ド・トロワの『愛の告白』、18世紀の貴族男性の優雅なファッションをどうぞ。

『愛の告白』( Die Liebeserklärung ) 1731年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

引用元:『愛の告白』
ジャン=フランソワ・ド・トロワ(Jean François de Troy、1679年1月27日-1752年1月26日)

引用元:自画像
ジャン=フランソワ・ド・トロワはロココ時代のフランスの画家です。
パリの美術アカデミー教授を経て、ローマのフランス・アカデミー会長に就任します。
『世界服飾史』では、ド・トロワの『愛の告白』を挙げ、
18世紀初期、ルイ14世治世末期から広がったジャケットの裾は、腰の部分に扇状の襞がついてさらに広がり、袖口は長く幅広い折り返しのカフスが付いていた。
(『世界服飾史』 深井晃子(監修) 美術出版社 P87)
と述べています。
続いて、
その下に着たヴェストの丈は長く、はじめは長袖が付き、前身頃と袖口にのみ刺繍などの装飾が施されていた。やがて、ジャケットはアビと新しい名称で呼ばれ、全体に軽やかに細身になる。と、同時にヴェストの袖がなくなり、丈も短くなって、ジレと呼ばれるようになる。
鮮やかな色彩、美しい刺繍、ジャボやカフスに使われた高価なレース、おしゃれのポイントだったボタンなどが、ロココの粋な男たちを仕上げるのになくてはならなかった。18世紀、刺繍はむしろ紳士服にその美しさを発揮し、特にアビ・ア・ラ・フランセーズのジャケットとジレには金・銀糸、シークイン、多彩な絹糸、模造宝石などがたっぷりと刺繍されていた。当時のパリには刺繍工房が数多く存在し、この様子は1762年に出版されたディドロの『百科全書』にも紹介されている。あらかじめ刺繍されたアビやジレ用の布地が、注文主の好みによって選ばれ、その後、裁断、縫製するという工程で制作された。
(『世界服飾史』 P87)
刺繍に模造宝石…。聞いただけでも超豪華そうですね。
下は本文内に名前が出てきたドゥニ・ディドロ( Denis Diderot, 1713年-1784年)の肖像です。
ディドロはフランスの哲学者、作家。『百科全書』を編纂しました。

引用元:ドゥニ・ディドロの肖像 ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー
肖像画家は、画家のヴァン・ロー一家のルイ=ミシェル・ヴァン・ロー( Louis-Michel van Loo )です。
アビ・ア・ラ・フランセーズ( habit à la française、宮廷風の紳士服)
この頃の紳士服「アビ・ア・ラ・フランセーズ」、実際に着用してみるとこのような感じでしょうか。

引用元:着装例(マネキン)
ジュストコールからアビへ
ルイ14世の治世の後半、男性はジュストコール( justaucorps )と呼ばれる膝まで届く長い上着を着用していました。

前を閉じて着ているため、その下に着ているヴェストは見えません。
これに短いズボンと、ズボンに固定するハイソックス、そして首には「レースのついた頸巻き」を巻きます。
(参考:『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』p.79.)
上着とヴェストの裾に蝋引き布、クラン〔植物繊維〕か紙で芯地を入れるようになったため、臀部が婦人のフープスカートのウエストのように、高く上がった。それで上着の前が空き、ボタンで留めないようになり、長い裾を持っているため、太腿の半ばまでとどいていたヴェストが見えるようになった。上着の袖は肘のところで広い折り返しになっていて、そこから下着の袖が手首まで広がり、端にレースのカフスがついていた。1730年ころになって初めて、半ズボンをハイソックスの上で留め金でとめるようになり、そこから1770年ころまで着ることになるコスチュームが生まれた。
『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』. 河出書房新社. p.79.
前を留めていた上着の前が開くようになりました。
下に着ていたヴェストの袖は無くなり、ジュストコールの名称も「アビ( habit )」に変わります。
フランス発の華やかなものを「アビ・ア・ラ・フランセーズ」と呼ぶようになりました。
シルエットはより女性的になり、膝丈で裾広がりになりベストを見せるのが一般的だった。サテンやビロード、ブロケードの絹織物には部分的に刺繍や飾り紐、金箔といった装飾が施された。ボタンは大きなものは直径5,6㎝ほどあり、金糸や銀糸の刺繍が施されたものが多い。
『世界服飾史のすべてがわかる本』 能澤慧子(監修) ナツメ社 P90
ブロケードの例
ブロケードとは絹紋織物の総称で、日本では錦にあたります。

