ジャン・ベロー『過ちのあとで』と19世紀のパリジェンヌ

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19世紀の画家・ベローの絵画に登場するパリジェンヌの姿です。

『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 - 1890年頃 ジャン・ベロー ナショナル・ギャラリー蔵
『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 – 1890年頃 ジャン・ベロー ナショナル・ギャラリー蔵
目次

『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 – 1890年頃

『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 - 1890年頃 ジャン・ベロー ナショナル・ギャラリー蔵
『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 – 1890年頃 ジャン・ベロー ナショナル・ギャラリー蔵

引用元:『過ちのあとで』

ナショナル・ギャラリーAfter the Misdeed

テート・ブリテンAfter the Misdeed

何故泣いているんだろう。 

何を泣いているんだろう。 

外套も脱がずに。 

と、まず思いませんか。 

題は『過ちのあとで』です。 

ということは、彼女は何か大きな過ちを犯して泣いているのでしょうか。 

瀟洒で上等な衣装を身に着けた若い女性がいるのは、 

たぶん、自宅の客間ではない。温かそうな毛皮の襟巻を着けているからだ。彼女は顔を覆い、豪勢なソファの肘掛けのところに身を寄せている。ベローのタイトル ― 《過ちのあとで》 ― が話の残りを語っており、見る者の注意をしわの寄ったビロードのクッションに引き付ける。そこには、この婦人の誘惑者が座っていた痕跡が残っている。

エリカ・ラングミュア(著).高橋裕子(訳).2005-25.『物語画』.八坂書房. p.120. 

隣に座っていたのは誰だったのですか?

「彼」はどうして席を立ってしまったのでしょう? 

私たち鑑賞者は、美しいであろう彼女の容貌に、あるいは彼女の犯した罪の種類に、様々に想像を巡らせます。 

ベローはそれ以上を答えようとはしていません。

ナショナル・ギャラリーの解説によれば、本作は何通りかの解釈が可能とあります。

彼女はハンカチを目に当て、クッションに顔を埋めています。絵画の題名「悪行の後」は、彼女が何か悪いことをしたことを物語っています。19世紀末の観客は、彼女が不倫関係に陥った既婚女性、あるいは未婚ながらも性的関係を持った女性のいずれかであると理解したでしょう。この絵には複数の解釈が可能です。道徳的に、つまり軽率な行いの誤りを指摘するか、スキャンダラスに、女性の失墜を楽しんでいるかのどちらかです。いずれにせよ、これは非常に個人的なドラマであり、深紅の家具と、一見抑制されたグレーの衣装のコントラストは、情熱は最も抑制された人でさえも動かすことができるということを私たちに思い出させます。(Google翻訳)

ナショナル・ギャラリーAfter the Misdeed

『過ちのあとで』はエリカ・ラングミュア氏の著書『物語画』に掲載されています。翻訳は『イギリス美術』(岩波新書)の高橋裕子氏。

ヒロインの服装について

背景で使われている色と、女性の着ている服の色。

この作品のドラマ性と相まって、非常に強い印象を残します。

彼女の服装について、

この一見心地よい空間の真ん中に、女性がソファに横たわっている。彼女のドレスは落ち着いたグレーで、黒のディテールと黒のアンダースカートが施されている。ボディスは仕立てが良く、体にぴったりとフィットし、スカートにはファッショナブルなバッスルが付いている。オーバースカートの裾とボディスの袖口には黒のレースがあしらわれ、バッスルからは黒い布が垂れ下がり、そこに3つの黒いボタンらしきものが見える。この衣装の丁寧な仕立てぶりから、高価な装飾が施されていることが伺えるが、その効果は厳粛で控えめだ。唯一、気取らないアイテムと言えるのは、ドレスと同じグレーの毛皮で作られた長いスカーフだ。彼女の首に巻かれ、座席から床に垂れ下がり、両端がカーペットの上まで伸びている。(Google翻訳)

