画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

今日、古代エジプトの宴会に行くのでメイク中です。

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「一瞬行った気になる古代エジプト」。

今回は「今からお出掛けするのでメイク中」の気分をほーんの一瞬味わう企画です。

それでは家の中に入ってみたいと思います。

化粧する貴族階級の女性(マネキン) ロイヤル・オンタリオ博物館
化粧する貴族階級の女性(マネキン) ロイヤル・オンタリオ博物館

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大したものです。

目次

古代エジプトのお宅拝見

化粧する貴族階級の女性(マネキン) ロイヤル・オンタリオ博物館
化粧する貴族階級の女性(マネキン) ロイヤル・オンタリオ博物館

引用元:化粧する貴族女性 _ Keith Schengili-Roberts _CC-BY-SA-3.0-migrated CC-BY-SA-2.5,2.0,1.0

紀元前3000年頃に始まった、古代エジプト。今から5000年程前のことですね。

『お金の流れでわかる世界の歴』(KADOKAWA)によると、古代エジプトは、

…実は徴税システムが非常に優れており、また民衆の生活もかなり豊かだったようなのである。

 古代エジプトというと、ピラミッドに象徴されるように、ファラオと呼ばれる国王が絶大な財力を持っていたことが知られている。だが、豊かだったのは、王だけではない。

 エジプトの領民たちは、貧しい家の人でもカマドのある家に住んでいたという。また、エジプトでは、ゴミ問題なども発生していたが、これは領民たちが、すでに都市生活を営んでいたという証拠でもある。

 王に財力があり、民も豊かな生活をしていたということは、徴税システムが整備されていたということである。

『お金の流れでわかる世界の歴史』 大村大二郎(著) KADOKAWA p.20.

その長い歴史のなかの出来事を細かく挙げていくことはここではできませんが、ざっくり言うと、しっかりした徴税システムのおかげで、王国は3000年間も続き、民衆の生活もそれなりに豊かだったとのことです。

そのエジプトの家の基本設計は「ほとんどみな同じ」のようです。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』(新書館)ではこう述べられています。 

富める者の家も貧しい物の家も、住むための家も、死者のための墓も、神殿ですら変わらない。まず誰でも出入りできる中庭があり、そこから、半ばおおやけに解放された広間のような部屋を一つ二つ通って中へ入ると、その先はプライベート・エリアである。どんな家でも、そこへ入れるのは女性と子供と肉親の男性だけにきびしくかぎられていた。この基本設計は、いまのエジプトの田舎でもほとんどの家に受け継がれている。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 p.105.

来客の際はメインの広間で相手をし、家の裏手にあった「女の間」に客が入室することは好ましくないとされました。

 家はこのように判で押したような造りになってはいても、誰にも想像がつくとおり、住まいとしての規模にはたいへんな開きがあった。途方もなく広い王宮や豪奢を誇る田舎の屋敷もあれば、貧しさをきわめる人たちが住む、たった一部屋しかない小さなあばら屋もあって、その差は大きい。家のりっぱさに関わりなく、豊かな人にも貧しい人にも好まれた建築資材は、泥で作る日干し煉瓦だった。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 p.106.

古代エジトの庶民の家は、日干しレンガで出来た、小さめの2DKだったそうですが、身分の高い人々の家は勿論広くて大きいもの。

木材、石材も使われましたが、レンガに比べて高価で扱いづらい素材でもあったため、他に代わるものが無い場合や、裕福な家の使用(土台等)に限られました。

村や町を築くときは、毎年起こる氾濫より高い場所に作りました。

日干しレンガで出来た家は湿気を嫌うからですが、日干しレンガは耐久性が低く、数十年もすると家には穴が開いたようです。

しかし、泥のレンガには熱を遮る効果があり、夏は涼しく冬は暖かと快適そう。

建て増しや家の中の区分けも難しくないため、改修は自分でも可能でした。

更に、壁と屋根ですが、

家の内部構造からいっても、泥の煉瓦は素材に持って来いだった。家の壁は、かなり重い屋根を支えるために、わりあい厚くしなくてはいけなかったからである。

 いっぽう屋根そのものは、壁と壁のあいだに渡す梁の木材が足りないため、やや幅を狭めておく必要があった。家を拡げようと思えば、屋根を支えるために、中の仕切りもそれにあわせて増やさなくてはいけない。始めからそういう柱をつけられる裕福な人だけが、いかめしくもりっぱな大広間を持てたのである。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.107.

