オーギュスト・クレサンジェの『蛇に噛まれた女』とアレクサンドル・カバネルの『ヴィーナスの誕生』

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オルセー美術館にある、彫刻『蛇に噛まれた女』。この彫刻のモデルである完璧なプロポーションの持ち主はどなた?

『蛇に噛まれた女』( Femme piquée par un serpent ) 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵
『蛇に噛まれた女』( Femme piquée par un serpent ) 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

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目次

オーギュスト・クレサンジェ( Auguste Clésinger, 1814年10月22日-1883年1月5日)

オーギュスト・クレサンジェのフルネームは、オーギュスト・ジャン=バチスト・クレサンジェ(クレザンジェとも表記)といい、フランスの彫刻家です。

オーギュスト・クレサンジェ 1854年と1860年の間 ナダール撮影
オーギュスト・クレサンジェ 1854年と1860年の間 ナダール撮影

引用元:オーギュスト・クレサンジェ

作曲家フレデリック・ショパンと交流があり、彼の墓碑の彫刻家としてよく知られています。 

クレサンジェの妻は女流作家ジョルジュ・サンドの娘ソランジュでした(後に別離)。

『蛇に噛まれた女』( Femme piquée par un serpent ) 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

『蛇に噛まれた女』( Femme piquée par un serpent ) 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵
『蛇に噛まれた女』 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

引用元:『蛇に噛まれた女』 Arnaud 25

『蛇に噛まれた女』 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵
『蛇に噛まれた女』 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

引用元:『蛇に噛まれた女』(前面) Arnaud 25

『蛇に噛まれた女』 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵
『蛇に噛まれた女』 1847年 オーギュスト・クレサンジェ オルセー美術館蔵

引用元:『蛇に噛まれた女』 Rama CeCILL CC-BY-SA-2.0-FR

薔薇の褥の上、激しく身をよじる女性。

その手首には蛇が巻き付いています。

蛇と美女の組み合わせは古代エジプトの女王クレオパトラを思わせますね。

『蛇に噛まれた女』のモデル マダム・サバティエ(1822または1823年4月8日-1890年1月3日)

この彫刻のモデルとなったのは、高級娼婦のアポロ二―・サバティエ(またはアポロニエ Apollonie Sabatier)でした。

アポロ二―・サバティエ ヴァンサン・ヴィダル画 コンピエーニュ城美術館蔵
アポロ二―・サバティエ ヴァンサン・ヴィダル画 コンピエーニュ城美術館蔵

引用元:マダム・サバティエ

『北欧版 エロスの歴史 第4巻ヴィクトリア朝時代』では、19世紀(前半?)、

この時期には、だいたい純粋な好色文学が貧弱であったが、好色芸術のほうはなかなか盛んであった。

オーヴ・ブリュセンドルフ・ポール・ヘニングセン(著). 大場正史・宮西豊逸(訳). 1962-7-12. 『北欧版 エロスの歴史 第4巻ヴィクトリア朝時代』. 二見書房. p.127.

と述べ、ジョルジュ・サンドと関係のあったミュッセの『ガミアニ』を挙げた後、

 《ガミアニ》と多少とも似ているのは、テオフィユ・ゴティエ(一八八一-七二年。フランスの作家。)の《モパン嬢》(一八三三年刊)や、お上品ぶった階級のエロティシズムをずばりとえがいた《この人あの人ー若いフランスの熱狂的な人たち》(一八五三年刊)であるが、後者は検閲官に押収された。ゴティエはまた《議長への手紙 ー イタリアの旅路》(一八五〇年刊)の作者ともされている。これは「議長」と呼ばれるパリの若い女性あてに、旅路のことをたいへん色好みに語った作品である。

 この淑女に、ボードレールも一連の詩をささげている。彼女はマダム・サバティエといって、フロショ街で優雅な暮らしをいとなんでいて、邸へは芸術家たちだけを迎えいれていた。

オーヴ・ブリュセンドルフ・ポール・ヘニングセン(著). 大場正史・宮西豊逸(訳). 1967-7-12. 『北欧版 エロスの歴史 第4巻ヴィクトリア朝時代』. 二見書房. pp.136-137.

