ルイ9世のところの嫁姑問題 ブランシュ・ド・カスティーユとマルグリット・ド・プロヴァンス

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多くのお宅に有りそうな「嫁と姑の問題」。ルイ9世のお宅の場合はこのような感じだったようです。

Saint Louis, roi de France, et un page, 1585 / 1590, Theotocopoulos, Domenikos dit aussi Le Greco, El Greco (Candie, 1541 - Tolède, 1614), RF 1507, Hauteur : 1,2 m ; Hauteur avec accessoire : 1,57 m ; Largeur : 0,965 m ; Largeur avec accessoire : 1,33 m, huile sur toile, Musée du Louvre, Département des Peintures, 『フランス王聖ルイと小姓』 1585 - 1590年 エル・グレコ ルーヴル美術館蔵
『フランス王聖ルイと小姓』 (Saint Louis, roi de France, et un page) 1585 – 1590年 エル・グレコ ルーヴル美術館蔵
目次

Louis IX / 聖王ルイ9世(1214年4月25日 – 1270年8月25日)

Saint Louis, roi de France, et un page, 1585 / 1590, Theotocopoulos, Domenikos dit aussi Le Greco, El Greco (Candie, 1541 - Tolède, 1614), RF 1507, Hauteur : 1,2 m ; Hauteur avec accessoire : 1,57 m ; Largeur : 0,965 m ; Largeur avec accessoire : 1,33 m, huile sur toile, Musée du Louvre, Département des Peintures, 『フランス王聖ルイと小姓』 1585 - 1590年 エル・グレコ ルーヴル美術館蔵
『フランス王聖ルイと小姓』 (Saint Louis, roi de France, et un page) 1585 – 1590年 エル・グレコ ルーヴル美術館蔵

引用:ルイ9世

ルーヴル美術館Saint Louis, roi de France, et un page

二度の十字軍参加、「地上の王の中の王」とも呼ばれた、カペー朝初の聖人ルイ9世。

1226年、ルイは12歳でフランス王に即位しました。

 ルイはその幼年時代を堅実な、安定した家族関係のなかで過ごした。父、ルイ八世は教養人で、立派な騎士であるとともに誠実な夫であり、妻ブランシュに全幅の信頼を寄せていた。彼女もまた夫を全面的に信じていた。たとえば彼女は、夫がイギリスでの権益を守るためジョン失地王との争いに巻き込まれたときなど、自分がヘンリー二世の孫娘であるにもかかわらず完璧な内助の功を発揮している。

アラン・サン=ドニ(著). 福本直之(訳). 2004-12-30.『聖王ルイの世紀』.白水社. p.71.

Blanche de Castille / ブランシュ・ド・カスティーユ(1188年3月4日 – 1252年11月26日)

Moralized Bible (MS M.240)., Accession number MS M.240, Created Paris, France, between 1227-1234., Binding 16th-century brown, stamped leather, ca. 1500; in brown morocco case lettered: The Apocalypse: Illuminated Manuscript - 13th Century., Credit line Purchased by J. Pierpont Morgan (1837-1913) in 1906., Description 8 leaves, bound : vellum, ill. ; 375 x 262 mm, Medieval & Renaissance Manuscripts, The Morgan Library & Museum, 母ブランシュ・ド・カスティーユとルイ9世の細密画の一部(聖ルイの聖書として知られる『トレドの教訓的な聖書』より) 1227 - 1234年頃 モルガン・ライブラリー
母ブランシュ・ド・カスティーユとルイ9世(聖ルイの聖書として知られる『トレドの教訓的な聖書』より) 1227 – 1234年頃 モルガン・ライブラリー

引用:母ブランシュ・ド・カスティーユと聖王ルイ9世

The Morgan Library & MuseumMoralized Bible (MS M.240)

父王亡きあと摂政として支えてくれた、気丈な母ブランシュ・ド・カスティーユ。

フランス語名はブランシュ・ド・カスティーユ (Blanche de Castille) ですが、スペイン名ではブランカ・デ・カスティーリャ (Blanca de Castilla) といい、カスティーリャ王アルフォンソ8世の娘としてバレンシアで生まれました。