引用元:1751-1752年頃の絹織物
ドレスの刺繍ですが、美しいですよね。
ヴェスト( vest )
上着の前を留めずにヴェストを見せるようになったため、ヴェスト(ウェストコート、waistcoat )には贅沢で美しい刺繍が施されるようになりました。

上は1700年代前半の、袖が付いています。
下は1700年代後半のもの。袖なしです。

1780-1790年 フランスの男性用ヴェスト、絹製 CC-Zero
美術館の解説はこちらです。
絵画の中の着装例

引用元:『男性の肖像』
イングランドの肖像画家トマス・ハドソンが描いた肖像画ですが、立ち姿のためド・トロワの絵より上着着装時の全体がわかり易いですね。
キュロット(culotte)
キュロット( culotte )、半ズボンです。
それまではいくらかゆったりしていた半ズボンですが、1780年以降にぴったりしたものが流行し、太腿の形が浮き出るようになりました。
(参考:『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』.p.83. )
キュロットは脚にぴったりとしたものが優美とされた。また、素材はアビとコーディネートできる布が選ばれることが多く、サイドに2ヵ所縦に開いた部分が留められた。18世紀初頭には膝上丈であったが、18世紀半ばには膝下丈になった。
(『世界服飾史のすべてがわかる本』 P90)

引用元:シャルル・アレクサンドル・ド・カロンヌの肖像 ヴィジェ=ルブラン
マリー・アントワネットの肖像画を描いたエリザベート・ヴィジェ=ルブラン夫人による、フランスの財務総監カロンヌです。
キュロットの様子、脚線美がわかりますね。
ジャボ( jabot )
18世紀の正装の仕上げは頸巻きとカフスです。
下の男性が着る、17世紀の男性のファッションをご覧ください。

引用元:コルベールの肖像
コルベールは、重商主義政策で知られるルイ14世の財務総監です。
首、手首がレースで豪華に飾られていますね。
この豪華な頸巻きは、やがて「ジャボ」のひだ飾りに代わります。

引用元:ジャボ
カフス( cuffs )
手の甲にまで縁取りのあるレースの幅広く長いカフスのためには、大変ぜいたくをした。
(『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』 P85)
1792年、ルイ16世は57対のレースのカフスを持っていました。
上のカロンヌの袖口も大変美しいものですよね。
この頃のデザインですが、「ゆたかでやわらかな装飾模様」のルイ15世時代から、「シンプルデザイン」のルイ16世様式に変化していきました。
18世紀の半ばには、まだ、つる模様が渦巻き、花や鳥、いるかや昆虫、おどけたようで生気にあふれるシノワズリー(中国趣味)がレースのデザインにあらわれていたが、1760年には袖口飾りから花模様がとり除かれ、1766年には、ふち飾りも花束模様もさらに小さくなってしまった。
(『手芸が語るロココ レースの誕生と栄光』 飯塚信雄(著) 中公新書 P97)
下に挙げた画像はド・トロワの絵画ですが、男性服に施された刺繍がとっても綺麗(*’▽’)。
カフスやヴェストの裾もぜひご覧になってくださいませ。
ド・トロワの絵画
『警告(忠実な家政婦)』( The alarm ) 1723年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ ヴィクトリア&アルバート美術館蔵

引用元:『警告(忠実な家政婦)』
恋愛の情景を描いた作品です。
この作品は偽造された署名により、最初のうちワトーの作と考えられてきた。オリジナルの署名・年記が発見されたのは1890年頃である。この他にも1720年代にさかのぼるド・トロワによる類似のカップルと背景が描かれた「風俗画」が現存している。
(『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91))
銅版画家シャルル=二コラ・コシャンの制作した版画には『忠実な家政婦』とタイトルが付けられ、以下のような詩句が説明としてある(出典はなし)そうです。
お逃げなさい、アイリス、お逃げなさい。
ここにいては危ないわ。
あなたは、水の冷たさを求めているけれど、恋人の口説から心を守りなさい。
でも、もう二人には消し難い火が燃えている。
銅版画に詩句が添えられているにもかかわらず、この種の多くの作品と同様、おそらくは故意に、主題がぼかされている。しかし、ヒロインのポーズを投影された裸像彫刻、部屋着のままのヒロイン、そして冷たい泉、殊に彫刻の施された噴水口からの水の噴出が象徴するもの、これらはここに描かれている情景の性格を明確に伝えている。
(『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91))
リボンが付いてはいますが、ちょっと地味な女性の衣装に対し、訪ねてきたであろう男性の衣装、特に上着の下の美しい色のヴェストに目が行ってしまいます。
華やかな袖口の飾りも、ド・トロワが活躍したルイ15世の時代をあらわしているようです。
『牡蠣の昼食』( Le Déjeuner d’huîtres ) 1735年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ コンデ美術館蔵

