チョコレート。ショコラ。チョコラータ。とっても甘い響きなのですが、アステカ帝国の時代、チョコレートは唐辛子入りの飲みものでした。
16世紀、エルナン・コルテスがスパイス入りの飲み物「チョコラルトル」を目撃する
今から4000年前、紀元前2000年頃。中央アメリカでカカオの栽培が始められました。
アステカ帝国の時代まで、チョコレートは、王様や兵士など特別な立場にいる人たちだけが口にできる「飲み物」でした。
十六世紀にアステカ帝国を侵略したスペインの征服者エルナン・コルテスの残した記録によると、当時の皇帝モクテスマは「金カップで毎日五〇杯のチョコレートを飲んでいた」そうです。
上野聡(著). 『チョコレートはなぜ美味しいのか』. 集英社新書.
現地の人々は唐辛子などのスパイスをチョコレートに入れて飲んでいました。
とっても汗が噴き出そうな、興奮しそうな感じですね。やる気も出そうですが、鼻血も出そう(≧◇≦)。いや、美味しそうです。
…もともとマヤの人びとが飲んでいたのは、カカオの粉を水で練ったものにトウモロコシの粉やトウガラシを混ぜて泡立てたようなもので、私たちになじみの甘いココア cocoa (語源は「カカオ豆」を意味するナワトル語由来のスペイン語カカオ cacao )とは似ても似つかない。この飲み物には一種の食紅やバニラなどを加えたり、病気の治療のためにさまざまな薬草を合わせることもあった。
21世紀研究会編. 『食の世界地図』. 文藝春秋.
チョコレートは苦くて冷たく、泡立てて飲む飲みものでした。
当時のメソアメリカには、カカオはあっても砂糖はありません。サトウキビから砂糖をつくる方法が発明されたのはインドだと考えられており、紀元前二五〇〇年頃にはインドで砂糖がつくられていたと考えられているので、地球を広く見渡せば、チョコレートと砂糖はほぼ同時期に存在していたといえるでしょう。
上野聡(著). 『チョコレートはなぜ美味しいのか』. 集英社新書.
同時期に存在してはいても、砂糖とチョコレートが出会うのはもっと後です。
コロンブスが最初の航海から戻ったときにポルトガルの王宮にもち込んだ唐辛子は、すぐに貧者の香辛料と見なされた。
コロンブスがサント・ドミンゴからサトウキビをもち帰り、アジアからもサトウキビが輸入されるようになると、砂糖の生産量は急増した。メキシコとグアテマラからは、バニラの花が輸入された。
ジャック・アタリ(著). 林昌宏(訳). 2020-3-4. 『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』. プレジデント社. pp.115.-116.
『食の世界地図』では、「1521年、アステカ帝国を滅ぼしたスペイン人・エルナン・コルテスは、その土地からカカオやバニラを本国にもたらした」とあります。
16世紀末、チョコレートがスペインへ
1519年にエルナン・コルテスがメキシコで「見つけた」、唐辛子入りの飲みもの・チョコレート。
コロンブスはそれよりも前にカカオの飲み物を知っていましたが、特に興味を抱いてはいませんでした。
1585年(諸説あるそうですが)、チョコレートの原料であるカカオの種子の積み荷が初めてスペインに到着します。
そして、既に砂糖が伝わっていたヨーロッパの地で、ユカタン半島で「チョコラルトル」(苦い水)と呼ばれていたチョコレートが砂糖と出会いました。
チョコラルトルにはスパイスが使われていましたが、甘くて温かい「ホットチョコレート」には砂糖を始め、蜂蜜やシナモン、バニラが使われます。
スペイン人の嗜好に合わせ、使われるスパイスも変化します。
風味付けのために使用していたスパイスも、チリなどに代わって、シナモン、アニスといったヨーロッパで馴染みのある香辛料が使用されるようになりました。
蕪木祐介(著). 2016. 『チョコレートの手引』. 雷鳥社. p.96.
