印象派の巨匠ルノワールが駆け出しの頃彼の絵のモデルをしていたリーズ・トレオ。今もルノワールの絵の中で生き続けるリーズの姿です。
『夏・習作』( Im Sommer ) 1868年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ベルリン旧国立美術館蔵
引用元:『夏・習作』
ベルリン旧国立美術館蔵のサイト( Im Sommer )はこちらです。
少女っぽさが残る女性の名はリーズ・トレオ。当時20歳でした。
ほどけた髪にコルセット無しのラフなブラウスに、夏の庭でくつろいでいる印象ですね。
リーズ・トレオ( Lise Tréhot, 1848年3月14日 – 1922年3月12日)
引用元:リーズ・トレオ
『夏』『日傘のリーズ』など、リーズ・トレオが登場している作品は20点以上に上ります。
郵便局長の娘として生まれたリーズは、1866年から1872年まで画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの作品のモデルを務めました。
リーズの姉は建築家ジュール・ル・クールの恋人で、ル・クールは1685年6月頃友人であるルノワールにリーズを紹介しています。
リーズは17歳、ルノワールは24歳でした。
ルノワールの絵の中のリーズ・トレオ
Lise in a Straw Hat ( Jeune fille au chapeau de paille ) 1866年 ピエール=オーギュスト・ルノワール バーンズ・コレクション蔵
この肖像画は描かれたのは、ルノワールが印象派のスタイルを確立する前。
麦わら帽子を被るリーズ・トレオの肩越しに見えるのはパリ郊外のセーヌ川の岸辺とのことです。
Woman looking at a bird ( Lise: La Fille a l’Oaseau ) 1866年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ニジニ・ノヴゴロド蔵
引用元:Woman looking at a bird (Lise: La Fille a l’Oaseau)
Woman Standing by a Tree 1866年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
Woman by a Fence 1866年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
引用元:Woman by a Fence
Woman in a Park 1866年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
引用元:Woman in a Park
『ディアナ』( Diana ) 1867年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
引用元:『ディアナ』
神話の女神ディアナを描いた作品。1867年のサロンに出品されましたが、落選しています。
神々しい裸体、というより、私にはなんか生々しい。現実にいる女性っぽい感じがします。
1866年の「 Lise in a Straw Hat ( Jeune fille au chapeau de paille ) 」の解説にも写実主義の画家ギュスターヴ・クールベの影響についての言及がありますが、こちらのナショナル・ギャラリーの解説にも、
「動物の口から出る血と苔むした岩の表面に特別な注意が払われており、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベの影響を示しています。これは、ルノワールが顔料を塗布するためにパレット ナイフを使用した数少ない例の 1 つであり、クールベのお気に入りの技法です。」
とあります。
『日傘のリーズ』( Lise with a Parasol ) 1867年 ピエール=オーギュスト・ルノワール フォルクヴァンク美術館蔵
引用元:『日傘のリーズ』
労働者階級の出身であるリーズが、素敵な流行の衣装で立っています。
強い日差しを受けて眩しく輝く、衣装の白。
レースかな? 小さなパラソルのデザインが可愛いですね。
1868年のサロンに出展して賞賛を得た作品。リーズがおしゃれな流行りのファッションに身を包みパリのブルジョア階級の女性に扮して立っている。上半身に映る日傘や木の影、強い陽光によって浮き立ったドレスの白さと奥まった森の明暗が描かれ、ルノワールが自然の光をいかに表現しようとしたかが察せられる。リーズの顔から肩にかかるレースの日傘の影は自然で、上質な黒色のベルトリボンはリズミカルな動きを生み出している。このような明るい色調は先輩画家ディアズ・ド・ラ・ペーニャのアドバイスとマネの影響が大きく、ドラクロワの色彩感もルノワール作品のベースになっている。
中川真貴(著). 2021-4-19. 『色彩飛行 はじめてのルノワール』. 求龍堂. p.112.
『日傘のリーズ』は親友のクロード・モネの『カミーユ(緑衣の女)』の影響を受けて描かれたといいます。
ルノワールが《日傘をさすリーズ》を描こうとしたきっかけは、モネの《カミーユ(緑衣の女)》が1866年のサロン(官展)に入選したからである。カミーユは室内で豪華な衣装を身に着けて後ろ向きに立ち、顔だけがこちらを振り向く。こうしたポーズや衣装の材質感のある表現は、アカデミックな陣営からも好感をもって迎えられた。
島田紀夫(著). 2009-12-20. 『もっと知りたい ルノワール 生涯と作品』. 東京美術. p.14.