『図説古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』(原書房)では、「紀元前14世紀半ば」のアマルナの裕福な個人宅について、

壁に囲まれた個人の庭に位置する裕福な住まいは、涼み廊下から、ほかの小さな部屋や寝室に広がる中央の接待の広間へ入るようになっていた。階段が二階と屋上につながっていた。寝室の中のいくつかには石灰岩で内部を覆われ、一角に排水設備がある簡単な浴室付きの部屋だった。その後ろには従業員と倉庫用の場所、それと最も奥に台所とオーブンがある中庭があった。ブドウ棚と長方形のプールがあるちゃんとした庭には多くの場合、独立した家庭用の祠堂があった。これらの裕福な家の部屋でも大きさは現在の人々の住んでいる面積より小さいというのは非常に興味深い。

『図説古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』(ザヒ・ハワス(著) 吉村作治・西川厚(共訳) 原書房 p.140.

窓ガラスはまだ無く、採光については、

大小に関わらず、これらの家は小さな高窓でしか採光されておらず、割と暗かったであろう。

『図説古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』 p.141.

とあり、油を使った陶器のランプが活躍したようです。

仏壇みたいなもの カーサさんの祠堂(しどう)

先程、家庭用の「祠堂」いう言葉が出て来ましたので、イタリアのトリノ・エジプト美術館にある、新王国時代の「カーサの祠堂」をご紹介します。

大きさは33.5㎝×14.5㎝、木材で出来ています。 

カーサの祠堂 紀元前1292年-1186年頃 第19王朝 トリノ美術館蔵
カーサの祠堂 紀元前1292年-1186年頃 第19王朝 トリノ美術館蔵

引用元:カーサの祠堂_ Pava _CC-BY-SA-3.0 

カーサという名の人物が持っていたとされる祠堂で、仏教でいう仏壇のようなもの。一般人は簡単に神殿の奥に入れなかったことからつくられた。

『トリノ・エジプト博物館』 朝日新聞出版 p.23.

書記ジェフティネフェルさんの家の中

ジェフティネフェルさんは新王国時代の王宮の書記で、宝物庫の監督も務めていました。

三階建ての彼の家はかなりの広さがあり、テーベでもかなり衛生環境が良いところに建っていたそうです。

いちばん下の階か地下室らしいところはあきらかに召使いたちの居場所である。日々の雑事、パンを焼き、ビールをこしらえ、機を織るのは、家のあるじと家族の目につかないところでおこなわれた。一つ上の階は、天井が高い上品な応接間で、涼をとるためか上まで届く高い窓があった。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.112.

いちばん上には個人用の部屋、家族がのんびりする部屋、女性たちだけで使う部屋が用意されていた。平屋根には円錐型のサイロが五つ置かれているが、どうして屋根に穀物を蓄えたのかはよく分からない。ひょっとして屋根だと、あまり虫がつかない効果でもあったのだろうか?この屋根はまた、料理をしたり、食材を加工したりするところとしても使われたようである。町でこのくらい贅沢な家となると、ごく限られた豊かな人だけに許された特権だった。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.112.

中王国時代の家

『図説古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』で述べられた「紀元前14世紀半ば」というのは、新王国時代です。

下の二点の画像は、それより前の中王国時代のものです。

大雑把で申し訳ありませんが、「こーんなイメージ」で見ていただければと思います。

家の模型 紀元前1750 –1700年頃 第13王朝 メトロポリタン美術館蔵
家の模型 紀元前1750 –1700年頃 第13王朝 メトロポリタン美術館蔵

引用元:家の模型 CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説(英語)はこちらです。

家の模型 紀元前1750 –1700年頃 第13王朝 メトロポリタン美術館蔵
家の模型 紀元前1750 –1700年頃 第13王朝 メトロポリタン美術館蔵

引用元:家の模型 CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説(英語)はこちらです。

上下とも、「屋上」に繋がる外階段が付いていますが、『イシスの娘』にこのような記述があります。

 ディール・エル・メディナにあった、テーベのネクロポリスで働く人のために建てられた家は、みな申し合わせたように細長く狭い。だいたい15×5メートルくらいの広さしかない。入ると正方形の居間があり、その奥にすこし大きめの部屋と、物置か寝室用の小さな部屋があり、狭い中庭があってそこが台所になった。それに地下の貯蔵庫がついていることもある。屋根には外の階段から登れるようになっていて、夏の暑い夜には家族そろってこの屋根で寝たと思われる。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.112.

