古代エジプトでかつらをかぶる。

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「一瞬行った気になる古代エジプト」。まだ身支度中です。身体も洗い、アイラインもくっきり引き、アイシャドウもキレイに塗りました。次はかつらを着けます。

ネフェルト座像 古王国時代 第4王朝 カイロ・エジプト博物館蔵
ネフェルト座像 古王国時代 第4王朝 カイロ・エジプト博物館蔵

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大したものです。

目次

はじめに(「壁画の女性の頭の上のもの」について)

メンナの墓の壁画 紀元前1422年-1411年頃 第18王朝 新王国時代 
メンナの墓の壁画 紀元前1422年-前1411年頃 第18王朝 新王国時代

紀元前:メンナの墓の壁画

壁画に描かれた女性の頭上に、円錐形のものが載っています。

かつて、これはボディフレグランスのようなもので、円錐型に固めた脂だと思われていました。

「男女ともにロータス(睡蓮)の香りを楽しみ、女性たちは、おしゃれの一環としてボディフレグランス(香料を含ませて円錐型に固めた脂を頭の上にのせ、時間がたつと熱で溶け出し芳香のある脂が体に流れるアイテム)なども使っていました。」(引用:『香りと歴史 7つの物語』 渡辺昌宏(著) 岩波ジュニア新書 p.7.)

2020/04/25 10:20配信の NIKKEI STYLE の記事「エジプト壁画でよく見る、頭の上のアレを発見! でも正体は依然として謎(NIKKEI STYLE) – Yahoo!ニュース」 で、この「円錐形のもの」が記事になりました。

この記事によると、この「円錐形のもの」は長いこと壁画やパピルスに描かれてはきましたが、実物は見つかっていませんでした。

しかし、古代エジプトの都市アマルナの寺院から実物が発見されたという論文が 2019/12/10 付けで学術誌「Antiquity」に発表されました。

その本当の用途、意味はまだはっきりしていないようですが、「円錐形のもの」は今まで考えられていたような「脂の塊」ではないことがわかりました。

すごいですね。体温で溶ける脂の塊ではなかったんですね。

まだまだ謎が多い古代エジプト。

また何か新しいことが発見されて、今までの定説が覆るかもしれませんね。実に楽しみです。新たな発見がまた一歩、遠い昔の真実の姿に私たちを近付けてくれるのですから。

このブログは元は私の備忘録から出発した、伝わり易い様に図を交えて文化史「本」をご紹介するものです。

一方的なだけの見方はしたくないと思っていますが、様々な説がある場合などは特に私の好みや主観が入ってしまいます。

また、理解不足、解釈の誤り、テキストの写し間違いもあるかもしれません。今後、今回のような大発見があれば記事内に追記も致します。

もしこの先も何か気付かれることがありましたら、是非お知らせいただければ有り難いです。

1文化史ファンとしては、このブログがきっかけで「これから面白そうなのが来たら美術館や博物館に足を運んでみようかな 」とか、図書館でそれ系の本を借りてみようかなと思ってくださればとても嬉しいですし、光栄です。

内容はあまり中高生向けではありませんが、もしその年齢の方が見て下さっているのなら、歴史が更に好きになってくださればいいなと思っています。

では、今回は女性の、代表的なヘアスタイルを見て行きたいと思います。 

ヘアスタイル

ウィッグ(かつら)

古代エジプトにおいて、かつらは必需品でした。

暑い気候でかつら?と余計に暑そうに思えますが、『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』によれば、かつら作りの技術が発達したエジプトのかつらは「頭部を涼しく保てるように作られていた」そうです。

シラミなどの虫除けの目的もあり、自分の毛は剃ってしまったりしていましたが、

自毛は剃るか切るかして短くし、かつらの下にはネット状の土台を着けたので、かつらが強い陽射しを遮ると同時に、ネットが体温を逃がす働きをしたのである。頭頂部の毛をカールさせ、サイドには編んだ髪を何本も下げたかつらが最も多かったが、自毛のない者はウールその他で作ったかつらを使用していたようだ。

レスター&オーク(著). 古賀敬子(訳). 『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』. p.51.

かつらがエジプトの墓やレリーフに登場したのは、第3王朝(紀元前2600年頃)の末期だそうです。

もちろん庶民が着けたのではなく、

ファラオは、特別の役人を任命して王家用達のカツラ職人を取り締まったので、カツラをつけることはもともと王者の特権だったと言われている。

ピーター・ジェームズ、ニック・ソープ(著). 矢島文夫(監修). 『古代の発明』. p.281.

権威を象徴するものだったのですね。

その後長い長い時を経て、第21王朝の時代にかつらの流行は絶頂に達します。 

ここでは第3中間期末期王朝、第21王朝のあたりまでを見て行きます。

古王国時代(紀元前2686年頃-紀元前2185年前後)

『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』では、古王国時代の女性のかつらの例として、ラーヘテプ王子の妻・ ネフェルトが挙げられています。

ネフェルト座像 古王国時代 第4王朝 カイロ・エジプト博物館蔵
ネフェルト座像 古王国時代 第4王朝 カイロ・エジプト博物館蔵

引用元:ネフェルト座像 Djehouty CC-BY-SA-4.0

いわゆる「ボブ・ヘア」ですね。

数は少ないが、高貴な女性が肩までの短髪のかつらを着けた像もあり、その場合はかつら前面の下に自毛が見えていることが多い。ラーヘテプ王子の妻ネフェルトのかつらは、肩までのボリュームある髪に、美しい装飾のあるバンドを留めている。

レスター&オーク(著). 古賀敬子(訳). 『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』. p.52.