ルイ9世はこの母親に対し、絶対の信頼を置いていました。

マルグリット・ド・プロヴァンスとの結婚

結婚式(1234年5月27日)

1234年、ルイ9世は結婚します。

ルイの妻に選ばれたのは、アラゴン王家の血筋であるプロヴァンス伯の長女マルグリットでした。

ルイ9世とマルグリットには、共通のご先祖様がいるそうです。

Wikipedia から引用します。

ブランシュ・ド・カスティーリャは、プロヴァンス併合の構想のもと、息子の妻としてマルグリットを選んだ[ 6 ]。歴史家ジェラール・シヴェリー(1925-2012)によれば、1233年、ルイ9世は騎士ジル・ド・フラジーを派遣してマルグリットについて調査させた[ 7 ]。二人の若者は会うことはなく、 ルイ9世 は婚約者(当時12歳くらい)を見つけ、彼女に恋をする[ 6 ]。

Wikipedia: Marguerite de Provence

下の画像は、ルイ9世とマルグリットの結婚(左)と、初夜の様子(右)です。

Guillaume de Saint-Pathus,Vie et Miracles de saint Louis, Guillaume de Saint-Pathus. Auteur du texte, Mahiet (12..-1352?). Enlumineur, Jean Pucelle (1…- 1334). Enlumineur, Mathieu Le Vavasseur. Enlumineur, 1330-1350, Identifiant : ark:/12148/btv1b8447303m, Bibliothèque nationale de France., Mariage de Louis IX et de Marguerite de Provence. Saint Louis pratiquant l'abstinence. Miniature extraite de Vie et miracles de saint Louis., ギヨーム・ド・サン=パテュス著『聖ルイの生涯と奇跡』 1330年 - 1350年 フランス国立図書館
ルイ9世とマルグリット・ド・プロヴァンスの結婚(ギヨーム・ド・サン=パテュス著『聖ルイの生涯と奇跡』より) 1330年 – 1350年 フランス国立図書館

引用:Marguerite-provence2

式の後、新郎新婦は初夜を迎えますが、この夜は「結婚」はまだ完遂していません。王と王妃は禁欲を実践しています。

次に、生殖の義務を強調する儀式である花嫁の寝室の祝福が行われた[ 14 ]。王妃の告解師であり腹心であったサン=パテュスのウィリアムによれば、結婚は結婚初夜に成就しなかった。ルイ9世は新婚後最初の3晩を祈りに費やした。こうして彼は教会が推奨する「トビトの3夜」を守った[ 14 ]。

Wikipedia: Marguerite de Provence

旧約聖書外典(続編)の『トビト記』に登場するトビトの息子、トビアスは、サラという娘に憑依して7度も初夜に新郎を殺した悪魔(アスモダイ)を天使ラファエルの助言によって追い払い、結ばれます。この説話に由来し、中世キリスト教では新婚の夫婦が結婚の最初の3夜を祈りと禁欲に捧げる風習(「トビトの3夜」または「トビアスの夜」)が存在しました。

篤い信仰心を持つルイも、結婚後の最初の3夜を祈りに費やしたと伝えられています。

「トビトの3夜」についての記述は無いようですが、ルイの禁欲や自制について書かれています。この論文(『An Ideal Monarch: The Piety, Masculinity, and Kingship of King Louis IX of France』)は、ユタ州立大学に提出された修士論文で、著者は Edward Tell Joyner さんです。

https://digitalcommons.usu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2731&context=gradreports

Marguerite de Provence / マルグリット・ド・プロヴァンス(1221年頃 – 1295年12月21日)

'Tombeaux des rois et reines de France', Bodleian Libraries, University of Oxford, Bodleian Library MS. Gough drawings-Gaignières 2, Bodleian Libraries, University of Oxford, c. 1700, Gaignières, François-Roger de, 1642-1715, Boudan, Louis, Paper, 19 1/4 × 13 1/2 in., Extent:ff. 62., 『フランス王妃の墓』 フランソワ=ロジェ・ド・ガニエール(1642 - 1715) オックスフォード大学ボドリアン図書館所蔵写本
マルグリット・ド・プロヴァンス(『フランス王妃の墓』より) 1700年頃 フランソワ=ロジェ・ド・ガニエール(1642 – 1715) オックスフォード大学ボドリアン図書館所蔵写本