引用元:『カミーユ(緑衣の女)』
下はギュスターヴ・クールベによる絵画です。
描かれているのは画家の三人の姉妹たち。真ん中に立つ妹ジュリエットが日傘を差していますが、『日傘のリーズ』もこのジュリエットと似たようなポーズを取っています。
引用元:『村の娘たち』
『婚約者たち(シスレー夫妻)』( Les Fiancés ) 1868年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ヴァルラフ=リヒャルツ美術館蔵
引用元:『婚約者たち(シスレー夫妻)』
ヴァルラフ=リヒャルツ美術館のサイト( Das Ehepaar Alfred Sisley )はこちらです。
愛し気に隣の女性を見やる男性は画家シスレー。
シスレーの妻はマリー・レクーゼックといいますが、ここでシスレーに寄り添うのはリーズ・トレオではないかと言われています。
La Promenade 1870年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ゲッティセンター蔵
軽やかで楽し気な、18世紀の画家アントワーヌ・ヴァトーやフランソワ・ブーシェ、ジャン=オノレ・フラゴナールらを思い起こさせる散策風景です。
明るい主題には明るい色調が似合う、と思う私。
Woman in a Meadow ( Lise Tréhot ) 1868年 ピエール=オーギュスト・ルノワール オードロップゴー美術館蔵
引用元:Woman in a Meadow ( Lise Tréhot )
Frau im Garten ( Femme dans un jardin ) 1868年 ピエール=オーギュスト・ルノワール バーゼル市立美術館蔵
引用元:Frau im Garten ( Femme dans un jardin )
鳥の羽根で作られた飾りが付いた帽子に、青いプロムナードドレスで着飾ったパリジェンヌです。
タイトルは「庭にいる女性」( Femme dans un jardin )( Frau in einem Garten )( Woman in a Garden )ですが、「カモメの帽子を被る女性」という副題が付いています。
A Nymph by a Stream 1869年-1870年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ナショナル・ギャラリー蔵
小川のほとりで横たわるニンフ。
ナショナル・ギャラリーの解説によると、「この絵は、ある意味では肖像画でもあります。アングルのようなアカデミックな現代画家のようにニンフの特徴を理想化するのではなく、ルノワールは彼女を認識できるものにしました。」とのこと。
『水浴する女とグリフォンテリア』( A banhista e o cão griffon – Lise à beira do Sena( Bather with a Griffon Dog )) 1870年 ピエール=オーギュスト・ルノワール サンパウロ美術館蔵
引用元:『水浴する女とグリフォンテリア』
副題は『セーヌ川の岸辺に立つリーズ』。
1870年のサロンで、リーズを描いた『アルジェの女(オダリスク)』と共に入選しました。
背後で振り返る人物は旧約聖書の『スザンナと長老たち』、足を若干ずらして前を隠すポーズは『クニドスのヴィーナス(アフロディーテ)』像からの着想のようです。
引用元:『クニドスのヴィーナス』 Marie-Lan Nguyen
『アルジェの女(オダリスク)』( Odalisque ) 1870年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
引用元:『アルジェの女(オダリスク)』
オスマン帝国のハーレムにいる、妖艶なオダリスクに扮したリーズ。
詳細に描かれているアルジェリア風の室内や調度品。そのなかで半分脱げたサンダルで挑発するような寝姿。口を少し開け、流し目で我々を見ているリーズの姿か考え抜かれたポーズだった。衣服の過激なほどの色彩描写からドラクロワの影響が感じられる。
中川真貴(著). 2021-4-19. 『色彩飛行 はじめてのルノワール』. 求龍堂. p.107.
当時オダリスクは人気のあるテーマでした。
Woman with Parakeet ( La femme à la perruche ) 1871年 ピエール=オーギュスト・ルノワール グッゲンハイム美術館蔵
黒いタフタのドレスを着て、インコを持つ女性の絵。
ルノワールがこの絵を描いたのは、彼が普仏戦争から帰国しリーズが結婚するまでの間、1871年のことだったようです。
ルノワールはリーズをブルジョワの女性として描いています。
上等そうなカーペットに鳥かご、観葉植物。パリのブルジョワ階級の室内や装飾品ってこんな感じだったのかな、とそちらの方に興味が行きます。
「豊かでありながら息苦しい室内は、金色の檻に閉じ込められたインコの空間と同じように、モデルの空間を制限している。女性と鳥の類似性は、モデルの精巧なフリルのドレスに、鮮やかな赤い羽が添えられていることでさらに強調されています」」という美術館の解説の記述もなかなかに興味深いので、ぜひサイトを覗いてみてくださいませ。
Femme demi-nue couchée : la rose 1872年頃 ピエール=オーギュスト・ルノワール オルセー美術館蔵
引用元:Femme demi-nue couchée : la rose
『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』( Parisiennes in Algerian Costume or Harem ) 1872年 ピエール=オーギュスト・ルノワール 国立西洋美術館蔵
外国まで出掛けて行かなくても、国内でリーズの姿を観ることができます。
『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』は東京上野の国立西洋美術館の収蔵品なのです(^^)。