当時、砂糖は貴重品でした。「貴重なものに貴重なものを混ぜて飲む」。リッチにリッチ上乗せです。
『チョコレートはなぜ美味しいのか』の著者が書いておられるように、口にできること自体、正にステータス・シンボルだったと言えるでしょう。
チョコレートは、まずスペイン国王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)に献上されます。
引用元:神聖ローマ皇帝カール5世
カールの母「狂女王」フアナ 狂女王フアナの孫娘『デンマークのクリスティーナ』
また彼の宮廷においてはじめて、チョコレートは当時たいへん高価だった砂糖と混ぜて味わう贅沢な甘い飲物として生まれ変わり、宮廷や修道院で大いに愛好されたのだという。
前田正明・櫻庭美咲(著). 2006-1-31. 『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書. p.245.
甘い飲みものとして提供されるようになったチョコレートは「チョコラーテ chocolate」として、長らくスペイン宮廷の秘密の贅沢品でした。
ヨーロッパでカカオ豆を初めて手に入れたスペインでは、貴族や聖職者などの富裕層の間でホットチョコレートが普及しました。当時高価な到来物であるカカオを楽しむことができるのは、やはり一部の人々に限られていたのです。また、固形物を摂ることが禁じられていた断食中の修道僧にとっては、栄養価が高いホットチョコレートは格好の飲み物であり、宗教面でも大いに活用されていました。このように、ホットチョコレートは健康的で美味しい飲み物として受け入れられていきます。この特権はその後約百年にわたり、国内の秘密の嗜好品として、スペイン国外に流出することはありませんでした。
蕪木祐介(著). 2016. 『チョコレートの手引』. 雷鳥社. p.98.
その秘密の嗜好品がフランスに入ってきたのは17世紀のこと。
ルイ13世、その息子のルイ14世が、それぞれスペインからお妃を迎えたのです。
装丁も気に入っている『チョコレートの手引』。チョコレートを愛するひとのための真面目な手引書。
17世紀、フランスへ嫁いだふたりのスペイン王女
フランス王ルイ13世妃アンヌ・ドートリッシュ( Anne d’Autriche, 1601年9月22日-1666年1月20日)
スペイン王女アナ・マリーア・マウリシアはフェリペ3世の娘として生まれました。
(前出のスペイン国王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)のひ孫に当たります)
美貌に恵まれた才気煥発のアナ・マリーア・マウリシアは、1615年、14歳で同い年のフランス王ルイ13世と結婚しました。
フランスとスペインの宥和政策の一環の結婚でしたが、女性が嫌いだったルイ13世は男性のとりまきたちと過ごすことが多く、アンヌ(アナ)との夫婦仲は良くありませんでした。
妻のアンヌは、幼くしてフランスに連れてこられて結婚をしたことにショックを受け、不妊が続くと宮廷での立場が不安定となった。さらに、三十年戦争にフランスがプロテスタント側で参戦し、スペインとは敵同士になると、さらに立場が悪化していった。
佐々木真(著). 2018. 『図説 ルイ14世 太陽王とフランス絶対王政』. 河出書房新社. p.6.