暑い夏の夜、家族揃って眠ったんでしょうね。川の字? 

メケトレさんのお墓の副葬品

メケトレ( Meketre )さんは第12王朝、中王国時代のメンチュヘテプ2世、メンチュヘテプ3世、アメンエムハト1世の治世で、首相と高官を務めていました。

彼の墓からは多くの興味深い模型が出て来ています。

メケトレの墓の副葬品 紀元前1981年 –1975年頃 中王国時代 メトロポリタン美術館蔵 
メケトレの墓の副葬品 紀元前1981年 –1975年頃 中王国時代 メトロポリタン美術館蔵

引用元:ポーチ、庭の模型 CC-Zero

メケトレの墓の副葬品 紀元前1981年 –1975年頃 中王国時代 メトロポリタン美術館蔵 
メケトレの墓の副葬品(正面) メトロポリタン美術館蔵

引用元:メケトレの墓の副葬品(正面アップ) CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説(英語)はこちらです。

メケトレの墓の副葬品 パンを焼いたり、ビールをつくったり。
メケトレの墓の副葬品 パンを焼いたり、ビールをつくったり。 メトロポリタン美術館蔵

引用元:パン焼き・ビール醸造の作業 CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説(英語)はこちらです。

こんな彫像もメケトレさんのお墓から出てきました。

女性像(メケトレの墓の副葬品) 中王国時代 第12王朝 メトロポリタン美術館蔵
女性像(メケトレの墓の副葬品) 中王国時代 第12王朝 メトロポリタン美術館蔵

引用元:女性像 CC-Zero

この女性像のメトロポリタン美術館の解説(日本語版)はこちら です。

家族のプライヴェート・ルーム 

寝室

どの家でも、寝室というのは地味だったとのことです。

背もたれが付いた、ちゃんとした椅子や、場所を取る木製のベッドといったものは、エリート層が持てるステータス・シンボルのようなものでした。

たいてい就寝時には、敷物か、折りたためる亜麻布のシーツを使い、夜が明けたら枕と一緒に片付けていたようです。

下の画像はファラオの豪華枕です。置物としても愛でられそうです。

ツタンカーメン王が実際に使用した枕 エジプト考古学博物館蔵
ツタンカーメン王が実際に使用した枕 エジプト考古学博物館蔵

引用元:ツタンカーメン王の枕 Ovedc CC-BY-SA-4.0 

下部に「ネブ・ケぺルウ・ラー」とツタンカーメン王の王名が記されている。トルコ玉色青緑のガラス製。金の帯の部分で1つにつながれている。高さ18.5×28.1×8.7㎝。

『図説ツタンカーメン王』 仁田三夫(著) 河出書房新社 p.61.

このほかに寝室の家具といってもぎりぎり必要なものしかなく、

きっとあったろうと思えるのが低いスツールで、髪を整えたり、顔を直したりするときに使ったはずである。また身分の高い婦人の寝間では、化粧品や宝石箱がたいせつな役割を果たしていた。たぶんエジプトではいい木材が足りなかったからだと思うが、特別あつらえの寝室というのは知られていないし、衣裳棚や食器入れ、整理ダンスなどもめったになかった。かわりに、箱や、留めひも付きの編み籠など、さまざまな種類の整理箱があり、たたんだ衣類や亜麻布、あるいは個人の持ち物はそこにしまっておいたと思われる。

『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 p.118.

衣裳棚や整理ダンスは無かったのですね。

室内は「こーんな感じ(*’▽’)」のでしょうか。

化粧する貴族階級の女性(マネキン) ロイヤル・オンタリオ博物館
化粧する貴族階級の女性 ロイヤル・オンタリオ博物館

貴族女性が椅子に腰かけてメイク中ですが、低い机の上には化粧道具や宝石箱、アクセサリー?が載っていますね。

衣裳は新王国時代のカラシリス?