ナショナル・ギャラリーAfter the Misdeed

『過ちのあとで』( After the Misdeed / Après la faute ) 1885年 - 1890年頃 ジャン・ベロー ナショナル・ギャラリー蔵
『過ちのあとで』 ジャン・ベロー

引用元:『過ちのあとで』

バッスルについてはこちらにも書いています

19世紀絵画の中のコルセット

ナショナル・ギャラリー、テート・ブリテンの解説では、同じ頃に制作された ‘The Pâtisserie Gloppe’ という作品のなかの女性が、本作と似たドレスを着ていることが指摘されています。

A girl wearing what seems to be the same dress appears in another, otherwise completely different picture by Béraud ‘The Pâtisserie Gloppe’ in the Musée Carnavalet, which is signed and dated 1889.

テート・ブリテンAfter the Misdeed

A good example of this would be a painting of the same date, La pâtisserie Gloppe (Musée Carnavalet, Paris), in which a woman in the right foreground appears to wear a similar dress to the model in After the Misdeed.

ナショナル・ギャラリーAfter the Misdeed

La pâtisserie Gloppe 1889年

La pâtisserie Gloppe 1889年 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵
La pâtisserie Gloppe 1889年 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵

引用元:La pâtisserie Gloppe

カルナヴァレ美術館La pâtisserie Gloppe

La pâtisserie Gloppe 1889年 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵
La pâtisserie Gloppe 1889年 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵

引用元:La pâtisserie Gloppe

過ちとはまた別の時間軸、な感じですね。

衣装や内装にも惹かれますが、テーブルの上のものも非常に気になります。

パリジェンヌたち

画家ジャン・ベロー( Jean Béraud, 1849年1月12日 – 1935年10月4日)は、パリの都市や人々の生活を多く描きました。

パリジェンヌ、カフェ、シャンゼリゼ、コンコルド広場などのタイトルに胸が躍ります。 

『コンコルド広場のパリジェンヌ』( Parisienne sur la place de la Concorde ) 1885年頃

『コンコルド広場のパリジェンヌ』( Parisienne place de la Concorde ) 1885年頃 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵
『コンコルド広場のパリジェンヌ』( Parisienne place de la Concorde ) 1885年頃 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵

引用元:『コンコルド広場のパリジェンヌ』

カルナヴァレ美術館Parisienne sur la place de la Concorde

お届け物?

黒いお召し物に長い襟巻。 素敵ですね。

Parisienne au Bois 1890年 A.F. Gorguet カルナヴァレ美術館蔵

Parisienne au Bois 1890年 A.F. Gorguet カルナヴァレ美術館蔵
Parisienne au Bois 1890年 A.F. Gorguet カルナヴァレ美術館蔵

引用元:Parisienne au Bois

カルナヴァレ美術館Parisienne au Bois

以前はジャン・ベロー作とされていましたが、2026年2月に見たら Gorguet, Auguste François-Marie (1862-1927) 作となっていました。

邦題を付けるとしたら、『森のパリジェンヌ』?

温かそうな襟巻ですね。

『過ちのあとで』『コンコルド広場のパリジェンヌ』の女性も長い襟巻を着けていますが、こちらの女性のものも長さがありますね。

襟巻に対する言及は特にありませんでしたが、パリジェンヌたちの着ている服の色については、

パリの街をスナップ写真のように切り取るジャン・ベローの画面には、すでに黒服が定着していた男性は別として、女性の多くが黒い服で登場している。

深井晃子(著). 2009-3-2. 『ファッションから名画を読む』. PHP新書. p.123.

