フェルメールの『地理学者』が着るは「ヤポンス・ロック」

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フェルメールの絵画『地理学者』。絵のなかの男性が着ているガウンの正体とは?

『地理学者』( The Geographer, 1669 ) 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵
『地理学者』( The Geographer, 1669 ) 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵
目次

『地理学者』( The Geographer, 1669 ) 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵

『地理学者』( The Geographer, 1669 ) 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵
『地理学者』 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵

引用元:『地理学者』

シュテーデル美術館:The Geographer, 1669

早速ですが、絵の中の「地理学者」が着ているガウンをご覧ください。

『地理学者』 1669年 ヨハネス・フェルメール シュテーデル美術館蔵
『地理学者』 ヨハネス・フェルメール

引用元:『地理学者』

「ガウン」と思うと「うん。ガウンね」でそのまま終わりそうですが、我々日本人には何か妙に馴染むものがありませんでしょうか。 

あら?ウチのお父さんが冬になると着ているわ?という方、いらっしゃいませんか。または、え?わたし、冬はこれと決めているけど、とか。

そう、丹前(たんぜん)とか半纏(はんてん)とか褞袍(どてら)と称する「和」の防寒着です。

ヨハネス・フェルメール( Johannes Vermeer, 1632年10月31日?-1675年12月15日)

フェルメールの自画像?『取り持ち女』(1656年)の左端の人物
フェルメールの自画像?『取り持ち女』(1656年)の左端の人物

引用元:フェルメールの自画像?

ネーデルラント連邦共和国(オランダ)の画家フェルメールは、本名をヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト( Jan van der Meer van Delft )といい、大きな真珠の耳飾りをつけた少女の絵がよく知られています。

『真珠の耳飾りの少女』 1665年頃 フェルメール マウリッツハイス美術館蔵
『真珠の耳飾りの少女』 1665年頃 ヨハネス・フェルメール マウリッツハイス美術館蔵

引用元:『真珠の耳飾りの少女』

日本とオランダとの関係

15世紀末以降のネーデルラント(オランダ)はスペイン・ハプスブルク家の領土でした。

1568年のオランダ独立戦争を経て、1648年のヴェストファーレン条約で独立を承認され、17世紀のオランダはまさに絶頂期を迎えます。

世界初の株式会社であるオランダ東インド会社が1602年に設立され、アジアとの交易にも乗り出します。

日本との関係も深く、1639年にオランダ商館長のフランソワ・カロンが江戸にやって来ます。

フランソワ・カロンは幕府の閣僚に、それまで日本が貿易を行って来たポルトガルに代わってオランダと貿易をするように主張しました。

鎖国政策を取る日本において、オランダはヨーロッパ諸国の中で唯一外交関係を保ちます。

出島を通じ、ヨーロッパの文化・学問が日本に入って来ました。

フェルメール作品に描かれた舶来品の数々

フェルメールの絵の中には、楽器、絨毯、コンパス、地球儀、家具などが描き込まれています。

こうした「もの」達から、当時のオランダの繁栄ぶり、オランダが世界貿易の中心にあったことがわかります。 

中野京子氏の著書にも同じ様な記述があります。

 フェルメール描く地理学者(モデルは特定されていない)はそんな絶頂期のオランダに生き、国際海洋貿易に関連したさまざまな小物に取り囲まれている。

  まずは背後の物入れの上に置かれた地球儀、壁に掛けられた地図、右下の低い机上にある直角定規。また地理学者は右手にコンパスを持ち、テーブルに大きな海図を広げている。手前の絨毯じゅうたんはオリエンタル風なので、輸入品であろう。床と壁の仕切りには巾木はばきの替わりにタイルが一列に並べられているが、これは地元特産品デルフト焼きだ。

中野京子(著). 2016-4-23. 『名画に見る男のファッション』. 角川書店. p.50.

舶来品に囲まれた生活。今の私たちもそうですよね。

地理学者の男性が着ている厚手のガウンも、どうも「輸入品」っぽい感じです。

当時オランダの富裕層や知識人の間では、日本の着物がヤポンス・ロックと呼ばれて愛用されていたというのだ。人気がこうじて、模造品まで生産された由。きっとエキゾティックだと思われたのだろう。

中野京子(著). 2016-4-23. 『名画に見る男のファッション』. 角川書店. p.51.

