画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

家族の食事風景・フランソワ・ブーシェの『昼食(朝食)』( Le Dejeuner )

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『昼食(朝食)』に描かれた家族の食事風景。18世紀フランス、ロココ絵画を代表する画家のひとりフランソワ・ブーシェの家族を描いたものではないかとの説があります。

『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵

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目次

『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ

『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『昼食(朝食)』 1739年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵

引用元:『昼食(朝食)』

書籍によっては『朝食』となっていますが、所有しているルーヴル美術館の日本語タイトルは『昼食』となっています。

右の女性の飲み物からは湯気が立っています。

そこから匙ですくって、お人形を持っている女の子に与えようとしているようですね。

『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『昼食(朝食)』 フランソワ・ブーシェ

この席で描かれている飲み物は「コーヒー」となっていることもあります。

「どっちだ( ゚Д゚)」と思いますが、給仕している男性が持っているのはショコラティエール、チョコレート用ポット。

『チョコレートの歴史』(河出書房新社)ではこの絵を、

フランソワ・ブーシェの「朝食」、1793年。典型的なフランスのショコラティエールが描かれている。

ソフィー・D・コウ/ マイケル・D・コウ(著). 樋口幸子(訳). 2007. 『チョコレートの歴史』. 河出書房新社. p.321.

と解説しています。

小さな子どもにあげるなら、コーヒーよりも、滋養に富んだチョコレートでしょうね。

ショコラティエール( Chocolatiere )

ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵のチョコレート・ポット 1700年代前半
ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵のチョコレート・ポット 1700年代前半

引用元:チョコレート・ポット Originally uploaded at http://www.britainloveswikipedia.org/ Valerie McGlinchey CC-BY-SA-2.0-UK

16世紀の末、スペインに入ってきた時、チョコレートは「薬」でした。

エキゾチックな異国の飲み物は、スペインから輿入れしてきた王女たちによって、フランス宮廷に広まっていきます。

貴婦人たちの間に、朝、ベッドでホットチョコレートを飲むことも流行しました。

フランソワ・ブーシェ( François Boucher, 1703年9月29日-1770年5月30日)

フランソワ・ブーシェ(1703年9月29日-1770年5月30日)の肖像 1741年 グスタフ・ルンドベリ ルーヴル美術館蔵
フランソワ・ブーシェ(1703年9月29日-1770年5月30日)の肖像 1741年 グスタフ・ルンドベリ ルーヴル美術館蔵

引用元:フランソワ・ブーシェの肖像

フランス、ロココ期の画家フランソワ・ブーシェ。

フランス国王ルイ15世の寵姫、ポンパドゥール夫人の肖像画でよく知られています。

『昼食(朝食)』の室内には、当時流行していた中国趣味の小物が飾られています。

男性の背後の飾り棚に飾られている人形や、画面左のテーブル上の置き物ですね。

家具もロココ期によく見られる、猫脚のようなラインです。

この和やかな食卓を囲む富裕階級に属する人びとは、ブーシェ自身の家族ではないかとも言われています。

(『朝食の歴史』(原書房)では、「ブーシェはこの朝食で給仕を務めている。皆の視線は、初めてチョコレートを口にした少女に注がれている。」とあります)

1733年、30歳のブーシェは、モデルを務めていた13歳年下のマリー=ジャンヌ・ビュゾーと結婚しました。

夫妻の3人の子どものうち女児ふたりが成人し、それぞれ画家と結婚しています。

ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー( Marie-Jeanne Boucher, 1716年1月9日-1796年12月30日)

『リナルドとアルミーダ』( Rinaldo and Armida ) 1734年 フランソワ・ブーシェ

『リナルドとアルミーダ』 1734年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『リナルドとアルミーダ』 1734年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵

引用元:『リナルドとアルミーダ』

マリー=ジャンヌ・ビュゾーの愛らしい姿が描かれた、『リナルドとアルミーダ』です。

マリー=ジャンヌは非常に可愛い女性で、画家モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールは1737年に、彼女をモデルにした絵をサロンに出品しています。

モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールはパステル画の名手。ポンパドゥール侯爵夫人の肖像画で有名です。

(関連記事:家で読書しよう!喜多川歌麿の『教訓親の目鑑・理口者(りこうもの)』

(関連記事:ブーシェに『ヴィーナスの勝利』を注文したスウェーデンの伯爵

A Lady on Her Day Bed 1743年 フランソワ・ブーシェ

A Lady on Her Day Bed 1743年 フランソワ・ブーシェ フリック・コレクション蔵
A Lady on Her Day Bed 1743年 フランソワ・ブーシェ フリック・コレクション蔵

引用元:A Lady on Her Day Bed

ソファでくつろぐ女性。このモデルはブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー。

履き物はロココ貴婦人の定番・ミュールですね。

壁にかかる飾り棚はやはり中国趣味の小物が。

『褐色のオダリスク』( Brown Odalisque ) 1745年 フランソワ・ブーシェ

『褐色のオダリスク』 1745年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『褐色のオダリスク』 1745年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵

引用元:『褐色のオダリスク』

タイトルが『ブルネットのオダリスク』となっていることもあります。

ブルネット(褐色)は髪の色。

オダリスクとは、オスマン帝国のスルタン(皇帝、君主)に仕える後宮の女性、女奴隷です。

東洋趣味の小物や宝石が置かれていることで、この絵は「オダリスク」を描いているんですよ、ということですね( ̄▽ ̄)。

モデルには諸説あり、「ポンパドゥール侯爵夫人では」というものもありますが、「ブーシェ夫人の面影がある」とも。(参考:『お尻とその穴の文化史』. 作品社. p.116.)