黒=喪服ではなく「シック」ですね。

『通りを渡る婦人』( Jeune femme traversant le boulevard ) 1897年

『通りを渡る婦人』( Jeune femme traversant le boulevard ) 1897年 ジャン・ベロー 個人蔵
『通りを渡る婦人』( Jeune femme traversant le boulevard ) 1897年 ジャン・ベロー 個人蔵

引用元:『通りを渡る婦人』 Rlbberlin

Sotheby’sJEAN BÉRAUD | JEUNE FEMME TRAVERSANT LE BOULEVARD

本作でジャン・ベローは、都会の喧騒に目を向けている。防寒着を着込み、買い物袋を手にしたパリジェンヌが、縁石から降りようとしている。おそらくモンマルトル大通りを走るフィアクル(定額料金で借りられるハックニー馬車)に乗ろうとしているのだろう(『オフェンシュタット』107ページ)。カフェ・ロワイヤルの前には、大通り商人たちが立ち話をしている。カフェ・ロワイヤルは、ヴァリエテ劇場と、1882年設立で蝋人形で有名なグレヴァン美術館(どちらも現在も営業中)のすぐ近くにある。ベローの作品の中心には、パリで最も有名な文化的ランドマークの一つである コロンヌ・ モリスが立っています。(Google翻訳)

Sotheby’sJEAN BÉRAUD | JEUNE FEMME TRAVERSANT LE BOULEVARD

A Windy Day on the Pont des Arts 1880年 – 1881年

A Windy Day on the Pont des Arts 1880年 - 1881年 ジャン・ベロー メトロポリタン美術館蔵
A Windy Day on the Pont des Arts 1880年 – 1881年 ジャン・ベロー メトロポリタン美術館蔵

引用元:A Windy Day on the Pont des Arts

メトロポリタン美術館A Windy Day on the Pont des Arts

「ポンデザール」(アール橋)の上の、風の強い日。

寒い季節に咲く、パリジェンヌの胸の花飾りがステキ。

ベローは、パリの群衆を臨機応変にスケッチできるよう、特別に艤装された馬車でパリ中を駆け回ることで知られていました。この絵では、セーヌ川に架かるポン・デ・ザール(フランス学士院とルーヴル美術館のクール・カレを結ぶ歩道橋)の賑やかな往来を描いています。(Google翻訳)

メトロポリタン美術館A Windy Day on the Pont des Arts

『待ちあい』( L’Attente / The Wait ) 1885年頃

『待ちあい』( L'Attente / The Wait ) 1885年頃 ジャン・ベロー オルセー美術館蔵
『待ちあい』( L’Attente / The Wait ) 1885年頃 ジャン・ベロー オルセー美術館蔵

引用元:L’Attente

オルセー美術館L’Attente

参考:「神奈川大学 学術機関リポジトリ」の PDF 「女性は都市の「遊歩者」となりえたのか?」(熊谷謙介教授)

Elegante à l’Emeraude 1879年頃

Elegante à l'Emeraude 1879年頃 ジャン・ベロー 個人蔵
Elegante à l’Emeraude 1879年頃 ジャン・ベロー 個人蔵

引用元:Elegante à l’Emeraude

Sotheby’sJEAN BÉRAUD | Elegante à l’Emeraude

エメラルドの緑に釘付け。

『夜の美女たち』( Les belles de nuit ) 1885年頃

『夜の美女たち』( Les belles de nuit ) 1885年頃 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵
『夜の美女たち』( Les belles de nuit ) 1885年頃 ジャン・ベロー カルナヴァレ美術館蔵

引用元:Les belles de nuit, 1905

カルナヴァレ美術館Les belles de nuit

「ジャルダン・ド・パリ」はシャンゼリゼ通りにあった有名なカフェ・コンサートでした。当初は現在のグラン・パレの敷地に位置していましたが、1899年、グラン・パレ建設中にレストラン「ル・ドワイアン」の近くに移転しました。ベローが絵画を制作した当時も、この場所にありました。(Google翻訳)

カルナヴァレ美術館Les belles de nuit

世紀末、パリ。20代の頃、夢中になった言葉です。

「アール・ヌーヴォー」「ベル・エポック」「ヴィクトリア朝」「19世紀美術」などについてもいろいろ本を読み漁り、雑貨を買い集め、この時代を舞台にした映画や小説も見まくりましたっけ。