夫のラーヘテプ王子の隣に座る妻・ネフェルト妃( Nofret )。

髪を真ん中で分け、ヘアバンドをしています。

アイラインに目が行ってあまり気になりませんが、自毛みたいなものが覗いていますね。

このお洒落なヘアバンド、「飾り環をつけることはかつらの縁をかくすため」という記述が、『西洋化粧文化史』(源流社)にも出てきます。

下の画像、カーアペル氏の奥様もボブ・スタイルですね。

カーアペルの妻 古王国時代 エジプト考古学博物館蔵
カーアペルの妻 古王国時代 エジプト考古学博物館蔵

引用元:カーアペル夫人

「カーアペルさん」ですか?

カーアペル立像 古王国時代 第5王朝 カイロ・エジプト博物館蔵
カーアペル立像 第5王朝(古王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵

引用元:カーアペル立像 Djehouty CC-BY-SA-4.0

強い目力の、カーアペル( Kaaper )さんです。

朗唱神官長の称号を持つ高官の墓から発見されました。

発掘作業をしていたエジプト人作業員たちが、「俺たちの村長にそっくりだ!」と言ったことから、付いた渾名は「村長」です。

お腹の出具合が実にリアルで、親近感が湧きますね。

古王国時代には短い「ボブ」スタイルが好まれましたが、次第に長い髪が人気となります。

中王国時代になるまでに、肩まで伸びる髪や重いかつらがすべての階級に受け入れられたようです。(参考:『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 新書館)

古王国時代の模型

ビール発酵作業中の様子 古王国時代 フィレンツェ国立考古学蔵
ビール発酵作業中の様子 第5-第6王朝頃(古王国時代) フィレンツェ国立考古学蔵

引用元:女性の模型 Khruner CC-BY-SA-3.0

こちらは同じ古王国時代(第5~第6王朝頃)の模型ですが、女性はビールの発酵作業中です。

上半身は裸で、髪は丸刈り?短髪です。 

別の角度から見てみます。

ビール発酵作業中の様子 第5-第6王朝頃(古王国時代) フィレンツェ国立考古学蔵
ビール発酵作業中の様子 第5-第6王朝頃(古王国時代) フィレンツェ国立考古学蔵

引用元:女性の模型 Sailko CC-BY-SA-3.0

当時の作業風景も興味深いですが、模型の完成度が高いことに驚かされますね。 

ルーヴル美術館所蔵の、同じようなビール造りをしているひとの模型です。

解説によるとこの像は男性で、エジプト第1中間期、紀元前2200年-紀元前2106年頃のものだそうです。

紀元前2200年-紀元前2106年頃 ルーヴル美術館蔵
紀元前2200年-紀元前2106年頃 ルーヴル美術館蔵

引用元:模型 Rama CC-BY-SA-3.0-FR CC-BY-SA-2.0-FR

ルーヴル美術館による解説はこちらです。

中王国時代(紀元前2040年頃-紀元前18世紀頃)

古王国時代に好まれた肩までかかる大きなかつらは、さらにボリュームのある長いものになります。

『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』によれば、第12王朝(前1991頃ー前1782頃)以後は肩の前にたっぷりと髪を垂らした形になったようです。

額の上で左右に分けた髪が胸にかかるこの形が最も一般的だが、毛先が房状になったものもある。

『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』 p.52.

三分割スタイル、ハトホル・スタイル

貴族女性のの胸像 紀元前1844年-紀元前1837年頃(第12王朝) ブルックリン美術館蔵
貴族女性のの胸像 紀元前1844年-紀元前1837年頃(第12王朝) ブルックリン美術館蔵

引用元:女性胸像 Charles Edwin Wilbour Fund CC BY-SA 3.0

センウセレト2世妃ネフェルト像 紀元前19世紀(中王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵
センウセレト2世妃ネフェルト像 紀元前19世紀、第12王朝(中王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵

引用元:ネフェルト像 Djehouty Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 Internationa

こちらの、第12王朝のネフェルト( Nofret )像の髪の先はカールしています。

古代エジプトの女神ハトホルがこの髪形をして描かれることが多いです。

 長い髪は束ねないでそのまま垂らすか、「三分割スタイル」と呼ばれる方法できれいに飾った。これは髪を三つの房に分けて、一つを頭のうしろにそのまま垂らし、あとの二つを頭の両側から顔を包むように前に垂らして、耳は見えるようにしておくものである。この三つに分けるスタイルは、もともと身分の低い未婚の女性たちの髪形だったが、しだいに身分の高い既婚の女性にまで拡がったものである。

  しかも、さらに手の込んだ「ハトホル・スタイル」というものまで現れた。前髪を二つの部分に分けてリボンで縛り、それに平たい円盤のおもりをかけて前に垂らすのである。これはたいへんな人気を呼び、第18王朝の王妃たちはほとんど皆この髪形を好んだ。

『イシスの娘』 p.186.
石棺の外面レリーフ「王妃カウィトの朝のおめかし」 紀元前2000年頃(中王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵
石棺の外面レリーフ「王妃カウィトの朝のおめかし」 紀元前2000年頃(中王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵

引用元:王妃カウィトのレリーフ Wellcome Collection gallery (2018-04-01)   CC-BY-4.0

紀元前2000年頃の、カウィト( Kaiwit )妃の化粧風景。

自ら手に鏡を持っていますね。

背後の女性は手にピンのようなものを持っています。

 裕福な女性は、髪やかつらを自分で手入れすることはなかった。召使いがいるか、自分の娘や母親、あるいは友だちが手を貸したのである。古代エジプトには美容院は無く、床屋は支配者層のお付きになるか、流れ職人として裕福でない人たちを相手に仕事をした。古王国時代の碑文を見ると、専門の髪結い師は決まって男性だったが、彼らは髪を切るという儀式めいた役目を果たすことから、社会でわりあい高い地位を得ていた。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 p.188.

