ロココ時代の女性服 ヴァトー・プリーツ(ヴァトーの襞)

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ヴァトー・プリーツ(ヴァトーの襞)という言葉があります。その由来となったヴァトーの絵画についてです。

『シテール島への巡礼』( Pèlerinage à l’île de Cythère ) 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵
『シテール島への巡礼』( Pèlerinage à l’île de Cythère ) 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大したものです。

目次

雅宴画( fêtes galantes, フェート・ギャラント)

『シテール島への巡礼』( The Embarkation for Cythera ) 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

『シテール島への巡礼』( Pèlerinage à l’île de Cythère ) 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵
『シテール島への巡礼』 120cm×190cm 1717年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

引用元:『シテール島への巡礼』

アントワーヌ・ヴァトー( Antoine Watteau, ワトーとも表記 1684年10月10日-1721年7月18日)

アントワーヌ・ヴァトー(1684年10月10日-1721年7月18日)の肖像 パステル画 1721年 ロザルバ・カッリエーラ Luigi Bailo Museum蔵
アントワーヌ・ヴァトー(1684年10月10日-1721年7月18日)の肖像 パステル画 1721年 ロザルバ・カッリエーラ Luigi Bailo Museum蔵

引用元:アントワーヌ・ヴァトーの肖像

18世紀フランス。

1712年にフランスの王立絵画彫刻アカデミーの準会員として認められたアントワーヌ・ヴァトーは、多くの注文をこなしながら5年の歳月をかけ、審査作である『シテール島の巡礼』を完成させました。

特定の物語や主題を表現しているのではなく、美しい風景のなかで恋を語らう男女を描いています。

これにより、ヴァトーはアカデミーへの入会を許されました。

歴史画でもなく風俗画でもないこの作品をアカデミーは「みやびやかな宴( fêtes galantes )」と記録したため、現在の美術史では「雅宴画」と訳されることが多いのです。当世風の優雅な衣装をまとった貴族や裕福なブルジョワジーたちが、田園風景の中で楽しむ社交や恋の駆け引きの情景が雅宴画の主題と見なされ、ヴァトーはその先駆者と見なされます。

木村泰司(著). 『名画の読み方 世界のビジネスエリートが身につける教養』. ダイヤモンド社. p.193.

画面右には愛の女神であるヴィーナスの像があります。

立ち上がろうとする男女がいれば、着いたばかりでまだ帰らないのか、寄り添って愛を語り合っている男女もいますね。

ここではタイトルが『シテール島への巡礼』となっていますが、『シテール島への船出』となっている場合もあります。

名画の読み方 世界のビジネスエリートが身につける教養

有り難いことに、この本、電子書籍も出ています。他の良書ももっと電子書籍出して欲しい…。

これ、何はともあれ、目を通していただきたい。

最初、タイトルの「世界のビジネスエリートが身につける教養」に惹かれ、私はビジネスエリートではないけれど身につけておくべき教養とは一体、と思いながら拝読致しました。

結論。面白かったです。勉強になりました。なんだか教室で講義を受けているみたい。

キューピッドと天使の違いとか英国貴族の子弟のグランド・ツアーとか、やっぱりそうした知識を得てから絵画を観ると面白さが倍増します。

画像をクリックすると Amazonのサイトに移動します。

『名画の読み方 世界のビジネスエリートが身につける教養』 木村泰司(著)

シテール島の神話(ルーヴル美術館の解説から)

※以前閲覧できた、ルーヴル美術館による『シテール島への巡礼』の解説からの引用です。

シテール島の神話

ギリシアの群島の中に位置するシテール島は、古代において愛の女神アフロディーテが生まれた可能性のある場所の一つと見なされており、アフロディーテと愛に捧げられた聖地となった。17世紀のオペラや、ダンクールが1700年に創作した喜劇『三人の従姉妹』に想を得たと考えられているこの絵は、愛の島を目指す一組の恋人たちの愛の道程を描いている。一組の恋人たちが座って仲睦まじく会話を交わしている傍らで、別の一組が立ち上がっているのに対し、三組目の恋人たちは、向こう岸に渡る小舟に向かって歩いているところである。若い女性が後ろを振り返り、名残惜しそうに幸せの地を眺めている。背景には、見事な小舟に乗り込む人々が描かれており、その上をアモルが舞っている。