宝石箱

宝石箱 紀元前1504年-紀元前1447年 新王国時代 第18王朝 メトロポリタン美術館蔵
宝石箱 紀元前1504年-紀元前1447年 新王国時代 第18王朝 メトロポリタン美術館蔵

引用元:宝石箱 CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説(英語)はこちらです。

メイクグッズ

メリトの化粧箱 紀元前1338年-1351年頃 新王国時代 第18王朝 トリノ・エジプト博物館蔵
メリトの化粧箱 紀元前1338年-1351年頃 新王国時代 第18王朝 トリノ・エジプト博物館蔵

引用元:メリトの化粧箱 _ Jean-Pierre Dalbera CC-BY-2.0

監督官カーさんの奥様、メリトさんの化粧箱です。このような化粧品でメイクをしていたんですね。

それでは、この後古代エジプトの宴会に行くので、これからメイクの仕上げに入ります。

今回もお付き合いいただきまして、有難うございました。

主な参考文献
  • 『お金の流れでわかる世界の歴史』(大村大二郎(著) KADOKAWA) 
  • 『イシスの娘 古代エジプトの女たち』 ティルディスレイ(著) 細川晶(訳) 新書館 
  • 『トリノ・エジプト博物館』 朝日新聞出版
  • 『図説古代エジプトの女性たち よみがえる沈黙の世界』 ザヒ・ハワス(著) 吉村作治・西川厚(共訳) 原書房
  • 『図説ツタンカーメン王』 仁田三夫(著) 河出書房新社
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コメント

コメント一覧 (16件)

  • パンダくん (id:ponponpanda8787)様
    お忙しいのに、来てくださって有難うございます!!!
    今日もお会いできて嬉しいです!
    「化粧」って、最初は呪術的なものから始まったようですが、それが段々魅力up★↑を狙ったものになったようです。
    私はめんどくさがり屋の手抜き女ですが、メイクしてキレイになって気分も上がる…というのはよくわかります。
    私が文化史にハマったのは正に「化粧の文化史」からでした。化粧にはいろんな意味があるんだな、とか、綺麗に装いたい気持ちは古今東西共通、とか、国によって色の意味が違うとか。
    たーのーしー(^O^)
    残念ながら、貧富の差は、完全に無いということは無いのかなと思います。でも、やっぱり、みんなで仲良く豊かという理想に憧れますね。飢餓も戦争も無い。まずこれが基本ですよね。
    そして弱者に優しい社会、弱者という概念も無い世界であって欲しいです。
    次回はメイクものです。パンダさん用に、元ファイルそのものを見ていただけるようにしていますので、ぜひ原本を大きくして見てみてくださいまし💛
    またよろしくお願い致します。

  • ハンナさん、こんにちは。こちらに到着するのがずいぶん遅くなってしまいました(⌒-⌒; )
    エジプトのお話は面白いです。なるほど〜、へ〜、そうなんだ〜などなど呟きつつ読ませていただきました。メイクする女性からは当時を想像し、妄想し、自分を重ねてみたり・・楽しいですね(๑>◡<๑)♬ それにしても、どこの国もいつの世も貧富の差はあるのですね。みんな平等で、仲良く平和にっていう国、あるといいのに(*´ー`*) 自粛で狭い世界にしかいることができない今、ハンナさんが連れて行ってくださる世界は目の前が広がります。ありがとうございましたヽ(*´∀`)

  • だるころ9216 (id:darucoro9216kun)様
    コメントを残してくださって有難うございました。
    昔、エジプトの王様は自分のピラミッド建設の為に人々(奴隷)を強制的に働かせていたのだと思っていましたが、どうも違うようです。
    奴隷ではなく多くは職人さんたちで、しかもピラミッド建設は農業が出来ない間の公共事業の意味もあったらしい、とか。
    「古代エジプト人はパン食い人」(https://hannaandart.com/entry/2019/11/04/023807)でも書きましたが、「なんじゃそりゃあ!」と言いたくなるような職人の欠勤理由もあったりで、現代日本の我々とそんなに変わらないのかな(仕事サボりたい)と思います。
    エジプトの領土は元々砂漠が多く、いい木材は外国から輸入していて、それで木製の家具の所有はステータス・シンボルだったようです。
    後で見て説明不足と感じたり、専門家ではないので今いち知識不足ではあると思いますが、自分が「この話、妙にツボ」と思う物を取り上げております。
    良かったら、またお付き合いください。
    有難うございました。