さて中王国時代になると、それまでとはちがって、髪結い師やかつら職人はけっこうありふれたものになり、彼らの仕事に儀式的な意味あいなどすっかりなくなっていく。女性の髪を整える職人はふつう、女主人のうしろに立っている姿で描かれ、女主人は金属の鏡を持って、髪型ができあがっていくさまを自分の眼でしっかりと見守っている。髪をきれいに見せるために考えつかれた道具はじつにさまざまだった。墓からは、カーラー、ヘアピン、木や象牙の櫛などが見つかっているが、どれもいまのものとあまり様子は変わらない。女性たちは、髪をきれいにいたあと、そこへ摘みたての花を編み込んで飾りにした。もっと本格的になると、宝石をちりばめたかんざし、おもにかつらにつけた飾り輪、ヘア・バンド、ヘア・リング、髪をきれいに垂らすための錘などを使って、髪の飾りつけにも優雅に仕上げをかけたのである。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 p.188.

メケトレの墓の副葬品

メケトレ( Meketre、メケトレ―とも表記)は第12王朝、中王国時代の高位の政治家でした。

彼の墓からは副葬品として、大変興味深い模型が出て来ました。

女性像(メケトレの墓の副葬品) 中王国時代 第12王朝 メトロポリタン美術館蔵
女性像(メケトレの墓の副葬品) 第12王朝(中王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:女性像 CC-Zero

この女性像のメトロポリタン美術館の解説(日本語版)はこちら です。

頭にカゴ、片手に鳥。そして、大変ファッショナブルな衣裳です。

メトロポリタン美術館による解説には、「宝飾品と羽付きの衣装から、この女性は単なる召使いではなく、死者を守る女神イシスとネフティスに通じる役目を担った、半ば女神のような存在として作られたと考えられます。」とありますので、その衣裳の素敵さに納得です。

(美術館のサイトでは、この像が作られたのは紀元前1981年-前1975年頃Wikipediaでは第11王朝、紀元前2009年-紀元前1998年頃の制作となっています。) 

パン焼き、ビール造りの場面(メケトレの墓の副葬品) 第12王朝(中王国時代) メトロポリタン美術館蔵
パン焼き、ビール造りの場面(メケトレの墓の副葬品) 第12王朝(中王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:メケトレの墓の出土品  CC-Zero

この模型のメトロポリタン美術館の解説はこちらです。

働くひとたちの、とてもシンプルな服装や髪形も女性像同様に興味深いです。

新王国時代(紀元前1570年頃-紀元前1070年頃)

ヌビア・スタイル

長い髪が人気だったと先述しましたが、見て楽しい「アマルナ美術」で有名なアマルナ王朝の女性たちは、

何でも変わったことをしたがったアマルナ王家の女性たちはだいぶ男性的なおもむきのある「ヌビア」スタイルのかつらがお気に入りだった。これは、ヌビア兵の短くちぢれた髪型をかたどったものである。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 p.187.
ネフェルティティ 紀元前1352年-紀元前1336年(新王国時代) ブルックリン美術館蔵
ネフェルティティ 紀元前1352年-紀元前1336年(新王国時代) ブルックリン美術館蔵

引用元:ネフェルティティ ブルックリン美術館 CC-BY-2.5

ネフェルティティは、新王国時代の第18王朝のファラオ・アクエンアテンの正妃です。

ネフェルティティ王妃胸像 第18王朝 ベルリン国立エジプト博物館蔵
ネフェルティティ王妃胸像 第18王朝(新王国時代) ベルリン国立エジプト博物館蔵

引用元:ネフェルティティ王妃胸像 Philip Pikart CC-BY-SA-3.0

新王国時代 流行の変化

服装が大きく変化した第18王朝の半ば頃(前1400頃)には、男女のかつらは上品で自然に近い髪形になった。もはや頭の輪郭を隠さず、巻き毛や編んだ髪を柔らかく垂らすようになった。しかし第20王朝(前1185頃ー前1070頃)にはまた流行が繰り返して、細かくカールさせた重々しい髪が顔を縁取り、肩を越えて長くウエストまで伸びていることもあった。

『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』 p.52. 