この絵のリズム感溢れる構成、人物群の繊細な動き、タッチの震えるような筆遣い、色彩の美しさは、常に称讃の的であったが、この作品における最も斬新な要素の一つは、間違いなく、レオナルド・ダ・ヴィンチの風景画と同様にルーベンスの風景画からも影響を受けた、背景の靄の立ち込めた神秘的な風景である。

ルーヴル美術館による解説

『シテール島への巡礼』( Einschiffung nach Kythera ) 1718年-1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

『シテール島への巡礼』( Einschiffung nach Kythera ) 1718年-1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン
『シテール島への巡礼』 1718年-1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

引用元:『シテール島への巡礼』

ヴァトーは友人からの注文で第二版を描いており、こちらはベルリンに在るフリードリヒ2世のコレクション(シャルロッテンブルク宮殿)に収められています。

プロイセン王フリードリヒ2世(1712年1月24日-1786年8月17日) 1781年頃 アントン・グラフ サンスーシ宮殿
プロイセン王フリードリヒ2世(1712年1月24日-1786年8月17日) 1781年頃 アントン・グラフ サンスーシ宮殿

引用元:フリードリヒ2世

フリードリヒ2世はシュレージエンを巡る、マリア・テレジアの天敵です。

芸術に関してはヴァトーのファンでもあり、自身はフルートの演奏が上手でした。

ロココの男性の嗜みとしては編み物も。

ヴァトーの描く「後ろ姿」

 それでは、代表的な作品を観て行きましょう。

『庭園の集い』 1716-1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

『庭園の集い』 1716-1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵
『庭園の集い』 1716-1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

引用元:『庭園の集い』

この『庭園の集い』もルーヴル美術館のコレクションですが、制作時期を見ると、『シテール島の巡礼』以前のものです。

この作品の、男女の愛のはじまり、高揚そして失望の心理の3段階が、『シテール島の巡礼』にさきがけて表現されていると考えることができるといえよう。

『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』. 同朋舎. p.36.

『2人の従姉妹』 1717年-1718年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

『2人の従姉妹』 1717年-1718年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵
『2人の従姉妹』 1717年-1718年 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

引用元:『2人の従姉妹』

『幸運な事故』 1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

『道ならぬ恋』 1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵
『幸運な事故』 1717年頃 アントワーヌ・ヴァトー ルーヴル美術館蔵

引用元:『幸運な事故』

※書籍によっては『道ならぬ恋』など、タイトルが異なっているかもしれません。

『おだやかな愛』 1717年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

『おだやかな愛』 1717年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン
『おだやかな愛』 1717年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

引用元:『おだやかな愛』

『穏やかな愛』とのタイトルが付けられたエッチングは福井県立美術館の「福井県立美術館 所蔵品検索システム」のページから見ることが出来ます。

「シテール島の巡礼」のためらいがちに後ろを振り返る女性像を含め、「2人の従姉妹」「道ならぬ恋」「庭園の集い」「おだやかな愛」などに見られる女性の後ろ姿は、ヴァトーの雅宴画の主要なモティーフのひとつである。後ろ姿の人物像は、フェルメールやテル・ボルフら17世紀オランダ風俗画にしばしば描かれた。多くの場合、後ろ姿の人物像は遠景に鑑賞者の視線を導く役割を担っている。ヴァトーの作品では、人物は喜怒哀楽の表情を容易には見せず、各々が自己の内省にひたっている。そのなかにあって後ろ姿の人物像は、一層われわれの想像力をかきたてるのである。

 『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』. 同朋舎. p.14.

