『昼食(朝食)』に描かれた家族の食事風景。18世紀フランス、ロココ絵画を代表する画家のひとりフランソワ・ブーシェの家族を描いたものではないかとの説があります。
『昼食(朝食)』( Le Dejeuner ) 1739年 フランソワ・ブーシェ
引用元:『昼食(朝食)』
邦題は書籍によって『朝食』または『昼食』となっています。
右の女性の飲み物からは湯気が立っています。
そこから匙ですくって、お人形を持っている女の子に与えようとしているようですね。
引用元:『昼食(朝食)』
この席で描かれている飲み物は「コーヒー」となっていることもあります。
「どっちだ( ゚Д゚)」と思いますが、給仕している男性が持っているのはショコラティエール、チョコレート用ポットだと思われます。
『チョコレートの歴史』ではこの絵を、
フランソワ・ブーシェの「朝食」、1793年。典型的なフランスのショコラティエールが描かれている。
ソフィー・D・コウ/ マイケル・D・コウ(著). 樋口幸子(訳). 2007. 『チョコレートの歴史』. 河出書房新社. p.321.
と解説しています。
小さな子どもにあげるなら、コーヒーよりも、滋養に富んだチョコレートでしょうね。
表紙はリオタールの『チョコレートを運ぶ娘』
ショコラティエール( Chocolatiere )
引用元:チョコレート・ポット Originally uploaded at http://www.britainloveswikipedia.org/ Valerie McGlinchey CC-BY-SA-2.0-UK
16世紀の末にスペインに入ってきた時、チョコレートは嗜好品ではなく「薬」でした。
エキゾチックな異国の飲み物は、スペインから輿入れしてきた王女たちによってフランス宮廷に広まっていきます。
貴婦人たちの間には、朝のベッドでホットチョコレートを飲むことも流行しました。
フランソワ・ブーシェ( François Boucher, 1703年9月29日-1770年5月30日)
フランス、ロココ期の画家フランソワ・ブーシェ。
フランス国王ルイ15世の寵姫、ポンパドゥール夫人の肖像画でよく知られています。
引用元:フランソワ・ブーシェの肖像
『フランソワ・ブーシェの肖像』( Portrait de François Boucher (1703-1770). )
グラフィック・アーツ相談室で予約して閲覧可
引用元:『ポンパドゥール侯爵夫人』
『ポンパドゥール侯爵夫人』( La Marquise de Pompadour (1721-1764). )
展示場所:シュリー翼、611展示室
引用元:『ポンパドゥール夫人』
『昼食(朝食)』の室内には、当時流行していた中国趣味の小物が飾られています。
男性の背後の飾り棚に飾られている人形や、画面左のテーブル上の置き物ですね。
家具もロココ期によく見られる、猫脚のようなラインです。
この和やかな食卓を囲む富裕階級に属する人びとは、ブーシェ自身の家族ではないかとも言われています。(『朝食の歴史』(原書房)では、「ブーシェはこの朝食で給仕を務めている。皆の視線は、初めてチョコレートを口にした少女に注がれている。」とあります)
1733年、30歳のブーシェは、モデルを務めていた13歳年下のマリー=ジャンヌ・ビュゾーと結婚しました。
ブーシェ夫妻の三人の子どものうち女児ふたりが成人し、それぞれ画家と結婚しています。
ブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー( Marie-Jeanne Boucher, 1716年1月9日-1796年12月30日)
『リナルドとアルミーダ』( Renaud et Armide ) 1734年 フランソワ・ブーシェ
引用元:『リナルドとアルミーダ』
『リナルドとアルミーダ』( Renaud et Armide ) , INV 2720
展示場所:シュリー翼、919展示室
マリー=ジャンヌ・ビュゾーの愛らしい姿が描かれた、『リナルドとアルミーダ』。
マリー=ジャンヌは非常に可愛い女性だったそうです。
画家モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールは1737年に、彼女をモデルにした絵をサロンに出品しています。
モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールはパステル画の名手。こちらもポンパドゥール侯爵夫人の肖像画で有名です。
引用元:ポンパドゥール夫人
A Lady on Her Day Bed 1743年 フランソワ・ブーシェ
ソファでくつろぐ女性。このモデルはブーシェ夫人マリー=ジャンヌ・ビュゾー。
履き物はロココ貴婦人の定番・ミュールですね。
壁にかかる飾り棚はやはり中国趣味の小物が。
『褐色のオダリスク』( L’Odalisque Brune ) 1745年 フランソワ・ブーシェ
