「アラビアンナイト」の『アリババと40人の盗賊』、の中の呪文「開け、ゴマ!」。なぜ「ゴマ」なのか。昔から不思議に思っておりました。諸説ある中からひとつ、英国で活躍した画家デュラックのエキゾティックで美しいイラストと一緒にご紹介します。

『アリババと40人の盗賊』のあらすじ
「開け、ゴマ!」
昔、ペルシャの国に、金持ちで強欲な兄のカシムと、貧乏だけれど真面目で控えめな弟アリババが住んでいました。
ある時、森の中で木を切っていたアリババは盗賊の一団に出くわします。
息を殺して隠れているアリババには気付かず、大きな岩の前に立った盗賊の頭は呪文を唱えました。
「開け、ゴマ!」

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
すると驚くことに、重たい岩がまるで扉のように開くではありませんか。
盗賊たちは洞窟の中に財宝を運び込むと、また何処かに行ってしまいました。
もちろん、閉める時も「閉じろ、ゴマ!」です。
一部始終を見ていたアリババはこの呪文を使って岩の扉を開け、盗賊たちのお宝を持って家に帰りました。
しかし数え切れない量の金貨に、アリババと妻はカシムから升を借りて量ることにします。
貧乏なアリババたちが一体何を量るんだろう?
そう訝しんだカシムの妻は、升の底にこっそり油を塗って貸しました。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
返却された升の底に貼りついていた金貨を見たカシムは驚き、アリババに迫ります。
アリババから盗賊たちの金銀財宝の在り処、扉を開けるための呪文を聞き出したカシムは洞窟へと急ぎました。
目も眩むような財宝を前に大喜びのカシム。
詰め込んだ財宝を持ち、洞窟の外に出ようとした時…。
呪文が思い出せない…。
カシムは唱えます。
「大麦よ、開け!」
「燕麦よ、開け!」
「蚕豆よ、開け!」
この後、「裸麦」「粟」「豌豆」「玉蜀黍」「蕎麦」「麦」「米」「やはず豌豆」と続きますが、もちろん開くことはありません。(参考:『千一夜物語 二』岩波文庫)
思いつく限りの様々な呪文を試しますが岩はびくともせず、困り果てるカシム。
カシムは戻ってきた盗賊たちに見つかってしまい、哀れにも殺されてしまいました。
バラバラになったカシムの遺体は、探しに来たアリババによって持ち帰られます。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
賢い女奴隷モルジアナ
アリババはカシムの家の女奴隷・モルジアナと相談し、カシムを重い病で亡くなったことにしました。
盗賊に八つ裂きにされたカシムの遺体を縫い合わせるため、モルジアナは靴屋の職人のもとを訪れます。
職人に目隠しをし、屋敷の場所が判らないよう慎重に彼を連れて行くモルジアナ…。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
カシムの葬儀は無事に終わります。
カシムの財産を相続したアリババは金持ちになりました。
しかし金貨とカシムの死体が無いことに戻ってきた盗賊たちが気付き…。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
街にやってきた盗賊は靴屋を買収し、アリババの屋敷をつきとめます。
盗賊は後で仲間を連れてくるため、アリババの屋敷に目印を付けました。
不審な印に気付いたモルジアナは、近所の家々にも同じ印を付けて行きます。
その後アリババ邸を襲おうとして盗賊たちがやってきますが、モルジアナのおかげで何処が目的の屋敷が判らなくなってしまいました。
すると盗賊団の首領は自ら街に下り、アリババの家を探し出します。
首領は39人の部下たちを入れた油袋を20頭のロバに積み、油商人に変装。油袋ひとつだけに本物の油を入れました。
そしてアリババの屋敷を訪れ、一夜の宿を乞います。
アリババは了承し、ロバと油袋は庭に運び込まれました。
盗賊たちは夜を待ち、家人が寝込んだところを襲うつもりでした。
しかし、油を切らしたため中庭にやってきたモルジアナは、ひとつを除き袋の中には盗賊たちが入っていることに気がつきました。
モルジアナは探し当てた油を急いで台所に運び、大鍋で沸騰させます。
そして煮えたぎった油を盗賊たちが潜む袋の中に注ぎ入れ、全員を焼き殺してしまいました。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
首領の最期