情緒あふれる画面で、美しい色彩に夢中になっているうちに、ふと、ドレスの背、後ろ姿しか見ていなかったことに気付きます。

女性の顔は想像するしかありませんが、きっと美しいのだろうなと思います。(美しくないわけがない!)

ロココのドレス

ルイ14世が1715年に亡くなると、それまでの厳格で形式ばった文化から、次第に軽やかで華やかなものを好む文化へと移行していきます。

貴族文化を背景にしたロココの文化はまさしく「軽妙洒脱、自由奔放」でした。

ロココという名称は、後の19世紀にルイ15世時代の美術に対し、些末な、おどけた、皮肉なといった軽蔑をこめて付けられた。その語源は、ロカイユと呼ばれた小石や貝殻をセメントで固めた岩や壁画の装飾を好んで用いた形式が、嘲笑をこめて転訛したものだった。

深井晃子(監修).『世界服飾史』. 美術出版社. p.92.

ルイ14世の時代には高くそびえ立つ「フォンタンジュ」と呼ばれる髪型が流行しました。

これに辟易した国王の言葉でフォンタンジュ流行は終焉を迎え、女性たちの関心はスカートに移っていきます。

軽やかで華やかな特徴は服飾にも表れました。

 18世紀の間に、こういう儀式用や公式のローヴの他に別の裁断のものも浸透していった。ネグリジェと言われるが、その形よりもしばしば名前を変えたが、ネグリジェという名で、本格的な盛装でないもの、つまりすべての家着、街着、旅行服を指した。

この新しい服は身頃とスカートを一つに裁断した。幅広で長く、帯なしでまとい、着ている女性をゆったりとした円錐形に見せた。(※)大きな背ひだのあるコスチュームで、ワット―はそのゆったりした流れを女性の絵に好んで描いた。フープスカートと同じころ導入され、大いに不興をかった。

マックス・フォン・ベーン(著). イングリート ロシェク(編集). 永野 藤夫 / 井本しょう二(訳). 『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』. 河出書房新社.

※『牡蠣の昼食』を描いたド・トロワの作品『愛の告白』が例に挙げられています。

ヴァトー(ワット―)の『シテール島の巡礼』第二版と同じくシャルロッテンブルク宮の所蔵です。

『愛の告白』( Die Liebeserklärung ) 1731年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン
『愛の告白』 1731年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

引用元:『愛の告白』

このスカートを「野暮」と評した女性もいました。

最初にこの服を着たのは、女優のダンクール夫人です。

『アンドロスの女』という喜劇の舞台で、役柄に応じて妊婦服で現れたのです。

見た目はゆったりしていますが、実は礼服と同様下にコルセットを着けています。

この服は、「イノセント」、前述の役柄にちなみ「アドリエンヌ(アンドリエンヌ)」、「ヴォラント」、「オランデーズ」とも呼ばれました。

『ファッションの歴史 西洋中世から19世紀まで』(八坂書房)で、著者は先のマックス・フォン・ベーン氏の名を挙げ、

フォン・ベーンによれば、テレンティウスの喜劇『アンドリア』で、女優のマダム・ダンクールが妊婦服としてこの種のドレスを着ていたことから、アンドリエンヌまたはコンタッシュとも呼ばれたという。

『ファッションの歴史 西洋中世から19世紀まで』. 八坂書房. p.350.

また、「オランデーズ」については、

しばらくは画家パーテルの妻にちなんでオランデーズ〔オランダ人〕の名も使われた。

マックス・フォン・ベーン(著). イングリート ロシェク(編集). 永野 藤夫 / 井本しょう二(訳). 『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』. 河出書房新社. p.63.

