今回は、数多くあるエリザベス1世の肖像画から6点を選んでみました。
イングランド女王エリザベス1世『ペリカン・ポートレート』( Pelican Portrait ) 1575年頃
女王の胸に輝く「ペリカン」のブローチ。
3匹の雛たちに、自分の胸をつついて流した血を与えているところです。
これは自らを犠牲にするキリストを表していて、「十字架に掛かったキリストの象徴であると同時に慈愛の象徴」だということです。
女王が身に着け、手で指し示すことで、「国と結婚し、国に身を捧げた自分」を表しているのですね。
くちばしで胸をつつき、3匹の雛たちにその血を与える白いペリカン。国家に身を捧げた自分を象徴するこのブローチをご覧、と言わんばかりに、女王が左手でペリカンを示している。キリストの磔刑図では、十字架のてっぺんにこのブローチと同様の絵が描かれることもある。
木村泰司(監修). 『名画の美女 巨匠たちが描いた絶世の美女50人』. 洋泉社. p.80.
女王の顔には陰影がありません。
白い肌は美人の条件でしたが、能面のような印象で、のっぺりした感じがしますね。
40代になったあたりから、エリザベス女王は、肖像画のなかの自分の顔に陰影をつけさせませんでした。
「女王が年を取っていくと、国民が不安になるから」という理由で、顔のシワを描くことを禁じたのです。
首元は、首のシワを隠すようなレースのラフ。
肩や袖に白くぷくぷくしたものが見えていますが、これは衣装に切り込みの間から、下に着たリネンなどを引っ張り出して見せているのです。
顔ののっぺり感とは対照的に、ルビーなどの宝石がふんだんに縫い付けられた衣装はとても豪華で目が眩みそうです。
使われている真珠はエリザベスの処女性を表現し、「国家・国民と結婚し独身を通した」処女王・エリザベスを示しています。
『フェニックス・ポートレート』( Phoenix portrait ) 1575年頃
引用元:『フェニックス・ポートレート』
こちらは「再生」「純潔」を象徴する、「伝説の鳥」フェニックスです。
真珠や宝石、まばゆい金糸で、フェニックスが何処にあるのか一瞬わからない程ですね。
エリザベスが手にしている赤薔薇は、エリザベスの出身であるテューダー家のシンボルです。
引用元:『フェニックス・ポートレート』
引用元:『フェニックス・ポートレート』
1575年頃の肖像画 ( Darnley Portrait )
引用元:1575年頃の肖像画 ( Darnley Portrait )
女王41歳頃の肖像画。
この姿が後の肖像画のお手本になりました。
もうシワは描かれず、絵の中の女王は年を取りません。
若く美しい処女王のままです。
自慢だった手も変わらず白く長く、美しいです。
エリザベスはこのように様々なモチーフを使って、自分のイメージを演出、自分を神格化して行きました。
『虹の肖像』( Rainbow Portrait ) 1600年頃
引用元:『虹の肖像』
年を取らないことになっている女王の、 『虹の肖像 レインボウ・ポートレート』です。
オレンジ色のガウンには眼と耳、左腕には王冠をかぶり赤いハートをくわえる蛇が施されている。赤いハートは正義を司る者の言葉、蛇は慎重のシンボル。無数の眼で世界のすべてを見、無数の耳ですべてを聞く女王が表されている。虹をもつ右手の上には「太陽なくして虹はない」と記され、太陽は女王、虹は平和、右衿上のガントレットは忠誠の象徴とされる。
石井美樹子(著). 『イギリス王室1000年史』. 新人物往来社. p.95.
引用元:袖の蛇
右の衿に甲冑っぽい「手袋」がありますが、これが「ガントレット(Gauntlet)です。
引用元:『虹の肖像』
王女時代の肖像画 1546年頃
引用元:13歳のエリザベス
プロテスタントらしい、控えめなドレスですが、非常に手の込んだ装飾です。
胸部を美しく見せるため、襟元は四角く大胆に開いている。腰を細く見せるコルセット、下に着た刺繍スカートをよく見せるAラインのドレスも、16世紀半ばのテューダー朝期に流行したデザイン。
木村泰司(監修). 『名画の美女 巨匠たちが描いた絶世の美女50人』. 洋泉社. p.78.
エリザベスが被っている帽子は、彼女の生母であるアン・ブーリンがフランスからイングランド宮廷に持ち込み、流行させたものです。
下の肖像画の帽子とよく似ていますね。
このような帽子は髪の毛を真ん中で分けてかぶります。
引用元:アン・ブーリン
エリザベス王女の髪もきちんと真ん中分けされていますよね。
即位時の衣装 1559年
エリザベスは25歳で即位しました。
王杓、宝珠を手にし、白貂(オコジョ)の毛皮のガウンを纏っているこの絵は、失われた1559年の原画の複製のようです。
あしらわれている花は、テューダーを象徴する薔薇です。
蛇が塗りつぶされた、1575年頃(-80年)の肖像画
引用元:エリザベス1世
エリザベス1世の『虹の肖像』のなかには「蛇」が描かれていますが、描いた後で塗りつぶしたという絵画もありました。
女王の右手に描かれていたようです。
『16世紀に描かれたエリザベス1世の肖像画に秘められたヘビが姿を現す – GIGAZINE』の記事と画像をお借りしていますが、
ナショナル・ポートレート・ギャラリーの発表によると、ヘビは全体的に黒色で、緑がかった青色のウロコを持っていて、ほぼ確実に写生でなく想像で描かれたものであるとのことです。
ヘビは英知や分別、道理にかなった判断などの象徴として描かれることもありますが、同時にキリスト教ではサタンや原罪への結びつきもあります。このアレゴリーの多義性が、ヘビが肖像画から消されることとなった理由だと考えられるそうです。
また、エリザベス1世の肖像は別の女性の未完成の肖像の上に描かれていて、この女性が誰であるかは不明ですが、女王の肖像画の作者とは別の画家によるものだと考えられるそうです。当時は絵画の素材がリサイクルされることは珍しくなかったとのことで、塗りつぶされた女性に関しては特に深い意味はないようです。
16世紀に描かれたエリザベス1世の肖像画に秘められたヘビが姿を現す – GIGAZINE 2010年03月05日 14時00分
これに限らず今後の調査で塗り込められた「過去」が暴かれるということがあるかもしれませんね。
いろいろなものが姿を現すかもしれません。実に楽しみです。
記事によると、叡智の象徴ともされる蛇を塗りつぶしたのは、蛇が持つ悪い意味で取られることを恐れたからのようですね。
例えば、バロックの巨匠カラヴァッジォの絵画では、蛇は幼子のイエス・キリストから踏み付けられています。
引用元:『蛇の聖母』
知恵のシンボルとされる一方、蛇は「異端の象徴」(カトリックから見たプロテスタント)とされ、イエス・キリストが蛇(プロテスタント)をやっつけている場面です。
- 木村泰司(監修). 『名画の美女 巨匠たちが描いた絶世の美女50人』. 洋泉社.
- 石井美樹子(著). 『イギリス王室1000年史』. 新人物往来社.
コメント