しかし数回の流産を経て、30代後半になったアンヌは、1638年9月についに待望の男児(後のルイ14世)を授かりました。
アンヌの弟・スペイン国王フェリペ4世( Felipe IV, 1605年4月8日-1665年9月17日)
弟(後のスペイン王フェリペ4世)と子供の頃のアンヌ 1607年 フアン・パントーハ・デ・ラ・クルス 美術史美術館蔵
スペイン国王フェリペ4世( Felipe IV, 1605年4月8日-1665年9月17日)
引用元:『フラガのフェリペ4世』
フェリペ4世の最初の妻はイサベル・デ・ボルボン(スペイン名)といい、フラン王アンリ4世とマリー・ド・メディシスの間に生まれた王女で、ルイ13世の妹です。
引用元:イザベル・ド・ボルボンの肖像
イザベル・ド・ボルボンとの間の子どもで、育ったのはバルタサール・カルロス、マリア・テレサのふたりでした。
フランス王ルイ14世妃マリー・テレーズ・ドートリッシュ( Marie Thérèse d’Autriche, 1638年9月10日-1683年7月30日)
引用元:マリア・テレサの肖像
1660年、王女マリア・テレサ(フランス名マリー・テレーズ・ドートリッシュ)はルイ14世の元へ嫁ぎます。
ルイ14世はマリア・テレサにとって父方・母方のいとこに当たります。
(マリア・テレサの母イザベルと、ルイ13世は兄妹。マリア・テレサの父フェリペ4世と、ルイ13世妃アナ(アンヌ)は姉弟です)
引用元:ルイ14世
ルイ14世の浣腸の話 ヴェルサイユ宮殿の太陽王にして「浣腸王」ルイ14世
大のチョコレート好きだったマリア・テレサは、スペインからホットチョコレート作りに秀でた侍女を連れてきました。
しかし、ルイ14世はホットチョコレートが好きではなく、マリア・テレサはルイ14世に隠れてこっそり飲んでいたとか。
スペインのチョコラーテはフランス語の「ショコラ( chocolat )」となり、フランス宮廷に定着していきました。
引用元:アンヌ・ドートリッシュ(伯母であり姑)とマリー・テレーズ・ドートリッシュ、王太子
関連記事 ルーヴル美術館版『王女マリー・テレーズの肖像』(ディエゴ・ベラスケス)
- 上野聡(著). 『チョコレートはなぜ美味しいのか』. 集英社新書.
- 21世紀研究会編. 『食の世界地図』. 文藝春秋.
- ジャック・アタリ(著). 林昌宏(訳). 2020-3-4. 『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』. プレジデント社.
- 蕪木祐介(著). 2016. 『チョコレートの手引』. 雷鳥社.
- 前田正明・櫻庭美咲(著). 2006-1-31.『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』. 角川選書.
- 佐々木真(著). 2018. 『図説 ルイ14世 太陽王とフランス絶対王政』. 河出書房新社.
コメント
コメント一覧 (2件)
ぴーちゃん様
「ミルクを入れて飲んでいた」件、書籍にそういった記述がありましたので、17、8世紀には入れていたようです。絶対早くから入れていたと個人的には思っています。
どちらかというと、チョコレートに入れる話というより、カフェオレ等、ミルクコーヒーの話の方が探しやすい気がしますね。
次に、ルイ14世の時代にはルーベンスの絵画でもよく見られるように、豊満な女性の方が良いとされていたので、ある程度太っているのはOKだったと思います。
限界値についてはよくわかりません(-ω-)。でも限界値は多分あったと思います(笑)。
私の生活に必要不可欠な固形チョコができるのはもっと後ですから、現代に生きてて良かったと心から思います。
ホットチョコレートとココアは基本的に違いはないようですが、「ちょっとカカオの割合が違う」と言っている書籍もあります。
あの香りに、甘さに癒されますよね。ほっとします。
記事を書くとき、「どっちの言い方にしようか」とか「どっちの言い方の方が混乱しないか」と迷ったら、「一番参考にする書籍の言い方に従う」「世間的によく言われている方にする」ことにしていますが、今回のテーマではどちらでも「美味しいのでなんでもOK!」(≧◇≦)。
ぴーちゃんさん、さすがです。。
『三銃士』の不倫(?)、ご存知でしたね。
あれは史実ではないようですが、話としては面白く、幼稚園の頃子供向けの本で『三銃士』を読んで、当時の将来なりたい職業に三銃士がランクインしていました。姫より剣士です。
バッキンガム公は別の回で出ていただくつもりですので、今回は思い切り省きました
今回も読んでくださって有難うございました。
ハンナさん、こんにちは。
チョコに唐辛子?バニラ?
バニラはありと思うけれど、唐辛子は強烈そうですね。
おいしさが、想像できません。
たとえお砂糖入りだとしても(笑)
きっと、たっぷりお砂糖を入れて飲んでいたのでしょうね。
だって、まだミルクチョコはない?
さぞかし、太りそうですね(笑)
同じカカオでも、ココアはどうだったのでしょうか?
甘いココアもおいしいですよね!
マリア=テレサは、三銃士のお話のバッキンガム公に不倫したインパクトが強いです。
勿論、フィクションなのでしょうが。
今日も、たいへん楽しく読ませていただきました。
どうもありがとうございます!!