シストルムにカゴ 古代エジプトの女神バステトの「持ち物」

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古代エジプトの神話に登場する猫の頭をした女神、バステト。

そのバステト神の「持ち物」(アトリビュート)を見て行きます。

古代エジプト展で猫頭の女神像を見つけたら、ぜひこの記事を思い出してください。

猫の小像 紀元前332年-30年頃 メトロポリタン美術館蔵
猫の小像 紀元前332年-30年頃 メトロポリタン美術館蔵

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大し、切り抜いたものです。

目次

愛と豊穣の女神バステト

古代エジプトの猫

古代エジプト人も犬や猫をペットとして飼っていました。

紀元前3000年より以前、世界で初めて、古代エジプト人が猫の家畜化に成功したと言われています。

畑の農作物を食い荒し、家の中にまで出没するネズミを食べてくれる猫。

益獣として重宝され、紀元前2000年頃から神として崇められるようになりました。

紀元前15世紀「ナクトの墓」の壁画に描かれた猫

「ナクトの墓」の壁画に描かれた猫 紀元前15世紀
「ナクトの墓」の壁画に描かれた猫 紀元前15世紀

引用元:「ナクトの墓」の壁画に描かれた猫

第18王朝8代トトメス4世と第9代アモンホテプ3世の時代に、アメン神の書記として仕えたナクトの墓の壁に描かれた猫。

椅子の下で丸くなっていますが、猫が絵に描かれた場合は「女性の椅子の下に」いるのだそうです。

とくに絵に描かれた猫を見ると、決まって女性の椅子の下に座っていて、男性と一緒にいるところはめったにない。これからも分かるように猫は、女性らしさと女性の性能力の象徴であり、強い力を持った猫の女神というのも現れる。ナイル・デルタにあるブバスティスの町を中心におこなわれた雌猫の神バステトの祭りは、末期王朝時代からギリシャ・ローマ時代のあいだはかなり大衆に知れ渡った祭りだった。猫はむろん、蛇をはじめ、鼠や害虫を寄せ付けないだけでなく、水鳥を捕まえるなど日々の暮らしにも役に立った。

ティルディスレイ(著). 細川晶(訳). 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』. 新書館. p.171.

バステト像

古代エジプトの神話には牛や雌ライオンの頭部を持つ女神が登場します。

猫の頭をした女神は愛と豊穣の女神、多産のシンボル「バステト」といいます。

バステト 紀元前664年-紀元前30年頃 メトロポリタン美術館蔵
バステト 紀元前664年-紀元前30年頃 メトロポリタン美術館蔵

引用元:バステト CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

すらっとしていて、ストライプのロングドレスがよくお似合いですね。

バステトは、古代エジプト神話に出て来るハトホルやセクメトといった女神たちと同一視されます。

神話では、ハトホルは雌ライオンの頭部を持つセクメトに変身し、人類を殲滅しようとします。

しかしラーが撒いたビールを人間の血と思って飲み、酔っ払って爆睡。彼女は「使命」を忘れてしまいました。

そのおかげで人類は救われたのです。

セクメトの持つライオンの獰猛さはやがて、家庭を守り多産の象徴である猫、バステトへと変化します。

バステト様のお持ち物

バステト像 紀元前945年-紀元前600年頃 メトロポリタン美術館像
バステト像 紀元前945年-紀元前600年頃 メトロポリタン美術館像

引用元:バステト CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

頭部と足はありませんが、この像もとてもいいプロポーションですね。

お召し物はストライプのロング・ドレス。

手に何か持っています。

まず、右手を見てみましょう。

シストルム(シストラム)(sistrum)

右手に持つのは「シストルム(シストラムとも表記)」といい、ガラガラのような古代の楽器です。

バステトの持ち物であると同時に、ハトホルの持ち物でもあります。

このシストルムには2種類のタイプがあり、『エジプト神話の図象学』(河出書房新社)では「アーチ型」と「門型」というように“便宜上”呼び分けられています。

アーチ型シストルム 紀元前380年頃と250年頃の間 ウォルターズ美術館蔵
アーチ型シストルム 紀元前380年頃と250年頃の間 ウォルターズ美術館蔵

アーチ型シストルム Walters Art Museum CC-BY-SA-3.0

門型シストルム 第26王朝(紀元前664年 - 紀元前525年) ルーヴル美術館蔵
門型シストルム 第26王朝(紀元前664年-紀元前525年) ルーヴル美術館蔵