『褐色のオダリスク』 1745年 フランソワ・ブーシェ ルーヴル美術館蔵
『褐色のオダリスク』 フランソワ・ブーシェ

引用元:オダリスク頭部

小机にはブーシェのサインも入っています。

ブーシェのサイン
ブーシェのサイン

引用元:ブーシェのサイン Tangopaso

肖像画家アレクサンドル・ロスリンによるブーシェ夫妻の肖像画

スウェーデンで生まれ、フランスで活躍したブーシェの「子分」アレクサンドル・ロスリン(ロスランとも表記 Alexander Roslin )によるブーシェ夫妻の肖像画です。

『フランソワ・ブーシェの肖像』 1760年 アレクサンドル・ロスリン ヴェルサイユ宮殿
『フランソワ・ブーシェの肖像』 1760年 アレクサンドル・ロスリン ヴェルサイユ宮殿

引用元:『フランソワ・ブーシェの肖像』

『ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾーの肖像』 1761年サロンに出品 アレクサンドル・ロスリン ミュンヘン、ニュンフェンブルク
『ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾーの肖像』 1761年サロンに出品 アレクサンドル・ロスリン ミュンヘン、ニュンフェンブルク

引用元:『ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾーの肖像』

ブーシェ夫人はどこかジャン=マルク・ナティエ風(頬紅のせい?)。

マリー=ジャンヌ自身も絵を描き、ミニアチュール制作、エングレービング作家でもありました。

下はブーシェの絵にちなむエッチングです。

木のそばで休む二人の少年ですね。

Two Boys Sleeping Besides a Tree ブーシェにちなむ絵 1750年-1760年頃 マリー=ジャンヌ・ブーシェ メトロポリタン美術館蔵
Two Boys Sleeping Besides a Tree ブーシェにちなむ絵 1750年-1760年頃 マリー=ジャンヌ・ブーシェ メトロポリタン美術館蔵

引用元:Two Boys Sleeping Besides a Tree

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。(マリー=ジャンヌが亡くなった年はWikipediaのものと異なっています)

ブーシェの娘たち

画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画( Portrait présumé de Jeanne-Elisabeth-Victoire Deshays, épouse de l’artiste )

画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画 1760年頃 ジャン=バティスト・デエ コニャック=ジェイ美術館蔵
画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画 1760年頃 ジャン=バティスト・デエ コニャック=ジェイ美術館蔵

引用元:画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画

ブーシェの長女ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・ブーシェ( Jeanne-Elisabeth-Victoire Boucher )は、1758年に画家ジャン=バティスト・デエと結婚します。

『ボードワン夫人の肖像』( Portrait of madame Badouin )

『ボードワン夫人の肖像』 1760年頃 フランソワ・ブーシェ コニャック=ジェイ美術館蔵
『ボードワン夫人の肖像』 1760年頃 フランソワ・ブーシェ コニャック=ジェイ美術館蔵

引用元:『ボードワン夫人の肖像

ブーシェの次女マリー・エミリー・ブーシェ( Marie-Émilie Boucher )は、ブーシェの弟子ピエール=アントワーヌ・ボードワンと結婚しました。

もし『昼食(朝食)』の人物たちが本当にブーシェの家族だったとしたら、絵に描かれた女の子たちは、幼かった頃の姉妹なのでしょうか。

優れた装飾性、きわどく官能的な絵画が印象に残るブーシェですが、幼子に向けた優しい眼差しに、画家の人間性を見る思いです。

主な参考文献
  • ソフィー・D・コウ/ マイケル・D・コウ(著). 樋口幸子(訳). 『チョコレートの歴史』. 河出書房新社.
  • アンドリュー・ドルビー(著). 大山晶(訳). 2014. 『朝食の歴史』. 原書房.
  • クロエ ドゥートレ・ルーセル(著).宮本 清夏・ボーモント 愛子・松浦 有里(訳).2009.『チョコレート・バイブル 人生を変える「一枚」を求めて』.青志社.
  • 前田正明・櫻庭美咲(著). 平成18年. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書.
  • ジャン・コルダン, オリヴィエ・マルティ(著). 藤田真利子(訳). 2005-10-10. 『お尻とその穴の文化史』. 作品社.
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コメント

コメント一覧 (2件)

  • ハンナさん、こんにちは。
    冒頭の「昼食」の絵は、仲のよさそうな家族の1シーンを見ているような心温まる絵ですね。
    描かれている女の子たちが、無事成長した(と思いたいです)絵も残されていて、なんかほっとします。
    当時はまだまだ、子どもが無事大人になる確率は、低そうですから。
    因みに、私もコーヒーではないと思います。
    だって、コーヒーは子供に飲ませると頭が悪くなると言いますから。
    (あっ、でも、現代の間隔って、当時の感覚と一緒か分かりませんけど…笑)

    • ぴーちゃん様

      こんにちは。

      あの食事風景は「画家自身の家族を描いたものと言われている」そうで、ほんとにそうであってくれたらいいなと思います。
      官能的な愛の絵が多いブーシェですが、子どもたちを見る大人たちの目が純粋に優しいように見えますし、次女の肖像画からはやっぱり愛情が感じられます。

      私は「チョコレート」説を支持しています(笑)。
      コーヒーもチョコレートも「薬」で入って来たものですが、コーヒーが覚醒を促し、チョコレートには滋養があるとわかってきて、で、子どもにあげるとしたらやっぱり後者じゃないかなと。

      ルイ15世のコーヒー占いや、当時のチョコレートに関する誹謗中傷?もなかなか興味深いものがありますが、それはまた後日やります。

      今回も有難うございました。

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