ジャン・ベローの絵画に見られる、箱を手に19世紀のパリを行く女性たちの姿です。

帽子箱を運ぶ女性たち「トロタン」
画家ジャン・ベロー( Jean Béraud, 1849年1月12日 – 1935年10月4日)は、パリの都市や人々の生活を描いています。
ベローの作品には、円形の、大きな箱を抱えた女性たちが出てきます。
1800年代後半、ベル・エポックの時代、パリの洋服店や帽子店には「トロタン」と呼ばれる使い走りの若い女性がいました。
トロタンは、客が注文した品を屋敷まで届けてくれます。
帽子は男女とともに当時の身支度には必需品で、女性の帽子には、ドガがたびたび描いた帽子店の様子でわかるように、羽根やら造花やらさまざまな飾りがついていた。そのために帽子箱は軽くても思いのほか大きい。似たような帽子箱を持ったお使いの女性は、パリの街頭風景を描いたベローも《パリ、アーヴル通り》などでたびたび登場させている。
深井晃子(著). 2009-3-2. 『ファッションから名画を読む』. PHP新書. p.125.
西洋骨董にハマり、アール・ヌーヴォーや ベル・エポックに関する書籍を読み漁り始めた頃、ベローの風俗画もよく目にしました。
当時は、女性が抱える箱の中身の方が気になっていましたが、今は女性たちのファッション、表情、生き方、彼女たちが置かれた社会に興味があります。
『パリ、アーヴル通り』( Paris, rue du Havre ) 1882年

引用元:『パリ、アーヴル通り』
ナショナル・ギャラリー・オブ・アートParis, rue du Havre
冬の街に、カラフルな広告が楽しいですね。
彼女が手にしている複数の箱はお客様への届け物なのでしょう。
『シャンゼリゼの帽子屋』( La Modiste Sur Les Champs Elysées ) 1880年代

引用元:『シャンゼリゼの帽子屋』
『シャンゼリゼの帽子屋』は、『ヨーロッパ服飾史』では、『シャンゼリゼのモディスト』の名で掲載されています。
裾をたくし上げている女性は、箱を持っているから、客に商品を届けるモディストである。背後に男の姿がある。女性像に男の姿やその視線を添える風俗画は世紀末のパリに多い。
徳井淑子(著). 2015-10-30. 『ヨーロッパ服飾史』. 河出書房新社. p.94.
「モディスト( modiste )」と「トロタン( trottin )」ですが、 言葉の意味については下記のサイトなどをご覧ください。
https://kotobank.jp/frjaword/chapelier#w-2572177
chapelier の欄に「注」があり、「注婦人帽を扱う業者は modiste ともいう.」とあります。
https://kotobank.jp/frjaword/trottin
意味は、「(婦人洋装店の)使い走りの少女.」。
「trottin と modiste の違い」等で検索していただくと、「神奈川大学 学術機関リポジトリ」の PDF 「女性は都市の「遊歩者」となりえたのか?」(熊谷謙介教授)が出てくると思います。
大変勉強になるものです。単語の意味がわかるだけでなく、その時代についても学ぶことができますので、ぜひお目通しください。
「走る」という意味のフランス語「trotter」に由来する「 trottin トロタン」。
お針子屋( couturière )や帽子屋( modiste )の下で働き、小走りで街中を駆け回り、服や箱を運ぶ若い「配達員(女工)」を指します。
ベローは他にも「トロタン」と思われる女性の姿を描いています。
『ヴォードヴィル劇場』( Le théâtre du Vaudeville ) 1889年

引用元:Le boulevard des Capucines et le théâtre du Vaudeville
カルナヴァレ美術館Le théâtre du Vaudeville
(はてなブログに初投稿、2023年にこちらで更新したとき(「19世紀のパリジェンヌ ジャン・ベローの『過ちのあとで』と「帽子屋」の女性たち)は、「『カピュシーヌ大通りとヴォードヴィル劇場』( Le boulevard des Capucines et le théâtre du Vaudeville )、個人蔵」としていました。2026年2月に見たらWikipedia が変更されていましたので、それに伴い題名と収蔵美術館を修正しています。)
『ポン・ヌフ』( Le Pont Neuf )

引用元:Le Pont Neuf
Sotheby’sLe Pont Neuf
私の中では「トロタンを探せ!」な絵。
映画の舞台にもなった「ポン・ヌフ」(新橋)です。
ジャン・ベローの作品群における重要な再発見と言える「ポン・ヌフ」 は、1920年代に現所有者の家族がパリで購入して以来、一般公開されることがなかった。この作品は、隣接するポン・デ・ザールを行き交う人々を描いたベローの絵画シリーズと調和し、左岸にはフランス学士院のドームが見える。これらの関連作品(パトリック・オフェンシュタット著 『ジャン・ベロー ベル・エポック:過ぎ去りし時代の夢』ケルン、1999年、166、167、168、168bis参照)のうち、1点はモスクワのプーシキン美術館、もう1点はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。
ベローはここで、労働者、シルクハットをかぶった銀行員、パン屋、椅子を頭に乗せて運ぶ家具職人、タクシー運転手が、ベローの時代にも登録建造物であったパリ最古の橋を渡る様子を、その瞬間の精神で捉えている。買い物客は、画家の視点のすぐ後ろのセーヌ川を見下ろす、最近首都にオープンした小売りモール、ラ・サマリテーヌ百貨店に群がっている。片腕にキャンバスを、もう片腕に絵の具箱を抱えた口ひげの画家の正体について、推測するのは興味深い。彼は、自分自身を観察する観察者であるベロー自身なのだろうか。それとも、プルーストの『失われた時を求めて』に登場する架空の画家エリクシールなのだろうか。この画家は、ブランシュ、エルー、ジェルヴェ、ヴュイヤール、ホイッスラー、そしてジャン・ベローの合成として知られている。(Google翻訳)
Sotheby’sLe Pont Neuf
絵の中にいる、キャンパスと絵具箱を持った男性に気付かれましたか?
『芸術橋の女性帽子職人』( Modiste sur le Pont des Arts ) 1879年から1882年の間