その頃よく見かけた絵のひとつが、このベローの『夜の美女たち』です。

華やかさを振りまく、夜の主役たち。

『美女の歴史』では、本作と、先に挙げた『コンコルド広場のパリジェンヌ』( Parisienne sur la place de la Concorde )と一緒に掲載されています。

「世紀末のパリの女たち」のなかで、「19世紀末のパリでは、中流階級のほとんどの女性(ことに尻軽の女工や娼婦たち)がダンスに熱中した。」とあります。

ユイスマンスを引用した後、

 画家ベローはそんな姿を多くの作品(左頁・右頁)に描き出した。彼女たちはまた, 手袋をはめ, 「きらきら滴るような黒玉のネックレスをして, ムーラン・ルージュやフォリー・ベルジェールやグロ・カイユーに現れては, 兵隊たちと踊った。これとは対照的に, お針子たちは軽いアイメイクとおしろいだけの薄化粧で外出した。

ドミニク・パケ(著), 石井美樹子(監修). 2006-3-10 第6刷発行. 『美女の歴史』. 創元社. p.75.

と続きます。これもまた、あの時代のパリの顔かと。

帽子箱を運ぶ女性たち

1800年代後半、パリの洋服店や帽子店には「トロタン」と呼ばれる使い走りの若い女性がいました。

トロタンは、客が注文した品を屋敷まで届けてくれます。

 帽子は男女とともに当時の身支度には必需品で、女性の帽子には、ドガがたびたび描いた帽子店の様子でわかるように、羽根やら造花やらさまざまな飾りがついていた。そのために帽子箱は軽くても思いのほか大きい。似たような帽子箱を持ったお使いの女性トロタンは、パリの街頭風景を描いたベローも《パリ、アーヴル通り》などでたびたび登場させている。

深井晃子(著). 2009-3-2. 『ファッションから名画を読む』. PHP新書. p.125.

『パリ、アーヴル通り』( Paris, rue du Havre ) 1882年頃

『パリ、アーヴル通り』( Paris, rue du Havre ) 1882年 ジャン・ベロー ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵
『パリ、アーヴル通り』( Paris, rue du Havre ) 1882年 ジャン・ベロー ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

引用元:『パリ、アーヴル通り』

ナショナル・ギャラリー・オブ・アートParis, rue du Havre, c. 1882

彼女は複数の箱を手にしています。

『シャンゼリゼの帽子屋』( La Modiste Sur Les Champs Elysées ) 1880年代

『シャンゼリゼの帽子屋』( La Modiste Sur Les Champs Elysées ) 1880年代 ジャン・ベロー 個人蔵
『シャンゼリゼの帽子屋』( La Modiste Sur Les Champs Elysées ) 1880年代 ジャン・ベロー 個人蔵

引用元:『シャンゼリゼの帽子屋』

上の絵は、『ヨーロッパ服飾史』では『シャンゼリゼのモディスト』として掲載されています。

裾をたくし上げている女性は、箱を持っているから、客に商品を届けるモディストである。背後に男の姿がある。女性像に男の姿やその視線を添える風俗画は世紀末のパリに多い。

徳井淑子(著). 2015-10-30. 『ヨーロッパ服飾史』. 河出書房新社. p.94.

ベローが描く「トロタン」はこちらで

帽子箱を運ぶ女性たち(ジャン・ベロー作)

主な参考文献
  • エリカ・ラングミュア(著). 高橋裕子(訳). 2005-5-25.『物語画』. 八坂書房.
  • 深井晃子(著). 2009-3-2. 『ファッションから名画を読む』. PHP新書.
  • 徳井淑子(著). 2015-10-30. 『ヨーロッパ服飾史』. 河出書房新社.
  • ドミニク・パケ(著), 石井美樹子(監修). 2006-3-10 第6刷発行. 『美女の歴史』. 創元社.
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