洋(監修). 池上英洋・川口春香・荒井咲紀(著). 2012. 『禁断の西洋官能美術史』. 宝島社.
- 井出洋一郎(著). 2011-6-26. 『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』. 中経の文庫. 中経文庫.
- 池上英洋(著). 2009. 『恋する西洋美術史』. 光文社新書.
- 平松洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. ビジュアルだいわ文庫. 大和書房.
- 海野弘・平松洋(監修). 2014-5-23. 『性愛の西洋美術史 愛欲と官能のエロティック・アートの世界』. 洋泉社.
コメント
コメント一覧 (2件)
ぴーちゃん様
返信遅くて申し訳ありません。
コメント有難うございます。
品行方正でない全能の神というのがゼウスの魅力なのでしょうが、私は嫉妬深いといわれるヘラの方が理解できる気がします(笑)。
ルネサンスの人々が興味深くギリシア神話を捉えていたのか興味深いですよね。
私は日本の神話の方が好きですが、各国の神話の共通点を見るのも面白いです。
コレッジョの絵は、まさに仰る通り!
真に迫っているのと当時のモラルからすれば「卑猥」だったのだと思います。
でも後世の私からすれば、「いや、なにも切り裂かなくても…。それ「名画」なんだしさ」と思います。
今回も見てくださって有難うございました。
ハンナさん、こんにちは。
ゼウスって、ギリシャ神話の最高の神だけど、ヘラがいるのに、いろいろな女性と関係を持って、何をもって神と言うのだろうと思ってしまいます。
しかも、当世風の結婚の絵には、ゼウスで不倫を示唆している?!
ギリシャ神話は、もはや芸術の対象そのものだったのでしょうか…。
ところで、コレッジョの描いた女性が卑猥と言われたのは、女性の描写が、あまりにリアルだったからではと、思ったりもします。
キリスト教関係の絵は、あまり面白くないけれど、ギリシャ神話は面白いですね。
今日も、興味深い記事をありがとうございました。