彼女のサロンの常連には、前述の作家テオフィル・ゴーティエ(ゴチエとも表記) 、小説家ギュスターヴ・フローベール(フロベールとも表記)、詩人シャルル・ボードレールや彫刻家クレサンジュ、画家のマネやドレもいたようです。

マダム・サバティエは恋愛遊戯より、取り巻きが繰り広げる活気に満ちた議論を好んで聞きたがったため、周囲からは「議長」と呼ばれるようになりました。

そしてゴティエの覚え書きから判断すると、彼女はそのあだ名を受け入れ、気品たかく、圧倒的な魅力をたたえていた。

オーヴ・ブリュセンドルフ・ポール・ヘニングセン(著). 大場正史・宮西豊逸(訳). 1962-7-12. 『北欧版 エロスの歴史 第4巻ヴィクトリア朝時代』. 二見書房. p.137.

マダム・サバティエは、一時期ですが、クレサンジェの愛人でした。

 作品は、アポロ二―の体から直接に石膏で型を取り、顔のみクレサンジュが古代ギリシア彫刻のヴィーナスふうにアレンジしたという。題名の『蛇に噛まれた女』というのは単なる口実で、花をちりばめた台座の上にそり返るヌードが、性的な絶頂感に身悶えしていることは誰の目にも明らかである。

 モデルのアポロ二―が当時知らぬ人のない美貌の高級娼婦で、しかも作者の愛人となれば、この作品の目的は明白。世の男どもが夢見てやまない絶世の美女の、ベッドでの姿を描いてみせること以外にない。

西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス. p.48.
マダム・サバティエの胸像 1847年 クレサンジェ
マダム・サバティエの胸像 1847年 クレサンジェ

引用元:マダム・サバティエの胸像 PRA CC-BY-SA-4.0

『ヴィーナスの誕生』( Naissance de Vénus ) 1863年 アレクサンドル・カバネル オルセー美術館蔵

『ヴィーナスの誕生』( Naissance de Vénus ) 1863年 アレクサンドル・カバネル オルセー美術館蔵
『ヴィーナスの誕生』 1863年 アレクサンドル・カバネル オルセー美術館蔵

引用元:『ヴィーナスの誕生』

オルセー美術館の解説はこちらです。

アレクサンドル・カバネルの『ヴィーナスの誕生』は、『蛇に噛まれた女』の15年後に制作されました。 

『絶頂美術館』著者の西岡氏は、同じオルセー美術館にあるカバネルの絵画『ヴィーナスの誕生』を挙げ、クレサンジェの彫刻をこのように仰っています。

 古代ギリシア・ローマの彫刻にならって理想化されるのが通常であった当時のヌードの常識を破り、生身の女性のリアルな官能性を描写、一世代後輩のカバネルが活躍することになる一九世紀なかばのパリ画壇の作風の先駆けとなっている。

西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス. p.48.
自画像 1852年 アレクサンドル・カバネル ファーブル美術館蔵
自画像 1852年 アレクサンドル・カバネル ファーブル美術館蔵

引用元:自画像

アレクサンドル・カバネル( Alexandre Cabanel, 1823年9月28日-1889年1月23日)は、19世紀のフランスの画家です。

空中にキューピッドがいることで、このカバネルの絵の女性は女神ヴィーナスであることがわかります。

白い裸身のほの赤さと、こちらに向ける眼差しが何ともセクシーなのですが、よく言及されるのが、このヴィーナスの爪先です。

全体的に気だるい感じが漂うのにも関わらず、緊張状態にあるような、反りかえった爪先。

この意味するところ、それは、

 画面の表向きの主題を生まれたばかりの美の女神としながらも、生まれたばかりとも思えぬ意味ありげな流し目で描く表情も、そのことを裏付けている。

 女神ヴィーナスの誕生というテーマとはうらはらに、この絵は明らかに成熟した女性の性的なエクスタシーを描いているのである。

西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス. p.30.

