昔あった、「ろうそくの芯切り係」という職業。
ジェームズ・ギルレイのエッチング ”Lady Godina’s rout” 1796年
ジェームズ・ギルレイ( James Gillray, 1757年8月13日 – 1815年6月1日)
引用元:ジェームズ・ギルレイのエッチング
風刺画で知られるイギリスの画家、ジェームズ・ギルレイのエッチングです。
ヴィクトリア朝時代に人気のあったカードゲーム「 Pope-Joan 」に興じる人々。
中央には、ほぼバストが丸見えの女性が。
その女性の後ろから、彼女の胸元? いえ、カードを覗き見している男性( Peeping-Tom ピーピング・トム、のぞき屋)がいます。
男性は、手に何を持っているのでしょうか。
ろうそくの芯を切るハサミ
こういう道具です。
何やら蓋みたいなものが付いています…。
引用元:1830-1840年代のろうそく消し(芯切り鋏) VAwebteam CC-BY-SA-3.0-migrated
なんて優雅な鋏なのでしょうか。
実はこれ、蝋燭の芯をカットするためのものなのです。
芯切り鋏、蝋燭消しですね。
引用元:17世紀のろうそく消し Daderot CC-Zero
飯塚信雄氏の著書『ファッション史探検』の「シャンデリア」の項には、
十九世紀のロンドンでは、黄水仙が好まれた。コーンウォール半島の突端に近いシーリー諸島から早船でロンドンに送られてきた黄水仙は、室内の悪臭を防ぐために、なくてはならないものだったのだ。また、ガラス張りの温室ふうの室内は照明度こそ抜群のものだったが、乾いた、いやな匂いからまぬがれることはできなかった。
飯塚信雄(著). 『ファッション史探検』. 新潮選書.
十九世紀の前半、人々が照明に使っていた獣脂ろうそくというのは、不完全燃焼すると悪臭を放つので、上手に芯を切ることが子供に課せられた大切な役割だった。
やがて蜜蜂の蝋を原料とする蜜蝋ろうそくが広まって行きますが、獣脂ろうそくと違い、ずっと高価なものだったそうです。
「蝋燭の芯切り係」という職業
昔実際にあった職業に、「蝋燭の芯切り係」というものがあります。
彼らの仕事場は、劇場でした。
照明に用いられる蝋燭の芯を、時間を見計らって切る
この作業は煤(すす)が出過ぎないようにするためで、上演中にも続けられる
ミヒャエラ・フィーザー(著). 吉田正彦(訳). 『西洋珍職業づくし - 数奇な稼業の物語 ー』. 悠書館. p.103.
舞台上では、明かりを設置する際、壁に取り付けた松明が役者を見る際の邪魔になったり、蝋や液体が滴り落ちて役者が危険な目に遭ったりしないようにする必要がありました。
その後、舞台の床の前端に沿って一連の蝋燭を配置し、その光で俳優たちが下から照らされるようにと、照明が変わって行きます。(参考:『西洋珍職業づくし - 数奇な稼業の物語 - 』)
引用元:18世紀末の芯切り係
上演中に何度も芯を切って回るので、彼らも俳優のように衣裳を身に着けていました。
雰囲気を壊してはいけませんものね。
そして、決して火を消してしまってはいけません。
消すと観客の怒りを買います。 罵倒されます。
当時一般に使われていた蝋燭には、長く燃えればそれだけ芯も長くなるという癖があった。長くなった芯を「掃除する」、つまり切り詰めないと、すぐに煤が出、蝋がたれはじめた。これは劇場ばかりでなく、蝋燭で明かりをとるどの家庭にも当てはまる。およそ三十分ごとに誰かが芯の手入れをしなければならなかった。それを放っておくと、蝋燭はたいていが獣脂から造られていたので、悪臭を放ち、煤を出すいまいましい代物に化けてしまうのだった。
ミヒャエラ・フィーザー(著). 吉田正彦(訳). 『西洋珍職業づくし - 数奇な稼業の物語 -』. 悠書館. p.107.
1700年代後半、ウィーン
ウィーンの宮廷劇場では、一回の上演で客席に火が灯された蝋燭が300本、舞台には500本。
ヴェルサイユ宮では、3,000本の蝋燭が使われていたそうです。
『ヨーゼフ2世とパルマ公女イサベラの結婚式。舞踏会ホールでの観劇』 1760年 マルティン・ファン・マイテンス
引用元:『ヨーゼフ2世とパルマ公女イサベラの結婚式。舞踏会ホールでの観劇』
マルティン・ファン・マイテンス( Martin van Meytens, メイテンスとも表記)1695年6月24日 – 1770年3月23日)による作品です。
天井から垂れ下がるシャンデリアの豪華さに目を奪われますねー。
1760年、オーストリア女性の女帝 マリア・テレジアの息子 ヨーゼフ2世と、イサベラ(マリア・イザベラ・フォン・ブルボン=パルマ)が結婚。
絵の中央に座るのは、ヨーゼフ2世夫妻と、マリア・テレジア夫妻です。
入会式でのモーツァルト(1769年)
こちらは、ヨーゼフ2世の時代のモーツァルトを描いた絵。
最も右に座る人物がモーツアルトと言われています。
その隣には、俳優・脚本家・劇場支配人であるエマーヌエル・シーカーネーダー。
彼らの後ろに、蝋燭の近くでカーテンのロープを引いている人物が見えます。
随分蝋燭の火が近いように見えてしまって、こちらが心配になる程です。
「蝋燭の芯切り係」は、ガス・ランプが発明されるまで活躍していました。
彼らは劇場での防火に対しても責任を負っていたということです。
上の絵は1789年とありますが、ガス・ランプの発明は1783年。
灯りの、主役交代の時期の頃なのでしょうね。
表紙はマルティン・ファン・マイテンスの絵
- ミヒャエラ・フィーザー(著). 吉田正彦(訳). 『西洋珍職業づくし - 数奇な稼業の物語 -』. 悠書館.
- 飯塚信雄(著). 『ファッション史探検』. 新潮選書.
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