引用:Tomb of Margaret of Provence CC-BY-SA-4.0

プロヴァンス伯レーモン・ベランジェ4世には4人の娘がおり、マルグリットはその長女でした。

マルグリットはルイと結婚してフランス王妃になりましたが、妹たちもそれぞれ各国の王妃となっています。

ヘンリー3世妃となった妹エレオノールは、ルイと夫との間を取り持つ役割を務め、1254年、両王は長時間の会見を持ちました。

末の妹ベアトリスは、シチリア王カルロ1世(シャルル・ダンジュー。ルイ9世の末弟)の妻です。

Bijbel van Anjou = Anjou Bible, de Matrice, Iannutius (scribe); Orimina, Cristophoro (illuminator), 1340, Maurits Sabbe Library (PM0001/V°), 12 of 701 • f. 3v, Maurits Sabbe Library, Béatrice de Provence, シチリア王シャルル・ダンジューの最初の妃ベアトリス・ド・プロヴァンス 1340年 Maurits Sabbe Library
シチリア王シャルル・ダンジューの最初の妃ベアトリス・ド・プロヴァンス (Béatrice de Provence) 1340年 Maurits Sabbe Library

引用元:BeatrixProvensalska

Maurits Sabbe LibraryManuscript Bijbel van Anjou = Anjou Bible, 12 of 701 • f. 3v

https://repository.teneo.libis.be/delivery/DeliveryManagerServlet?dps_pid=IE3562253

執政の母后とその顧問官たちが彼女を選んだのは、トゥールーズ伯レモン七世の裏をかき、同時にアラゴン王の統一の野望をくじくべく、フランス王家が地中海方面への備えを固めるためであった。

 王妃の結婚式と戴冠式はサンスで行われた。花嫁マルグリットは十二歳であった。ルイがこの幼い妻に示した熱情は母后をいら立たせるほどのもので、あとに続く緊張以上の関係の序幕となった。若夫婦は一二四〇年七月から一二六〇年のあいだに十一人の子をなしたが、うち三人は早世している。王太子に挙げられていたルイも十三歳で他界している。国王は妻への愛情にもかかわらず、王国の政府のなかで母后が占めていたような地位をけっして妻に与えようとはしなかった。あるいは彼はあまりにもはっきりと彼女が公言する野心や、彼女の家系から、当時王国の地中海方面をおびやかしていたアラゴン王との血縁に不安を抱いていたのかもしれない。そのうえ、レモン・ベランジェはルイ九世とシャルル・ダンジューに各々一女を嫁がせ、あとの二人の娘はヘンリー三世の息子たちと縁組させていたのである。

アラン・サン=ドニ(著). 福本直之(訳). 2004-12-30.『聖王ルイの世紀』.白水社. p.75.

王様の結婚なのですから、勿論、このように政略結婚です。

しかし、ルイはこの新妻に夢中になり、夫婦仲も良く、6男5女をもうけました(3人は早くに亡くなります)。

後に、マルグリットは夫について十字軍にも参加しています。

シャルル・ダンジューとベアトリス夫妻も十字軍に参加しました。

十字軍に参加した女性フロリン・ド・ブルゴーニュ(ギュスターヴ・ドレのエッチング)

家庭内でこっそり密会

ルイ9世の母ブランシュは、息子のルイがマルグリットと仲良くするのを好みませんでした。

そのため、二人はブランシュに隠れて「逢って」いたそうです。

『カペー朝 フランス王朝史1』のなかで、ルイ9世に仕えた騎士ジャン・ド・ジョアンヴィル(Jean de Joinville, 1224年 – 1317年12月24日)の証言では、