流行は繰り返すんですね。

また、周辺の国々との交流によってエキゾチックな流行のスタイルが入ってくれば、それを取り入れる。

今も昔も変わりませんよね。

 新王国時代になると、髪型やかつらのファッションもだんだん規格が崩れていって、長い髪があたりまえになり、それもかなり誇張ぎみになっていく。そのころはエジプト全土が外国の影響をこうむった時代だったが、髪型のこういう変化も、その影響の拡がりだったと見ていい。第19王朝時代になると毛織りのかつらが現れ、かつらや自分の毛をふさふさに見せるために、多めにヘアピースを使うことが流行り出す。三つに分けるスタイルはそのうち忘れられていった。また、それまでのあっさりした網状のかつらもだんだん顧みられなくなっていく。巻き毛のものや、太いお下げでへりに飾りがついたものなど、野性的に見えるかつらに取って代わられたのである。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.187.
ラメセス2世王女メリトアメン像 第19王朝(新王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵
ラメセス2世王女メリトアメン像 第19王朝(新王国時代) カイロ・エジプト博物館蔵

引用元:メリトアメンの彫像 Djehouty CC-BY-SA-4.0

新王国第19王朝のファラオ、ラムセス2世(在位:紀元前1290年-紀元前1224年、または紀元前1279年-紀元前1212年)の娘、メリトアメン( Meritamun )の彫像です。

美しいですね。生母はラムセス2世妃ネフェルタリです。

Neje と母親( Mutnefret )の像 紀元前1250年頃(第19王朝)  バイエルン州立エジプト美術収集館
Neje と母親( Mutnefret )の像 紀元前1250年頃(第19王朝) バイエルン州立エジプト美術収集館

引用元:Nejeと彼の母親の像 Rufus46 CC-BY-SA-3.0

左の婦人像の髪形、とても手が込んでいますね。

優し気な表情もとても素敵です。

ただでさえ重そうな髪ですが、更に、

 こうした重たい髪の上に、宮廷の女性たちはしばしば精巧な髪飾りや冠を身につけていた。 チューブ状の金のヘアリングが髪のふさに装着されたかたちで見つかっている。トトメス3世の王妃が所有していた非常に精巧な頭飾りには、金のビーズと象眼模様のローゼットの糸で吊り上げられた重たい飾りが中心にあった。

『古代エジプト女王・王妃歴代誌』 吉村作治(監修) ジョイス・ティルディスレイ(著) 創元社 p.175.

王妃ともなれば髪の上に、立派で重たい飾りも着けたのでした。

下の画像は、ハトホル神と王妃ネフェルタリに捧げられた小神殿の立像。

ネフェルタリ( Nefertari )は、第19王朝第3代目のファラオ、ラムセス2世の最初の正妃です。

頭に大きな被り物を着けた姿で表現されています。

ラムセス2世正妃・ネフェルタリ像
ラムセス2世正妃・ネフェルタリ像

引用元:ネフェルタリ像 Hedwig Storch CC-BY-3.0

頭飾り・髪飾り・かつら・道具類

チューブ状の髪飾り

ウィッグ・チューブ 紀元前1878年-紀元前1840年頃(第12王朝、中王国時代) メトロポリタン美術館蔵
ウィッグ・チューブ 紀元前1878年-紀元前1840年頃(第12王朝、中王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:ウィッグ・チューブ CC-Zero

メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

中王国時代、センウセレト3世の時代の髪飾り、「ウィッグ・チューブ」「ウィッグ・リング」です。

センウセレト2世の娘、サトハトホルイウネト(メトロポリタン美術館の表記では、シトハトホルユネト)王女の墓からは、かつら(儀式用?)に用いられた、1000以上の大小のリングが発見されています。

その着装例がメトロポリタン美術館のサイトに出ています。

金でできているとありますので、これを実際に着けたら結構重いのでは…。

ウィッグ・チューブ 第12王朝(中王国時代) クリーブランド美術館蔵
ウィッグ・チューブ 第12王朝(中王国時代) クリーブランド美術館蔵

引用元:ウィッグ・チューブ クリーブランド美術館 CC-Zero

こちらもかつらに使用するウィッグ・チューブかと思います。

紀元前1980年-紀元前1801年頃の銀製で、2.5㎝の大きさです。

トトメス3世妃の頭飾り(ロゼット文様の飾り)

トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:トトメス3世妃の頭飾り CC-Zero

メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

新王国時代、第18王朝のファラオ、トトメス3世(在位:紀元前1479年頃-紀元前1425年頃)の、アジア人の妃たちの墓から出土したものです。

この豪華な飾りの高さは24.1㎝ほど。

金、透明ガラス、カーネリアン、ジャスパー、トルコ石などで作られています。

『芸術新潮(2009年9月号)』によると、「薔薇の模様をかたどった小さな飾りが総計450個もつながっている」のだそうです。

また、内側には「毛」がセットされています。 

トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:トトメス3世妃の頭飾り Keith Schengili-Roberts CC-BY-SA-2.5

トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:トトメス3世妃の頭飾り CC-Zero

ところで。

東京国立博物館の収蔵品にも似たデザインの「婦人髪飾り」があります。

テーベで出土したこの飾りの説明に、

同形同大の部品数百点からなる髪飾りの一部。金の台枠に色ガラスを象眼したものを綴り,連続するロゼット文の帯としたものを数十本,頭髪の上から垂らしていたものであろう。これらは,象眼されたガラスの色の違いから,3種類に分けられる。わずかな類品が欧米のコレクションに見られるが,とくにトトメス3世王妃のものとされる,ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵品は,本作品によく似ている。

東京国立博物館, 『婦人頭飾断片』

とあります。

日本にも同じようなものが!!と超時空のロマンを感じる方、ちょっと見てみようかなと思われた方は下のリンクからどうぞ。ぜひ!