「ヤポンス・ロック(日本風上着)」ですが、オランダ語の Wikipedia には「Japonse rok 」のページがあり、キモノっぽいものを着た男性の肖像画を見ることが出来ます(ちなみに、英語版に切り替えると、「Banyan (clothing)」となります)。

アイザック・ニュートン(1643年-1727年)の肖像 1709年から1712の間に描かれたもの ジェイムズ・ソーンヒル画
アイザック・ニュートン(1643年-1727年)の肖像 1709年から1712の間に描かれたもの ジェイムズ・ソーンヒル画

引用元:ニュートンの肖像

ドイツ語で「ロック」と言えば、「スカート」( Rock、男性名詞)、オランダ語でも「rok」、「スカート」です。

ドイツ語はもうほとんど忘却の彼方、オランダ語は昔ほんの少~し勉強しただけなので詳しくありません。すみません。

「スカート」以外の意味として、下記のサイトに「Rock(ドイツ語)  名詞 2.(古)長いジャケット」とあり、例文と和訳がありましたので参考までに載せておきます。

Er trug einen Rock.
彼は、長いジャケットを着ていた。

Rock – ウィクショナリー日本語版

名画に見る男のファッション

男らしさ、女らしさの定義って、時代や風習によって全然違いますよね。

女性が男性の格好をすることが受け入られない時代も過去にはありました。

また、「脚線美」「ハイヒール」「レース」と聞くと女性の衣装を想像しがちですが、かつてそれらは男性のものでした。

男性ファッションの変遷、面白いですよ。

『天文学者』( L’Astronome ) 1668年 ヨハネス・フェルメール ルーヴル美術館蔵

『天文学者』( L'Astronome ) 1668年 ヨハネス・フェルメール ルーヴル美術館蔵
『天文学者』 1668年 ヨハネス・フェルメール ルーヴル美術館蔵

引用元:『天文学者』

ルーヴル美術館:L’Astronome

窓から差し込む光は、真理の光なのでしょうか。天球儀に右手を置く「天文学者」の絵です。

天文学者が見つめる天球儀は、窓から差し込む淡い光を受け、ところどころ輝いている。このきらめくような光の反射は小さな白い点で描かれており、繊細なフェルメールの表現技法が細部にまで見てとれる。背景の壁には『旧約聖書』の預言者・モーゼを主題とする絵が飾られ、当時の天文学が宗教的な世界観と密接に関わっていたことを示している。

「大人が観たい美術展 2015」. p.13.

『フェルメールの世界 17世紀オランダ風俗画家の軌跡』(NHKブックス)では、「『天文学者』の窓に向かって置かれた机を覆うタペストリーを飾るのは、流暢な筆致で描き出された植物文様である」とあります。

上の『地理学者』のものとは少しテイストが違いますね。

こちらの学者さんもヤポンス・ロックをお召しのようです。

この世に30数点しか存在していないフェルメールの絵画のうち、男性がモデルになっているのはこの『地理学者』と『天文学者』なのですが、

 この2作はフェルメールが洗練を極めた1660年代に描かれた作品で、構図や学者の風貌など共通点が多く、対をなしていたと推測する研究者もいる。18世紀に行われた競売で、実際に2作は対画として扱われていたが、18世紀末に別々に所有されるようになった。

 17世紀において天文学と地理学は密接な関係にあり、この絵をフェルメールに依頼した人物は、自然科学に精通した学者だったのではと推察される。しかし、モデルの存在には諸説あり、オランダの哲学者・スピノザやフェルメール自身とする説もある。

「大人が観たい美術展 2015」. p.13.

スピノザか、または画家本人か。

『地理学者』『天文学者』のモデルでは? とされる一人、オランダの科学者、アントニ・ファン・レーウェンフックです。

「微生物学の父」アントニ・ファン・レーウェンフック(1632年10月24日-1723年8月26日) Jan Verkolje画
「微生物学の父」アントニ・ファン・レーウェンフック(1632年10月24日-1723年8月26日) Jan Verkolje画

引用元:アントニ・ファン・レーウェンフック

レーウェンフックは発明した顕微鏡を使い、人間の赤血球や毛細血管、単細胞生物、バクテリアなどを発見しました。

この方も知識人ファッションの最先端、ちょっと高級そうなヤポンス・ロックを着ておられませんか?

フェルメールには他にも『真珠の耳飾りの少女』など、人気のある絵画があり、これらの学者さんたちの絵は少し地味めなのか、「後回し」になってしまう感があります。

しかし、地球儀や天球儀、地図・海図、コンパスなどの小道具、彼らが着ている衣裳から、黄金期のオランダに生きる知識人たちの興味や関心事が伝わって来るようです。

これらの絵画の中に出て来る東洋磁器や着物の存在に気付いた時、日本史で習ったオランダとの関係に改めて思い至り、「世界は案外近い」ととても浪漫を感じるのですが、いかがでしょうか。

浪漫とはまったく関係ないですが、私は冬の、炬燵と緑茶と蜜柑と綿入れ半纏の組み合わせが死ぬほど好きです。 

主な参考文献
  • 深井晃子(著). 『ファッションから名画を読む』.PHP新書.
  • 中野京子(著). 2016-4-23. 『名画に見る男のファッション』. 角川書店.
  • 男の隠れ家 時空旅人別冊. 「大人が観たい美術展 2015」
  • 小林頼子(著). NHKブックス. 『フェルメールの世界 17世紀オランダ風俗画家の軌跡』.
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