かつて毒殺を恐れた人々は珊瑚のお守りを身に着けたり、蛇舌石やかえる石(トード・ストーン)といったものを毒殺を防ぐ道具として用いました。そのかえる石、一体どのように手に入れるのでしょうか。
アレクサンデル6世( Alexander VI, 1431年1月1日-1503年8月18日)
誤って飲食物に混入した砒素による中毒か。
バチカンに蔓延するマラリアのためなのか。
バチカンの教皇、変死したレオ10世(在位:1513年-1521年)、アレクサンデル6世(在位:1492年-1503年)の死には根強い毒殺の噂がありました。
引用元:アレクサンデル6世
「悪魔が教皇に化けている」とまで言われたアレクサンデル6世。
引用元:アレクサンデル6世のカリカチュア
本名はロデリク・ボルハ。スペイン出身ですが、イタリア語読みの「ロドリーゴ・ボルジア( Rodrigo Borgia )」の方がよく知られています。
世界史では、1494年に締結されたトルデシリャス条約で名前が出てきます。
神に仕える聖職者ですが金と女性が大好き。
愛人のヴァノッツァ・カタネイとの間にチェーザレやルクレツィアなど庶子がいました。
親子ほど年の離れた美女、アレッサンドロ・ファルネーゼ(後の教皇パウルス3世)の妹・ジュリア・ファルネーゼも有名な愛人です。
また、邪魔な政敵を、「ボルジア家の毒薬」を使って暗殺してしまうという黒い噂もありました。
毒殺を防ぐ道具
多くの教皇たちは毒殺を非常に恐れていました。
毒殺を未然に防ぐため、食卓や料理などに毒が仕込まれるとそれに反応するというような道具が「発明」され、用いられます。
教皇庁の宝物館の目録には、そうした品々がたくさん載っているのだそうです。
蛇舌石(ランギエ)
教皇庁の宝物館の目録に載っている「毒殺を未然に防ぐための道具」ランギエ。
その多くが、金属や珊瑚でできた木の形をしたお守りだった。そうした「ランギエ」には重さが 6リーブルに達するものもあり、「ランギエ」の名は蛇の舌が含まれていたことに由来する。教皇たちはそれを借りたり、贈り物として受け取っていた。
フランク・コラール (著). 吉田春美 (訳). 2009-7-25.『毒殺の世界史 下 教皇アレクサンデル6世からユーシェンコ大統領まで 』. 原書房. p.25.
赤珊瑚
中世ヨーロッパにおいて、血の色でもある赤は、「止血」や「魔除け」「毒避け」の護符として用いられました。(参考:『色で読む中世ヨーロッパ』)
12世紀の『薬草の書』によれば、赤珊瑚は鼻血にも効くのだそうです。
赤い珊瑚の腕輪には、ペストの侵入防止の効果も期待されていました。
珊瑚のお守りは、王侯貴族の食卓上の塩壺につけられるときがある。「ひと枝の珊瑚と蛇舌石のついた塩壺」という記載が、一四世紀にベリー地方を治めたフランス王弟ジャンの宮廷の帳簿にあるからである。蛇舌石とは文字通り langue de serpent と記されている石であるが、実際は不明である(ウンベルト・エーコは『薔薇の名前』にこの石を書き込んでいる)。「かえる石」と呼ばれるトードストーンを指しているのかもしれない。この石はサメの歯が化石化したものであることが今日では知られているが、中世ではヒキガエルの頭の中にあり、毒を見分けるちからがあると信じられていた。近くに毒があると、この石に触れている指が熱くなるのだと鉱物誌は言う。
徳井淑子(著). 2006-6-10. 『色で読む中世ヨーロッパ』. 講談社選書メチエ. pp.75-76.
いずれにしても、これらの石は毒避けであり、珊瑚にも同じ効果が期待されていたということである。
引用で名前が出て来た「フランス王弟ジャン」とは、『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』(『ベリー公のいとも華麗なる時祷書』)で知られる人物です。
引用元:ベリー公ジャン1世
「食事による毒殺を中世の人々が恐れていたこと、つまりそのような毒殺が多かったことを物語っている。」と『色で読む中世ヨーロッパ』にありますが、私なんかの想像以上に毒殺事件は多く権力者たちは恐れていたのでしょうね。
トード・ストーン( toadstone ひきがえる石)
引用元:トード・ストーン 個人蔵 Baldovio CC-BY-SA-3.0
身を飾ったり富を誇示するといった役割だけでなく、中世の人々は、宝石や宝飾品に、ある種の隠された力、特に魔術的な力を求めました。
自然物に特殊な魔力を認めるという行為は、太古から人間についてまわったものだ。原始的なアニミズムの一種で、強い動物の爪などを身に付けることで、その動物と同じ力が備わると考えた古代人と同様、ある宝石や石などの特殊な性質が特別な力を生んで、それを用いる人に役立つと信じたのである。
山口遼(著). 昭和62-11-10. 『ジュエリイの話』. 新潮選書. pp.129-130.
硬度の高いダイヤモンドを身につければ戦いで無敵、血の色をしたガーネットは心臓を強くする…など。
『ジュエリイの話』にもトード・ストーンについての言及があります。
こうした特殊な性質を持つとされたのは、宝石だけではない。その代表例はトード・ストーンと呼ばれた石で、本当は魚の化石であったが、伝説では、これは蟇蛙の頭にめりこんでいる石とされ、これを身に付けると、あらゆる毒から身を守れるといわれた。この石を蛙の頭から取り出す方法まで麗々しく書かれているから、このために殺された蛙こそ、迷惑であったに違いない。
山口遼(著). 昭和62-11-10. 『ジュエリイの話』. 新潮選書. p.130.
その、蛙の頭にめり込んでるという石を取り出す作業ですが、
引用元:トードストーンを取り出す図
『ジュエリイの話』に掲載されている「蛙の頭からトード・ストーンを取り出す方法」の図。
かえる、痛そう。
- フランク・コラール (著). 吉田春美 (訳). 2009-7-25. 『毒殺の世界史 下 教皇アレクサンデル6世からユーシェンコ大統領まで 』. 原書房.
- 徳井淑子(著). 2006-6-10. 『色で読む中世ヨーロッパ』. 講談社選書メチエ.
- 山口遼(著). 昭和62-11-10. 『ジュエリイの話』. 新潮選書.
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