トトメス3世妃の頭飾り(ガゼルの付いた冠)

トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:トトメス3世妃の頭飾り CC-Zero

メトロポリタン美術館蔵の解説はこちらです。

金でできた冠は、王妃が儀式のときにかぶったもの。真ん中にガゼルがついているのは、新王国時代の特徴。

「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」(2014-2015)
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
トトメス3世妃の頭飾り 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:頭飾り Hans Ollermann CC-BY-2.0

この「ガゼルの付いた金の冠」と「ロゼット文様の頭飾り」の2点について、『古代エジプト女王・王妃歴代誌』では、写真と一緒にこのような説明があります。

トトメス3世の異国人の妻が使っていた頭飾り3点のうち2点(復元)。下の頭飾りには2頭のガゼルの装飾がついている。ガゼルはコブラや羽毛と同じように、創造や再生を象徴し、ハトホル女神とも関係がある。中王国時代から使われるようになったガゼルの冠は、地位の高い王族の女性たちがかぶっていたが、妃や王妃の母がかぶることはなかった。

『古代エジプト女王・王妃歴代誌』 吉村作治(監修) ジョイス・ティルディスレイ(著) 創元社 p.142.

このページには、マネキンによる、「ロゼット文様の頭飾り」と「ガゼルの付いた金の冠」の装着例も掲載されています。

下の画像は持ち主不明、王女または王妃の王冠との説明がありました。

やはりガゼルで飾られています。

ガゼルの付いた冠 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
ガゼルの付いた冠 第18王朝(新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:ガゼルの付いた冠 tutincommon (Mr. John Campana) CC-BY-2.0

メリトのかつら

「偉大な墓の監督官」の称号を持つカー( Kha )の妻、メリト( Merit )のかつら。

『トリノ・エジプト博物館』(朝日新聞出版)の説明によれば、「耳を覆い、頭部全体を包み込むようなスタイルは、第18王朝時代の流行」で、メリトの姿も描かれているカーの『死者の書』では、「メリトは同様のものをかぶっている」とあります。

メリトのかつら トリノ・エジプト博物館蔵
メリトのかつら トリノ・エジプト博物館蔵

引用元:メリトのかつら Kingtut CC-BY-SA-2.5 CC-BY-SA-3.0-migrated

その他のかつら

発展したかつら作りの技術。

『イシスの娘』では、

いちばんいい品で本物らしく見えるかつらは、人間の髪の毛を12万本以上使って網の目に編んだもので、蜜蠟と樹脂を混ぜた液でしっかりくっつけてあった。反対に、いちばん粗悪な品でまるで本物らしくないのは、きめの粗い赤なつめ椰子の繊維だけでできていた。これをかぶった人はさぞ、ぎょっとするような異様な風体に見えたことと思う。

『イシスの娘』 p.185.

人毛12万本というボリュームですが、その毛の提供者は何人で、どんな人生を生きたひとだったんでしょうか。

紀元前2114年-紀元前1502年頃のエクステ ブルックリン美術館蔵
紀元前2114年-紀元前1502年頃のエクステ ブルックリン美術館蔵

引用元:エクステ Brooklyn Museum CC BY-SA 3.0

素材は人毛。

こちらも人毛です。 

紀元前1040年頃-紀元前992年頃(第21王朝、第3中間期) メトロポリタン美術館蔵
紀元前1040年頃-紀元前992年頃(第21王朝、第3中間期) メトロポリタン美術館蔵

引用元:かつら CC-Zero

メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

解説した書籍を見つけていないので確認できないのですが、下の画像の解説に、

Yellow curly hair and scalp from body which had long black wig over hair.

とあります。

かつら 第18王朝-第19王朝 ロンドン、ピートリー博物館蔵
かつら 第18王朝-第19王朝 ロンドン、ピートリー博物館蔵

引用元:かつら Osama Shukir Muhammed Amin FRCP(Glasg) CC-BY-SA-4.0

「黄色い、カールした髪とスカルプ」とあり、スカルプは「頭皮」ですよね…。

「from body」ともありますので、この場合「body」は「身体」というより「遺骸」と訳すべきなのかなと思います。

これは「長い黒髪のかつらを着けた遺骸の頭皮」と「黄色い巻き毛」なのかと。(もし違っていたら教えてください)

冠の付いたかつら 第19王朝(新王国時代) 大英博物館蔵
冠の付いたかつら 第19王朝(新王国時代) 大英博物館蔵

引用元:冠のついたかつら

大英博物館のサイトはこちらです。

このかつらの内部は石膏製、表面の材質は青いガラス(ビーズ)、だと思いますが、こちらの解説が掲載されている本が見つからなかったので、こういうかつらもある、という参考程度に。

王族の像にあったもののようです。

かつら自体の形は「ヌビア・スタイル」の影響を受けています。

髪結いの道具

髪結いの道具 紀元前1560年頃-紀元前1479年(第18王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
髪結いの道具 紀元前1560年頃-紀元前1479年(第18王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:髪結いの道具 CC-Zero

メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」(2014-2015) の解説では、「髪をはさんで巻き、カールさせていたともいわれている。」とあり、以前のサイトの品名は「ヘアカーラー」となっていました。

現在は、「Tweezer-Razor」となっており、「ヘアカーラー」の語句は Wikipedia の説明欄にしかないようです。

Tweezer はピンセット(毛抜き)、Razor はカミソリです。

まあ、化粧道具には違いない?