「新古典主義」「ロマン主義」

カバネルは当時のフランス皇帝ナポレオン3世のお気に入りの画家でした。

この時期のフランス美術は、カバネルの絵画のような甘美な作風が好まれました。

ナポレオン3世(1808年4月20日-1873年1月9日) 1865年 アレクサンデル・カバネル 
ナポレオン3世(1808年4月20日-1873年1月9日) 1865年 アレクサンデル・カバネル

引用元:ナポレオン3世

初代のナポレオンが活躍した一九世紀初頭の美術は、「新古典主義」と呼ばれ、古代ギリシア・ローマの彫刻のように理想化された非現実的なまでに美しくなめらかなヌード表現を好んでいる。クレサンジュはこの二つの帝政期の間に位置する彫刻家で、新古典主義を学んだうえで、ナポレオンの死後の七月革命・二月革命の激動期に活躍したドラクロワらに代表される「ロマン主義」の激情的な表現も取り入れ、やがて到来することになる第二帝政期の古典に名を借りた煽情的な作風を予見していたことになる。

 この彫刻がとった大評判は、一世代後のカバネルも知っているはずなので、『ヴィーナスの誕生』のポーズ等に直接の影響を与えている可能性もある。

西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス. p.49.

アングルに代表される新古典主義と、ドラクロワに代表されるロマン主義。

アングルの『ルイ13世の誓願』とドラクロワの『キオス島の虐殺』は、1824年の官展に出品されました。

アカデミーの重鎮となったカバネルは、サロンでマネ(印象派の画家)の絵を展示することを拒否します。

しかし、その後マネやモネ、セザンヌたちの作品が近代美術史の「本流」になり、カバネルやウィリアム・ブグローたち「サロン勢力」は次第に忘れ去られていきました。

クレサンジュの『蛇に噛まれた女』が、いわゆる美術史の教科書に掲載されないのはわかる気がしますが、カバネルの作品があまり載らないのは、例えば『ヴィーナスの誕生』がエロティックであるということ以外に、様々な事情があるのかも知れませんね。

『絶頂美術館』

クレサンジェ好き、カバネル好きの方、もっとよく知りたい方はぜひ『絶頂美術館』をどうぞ。

今回私が参考にさせていただいたのは2008年度版です。

画像をクリックすると Amazon のサイトに移行します。

『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』(2008年) 西岡文彦(著) 『絶頂美術館―名画に隠されたエロス』(2011年)
主な参考文献
  • オーヴ・ブリュセンドルフ・ポール・ヘニングセン(著). 大場正史・宮西豊逸(訳). 1967-7-12. 『北欧版 エロスの歴史 第4巻ヴィクトリア朝時代』. 二見書房.
  • 西岡文彦(著). 『絶頂美術館 名画に描かれた愛と情熱のクライマックス』. マガジンハウス.
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コメント

コメント一覧 (4件)

  • 蝶々様
    いつもお優しいコメントを有難うございます。
    私はこういうものが好きで高校生くらいから一生懸命見て来ましたが、「今日初めてこの記事を見て、ちょっとこの人物に(この絵に/この彫刻に/この事件に)興味を持った」という方がいるといいなあと思って書いています。
    補足説明をし過ぎると今度はすっごく長くなってしまいますので少しで切り上げたりしますが、今度は説明不足かなと反省することもしばしばです。
    でも蝶々様の「知れば知るほど~深い」というのは仰る通りです。そう仰っていただければ、もうそれで今日の私は嬉しいです。
    今回も読んでくださって有難うございました。

  • schun様
    コメント有難うございます。
    むっ、いい勘してらっしゃる。
    実はこの記事は途中で切り上げましたが、なぜ切り上げたかと言いますと、近いうちに別記事で『ヴィーナス誕生』を取りあげようと思ったんですねぇ。
    これ以上はネタバレですので、止めておきます(笑)。
    今回も有難うございました。

  • おはようございます!!
    本当にいつも詳しくてわかりやすくて勉強になります🌸
    知れば知るほど色々な意味で深いですね🍀

  • ビーナスの誕生って聞くと、ついボッティチェッリの作品を思い出してしまうんですが、こういった作品もあるんですね。
    また、ボッティチェッリと全く違う構図で有る意味新鮮でした。o(^o^)o

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