とあります。

(「画家パーテル」とは、フランスの画家でヴァトーの弟子だったジャン=バティスト・パテル( Jean-Baptiste Pater、1695年-1736年)かなと思い、パテルの妻が「オランダ人」だったのか探してみましたが、よくわかりませんでした。

わかりましたら追記しますが、もしご存知の方がいらしたらお教えください。よろしくお願い致します)

『世界服飾史のすべてがわかる本』(ナツメ社)では、この衣装を「肩や飾り襟から始まる襞(ひだ)が背中から腰にかけて広がり、自然に消えて裾でゆったりと広がった衣装」と説明しています。

ルイ14世の治世の終わり頃、くつろぎ着から派生した「ローブ・ヴォラント」はやがて「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」(フランス風ドレス)と呼ばれるようになり、ヨーロッパ各国で流行しました。

ローブ・ア・ラ・フランセーズ オランダ 1740年-1760年の間 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
ローブ・ア・ラ・フランセーズ オランダ 1740年-1760年の間 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

引用元:ローブ・ア・ラ・フランセーズ

そして、アントワーヌ・ヴァトーがこのような衣装を着た女性を好んで描いたことから、この襞は、彼の名を取り、「ヴァトー・プリーツ」と呼ばれました。

当時の服飾は、雅宴画(フェート・ギャラント)と呼ばれたロココ絵画の中に多く見いだすことができる。ヴァトーによって確立されたこの新しい絵画のジャンルは、余暇の楽しみとして戸外の宴を好み、愛を語り合う貴族たちが描かれ、そこには当世風に着飾った様子が描かれている。ランクレ、パテル、ド・トロワ等に引き継がれ、これによってロココ時代の絵画はその基調を定めた。とりわけヴァトーはローブの背の美しい襞の、触れれば崩れ落ちそうな脆弱な一瞬の動き、サテンの布地の煌めきをとらえ、後の人々がこれを❝ヴァトー襞❞と呼ぶことになるほどであった。

深井晃子(監修).『世界服飾史』. 美術出版社. p.90.

ヴァトーの画風を受け継ぐ画家たち

ジャン=バティスト・パテル( Jean-Baptiste Pater, 1695年-1736年)

『気を引く会話』 1720年-1723年 ジャン=バティスト・パテル ルーヴル美術館蔵
『気を引く会話』 1720年-1723年 ジャン=バティスト・パテル ルーヴル美術館蔵

引用元:『気を引く会話』

二コラ・ランクレ( Nicolas Lancret, 1690年-1743年)

『ハムの昼食』( Déjeuner de jambon ) 1735年 二コラ・ランクレ コンデ美術館蔵
『ハムの昼食』 1735年 二コラ・ランクレ コンデ美術館蔵

引用元:『ハムの昼食』

ジャン=フランソワ・ド・トロワ( Jean-François de Troy, 1679年-1752年)

『牡蠣の昼食』( Le Déjeuner d’huîtres ) 1735年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ コンデ美術館蔵
『牡蠣の昼食』 1735年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ コンデ美術館蔵

引用元:『牡蠣の昼食』

『ジェルサンの看板』( L’Enseigne de Gersaint ) 1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

『ジェルサンの看板』 1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン
『ジェルサンの看板』 1720年 アントワーヌ・ヴァトー シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン

引用元:『ジェルサンの看板』

ヴァトーの死の前年に完成した作品、友人のジェルサンがノートルダム橋の上で経営していた画廊の看板です。

店で働く男性が1枚の絵画を木の箱にしまおうとしています。

この肖像画に描かれた男性、実はルイ14世なのです。

『ジェルサンの看板』(しまわれる肖像画)
『ジェルサンの看板』(しまわれる肖像画)

引用元:『ジェルサンの看板』 WebMuseum CC-BY-SA-2.0

窮屈だった時代が終わり、新しい、自由闊達な時代が来ることを予感させる一枚です。

絵の中の人々の衣装に関しては、

画面の人々、つまり画廊の店内にいる男女は、当時の流行の服飾で装っている。女性たちが着ている服はローブ・ア・ラ・フランセーズと呼ばれた服装である。このタイプの服は、紋織り、サテン、タフタなど上質な絹地で作られていたが、《ジェルサンの看板》に描かれた女性の服は、独特のつややかな光沢から、一目でサテンとわかる。

深井晃子(著). 『ファッションから名画を読む』. PHP新書. p.60.