こちらは金でできていて、動物はジャッカルとあります。

櫛 紀元前1295年頃-紀元前1070年(第19王朝~第20王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
櫛 紀元前1295年頃-紀元前1070年(第19王朝-第20王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元: CC-Zero

 メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

馬形の櫛(象牙製) 紀元前1295年頃-紀元前186年頃(第19王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵
馬形の櫛(象牙製) 紀元前1295年頃-紀元前186年頃(第19王朝、新王国時代) メトロポリタン美術館蔵

引用元:馬の櫛 CC-Zero

メトロポリタン美術館による解説はこちらです。

医術パピルスに書かれた、髪の悩みに関する処方

医術に関することが書いてあるエーベルス・パピルスには、髪に関する悩みにも対応?しています。

髪の毛が抜け落ちるようにするには ー 焼いた蓮の葉を油に浸し、それを憎い女の頭にのせる。

エーベルス医術パピルス

『イシスの娘』 p.184.

禿げた人の髪の毛を生えさせる処方 ー ライオンの脂、カバの脂、鰐の脂、猫の脂、蛇の脂、アイベックス(*湾曲した大角をもつヤギ)の脂、これらをすべて混ぜ、禿げた人の頭によくすり込む。

エーベルス医術パピルス

『イシスの娘』 p.185.

ライオンの脂や鰐の脂って、育毛・養毛も命がけですね。

(有名なパピルスに書かれているからといって、本当にやらないようにお願いします)

また、毛髪の色を変える方法として、ヘンナを練り状にしたものを使い、手足の爪もこれで色をつけるようにと勧めているそうです。

ミイラにカツラ

ここまで、髪を剃ったり短くしたりして、強い日差しを防ぐことや防虫の意味でかつらを着ける話をしてきましたが、

 頭を剃るのが流行ったことは分かっているのに、どの時代のミイラも、生まれつきの髪をたっぷり生やして見つかっている。

『イシスの娘』 p.185.

あれ、生やしてる???

確かに、恋の歌には髪の美しさに言及したものがありますよね。

「…真っ直ぐのびた首、輝く乳房

まるで瑠璃のような髪。 …」

(チェスター・ビーティー・パピルスから 『古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』. 原書房. p.94. )

女性の髪に魅了される男性もいれば、人びとの間に抜け毛に対する悩みもあったのなら、やっぱり自前の髪に対する愛着もあったのでしょうか。

髪に関するこちらの記述も大変興味深いものがあります。

王妃アフメス・ネフェルタリのミイラは、人の髪で編んだかつらをかぶっていた。彼女はだいぶ年をとってから亡くなった人なので、自然の髪はもうほとんど残っていなかったのだろう。このかつらはミイラ職人が気を利かせたものだが、たぶん彼らは、死後の世界で頭の毛もなしに生まれ変わるようないたわしい思いを、王妃ともあろう方にさせるわけにいかないと考えたのである。

『イシスの娘』 p.185.

王妃様が髪の毛無しで生まれ変わるのは、ミイラ職人にとっては「おいたわしい」と思われることだったのかな、と。

『古代の発明』には、エジプト人の毛髪とかつらに関する研究に携わる、イギリスのエジプト学者ジョーン・フレッチャー氏に関する記述があります。

フレッチャー氏の研究では、

野菜か草の繊維からつくった非常に値段の安いカツラ(ローマ時代に貧困階層の間に人気があった)を考慮に入れなければ、フレッチャーが今まで調査したすべてのカツラの毛はもともと人間のものであることが明らかにされた。確かにその多くは、毛髪がまだ提供者の頭にあるときその頭にはびこっていた人頭シラミの死骸を含んでいる。だから、エジプト人が羊毛からカツラをつくっていたという初期の報告書がしばしば行った指摘は矛盾している。分析されたカツラはたいてい蜜蠟の影響も示している。蜜蠟は温めて、巻き毛にする前に使用されたのである。

『古代の発明』. p.281.

かゆっ。

研究が進んだら、また何か面白いことがわかるかもしれませんね(^^)。期待しています。

櫛や髪飾り、彫像など、他にも良いものがたくさんありますが、とても載せきれませんので、長い長い歴史の中から、代表的なもの・面白いものを中心に選んで載せてみました。

最後までお付き合い下さって有難うございました。

主な参考文献
  • 『古代の発明』 ピーター・ジェームズ、ニック・ソープ(著) 矢島文夫(監修)
  • 『アクセサリーの歴史事典 上 頭部・首・肩・ウエスト』 レスター&オーク(著) 古賀敬子(訳)
  • 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館
  • 『古代エジプト女王・王妃歴代誌』 吉村作治(監修) ジョイス・ティルディスレイ(著) 創元社
  • 『古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』 ザヒ・ハワス(著) 吉村作治・西川厚(共訳) 原書房
  • 『トリノ・エジプト博物館』 朝日新聞出版
  • 「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」(2014-2015)
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コメント

コメント一覧 (20件)

  • love-petit-four (id:korekara-watashi)様
    こちらこそ、美しいものを見せていただいて有難うございました。本当に素敵でした。心の中では、もっと多くの方に知って貰いたい、でもこの素晴らしさ、誰にも言わずに私が独り占めしてしまいたい(-ω-)という葛藤が…。
    髪を剃るとか短くしてかつらを着ける、と多くの書籍に書かれています。しかしパピルスでは、毛の悩みに対する処方や、女性の髪の美しさをうたっています。しかも、ミイラになったお妃にもファラオにも髪の毛あるんですよね…。なに、この不思議さ(=゚ω゚)という感じです。
    ちょうどPCでうまく記事の保存が出来なかったりしたので、とりあえず無理矢理終わりにしまして、次回はミイラにも登場して頂こうと思っています。
    このブログは「書籍紹介」ブログなのに、専門家ではない私の感想が入ってしまうので、敢えて別記事にしたいと思います。今日も夜勤ですので、また明日以降ですね。
    あ、メリト所有のかつらは人毛のようです。すごくいい保存状態ですよね( ̄▽ ̄)。
    良かったらまた次回もお付き合いください。よろしくお願い致します。

