画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

18世紀マイセンのホットチョコレート用ポット

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18世紀マイセンの偉大な「モデラー」、ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーの作品の中のホットチョコレート用ポット。

『チョコレートを飲むカップル』 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン) メトロポリタン美術館蔵
『チョコレートを飲むカップル』 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン) メトロポリタン美術館蔵

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目次

ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーの磁器彫刻

ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー( Johann Joachim Kändler, 1706年6月15日-1775年5月18日)

ザクセン選帝侯国の宮廷彫刻家・ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーは、1731年、アウグスト強王により、マイセンの磁器製作所の彫刻作品の原型師(造形師、モデラー)に指名されます。

自費まで投入して制作していた大作・アウグスト強王の騎馬像は未完成に終わりましたが、世の中がバロックからロココに移行するなか、ケンドラーは華やかで軽快なロココ趣味を帯びた多くの磁器彫刻を制作しました。(参考:『マイセン』 玉川大学出版部 pp.114-115.)

『チョコレートを飲むカップル』( Couple Drinking Chocolate ) 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン)

『チョコレートを飲むカップル』 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン) メトロポリタン美術館蔵
『チョコレートを飲むカップル』 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン) メトロポリタン美術館蔵

引用元:『チョコレートを飲むカップル』

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

『チョコレートを飲むカップル』 1744年頃 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(マイセン) メトロポリタン美術館蔵
『チョコレートを飲むカップル』 メトロポリタン美術館蔵

飲みものの容器は縦長の、取っ手の無いもののようです。ソーサーは深め。

小さい頃、こういったマイセンの小彫刻が欲しくてですねぇ。

買ってはもらえませんでしたが、非常に憧れました。

男女の服装からペット、喫茶の様子、小テーブル等、当時の文化習慣の情報が凝縮されているように思います。

この彫刻のメトロポリタン美術館の解説に、使われているチョコレート・ポットが、同じ美術館にある「マイセンのチョコレートポット(42.205.136a、b)に似ている」とあります。

同じマイセン窯の、「似ている」と言われたポットがこちらです。

マイセン製のチョコレート用ポット(1735年-1740年頃)

チョコレート用ポット 1735年-1740年頃 マイセン メトロポリタン美術館蔵
チョコレート用ポット メトロポリタン美術館蔵

引用元:チョコレート用ポット

チョコレート用ポット 1735年-1740年頃 マイセン メトロポリタン美術館蔵
チョコレート用ポット 1735年-1740年頃 マイセン メトロポリタン美術館蔵

引用元:チョコレート用ポット(正面)

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

木製のハンドルがカワイイです。

 チョコレートを入れるためのポットは、本体を円筒形につくり、その器面に垂直に把手をつけ、蓋の中央に空けた穴に攪拌かくはん棒を挿して用いる、複雑な構造の器形である。ほとんどの場合、把手の部分には木がとりつけられる。チョコレートは、カカオ豆をり、砕いた粉末を湯に溶いてつくるのであるが、粉末が現在のココアよりもはるかに粒子の粗いものであったため、攪拌棒で入念にかき混ぜて溶解し、泡を立てて飲むのが慣わしとなった。

 チョコレートポットの複雑なフォルムは、この用途に根ざしている。それは陶磁器でデザインされるよりも前に金属器でつくられ、この器形が陶磁器に踏襲されたようである。ヨーロッパ磁器としてはマイセンがもっとも早く、一七三〇年代からこのための形のポットを制作しており、その後ほかの製作所へ広まった。磁器製チョコレートポットの一八世紀の伝世品には、ほとんどの場合攪拌棒が残っていない。それは攪拌棒が木製の消耗品であったためだということである。

前田正明・櫻庭美咲(著). 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書. pp.245.-246.
チョコレート用ポット 1740年-1745年頃 マイセン メトロポリタン美術館蔵
チョコレート用ポット 1740年-1745年頃 マイセン メトロポリタン美術館蔵