引用元:『牡蠣の昼食』
『牡蠣の昼食』もルイ15世時代の男性ファッションの宝庫ですね。
上着に施された刺繍が素敵です。
『狩の食事』( Un Déjeuner de chasse ) 1737年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ ルーヴル美術館蔵

引用元:『狩の食事』
- 『世界服飾史』 深井晃子(監修) 美術出版社
- 『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』 マックス・フォン・ベーン (著) イングリート・ロシェク (編集) 永野 藤夫 / 井本しょう二 (翻訳) 河出書房新社
- 『世界服飾史のすべてがわかる本』 能澤慧子(監修) ナツメ社
- 『手芸が語るロココ レースの誕生と栄光』 飯塚信雄(著) 中公新書
- 『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』(1990-91)
コメント
コメント一覧 (10件)
パンダ様
刺繍実物もすごい技術だと思いますが、それを絵で表現するのもすごい技術ですよね。絹の光沢、刺繍、レース…凄すぎて目眩がします。
ロココの貴族たちの服はかなりお洒落だったんだな~と改めて思います。『警告』の男性の上着とヴェストの色の合わせ方がステキ。
今回も読んでくださって有難うございました。
ハンナさん、こんにちは。今日も美しいものを見せていただきましたヽ(*´∀`)それにしてもドレスや服の刺繍が刺繍とわかるように描く技術って、素晴らしすぎて「ほえ〜(´⊙ω⊙`)」ってなります❣️女性のドレスだけではなく男性の服もおしゃれですね〜。
時代によってファッションは違って、いつか私たちが来ている服も歴史になるのでしょうね。
しゅん様
今回もコメント有難うございます。
あの青いヴェスト、刺繍も色も素敵ですよね。さらっとあれを着ていたのは一体誰だったのでしょう。
バイクのジャケット、爽やかでいいと思います!でも、そういえばあんな感じの色を着ているひとって見かけませんね。
なんでかな?
次回もまたよろしくお願い致します。
まーたる様
今回もド・トロワの絵について書いてしまいました。
だって、好きなんですもん。男性の、あの求愛の態度、表情、そしてファッション。
『警告(忠実な家政婦)』の彼のヴェストなんて、美し過ぎて泣きそうです。
『愛の告白』は何といってもヴァトー・プリーツです。
そして、仰る通り絵に「物語」を感じますよね。『警告』の女性はなぜあの姿で、あの場所で男性と密会していたのでしょう。
続きが知りたいです。
今回も読んでくださって有難うございました。
蝶々様
コメント有難うございます。
この時代の贅を尽くしたファッションって本当に溜め息ものですよね。
髪形は、現代の我々から見るとちょっとどころではなくかなり変…いえ、とても興味深い形です。
今回、敢えて髪型はやりませんでした。
髪形はそのうち別記事で書きたいと思っています。
どうかまたよろしくお願い致します。
こんばんはー。
青いベストの実物が出ていましたが、とても
きれいな青で吸い込まれそうな色合いでした。
昔でもこんな色が出せたんですね。
バイクのジャケットにもあの色が欲しいです。(笑)
schun様
施された刺繍もスゴイですが、絵に描く方もですよね。一体どれくらい時間をかけて描いたのでしょう。
ロココの服といえば、すぐ女性ファッションを想像してしまいますが、男性の上着やヴェストも素敵です。特にド・トロワの描く男性はいいセンスだなといつも思います。
今回も見てくださって有難うございました。
こんばんは(о´∀`о)
この時代の服はつい女性のドレスに目が行きがちなんですが、男性の服も細部までこだわりのある素敵な色味の服が多いんですね❗️
上着と中のヴェストの色合いも素敵(*☻-☻*)
女性だけでなく男性もオシャレな時代なんですね〜
(●´ω`●)
『警告(忠実な家政婦)』、ドレスやヴェストの描き方も繊細で、その表情も恋愛の情景が浮かんできて、親に秘密の密会なのかしら、恋の炎が燃え上がってるのかしらとか、いろんな想像をして観ることができて本当に楽しいですねヽ(*^ω^*)ノ
今日もまた楽しく勉強できました❗️
ありがとうございます(*´∀`*)
昔の人の洋服って本当に素敵ですね😁
髪型は・・・ちょっと面白いけど😫✨
こんばんは。
いろいろなお洋服があるんですね。
男性でもこんなにってびっくりしました。(笑)。
忠実な家政婦も忠実ですね~。
いろんな視点があって、面白いなって思いました~。
それにしてもいつも思いますが、どうやったらこんなに繊細に、本物のようなお洋服の絵になるんでしょうね。