  • YouTubeでのコメント、登録ありがとうございました♪
    とっても嬉しかったです♡
    いつも凄い調査力と記事で、興味深く読ませていただいています。
    その中で、全剃りで、かつらですか…
    なんか想像と違ってびっくりしました。私の古代エジプトのイメージでは、王家の紋章なので…
    メリトのかつら、本物ですよね??
    今の時代にも残っているって凄いですね!でもなんだか、ぞぞ~~っとしました(怖)

  • まどろみ (id:madoromi-life)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    おかげ様で、今のところ無事です。
    まどろみ様の体調も気掛かりですが、ご丁寧にこうしてコメント寄せていただけて嬉しいです。まどろみ様のブログの更新もチェックしており、更新、他の方への返信などされていると、ほっとします。
    仰るように、こんな昔にこんな手の込んだ宝飾品、すごいですよね。王侯貴族の権威、資金力、一体どれだけのものだったのかと思います。想像するだけでも楽しいですが、本当はタイムスリップして実際の使用状況を見に行きたい…。
    次回もまたお付き合いくださいますようお願い致します。でもその前に寝てくださいね(*´ω`*)

  • Pちゃん (id:hukunekox)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    ふっふっふ。次回もかつらものです( ̄▽ ̄)。
    次回はミイラさんにも出ていただこうと思います。
    うーん、まだ宴会場に辿り着きませんねえ。
    ちょうど次のに掛かろうとしたら「頭上の円錐形」に関するニュース記事を目にして、私のブログを見に来てくれるひとに間違ったことを伝えちゃいかん!と思い、急いで記事にしました。
    最近のニュースなので、各書籍には当然訂正や追記は無い筈ですから。
    それは何とかあげたのですが、その後コメント欄に返信しようとしたら、全然ネットが繫がらないし~💦
    また次回もどうぞお付き合いくださいませ。よろしくお願い致します。🍩🍩🍩←賄賂

  • ko-todo (id:ko-todo)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    そうなんです、髪を剃るだの短くしてかつらを着ける、とあちこちの本に書いてあるのに、パピルスにはこんな処方や、髪の美しさをうたっているよって…。
    ちょうどパソコンで、うまく記事の保存が出来なくなっていたので、無理矢理終わり、次回はこの続きにします。
    「書籍紹介」ブログなのに、専門家でも何でもない私の感想になってしまうので、別記事に。
    あとミイラにも登場していただこうと思います。そのミイラね、ちゃんと髪の毛あるんですよ。
    皆やっぱり髪大事じゃん!と思いましたよ。
    良かったらまた次回もお付き合いくださいませ。よろしくお願い致します。

  • ことぶ㐂(ことぶき) (id:lunarcarrier)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    髪を剃る話を書いておきながらアレですが、このような抜け毛?に悩む人向けの処方があったんですね。
    でもヤギはその辺にいないし、鰐を捕まえるには危険が伴う…。材料集めが危険過ぎです。
    命を賭けるより、髪の悩みは医師へ、ですね(^^)。

  • どんぐり (id:saki-compass)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    ほんとにこの時代に行って、実際に自分の目で見てみたいものばかりです。
    トトメス3世妃の髪飾りと同じようなものが東京にあるなんて、ロマンですよね。思わず「近!」と言っちゃいましたよ(笑)

  • まーたる (id:ma-taru)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    メリトアメン像、綺麗ですよね。気に入っていただけて良かった💛
    今回冒頭に挙げましたように、今までこうだ!と考えられていたものが実は全然そうじゃなかった!という発見は今後も続くかもしれません。トトメス三世妃の髪飾りも「本当に」髪飾りなのかはっきりわからないそうですが、でも王妃像のでかい頭飾り、儀式のときに「実際に」被ったとして…。
    相当重かったのでしょうねえ…( ;∀;)首が死ぬ~肩が死ぬ~。
    この時代の庶民に生まれたら、家の中に入ってくるネズミや蛇退治、貴人に生まれたら肩凝りで大変だったかも(;^ω^)
    宴会場に辿り着くまでまだもう少し…また次回もよろしくお願い致します。

  • だるころ9216 (id:darucoro9216kun)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    かつらの話、この後もうちょっと続きます。この記事を書いているとき上手く保存が出来ないなど、少々ネット?が不調気味だったというのと、もうひとつ理由がありまして。
    その後いくつか書いて、それからようやく宴会が始まりますが、宴会では高貴な人々のためにワインが出て参ります(笑)。
    あんまり言うとネタが尽きますが、庶民はビールを家庭で作っていて、学校で勉強する子供に親がパンとビールを届けたという話もございましたかね…(ぼそぼそ)。
    ぜひまた次回もよろしくお願い致します(^^)。

  • schun (id:schunchi2007)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    ウィッグも装身具も始まりは様々な理由があるのでしょうが、とにかくこの出土品のクオリティの高さに驚かされますよね。デザインも素敵で、私も欲しい…いやいや、これらを作らせたファラオや貴族の威光、資金力、想像もつきません。
    ビールはほぼ毎日作っていたとか、庶民は家庭で作っていたという話がありますが、王侯貴族は仰るようにワインを飲んでいたようです。飲み過ぎた人間もやっぱりいたみたいですしね(笑)。
    この記事、まだ宴会場に辿り着きませんが、宴会が始まったら、勿論ワインも食べ物も出て来ますよ~(^O^)/
    またよろしくお願い致します