「ブランシュ母后さまは、夜のとばりが下りて床に就くというならやむをえないとして、それ以外の時間に息子が嫁と一緒にいるなんて許せないと、とにかく邪魔なされた。王にとっても、王妃にとっても、逗留するならポントワーズがよかろうとしたのは、そこでは王の部屋が上階に、王妃の部屋が下階にあるからなのだった。
 とすると、こちらの二人は上階から下階へ降りる階段のところで会うことにし、また守衛にも母后が息子王の部屋を訪ねたときは杖で扉を叩けと、それを合図に王は急ぎ自室に戻れば、なにごともなかったかのように母后を迎えられるからと、またマルグリット王妃の守衛にも、ブランシュ母后が部屋に訪ねてきたときは同じように合図を送れ、とマルグリット王妃が自身で迎えるようにと、すっかり打ち合わせたものである」

佐藤賢一(著). 2009-7-20. 『カペー朝 フランス王朝史1』. 講談社現代新書. p.170.

やはり同じように合図を送るように、と打ち合わせ。

家庭内密会ですかね (・∀・) 。

19世紀の画家メリー=ジョゼフ・ブロンデルによる騎士ジョアンヴィル 1846年 ヴェルサイユ宮殿
19世紀の画家メリー=ジョゼフ・ブロンデルによる騎士ジョアンヴィル 1846年 ヴェルサイユ宮殿

引用:Joinville par Blondel

続きまして、マルグリットの出産時の様子について。

「あるとき、王が細君である王妃のそばから離れないことがあった。御子をお産みになられ、その時の産褥さんじょくの傷がひどくて、瀕死の状態にあられたからだ。それでもブランシュ母后はやってこられた。息子の手をつかんで、『来なさい。ここにいても、することなどないでしょう』といった。そのまま王を連れていこうとするのをみて、マルグリット王妃は叫んだ。『まあ、お義母さまときたら、わたくしが死んでも生きても、夫の顔を見せてはくださいませんのね』。それから王妃は気絶した。死んでしまったのではないかと思われたほどだ。さすがに王は王妃は死にゆくところだと戻ってきた。実際、持ち直していただくには、大変な苦労を要したものだった」

佐藤賢一(著). 2009-7-20. 『カペー朝 フランス王朝史1』. 講談社現代新書. p.171.

この時代、産褥熱で亡くなった女性の数は少なくありませんでした。医療のレベルも現代とは比較になりません。

この母后自身も多産でしたから、そのうち何回かは死にそうな思いもしたのではないかと思うのですが…。

信仰深く、数々の人間くさいエピソードを持つルイ9世。


十字軍の時に取った行動もすごいなと思うのですが、このような「母と嫁」の間に挟まれ、右往左往したという話も面白いものです。

ジョアンヴィル(『聖王ルイの世紀』では「ジョワンヴィル」)はこのように証言しています。

ジョワンヴィルによれば、彼の妻は夫を「変人」だといっていた。

アラン・サン=ドニ(著). 福本直之(訳). 2004-12-30.『聖王ルイの世紀』.白水社. p.75.
Vie et miracles de monseigneur Saint Louis ou Livre des faits de monseigneur Saint Louis, Maître du cardinal de Bourbon. Enlumineur, 1480-1488, Identifiant : ark:/12148/btv1b6000784s, Bibliothèque nationale de France, ルイ9世夫妻 1480 - 1488年 フランス国立図書館蔵
ルイ9世夫妻 (Le Livre des faits monseigneur saint Louis – BNF Fr2829) 1480 – 1488年 フランス国立図書館蔵

引用元:Louis9&Marguerite-Acre

引用元:Le Livre des faits monseigneur saint Louis – BNF Fr2829

フランス国立図書館Vie et miracles de monseigneur Saint Louis ou Livre des faits de monseigneur Saint Louis

上の絵は後世の画家によるものですが、仲の良さそうな夫妻が描かれています(^^)。

主な参考文献
  • アラン・サン=ドニ(著). 福本直之(訳). 2004-12-30.『聖王ルイの世紀』.白水社.
  • 佐藤賢一(著). 2009-7-20. 『カペー朝 フランス王朝史1』. 講談社現代新書.
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