ルノワールは、敬愛していたロマン主義の巨匠ドラクロワの作品から着想を得て、『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』を制作しました。
引用元:『アルジェの女たち』
『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』の「パーフェクト鑑賞講座」有り
ダラス美術館に遺贈された絵
『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』が完成した1872年。
リーズはルノワールのモデルになることを止め、ふたりは二度と会うことはなかったそうです。
ルノワールからは肖像画が一枚贈られました。
その後リーズは建築家と結婚。二男二女に恵まれました。
リーズは1868年に男児を、1870年にジャンヌという女児を出産しています。
男児ピエールは幼児の頃に亡くなったようですが、ジャンヌは1934年に亡くなるまでルノワールによる支援を受けていたそうです。(ルノワールが1919年に死去した後は美術商で作家のアンブロワーズ・ヴォラールによる支援)
1922年、リーズはパリで亡くなります。73歳でした。
リーズはルノワールの絵画二枚、『 Lise Sewing 』(1867年-1868年)と『 Lise in a White Shawl 』(1872年)を子ども達に遺贈しました。(参考:Wikipedia( Lise Tréhot ))
Lise Sewing 1867年-1868年頃 ピエール=オーギュスト・ルノワール ダラス美術館蔵
引用元:Lise Sewing
ふたりが出会った直後の作品「裁縫をするリーズ」。
その左手の薬指には指輪が…。
ルノワールはリーズを「若妻」として描いたのでしょうか。家事に勤しむ若妻の初々しさを感じます。
1867年頃に描かれたこの絵を、リーズはルノワールと別れた後もずっと持っていたのでしょう。
Lise in a White Shawl 1872年 ピエール=オーギュスト・ルノワール ダラス美術館蔵
白いショールを着けたリーズの肖像。
ダラス美術館の解説によると、このリーズの肖像画は、「エメリー・レーヴスとダグラス・クーパーはそれぞれ、ルノワールがお気に入りのモデルを使って描いた多くの絵画の最後であると考えた。」とあります。
続いて、「ダグラス・クーパーは、この絵が1872年4月24日にパリでジョルジュ・ブリエール・ドゥ・リルと結婚したトレオへの結婚祝いとして描かれたのではないかとさえほのめかしている。」とあり、そう聞いてしまうと、頭から垂らした白いショールが花嫁の着けるヴェールに見えて来ます。
※ダラス美術館の解説やデトロイト美術館展の解説、書籍『 ルノワールへの招待』(朝日新聞出版)他では、リーズが結婚したのは「1872年」となっていますが、Wikipedia (英仏版)では「1883年」となっています。
83年までは事実婚?という言葉も浮かびましたが、よくわからないためわかったら追記します。
ルノワールの親友フレデリック・バジールによるリーズ・トレオ
アカデミーの重鎮アレクサンドル・カバネルの支援により1870年のサロンで入選した絵。
描かれているのは「現代のバテシバ」とのこと。
Google Arts & Culture asset ID: cAF7KPVs5G2guA
ルノワールとバジールが使用していたアトリエで、中央でパレットを持つ男性がバジール。
右側でピアノを弾くのはバジールの友人エドモン・メートル。
マネは帽子を被り、イーゼルに置かれたキャンバスを見つめています。
ルノワールは左側の三人のうちの誰か。他ふたりはモネ、批評家ザカリー・アストリュクだそうです。
このバジールの絵の中に、失われたルノワールの作品『二人の風景』(1866年)が描かれています。
今では左側の女性だけ、「鳥を抱く女」( La Dame a l’oiseau )として観ることができます。
引用元:『バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)』の部分
視線の先が気になる、ルノワールの『肘掛け椅子の婦人』
『肘掛け椅子の婦人』( Woman in an Armchair ) 1874年 ピエール・オーギュスト・ルノワール デトロイト美術館蔵
引用元:『肘掛け椅子の婦人』
『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』(1880年)、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)、と、例えタイトルと絵が一致しなくても、見れば「ああ、見たことある」となるルノワールの有名絵画。
ルノワールをお好きな方も多いですよね。
もちろん私も好きです。多分、人生で一番最初に好きになった画家です。
この『肘掛け椅子の婦人』を初めて観たとき、女性のリラックスした感じと表情がとても印象に残りました。
しかし残念ながら、この絵はムック本などではほとんど見かけません(/ω\)。
『デトロイト美術館展』(1990年)の図録では本作のモデルについて、
この肖像画のモデルは, これまで時にリーズ・トレオだとされたが, 彼女はルノワールがしばしばモデルとして雇っていた恋人であった。リーズは1872年に結婚し, その時にルノワールのためにポーズするのをやめている。フランソワ・ドールトがこの絵が制作されたとする年の, 約2年前のことである。
Marandel, J.Patrice. p.174.『デトロイト美術館展 1990』.
とあります。
デトロイト美術館の解説には「この、座る婦人の身元は依然として謎のまま」と書かれています。
リーズ・トレオなら1872年にルノワールのモデルを辞めていますもんね。
まぁ、「誰」と特定されてもされなくても、個人的にはどちらでも一向に構いません。
この一瞬の表情やポーズが、この絵の女性の質量といいますか、「生身っぽさ」を表していて、とてもリアルに感じるのです。
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