『戯れる人魚たち』『静かな海』アルノルト・ベックリンの人魚たち

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『死の島』などで知られるスイス出身の画家 アルノルト・ベックリンが描いた人魚たちの姿です。

『戯れる人魚たち』( Das Spiel der Nereïden / Play of the Nereides ) 1886年 アルノルト・ベックリン バーゼル美術館蔵
『戯れる人魚たち』( Das Spiel der Nereïden / Play of the Nereides ) 1886年 アルノルト・ベックリン バーゼル美術館蔵
目次

『戯れる人魚たち』( Das Spiel der Nereïden / Play of the Nereides ) 1886年

『戯れる人魚たち』( Das Spiel der Nereïden / Play of the Nereides ) 1886年 アルノルト・ベックリン バーゼル美術館蔵
『戯れる人魚たち』( Das Spiel der Nereïden / Play of the Nereides ) 1886年 アルノルト・ベックリン バーゼル美術館蔵

引用元:『戯れる人魚たち』

バーゼル美術館Das Spiel der Nereïden

『トリトンとネレイド』( Triton und Nereïde ) 1874年

『トリトンとネレイド』( Triton und Nereïde ) 1874年 アルノルト・ベックリン シャックギャラリー蔵
『トリトンとネレイド』( Triton und Nereïde ) 1874年 アルノルト・ベックリン シャックギャラリー蔵

引用元:『トリトンとネレイド』

シャックギャラリーTriton und Nereïde, 1874

Böcklin verbindet die Darstellung einer urweltlich anmutenden Natur mit Gestalten aus dem antiken Mythos. Der wilde Triton bläst in ein Muschelhorn, während sich die Nereide einer mächtigen Meerschlange zuwendet. „Es herrscht ein wilder Jubel in dieser Szene; man glaubt, das Sausen und Wehen des Naturgeistes, das Jauchzen der Elementargeister im Kampfe der entfesselten Mächte des Meeres und der Lüfte zu vernehmen“ (Graf Schack).

シャックギャラリーTriton und Nereïde, 1874

(Google翻訳:ベックリンは、原始的な自然の描写と古代神話の登場人物を巧みに融合させています。荒々しいトリトンはほら貝を吹き鳴らし、ネレイドは力強い海蛇へと姿を変えます。「この場面には狂乱の歓喜が溢れ、解き放たれた海と空の力の戦いの中で、自然の精霊たちの奔流と吹鳴、精霊たちの叫び声が聞こえてくるかのようです」(シャック伯爵)。)

『波間の戯れ』( Im Spiel der Wellen, 1883 / Playing in the Waves ) 1883年

『波間の戯れ』( Playing in the Waves ) 1883年 アルノルト・ベックリン ノイエ・ピナコテーク蔵
『波間の戯れ』( Playing in the Waves ) 1883年 アルノルト・ベックリン ノイエ・ピナコテーク蔵

引用元:『波間の戯れ』

ノイエ・ピナコテークIm Spiel der Wellen, 1883

描かれている海の住人たちの表情が、驚くほどリアルです。 日常のなか、「有り得る」とか「見たことある」表情です。

印象に残るよなあと思っていたら、やはりこれには「モデル」があったようで、

Wie das Pan-Thema, so ist dasjenige der Tritonen oder Meerkentauren ein von Böcklin häufig verwendeter Bildgegenstand. Diese Meerwesen personifizieren hier in ähnlicher Weise den männlichen Eros. Die unmittelbare Anregung zu dem Bild scheint, wie so oft bei seinen Bilderfindungen, von einem persönlichen Erlebnis ausgegangen zu sein. Während eines zusammen mit der Familie des befreundeten Tiefseeforschers Anton Dohrn auf der Insel Ischia unternommenen Badeausflugs hat der Gelehrte durch langes Unterwasserschwimmen und plötzliches Auftauchen in nächster Nähe die Damen erschreckt und dabei Böcklins Phantasie dazu angeregt, den Eindruck in das Reich der Meeresdämonen zu übertragen. Das Hineingenommensein des Betrachters in das Auf und Ab der Wellen, die Grenzenlosigkeit des Meeres ohne Andeutung von Festland, die beseligte ungebundene Freiheit vor allem des Tritonen, in dem Dohrn porträtiert ist, dazu das psychologische Verhalten der einzelnen Najaden in Gestik und Gesichtsausdruck, machen dieses Gemälde zu einer der heitersten Bilddichtungen Böcklins.

ノイエ・ピナコテークIm Spiel der Wellen, 1883

(Google翻訳:パンの主題と同様に、トリトン、あるいは海のケンタウロスはベックリンが頻繁に用いた主題です。これらの海の生き物は、同様に男性的なエロスを体現しています。この絵画の直接的なインスピレーションは、彼の絵画的発明によくあるように、個人的な体験から生まれたようです。友人である深海探検家アントン・ドールンの家族とイスキア島で海水浴に出かけた際、ドールンは長時間水中を泳ぎ、間近で突然浮上したことで女性たちを驚かせました。これがベックリンの想像力を刺激し、この印象を海の悪魔の世界へと昇華させたのです。波の満ち引き​​に浸る鑑賞者の没入感、陸地の気配すら感じさせない海の果てしない広がり、特にドルンがトリトンの姿で表現された至福の自由、そしてナイアスたちの身振りや表情に表れた心理的行動は、この絵画をベックリンの最も軽妙な絵画詩の一つにしています。)

「驚いた?」と言っているようなトリトンが忘れられません。

『海にて』( In the Sea ) 1883年

『海にて』( In the Sea ) 1883年 アルノルト・ベックリン シカゴ美術館蔵
『海にて』( In the Sea ) 1883年 アルノルト・ベックリン シカゴ美術館蔵

引用元:『海にて』

シカゴ美術館In the Sea

官能的な人魚たちが中央の男性(トリトン)に群がっています。

Arnold Böcklin’s art had little in common with Impressionism or the academic art of his time. Instead, his depictions of demigods in naturalistic settings interpret themes from Classical mythology in an idiosyncratic, often sensual manner. In the Sea, part of a series of paintings of mythological subjects, displays an unsettling, earthy realism. Mermaids and tritons frolic in the water with a lusty energy and abandon verging on coarseness.