本当につややかな光沢ですよね。

思わず手に取りたくなるような、実に艶やかな布地の質感です。

彼が題材にしたのは都市の富裕階級の風景、あるいは当時もてはやされたイタリア喜劇の一団、そして最新流行の服飾だった。最先端の風俗をとらえたこの画家が、のちの19世紀後期に登場する印象派の画家たちの先触れであることは疑いない。

深井晃子(著). 『ファッションから名画を読む』. PHP新書. p.63.

この後、ロココはルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人、ルイ16世妃マリー・アントワネットといった華麗な女主人たちを迎えることになります。

ロココの画家フランソワ・ブーシェ、ジャン・オノレ・フラゴナールらは、ヴァトーの絵に流れていたような「哀愁」「哀切感」から離れ、軽快で官能的なロココ絵画を創り上げていきました。

『ポンパドゥール夫人』( Madame de Pompadour ) 1756年 フランソワ・ブーシェ

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』

『ぶらんこ』( The Happy Accidents of the Swing ) 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール

『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

引用元:『ぶらんこ』

主な参考文献
  • 木村泰司(著). 『名画の読み方 世界のビジネスエリートが身につける教養』. ダイヤモンド社.
  • 『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』. 同朋舎.
  • 深井晃子(監修).『世界服飾史』. 美術出版社.
  • マックス・フォン・ベーン(著). イングリート ロシェク(編集). 永野 藤夫 / 井本しょう二(訳). 『モードの生活文化史2 18世紀から1910年代まで』. 河出書房新社.
  • 深井晃子(著). 『ファッションから名画を読む』. PHP新書.
  • 『世界服飾史のすべてがわかる本』 能澤慧子(監修) ナツメ社
  • 『ファッションの歴史 西洋中世から19世紀まで』. 八坂書房.
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コメント

コメント一覧 (12件)

  • Yoro-schon様、コメント有難うございます。
    せっかくくださったのに、遅くなって申し訳ありませんでした。
    フランス調がお好きとのこと。ショパンも含めて、よく分かるような気がします。きっとyoro-schon 様の雰囲気とも合うのでしょうね。
    仰る通り、繊細さ華やかさの同居が素敵ですよね。
    昔はこういった雅宴画はあまり好みませんでしたが、今改めて時代背景と共に見てみると結構好きかもということに気付きました(笑)。
    次回もまたお付き合いくださると嬉しいです。
    有難うございました。

  • 意識していなかったのですが…私はフランス調が好きなようです。繊細さと華やかさが同居し惹かれますね。話は変わりますが曲でいうとピアノ音色とショパン系が好みなので(^^)

  • コメント有難うございます。
    ドレス、素敵ですよね。
    この時代、貴族たちは本当に豪奢な生活をしていたんだなと改めて感じます。そうでなければ後の文化や芸術は育たなかったと思うのですが、支える方は大変だったかと…。
    このロココも後期にはもう少し簡素な感じになり、それも素敵ですよね。yoro -schon 様もお好きなのでは?
    今回も読んでいただいて、有難うございました。
    どうかまたお付き合いくださいませ。

  • こんにちわ。ローブ・ア・ラ・フランセーズの布地感と絵画中が交差して想像を膨らませています。
    >ポンパドゥール夫人、マリー・アントワネットのロココ
    華麗な女性たちに愛されていたのですね。