門型シストルム Rama CC-BY-SA-2.0-FR

愛の女神であり、「音楽の女王」であり、王族の誕生に付き添うハトホルは、とくにシストルムという女性専用の楽器で音楽とは切り離せない縁がある。これは大きい輪の形をしたガラガラのような打楽器で、長い柄がついていて、そこがハトホルの頭(*雌牛の姿で現わされる)の模様になっていることが多い。このシストルムは始め、ナイル・デルタのパピルス葦を表していた。神話によるとハトホルは、まだ若い自分の息子とこのナイル・デルタに隠れたことになっている。

ティルディスレイ(著). 細川晶(訳). 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』. 新書館. p.154.

王国時代の終わりごろになると、シストルムといえばイシスの祭儀に使われる用具として知られるようになっていく。シストルムを鳴らすときはだいたいいつも、メニトと呼ばれたビーズのネックレスをいっしょにガチャガチャ鳴らした。女性の楽士が、空いたほうの手を使って鳴らしたのである。

ティルディスレイ(著). 細川晶(訳). 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』. 新書館. p.154.

息子・ネフェルトゥム(Nefertum)

バステト像 紀元前945年-紀元前600年頃 メトロポリタン美術館像
バステト像 紀元前945年-紀元前600年頃 メトロポリタン美術館像

引用元:バステト CC-Zero

左手には、 息子ネフェルトゥムの像を持っています。

ネフェルトゥムはプタハとセクメトの間の息子とされていますが、セクメトとバステトは同一視されますので、バステトの息子ともいえます。

ネフェルトゥム 紀元前664年と332年の間 ルーヴル美術館蔵
ネフェルトゥム 紀元前664年と332年の間 ルーヴル美術館蔵

引用元:ネフェルトゥム Rama CC-BY-SA-2.0-FR

カゴ(basket)

時々カゴをお持ちです。

このカゴの模様ははっきりしているし、お洒落ですね。

盾(aegis)

バステト像 紀元前664年-前30年頃 メトロポリタン美術館蔵
バステト像 紀元前664年-前30年頃 メトロポリタン美術館蔵

引用元:バステト CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

胸の前に盾を持っています。右手にはシストルムを持っていたかもしれません。

盾はギリシア語で「アイギス(Aegis)」、英語で「イージス(Aegis、Egis)」と呼ばれます。

大型の護符で、邪悪なものをはね返すとされました。

ギリシア神話では盾(アイギス)は女神アテナの持ち物です。

イシスの「盾」 紀元前924年-600年頃 メトロポリタン美術館蔵
イシスの「盾」 紀元前924年-600年頃 メトロポリタン美術館蔵

イシスの「盾」 CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

子猫

子猫を世話するバステト 美術史美術館像
子猫を世話するバステト 美術史美術館像

引用元:子猫を世話するバステト Captmondo CC-BY-SA-3.0

授乳中?多産のシンボルとしてのバステト像ですね。

足元に数匹の可愛い子猫がいることもあります。 

https://www.ancient.eu/image/4528/bastet/

 バステト様への捧げもの

メトロポリタン美術館の猫の像

猫の小像 紀元前332年-30年頃 メトロポリタン美術館蔵
猫の小像 紀元前332年-30年頃 メトロポリタン美術館蔵

引用元:猫の小像  CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

この像の高さは約30㎝ほど。

この像はプトレマイオス朝時代のもので、元来は猫のミイラの容器だったという。太陽神ラーの娘で豊饒・多産の神であるバステトが猫の頭を持つといわれ、やがて猫と同一視されるようになったため、この時期、猫やほかの動物のミイラが多数奉納された。といっても実際にミイラが納められていることはまれで、体の一部や別の動物の骨だったり、中に何も入っていなかったりすることが多かった。

(日経おとなのOFF 白熱 西洋美術教室)

この像が2012年に来日した時の『日経おとなのOFF  白熱 西洋美術教室』での解説です。

「この像の完成度の高さを見れば、社会的地位の高い人物によるバステト神への捧げ物であったことが分かる。」とも述べられていますが、確かに素人目にもとても高い完成度です。

大英博物館の猫の像

『ゲイヤー-アンダーソンの猫』(バステト女神像) 新王国時代 紀元前600年以降 大英博物館蔵
『ゲイヤー-アンダーソンの猫』(バステト女神像) 新王国時代 紀元前600年以降 大英博物館蔵