引用元:チョコレート用ポット

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

チョコレート用ポット 1740年頃-1750年 マイセン メトロポリタン美術館蔵
チョコレート用ポット 1740年頃-1750年 マイセン メトロポリタン美術館蔵

引用元:チョコレート用ポット

メトロポリタン美術館蔵はこちらです。

チョコレート用銀器 ドイツ製 17世紀
チョコレート用銀器 ドイツ製 17世紀

引用元:チョコレート用銀器 Wolfgang Sauber CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0

こちらは17世紀の銀製のポットです。美しい輝きですね。参考までに。

ホットチョコレート好きなルイ14世妃マリー・テレーズ・ドートリッシュ

スペインのエルナン・コルテスが中央アメリカからカカオやバニラを持ち帰って以来、ホットチョコレートは長らくスペイン宮廷だけの秘密の贅沢品でした。

それが、1615年にスペイン王女アナ(フランス名アンヌ・ドートリッシュ)がルイ13世と結婚したことにより、ホットチョコレートがフランスに流出します。

さらに1660年、アンヌの息子であるルイ14世に、アンヌの姪で、大のホットチョコレート好きの王女マリア・テレサ(フランス名マリー・テレーズ・ドートリッシュ)がスペインから嫁いできます。

マリー・テレーズ・ドートリッシュの肖像 1652年頃 ディエゴ・ベラスケス 美術史美術館蔵
マリー・テレーズ・ドートリッシュの肖像 1652年頃 ディエゴ・ベラスケス 美術史美術館蔵

引用元:マリー・テレーズ・ドートリッシュの肖像

マリー・テレーズの嫁入り一行には、ホットチョコレート作りに秀でた侍女も随行していたそうです。

ルイ14世はホットチョコレートが好きではなかったため、王妃となったマリー・テレーズは王に隠れて飲んでいました。

やがて、ホットチョコレートは初めは「薬」としてフランス宮廷の女性の間に浸透していきます。

彼女たちはポットやカップにこだわり、次第に専用のチョコレートポットと取っ手のついたチョコレートカップでホットチョコレートをたのしむようになります。

蕪木祐介(著). 『チョコレートの手引』. 雷鳥社. p.98.

最初は銀で作られたポットでしたが、フランスでは陶器や磁器の花柄模様が好まれ、人気となりました。

主な参考文献
  • 玉川大学出版部. 2009.『マイセン』.
  • 前田正明・櫻庭美咲(著). 平成18年. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書.
  • 蕪木祐介(著). 2016. 『チョコレートの手引』. 雷鳥社.
  • 武田尚子(著). 2014. 『チョコレートの世界史 近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』. 中公新書.
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コメント

コメント一覧 (2件)

  • ぴーちゃん様

    コメント有難うございました。
    遅くなってすみません。

    ぴーちゃんさんのコメントを拝読して、まだ移動させていない記事を急いで書き直して投稿したくなりました(笑)。
    はい、お砂糖を入れて飲んでいました。当時は薬ですが、飲みやすくしていました。
    仰るように砂糖も超高価で、高価なものに高価なものを重ねたスーパーリッチな飲みものでした。

    ホットチョコレートはスペインからイタリア、フランスに広まって行き、器も華やかになって行きます。
    書きたくてウズウズしていますが(笑)、一気にひとつの記事にすると長くて重ーいものになってしまいますので、少しずつです。
    また読んでくださると嬉しいです。

    有難うございました。

  • ハンナさん、こんにちは。
    ホットチョコレートと言えば、ポワロを思い出します。
    チョコレートが流行っていたスペイン宮廷。
    さすが、異国に文化を早速取り入れているのですね。
    お砂糖は、入れていたのでしょうか。
    当時は、お砂糖も高価そうだけど。

    板チョコは、最近はカカオのパーセンテージが高いものが売られていますね。
    あまりおいしくないけど。(笑)

    美しい、食器に囲まれると、見るだけで幸せな気持ちになります。
    それをリアルに使うなんて、さすがお姫様ですね。

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