  • id:kagenogori様
    とても嬉しいお言葉を有難うございました。他の記事も見て下さって、こちらも有難うございます。
    真面目な世界史系ブログではなく、人間の生活、欲望に寄り添う文化史ブログ(本当は本の紹介)でありたいと思っております。
    一緒に面白がっていただければ大変嬉しいです。
    こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。

  • 写真は最近よく眺めてます。エジプトの事は…ホントに知りません。古代エジプトには優れた建築が多く有りますよね!建築の天才が居たんですかね?(幼稚なコメントで申し訳なしです)
    でも、何だかエジプトの暮らしって優雅な感じですよね。イメージと全然違います。
    勝手なイメージですが、王にこき使われて重い石を運ばされてるイメージでした!
    お墓に対する気持ちの入り込み方に感心します。それに、オシャレを楽しんでたんですね↑
    今は砂漠でも昔は豊かな場所だったのでしょうね(間違ってたら…お許し下さい。勝手な想像です)

  • こんなブログがあったなんて!
    はじめて立ち寄らせていただきます。
    読者登録させていただきました。
    過去記事もこれから読ませていただこうと思いますが、どれから読もうか迷って(笑)しまいますね(;’∀’)
    よろしくお願いいたしますm(_ _)m

  • schun (id:schunchi2007)様
    コメント有難うございます。
    今回はあれだけしか掲載しませんでしたが、模型で見るとすごくイメージしやすいですよね。ホントはもっといろいろあって面白いです。
    壁画も模型も、「超裕福」そうに描写されていても、それがまるきり真実とも限らず、誇張があったり、彼らが思い描く最高の姿かも知れないそうです。いつの日かその謎が解けるかもしれませんね(*^▽^*)
    いい木材が入手しづらいエジプトでは、富裕層は穀物などと引き換えに外国から木材を輸入して、工芸職人に上質な椅子やベッドなどつくらせたようです(と本に書いてありました)。
    彫刻付きの背もたれ付きの椅子は、ホントにステータス・シンボルだったのでしょうね(*´ω`*)。
    古代エジプトでも空き巣はいたと思いますが、家族で屋根で寝るって、大丈夫だったんですかね。実はそこがかなり知りたいところです。
    今回も読んでくださって有難うございました。

  • Pちゃん (id:hukunekox)様
    見てくれてどうも有難うございましたキタ――(゚∀゚)――!!。
    なかなか理想的な画像も少ないし、参考書も揃ってはいませんでしたが(実家に置いてある本は買わずに図書館で確認したりしていたのですが、現在休館(-_-メ))、なんとか引っ張って寝室までたどり着きました。庶民の主婦は家事が結構大変そうだったので、先に貴族女性にしてしまいました(笑)。
    また、庭や召使いの作業風景、家の模型、ハニーズをお手本にしながら構成してみました( ..)φ。
    次はメイクやファッション系をやりたいと思っていますが、副葬品のハーブ類もまた調べてみますね。私も興味あります。
    ホメてくれてどうもありがとう(*^▽^*)とーっても嬉しいです。

  • おはようございます!!
    模型を副葬品にするってすごいですね。
    とってもよく当時のイメージが付きやすくなります。
    昔は、夏の暑い時期には外に寝たりと結構おおらかな時代だったんだなぁ~って感じました。(笑)。
    背もたれ付きの椅子がステータスだったってのも驚き。
    今では普通にどこにでもありますのでね。(笑)。
    今日もいいお勉強になりましたo(_ _ )o。