シカゴ美術館In the Sea

(Google翻訳:アルノルト・ベックリンの芸術は、印象派や当時のアカデミックな芸術とはほとんど共通点がありませんでした。むしろ、自然主義的な背景を持つ半神像の描写は、古典神話のテーマを独特で、しばしば官能的な手法で解釈しています。神話を題材とした連作の一つである「海にて」は、不穏なほど現実的なリアリズムを示しています。人魚とトリトンが、水中で、荒々しささえ感じるほどの情熱的なエネルギーと奔放さをもって戯れています。)

画面から、嬌声が聞こえてきそうです。

彼らの毎日はこんなんだろうな、と想像。

『静かな海』( Meeresstille, 1886/1887) 1886年 – 1887年

『静かな海』( Meeresstille, 1886/1887) 1886年 - 1887年 アルノルト・ベックリン ベルン美術館蔵
『静かな海』( Meeresstille, 1886/1887) 1886年 – 1887年 アルノルト・ベックリン ベルン美術館蔵

引用元:『静かな海』

アルノルト・ベックリンの絵画に登場するのは人外が多い。

すぐに思い浮かぶのはケンタウロスとか牧神、そして人魚です。

人魚というと美女(または美少女)を連想するのですが、ベックリンの人魚は猥雑な匂いのする、海の生物、海に棲まう精とでもいいましょうか。

昔々、世紀末芸術とか象徴主義に夢中だった頃はアルノルト・ベックリンの『死の島』が好きでしたが、『戯れる人魚たち』を観て以来、私の中のベスト10の順位が変わりました。

跳ね、声を上げ、笑う。

このワイルドな生々しさ。ブキミさ。

広い広い海の何処かには、こんな人魚たちが本当にいるのかもしれない、と思ってしまいます。

アルノルト・ベックリン( Arnold Böcklin, 1827年10月16日 – 1901年1月16日)

ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像( Selbstbildnis mit fiedelndem Tod ) 1872年 ベルリン、旧国立美術館蔵
ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像( Selbstbildnis mit fiedelndem Tod ) 1872年 ベルリン、旧国立美術館蔵

引用元:ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像

旧国立美術館Selbstbildnis mit fiedelndem Tod

美術手帖 march 1987 vol.39 no.576 monthly art magazine bijutsutecho

人体を描くにあたり、ベックリンはモデルを使わなかったそうです(奥様がヤキモチ焼きだったからとの説あり)。

神話のルールにも従わなかったようです。

『美術手帖』では、べックリンをめぐるエピソードについて、

ある神話学者がべックリーンの絵の中のまちがった人物の使い方を注意したとき、画家はこう答えたという。

「私は自分の親しい角のある神さまたちのうじ、素性を、お役所でたしかめたりはしたくないのです」

 またこんな話も伝わっている。あるとき世に知られた外科医がアトリエに訪ねてきて、画架の絵をしげしげと眺めたあげく、こう言った。

「これが芸術というものでしょうか。私にはとんと解せない。あなたがお描きになった人体は、すべて解剖学的にはありえないところです。だからしてこんな人物が生きようはずがない」

 そのときべックリーンはこう答えたという。

「解剖学的にはおっしゃるとおりかもしれません。しかし、どうかご安心ください。私のほうの人物は、あなたの患者さんよりもずっと長生きしますとも」

池内 紀. p.86. 新しい時代の大いなる預言者. 美術手帖 march 1987 vol.39 no.576 monthly art magazine bijutsuecho.

長生き。確かに( ̄▽ ̄)

また、池内氏はベックリンの『春』や『ケンタウロスの戦い』、『戯れる人魚たち』を挙げ、

あちこちに古代異教世界の神々が跳梁している。とまれ注意しなくてはならない。べックリーンは自然を描いたが、彼はひたすらアトリエで描いた。また意味ありげなタイトルのいずれもべックリーン自身の命名ではない。彼はつねづね自分では題名をつけなかった。それをしたのは画商とコレクターである。言い換えれば、べックリーンは別に「春」を描いたわけではないのである。「戯れる人魚たち」がとりたてて人魚の戯れである必要がないのと同様に、「死の島」は死の島ではなかったはずだ。それ以上のもの、あるいはまったく別のものであったかもしれないのである。

池内 紀. p.90. 新しい時代の大いなる預言者. 美術手帖 march 1987 vol.39 no.576 monthly art magazine bijutsuecho.

自分で絵のタイトルをつけたのではなかったベックリン。

トリトンに群がる人魚たちや、波間ではしゃぐ人魚たちに付けられたタイトルはわかる気がしますが、『静かな海』は…。

どうなんですかね。

確かに静かですけどね。

海の中からこちらを見ている目が不気味です。

横たわる肉感的な人魚様が、私には世紀末芸術で好まれた「男を破滅に導く女」、「運命の女(ファム・ファタル)」に見えます。

とても印象に残る絵画です。

『ヌードの絵画史 「裸の芸術」黄金期に描かれた女性たち』(春燈社)では『静かな海』( Die Meerestille )は「凪」というタイトルになっています。

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