  • しゅん様、こんにちはー。
    美術史、文化史からその時々の経済や思想を見ていくのって、わかりやすいし面白いですよね。歴史や経済の授業がそうだったら「歴史」ファンが増えると思うんですけどね。
    改めて本を読みながら「あ、これがそーなんだー」と、後になって結びつくことって多いです。
    この面白さを伝えたい❗と思ったら、できるだけ分かりやすく説明したい、この面白さを共有してほしいと思っています。
    しゅん様にそう仰っていただいてとても嬉しいです。
    ぜひまたお付き合いいただければと思います。またよろしくお願い致します。
    有難うございました。

  • こんにちはー。
    今回も勉強させていただきました。(^^)/
    絵画を通じてその時代やその国の文化を知ることで歴史を学ぶというのは、あまり頭の良くない(^^;)私にあっているなって思います。
    これからもよろしくです。
    と思っています。

  • パンダ様(で良かったでしょうか?)
    ふっふっふ。
    ド・トロワ、実は結構お気に入りなの、わかっちゃいました(笑)?
    『愛の告白』は服装史の本の中で、この時代の男女のコスチュームの例に挙げられたりします。
    最初見た時は白黒だったのでよくわからなかったのですが、別の本のカラーものを見て、やられました。なに、この色使い。
    周囲の人物の表情もなんかすごい。
    細部まで美しい。
    難しいことはわかりませんが、観ていて楽しくなります。『牡蠣の昼食』も大好きです。
    良かったー、パンダ様も好きって言ってくださって(笑)。
    ぜひまた次回もお付き合いくださいますようお願い致します。
    有難うございました。

  • まーたる様
    いつもコメント有難うございます。
    『愛の告白』の人物たちは皆表情がすごく生き生きとしてますよね!この人の性格って、こんな感じ、と言えてしまいそうなほどです。
    ドレスも「古さ」を感じません。デザインなんか、今でもそのまま着れそうですよね。
    ヴァトーも繊細で、美しいです。小さい時「お姫様の着るドレス」に憧れたとしたら、それはやっぱりこの時代のものなんじゃないかなと思います。
    持っている本の中から、面白いなと思ったものをご紹介しているだけなのですが、まーたる様にそう仰っていただけで光栄です。嬉しいです。
    知らなくても人生に特に影響無いことばかり、と毎回思います。
    ですが、いつか本物を観た時、「へへっ、これ知ってるよん(*´∀`*)ふっふっふ」と同伴者に自慢できるネタくらいになれば、とも思います。
    またお付き合いいただければとても嬉しいです。有難うございました。

  • ハンナさん、こんばんは。
    今日も美しい物を見せていただきました。この時代のものを見る事ができるってすごい事ですよね。
    個人的にド トロワさんの作品が綺麗でとても好きです╰(*´︶`*)╯♡

  • こんばんは❗️
    この時代の素晴らしさの一つは、間違いなく女性たちのドレスだと思います。
    色づかいもデザインも本当に素晴らしいです‼️
    『愛の告白』の中の人物の表情は生き生きしていて、ドレスのデザインや色がすごく鮮やかで、今にも動き出しそうなくらいに感じます。
    絵の細部にまでこだわり満載、肖像画がルイ14世だったり、そのことで時代の流れを表してもいて隅々までなんて丁寧に描いてるんでしょう(●´ω`●)
    すごく勉強になります。
    絵を観るのは好きですが知らないことが多かったけれど、ハンナさんのおかげで知ることができて感謝ですヽ(*^ω^*)ノ
    ありがとうございます(*´∀`*)

  • 今回も読んでくださって有難うございます。
    ヴァトーの「後ろ姿」は襞にしか目が…いえいえ、きっと女性の容貌も美しいんだろうなと思って観ています。
    コメントを有難うございましたm(__)m。

  • 後姿が中心にあると感じが変わるものですね〜ヴァトーは存じ上げていましたが、こういった絵があると走りませんでした。
    またまた勉強になりました〜m(__)m

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