引用元:「ゲイヤー・アンダーソンの猫」  Einsamer Schütze CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0

上の猫像がメトロポリタン美術館の有名猫なら、こちらは大英博物館の有名猫です。

博物館への寄贈者であるゲイヤー-アンダーソン氏の名前をとって、「ゲイヤー-アンダーソンの猫」(the Gayer-Anderson cat)と呼ばれています。

古代エジプト人にとって、猫はバステト神の化身です。大切に扱いました。

傷つけたり殺した場合は厳罰が処されました。また、飼っていた猫が死んでしまった場合は人間と同様に丁寧に葬らなければいけないという規則もありました。実際に、墓地跡の遺跡からはおびただしい数の猫のミイラや骨が発掘されています。

(『クレオパトラとエジプトの謎』 和田浩一郎(監修) 宝島社 P57) 
猫のミイラ 大英博物館蔵
猫のミイラ 大英博物館蔵

引用元:猫のミイラ Mario Sánchez CC-BY-SA-2.0

猫や人間だけでなく、鳥や犬など様々な動物がミイラにされました。

高位の人物のペットや聖獣として神殿で飼われていた動物は、専用の墓に埋葬されることもあった。また末期王朝時代以降は、神殿に聖獣と同じ種の動物のミイラを奉納するという信仰が盛んになり、そのためのミイラ生産が神殿で行われていた。奉納用の動物は神殿で飼育・処理され、参拝者たちにミイラとして販売されていたのである。その数は膨大なもので、例えばサッカラでは、100万体以上のミイラが出土している。

(『古代エジプトの埋葬習慣』 和田浩一郎(著) ポプラ社 P114)  

ミイラのその後

16世紀のフランスでは、国王フランソワ1世がミイラを「薬」として飲むなど、ミイラは万能薬扱いでした。

フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵
フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵

引用元:フランソワ1世

猫などの動物のミイラは肥料や燃料として使われましたが、和田浩一郎氏は『古代エジプトの埋葬習慣』の中で、「燃料や肥料にされた動物ミイラの大半は、このような奉納用だったと考えられる」と仰っています。

ヨーロッパに輸出された動物のミイラは、バラスト(重り)として船に積み込まれヨーロッパ各地に運ばれていった。エジプト本土でも、同様の用途でミイラが消費された。

(『古代エジプトの埋葬習慣』 P114)
主な参考文献
  • ティルディスレイ(著). 細川晶(訳). 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』. 新書館.
  • 『エジプト神話の図象学』(クリスチアヌ・デローシュ=ノブルクール(著) 小宮正弘(訳) 河出書房新社
  • 『クレオパトラとエジプトの謎』 和田浩一郎(監修) 宝島社
  • 『古代エジプトの埋葬習慣』 和田浩一郎(著) ポプラ社
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コメント

コメント一覧 (4件)

  • パンダくんさん
    コメント有難うございます。
    嬉しくて悶絶しそうです。恐縮です。恥ずかしいです。
    ただこういう縦・横に繋がって行く話が面白いというだけです。
    面白いと思ってくだされば、パンダくんさんも仲間ですね!
    猫さん綺麗ですよね。バステト様のファッションもお洒落です。数千年前にこんなセンスが「いい」とされていたんだと思うと感動です。
    よろしければまたお付き合いいただきますようお願い致します。

  • ハンナさん、こんばんは。
    ハンナさん、すごいです!(◎_◎;)すごい知識を持ってみえるんですね。
    私が今まで入ろうとしなかった世界ですが、ハンナさんの載せられてる写真と文章で「へー–ーー(´⊙ω⊙`)、ふ〜〜〜〜ん、そうなんだ(o_o)♡」と入っていくことができました。知らないことを知るって面白いです。
    猫さん、綺麗ですね〜、日本とは違う文化にもびっくり。
    あ、なんかこんな浅い感想しか書けなくてごめんなさーい(⌒-⌒; )
    これからも知らない事、教えてください。

  • しゅんさん
    有難うございます。
    ねー。粉末にして飲むわ、絵具にするわ、肥料にするわ、川に捨てちゃうわ、異文化の死者や死者の思いにまで考えが至らなかったのでしょうが、本当に罰当たりだと思います。

  • こんばんはー。
    ミイラを燃料にするなんて、日本人の思想だと
    バチが当たるような気になってしまいますね。
    文化の違い恐るべし、ですね。

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