  • 蝶々 (id:miko1221)様
    返信遅くなって申し訳ありません。
    コメント有難うございました。
    化粧やかつらの歴史なんて、中高生の歴史の授業ではやりませんよね(笑)。そんなことに興味を持って調べて、授業のなかでその意味・意義を織り込んで教えてくれる先生なんてのも少ないのではないかと思います。
    でも、そういったことがきっかけで歴史を好きになり、興味を持つのだと思うんですけどね。
    今回も読んで下さって有難うございました。

  • ハンナさん、こんばんは☆
    お忙しいとは思いますが、お元気にお過ごしでしょうか?
    しかしスゴイですよね、美への拘りが。
    豪華な髪飾りや髪留めひとつ見ても、優雅さが伝わってきますね。
    文明が栄えるってスゴイ事だなぁと思います。

  • ハンナさん🌸こんばんは〜(≧∀≦)
    美術館に行ったような感じでした😲✨
    素晴らしい記事ですね✨
    やはり人毛が貴重だったんですね〜シラミかぁ
    いまでこそ見ないけど、乾燥された場所でもいたんですね〜本当の髪を全剃りなんて、大変💦
    高貴な方大きな装飾つけて、肩こり凄かっただろうな..w
    古代エジプトここまでの模型や人形やミイラなど残ってることは素晴らしいですよね✨
    技術がここまで進んでたことに驚きました✨😲
    エジプトの事は全然わかりませんでしたが、私もどなたかのコメントで読んだ王家の紋章読みたくなりました💕😊🌸大作記事ありがとうなりすごい楽しかったです💖

  • かつらをかぶれば、禿げてても関係なさそうですが…。
    毛生えの処方も有るのですね^^
    以前、TV番組で、髪の薄い方とアフロ系の方とで、夏場屋外での頭部の温度上昇を比べていましたが、アフロ系の方の方が頭が涼しという結果が…。
    わざわざ実験するまでもなく、この時代からわかってた事だったのですね。
    ジャッカルの髪結いのお道具、素敵^^
    冠のついたかつら…
    何やら宇宙人の兜の様で…
    銀河な感じがします^^

  • 毛を生えさせる処方・・・
    材料が手に入りません( ;∀;)

  • ハンナ(id:hanna_and_art)さん
    ボブからロングまで流行があるなんて現代と変わらず、、、しかもトトメス3世妃の髪飾りかわいいですね!一部日本にあるなんて見に行きたくなりました(*´∇`*)♪お洒落だったんですねー

  • おはようございます(о´∀`о)
    古代エジプトのかつらの歴史、深いですねぇ(*☻-☻*)
    漫画『王家の紋章』でかつらを被ってたのを知りましたが、時代によって流行りがあるとは知りませんでした❗️
    長さや毛にもこだわりが❗️
    オシャレに対する情熱は現代と同じですね(*´∀`*)
    王妃のかつらはプラス装飾品で、どんなにか重かったろうなと思いました。
    首や肩コリ相当だったのでは( ̄▽ ̄;)
    トトメス3世妃の頭飾り、色合いや細かな装飾が素晴らしいですね〜❗️
    とても古代に造られたとは思えないくらい鮮やかです
    (*☻-☻*)
    ラムセス2世王女、メリトアメンの胸像の美しさに見惚れてしまいました。
    穏やかな優しい表情に王女らしい気高さも感じられて、すごくすてきな像ですね(*´∀`*)
    今回も古代エジプトに思い切り浸れました❗️
    ありがとうございます(*´꒳`*)
    体調に気をつけてお過ごしくださいねヽ(*^ω^*)ノ

  • カツラの考え方が変わりました。暑い地域だったから、発達したんですね。単なるオシャレじゃ無いってのが、妙に納得出来ました!
    そして、我らが村長さんのなんと奥さんは酋長みたいな貫禄のある顔立ち。世界初の女性酋長だったって文書は残ってませんか?(ませんよね)
    ちょっと想像と違ったのは、お酒(ビール)作りは杜氏みたいに歌いながら作ってるイメージでした。
    でも、残ってる感じから…作業感が強いですね。
    職人って感じじゃなく、一般家庭の一連の作業って感じが伝わります。パンとビールは一緒に作ってる感じだから、別々に作られたって説はおかしい気もしますが…。ビールを作る過程で、あんなにズボっと手を入れてる部分がたくさん残ってるのが「わぁ〜」このシーンがビール作りを思わせるんだぁ〜。って不思議な感覚です。手についた菌で発酵させてるのか?
    お酒の話になると…長くなっちゃうので、この辺で、ゆっくりまたまた写真鑑賞しようと思います。

  • おはようございます!!
    ウィッグに髪飾りにフレグランスに。
    現代人とある意味同じような感じもあり、
    人間の歴史的なつながりを感じました。冠きれいですね~~~。
    それにしても、この時代からすでにビール造り。
    発酵の技術を持ち合わせていたんですね。
    お酒の楽しみは大事ですしね。
    エジプトっていうと葡萄酒なのかなって固定観念を持ち合わせていただけに新たな発見でした(笑)。
    さすがエジプト~って感じですね。
    今日もお勉強になりました!!

  • そんな昔からかつらってあったんですね😮
    教科書では、教えてくれない面白いことが沢山歴史に詰まってるんですね😆✨

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