  • こんばんは(#^.^#)
    素晴らしいの一言です✨
    何から書けばいいのかと言うほどですね✨
    今3回目読んでましたwww🤣
    古代エジプト人の庶民の暮らしが気になってたので、色々教えて頂いてありがとうございます😊💕メケトレの墓の副葬品すごいですね✨実際に作ってる状況がそのまま残ってるなんて💦
    貴族階級の女性のメイク姿、やはりヘアスタイルはあの形が流行りだったのかなぁって、、
    副葬品にあったハーブはミルラなのかなぁとかなんかドキドキして見ちゃいました、語ると長くなりそうなのでwww本当に素晴らしいブログ記事見せて頂いてありがとうございます😊感謝します✨💖

  • 森下礼 (id:iirei)様
    コメント有難うございます。
    …なんか、ホメてくださってます…?
    恐縮です、といいますか、全然全然集中力とは無縁な人生でして、すぐ飽きて、今やっていたことを忘れて遊ぶという、かなり危機的記憶力なのですが。
    だからこそ、自分の為だけの備忘録ブログを始めたんですよね。何がどこに書いてあったか、全然思い出せないという。
    細密な絨毯ですか、いいですねえ。
    崩壊気味の手際の悪さと不器用さですが、多分嫌いではないです。
    こんなカネになんないブログなんてやってるよりそちらの方が…と過りましたとも(笑)。
    今回も見てくださって有難うございました。

  • まーたる (id:ma-taru)様
    おお~!!!気付いてくださいましたか、さり気なく込めておいたメッセージに!
    とそこまで大袈裟ではありませんが(笑)、ツタンカーメンさん、復顔したものを見ると結構イケメンで、まーたる様の想像は合っていると思います。
    枕はもう少し庶民ぽいのをとも思ったのですが、ツタンカーメンが実際に使った枕の画像を発見しましたので、こちらを参考画像に使いました(まーたる様用)。
    そして、ナニゲに混ぜた次回予告(笑)。
    ふっふっふ、宴会の前に、メイクアップ特集と、もうひとつを考えておりますのよ。あんまり言うとネタが尽きますので申せませんが(^_^)。
    遅番・夜勤が暫くありませんので、多分次は割りと早く投稿できそうです。勿論まーたる様のブログも遡って拝読させていただきます。
    今回もお付き合いくださって有難うございました。

  • いつも思いますが、貴女の集中力はスゴイです。この力をもってすれば、細密な絨毯も、見事なのが織れそうです。
    作家でいえば、記憶力バツグンだった、故・大西巨人がそんな感じだったかな?

  • ko-todo (id:ko-todo)様
    コメント有難うございます。
    トイレはですね、やっぱりおまるとか、木製の便座椅子などもあったようですが、でも大体は野原とか砂漠で用足しだったらしいです。
    やっぱり、ほんとはどんな生活をしてたのか、気になりますよね。この時代の貴婦人ならいいけど、庶民の主婦は大変そうですよねえ。
    壁から入ってくる蛇を撃退する話なんて、倒れそうですよ。壁から蛇(=゚ω゚)ノ?私ムリ。

  • こんばんは(о´∀`о)
    古代エジプトの世界にタイムトリップしたかのように思いましたよーーー❗️ヽ(*^ω^*)ノ
    古代エジプトの女性もオシャレですねぇ(*☻-☻*)
    どの時代も女性は自分を美しくみせる努力を怠らないのは素晴らしい❗️
    (まーたるは怠りまくりでありますが(; ̄ェ ̄))
    ツタンカーメン王が実際使用した枕‼️(*☻-☻*)
    なんてなんて綺麗な青色(*☻-☻*)
    ツタンカーメン王は若くして崩御されたと本で見たのですが、だからなのかツタンカーメン王は私の中では端正な顔立ちの青年王なんです。
    その王が気持ち良く吹く風の中で、健やかな寝息を立てて眠っている風景を思い浮かべることができます(*´∀`*)
    あぁ、楽しい❗️ヽ(*^ω^*)ノ
    次回の宴会もすごく楽しみで、ウキウキワクワクであります(●´ω`●)
    ワクワク感をありがとうございますヽ(*^ω^*)ノ

  • 副葬品の芸が細かいですね。
    バストイレ付な~んて、憧れの豪邸だったのでしょうね。。。
    そういえば…
    トイレってあったのかしら?

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