引用元:Modiste sur le Pont des Arts
Sotheby’sModiste sur le Pont des Arts
こちらも芸術橋の上の風景、ポン・デザールの上のモディスト、というタイトルですね。
ポン・ヌフにいた、キャンパスを抱えた男性が、トロタンを振り返っています。
「ポン・デ・ザールのモディスト」は、 ベローが描いた連作絵画の一つで、冬や風の強い天候におけるポン・デ・ザールの賑わいと、その向こうにフランス学士院のドームが見える様子を描いている。この主題には他に4つの類似バージョン(パトリック・オフェンシュタット著『ベル・エポック:過ぎ去りし時代の夢』ケルン、1999年、166、167、168、168bis参照)があり、1点はモスクワのプーシキン美術館、もう1点はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。
ここでベローは、突風が橋を吹き抜け、男たちが帽子を掴んで前かがみになったり、風に身を乗り出したりしているその瞬間の精神を捉えている。キャンバスと絵の具箱から判断すると若い画家が、帽子箱を抱えたかわいらしい若い買い物客を視線の端に捉え、その買い物客が鑑賞者に艶めかしい視線を送る。この連作の別の作品では、少女自身が画家役を演じ、シルクハットをかぶった男が肩越しに彼女を振り返っている。褐色のコートを着た髭の男の正体について推測するのは興味深い。彼は自己言及的な人物であり、ベロー自身が次の題材に目を留めているのだろうか。それとも、プルーストの『失われた時を求めて』に登場する画家エリクシールなのだろうか。この画家は、ブランシュ、エルー、ジェルヴェ、ヴュイヤール、ホイッスラー、そしてジャン・ベローの合成物として知られている。(Google翻訳)Sotheby’sModiste sur le Pont des Arts
絵画の中は寒い季節ですが、冬枯れのパリもやっぱり素敵です。
『使い走り』( Le Trottin ) 1905年

引用元:Le Trottin
この絵の女性のブラウスは綺麗な青。 少したくし上げた裾から覗く青も印象的です。
前に挙げたPDF 「女性は都市の「遊歩者」となりえたのか?」ではカラーで見ることができます。
『コンコルド広場のモディスト』( Modiste place de laConcorde )

引用元:Modiste place de laConcorde
『使い走り』、『コンコルド広場のモディスト』の出典はこちら
箱の中身
箱の中身は、こんな感じ? メトロポリタン美術館所蔵の帽子たち。
私自身は帽子を被りませんので「被りたい!」というより、「棚に飾っておきたい」。

引用元:Bonnet MET DP272777 CC-Zero
メトロポリタン美術館Bonnet
こういう帽子を買った人って、どんな人だったんだろう、と思います。
どんな人生を送ったんだろう。これを被って、何処に出掛けていくことが好きだったんだろう、と。

引用元:Millinery Print
ロサンゼルス郡美術館Fashion Plate for ‘La Mode Illustrée’

引用元:Modelès de Madame Carlier 1897
1889年という年
『1889年の万国博覧会の入場』( Entrée de l’exposition universelle de 1889 ) 1889年

引用元:Entrée de l’exposition universelle de 1889 CC-Zero
カルナヴァレ美術館蔵Entrée de l’exposition universelle de 1889
エッフェル塔が描かれていますね。
エッフェル塔は、1889年の万博に合わせて建造されました。
景気も良く、華やかなパリ。 人々の浮き浮きした気分が伝わってきます。
『帽子屋』( The Millinery Shop ) 1879年から1886年の間 エドガー・ドガ シカゴ美術館蔵

シカゴ美術館The Millinery Shop
エドガー・ドガが1880年代にこの主題で制作した少なくとも15点のパステル画、素描、絵画のうち、「婦人帽子店」は最も大規模で、おそらく最も野心的な作品である。独特なトリミングと斜めの視点により、19世紀の小さな婦人帽子店の内部をありのままに捉えているように見える。絵の中の若い女性の正体は不明瞭である。店員か客の可能性がある。初期の構図では、女性は明らかに客を意図しており、流行のドレスを着ているが、ブルジョワ文化の必須の象徴である帽子がない。しかし、最終的な絵では、女性はまるでピンを握っているかのように口をすぼめ、おそらく手に持った帽子の繊細な生地を守るためであろう手袋をしている。(Google翻訳)
シカゴ美術館The Millinery Shop
- ドミニク・パケ(著), 石井美樹子(監修). 2006-3-10 第6刷発行. 『美女の歴史』. 創元社.
- 深井晃子(著). 2009-3-2. 『ファッションから名画を読む』. PHP新書.
- 徳井淑子(著). 2015-10-30. 『ヨーロッパ服飾史』. 河出書房新社.


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