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
夜中になり、首領は庭に出て子分たちに合図をします。
が、返答はありません。
不審に思い中を改めると、中には変わり果てた子分たちの死体が…。
正体がばれたことに気付いた首領は隠れ家に逃げ帰ります。
首領は今度は商人に化け、今度はアリババの息子(カシムの息子。アリババの養子)に贈り物をするなどして取り入りました。
復讐の機会を狙う首領はアリババらの信用を得、家に招かれます。
宴会の日。
もてなしの料理に塩を入れないで欲しいとの客人の言葉に、モルジアナは戸惑います。
塩を入れないと美味しい料理ができません。
しかし、かたき討ちをしようとする者は塩を口にしないということを聞いたことがあります。
そこで商人の顔をよく見ると、それはあの時の油商人、盗賊ではありませんか!
モルジアナは一計を案じ、自ら踊りを客に披露することにします。
短剣を手にし、舞いながら首領に近付くと、思い切り剣を突き立てました。
首領は絶命し、アリババは驚きますが、モルジアナの言葉に更に驚愕。
そこにはあの時の油商人、盗賊の首領の死体があったのです。
モルジアナの知恵と勇気に感じ入ったアリババは、彼女を奴隷の身分から解放し、息子の嫁に迎えました。
なぜ、「ゴマ」なのか?
「開け、ゴマ」は英語で”Open sesame” ですが、正確には “Sesame, open yourself” (ゴマよ、お前自身(の門)を開け)だそうです。
で、麦や米でもなく、どうして「ゴマ」なのか。
残念ながらはっきりしたことは判っておらず、アリババ(アリ・ババ)の話はアラビア語の原典も見つかっていないそうです。
ひょっとしたら、書かれていたのは「ゴマ」ですらなかったのかも。
でも「ゴマ」だったとしたら、殻が割れるイメージ、隠された事柄が姿を現すイメージが重ねられたのかもしれません。
この呪文には、熟したゴマのサヤが突然縦に四つに裂けて種子が地上に落ちるイメージが、洞窟の扉が開く様子とダブらされているという。世間から隠されていた富が、突然に姿を現すというイメージである。「開け、ゴマ」は、洞窟に隠された富に対する唯一の有効な呼びかけとみなされたのである。イスラーム世界では、突然に姿を現す滋養分に富むゴマの種子に対して神秘的なイメージが抱かれていたようである。
宮崎正勝(著). 平成20-10-20. 『知っておきたい「食」の世界史』. 角川ソフィア文庫. pp.97-98.
モルジアナ( Morgiana )
元々カシムの家にいた奴隷モルジアナ。モ―ギアナ、マルジャ―ナと表記されることもあるかもしれませんが、ここでは「モルジアナ」としました。
モルジアナの名は「小さな真珠」を意味するそうです。
この知勇ともにすぐれたマルジャ―ナは、アビシニアの出身となっている。アビシニアとは「暗黒大陸」ことアフリカのエチオピアのことだ。古代から中世のエチオピアは、アフリカ大陸では屈指の「文明国」だった。4世紀にはキリスト教が普及し、多くの石造り建築の遺跡も残されている。
グループSKIT(編著). 2013-11-7. 『千夜一夜物語の謎を楽しむ本』. PHP. p.111.
グローバルですね。


引用元:『アラビアン・ナイト』

引用元:『アリババと40人の盗賊』
エドマンド・デュラック( Edmund Dulac, 1882年10月22日-1953年5月25日)

引用元:エドマンド・デュラック
エドマンド・デュラック(本名エドモン・デュラック( Edmond Dulac ))はフランス生まれですが、英国で活躍した挿絵画家です。
下は『アラビアン・ナイト』の中の他の話。

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵

引用元:エドマンド・デュラックの挿絵
私は他の(古い)本を持っているのですが、『青ひげ』『美女と野獣』『ナイチンゲール』などのイラストも本当に素敵。自分の好きな場面が描かれていると何度も見返してしまいますね。
『カシム』 1909年 マクスフィールド・パリッシュ
個人的に好きな一枚、洞窟の中で呪文が思い出せず途方に暮れるカシムの図。
こんなに多くの財宝に囲まれているのに、脱出できず、思い通りにならないなんて…。

引用元:『カシム』
小さい頃はわくわくしながら読んでいたアラビアンナイト(千夜一夜物語)ですが、盗み、復讐、謀り事、八つ裂きなどなど、大人になって改めて読むと結構エグイものが。
美人な上勇気もあるモルジアナはカッコいいです。でもよく考えると、煮立った油で39人もの盗賊たちを殺していくって、すごくないですか?
- グループSKIT(編著). 2013-11-7. 『千夜一夜物語の謎を楽しむ本』. PHP.
- 宮崎正勝(著). 平成20-10-20. 『知っておきたい「食」の世界史』. 角川ソフィア文庫.
コメント
コメント一覧 (2件)
ハンナさん、こんにちは。
今回は、興味深くというより、凄く楽しく読ませていただきました。
私も、アリババのお話大好きですが、家の本は絵がありませんし。(笑)
モルジアナって、かっこいいですね。
勇気もある。
でも、盗賊の首領も、悪者でありながらかたき討ちなんて、義理堅いことをしますね。
ところで、リババは、残った財宝をどうしたのでしょう。
街の人みんなに分け与えれば、アラーの教えに沿ったことになると思うのですが…。(^-^)
ぴーちゃん様
遅くなって申し訳ありません、コメント有難うございました。
今回投稿したものは別ブログ記事の再投稿です。
『アリババと40人の盗賊』の話は私も大好きなんです。
なんといっても、ヒロイン・モルジアナがかっこいいんですよね。賢いし勇気があるし…。
私には合計40人もの盗賊を一掃するなんてムリ。
味方なら非常に頼もしく、敵に回すと非常にコワイ存在ですね。
物語も非常にスリリングです。
そして、私も思いました。首領、「復讐」リベンジで再侵入って義理堅いな、と。
真面目で正直者のアリババのことですから、洞窟の財宝を回収したその後は…やっぱり財産を分配したのかなあ…??