引用元:『褐色のオダリスク』
展示場所:シュリー翼、921展示室
タイトルが『ブルネットのオダリスク』となっていることもあります。
ブルネット(褐色)は髪の色から。
オダリスクとは、オスマン帝国のスルタン(皇帝、君主)に仕える後宮の女性、女奴隷です。
東洋趣味の小物や宝石が置かれていることで、この絵は「オダリスク」を描いているんですよ、ということですね( ̄▽ ̄)。
モデルには諸説あり、「ポンパドゥール侯爵夫人では」というものもありますが、「ブーシェ夫人の面影がある」とも。(参考:『お尻とその穴の文化史』 作品社)
引用元:オダリスク頭部
肖像画家アレクサンドル・ロスリンによるブーシェ夫妻の肖像画
スウェーデンで生まれ、フランスで活躍したブーシェの「子分」アレクサンドル・ロスリン(ロスランとも表記 Alexander Roslin )によるブーシェ夫妻の肖像画です。
引用元:『フランソワ・ブーシェの肖像』
ブーシェ夫人はどこかジャン=マルク・ナティエ風(頬紅のせい?)。
マリー=ジャンヌ自身も絵を描き、ミニアチュール制作、エングレービング作家でもありました。
下はブーシェの絵にちなむエッチングです。
木のそばで休む二人の少年ですね。
引用元:Two Boys Sleeping Besides a Tree
メトロポリタン美術館:Two Boys Sleeping Besides a Tree
(マリー=ジャンヌが亡くなった年はWikipediaのものと異なっています)
ブーシェの娘たち
画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画( Portrait présumé de Jeanne-Elisabeth-Victoire Deshays, épouse de l’artiste )
引用元:画家の妻ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・デエと思われる肖像画
ブーシェの長女ジャンヌ=エリザベート=ヴィクトワール・ブーシェ( Jeanne-Elisabeth-Victoire Boucher )は、1758年に画家ジャン=バティスト・デエと結婚します。
『ボードワン夫人の肖像』( Portrait of madame Badouin )
ブーシェの次女マリー・エミリー・ブーシェ( Marie-Émilie Boucher )は、ブーシェの弟子ピエール=アントワーヌ・ボードワンと結婚しました。
もし『昼食(朝食)』の人物たちが本当にブーシェの家族だったとしたら、絵に描かれた女の子たちは、幼かった頃の姉妹なのでしょうか。
優れた装飾性、きわどく官能的な絵画が印象に残るブーシェですが、幼子に向けた優しい眼差しに、画家の人間性を見る思いです。
- ソフィー・D・コウ/ マイケル・D・コウ(著). 樋口幸子(訳). 『チョコレートの歴史』. 河出書房新社.
- アンドリュー・ドルビー(著). 大山晶(訳). 2014. 『朝食の歴史』. 原書房.
- クロエ ドゥートレ・ルーセル(著). 宮本 清夏・ボーモント 愛子・松浦 有里(訳). 2009. 『チョコレート・バイブル 人生を変える「一枚」を求めて』. 青志社.
- 前田正明・櫻庭美咲(著). 平成18-1-31. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書.
- ジャン・コルダン, オリヴィエ・マルティ(著). 藤田真利子(訳). 2005-10-10. 『お尻とその穴の文化史』. 作品社.
コメント
コメント一覧 (2件)
ハンナさん、こんにちは。
冒頭の「昼食」の絵は、仲のよさそうな家族の1シーンを見ているような心温まる絵ですね。
描かれている女の子たちが、無事成長した(と思いたいです)絵も残されていて、なんかほっとします。
当時はまだまだ、子どもが無事大人になる確率は、低そうですから。
因みに、私もコーヒーではないと思います。
だって、コーヒーは子供に飲ませると頭が悪くなると言いますから。
(あっ、でも、現代の間隔って、当時の感覚と一緒か分かりませんけど…笑)
ぴーちゃん様
こんにちは。
あの食事風景は「画家自身の家族を描いたものと言われている」そうで、ほんとにそうであってくれたらいいなと思います。
官能的な愛の絵が多いブーシェですが、子どもたちを見る大人たちの目が純粋に優しいように見えますし、次女の肖像画からはやっぱり愛情が感じられます。
私は「チョコレート」説を支持しています(笑)。
コーヒーもチョコレートも「薬」で入って来たものですが、コーヒーが覚醒を促し、チョコレートには滋養があるとわかってきて、で、子どもにあげるとしたらやっぱり後者じゃないかなと。
ルイ15世のコーヒー占いや、当時のチョコレートに関する誹謗中傷?もなかなか興味深いものがありますが、それはまた後日やります。
今回も有難うございました。