18世紀のヘアスタイルに欠かせないモノ「プフ」

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今回は、あの「髪飾り」と呼んでしまうには存在感が大き過ぎるアレの話です。セットするのも大変ですが、セットした後も大変だったという…。

Coiffure belle-poule, 1780年頃の風刺画
Coiffure belle-poule, 1780年頃の風刺画
目次

Pouf / プフ 

1774年のヴェルサイユ。

頭に付けたプフ(クッション)の上に、自分の最愛の人や事物を連想させる物を乗せた「愛着(サンティマン)プフ」(フランス語 Pouf aux sentiments / 英語 Sentimental pouf )が流行し、これを着けたシャルトル公爵夫人が姿を見せます。

Louise-Marie-Adélaïde de Bourbon-Penthièvre, Duchess of Orléans / Louise-Marie-Adélaïde de Bourbon-Penthièvre, duchesse d’Orléans, après 1789, MV 3912, INV 3065, LP 3636, D-49-6, INV.1850 4598, 61826, 109 cm × 86,5 cm, huile sur toile, Élisabeth Louise Vigée Le Brun, Château de Versailles, ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル 1789年以降 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン ヴェルサイユ宮殿(現在マルセイユ美術館に寄託)
ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル (Louise-Marie-Adélaïde de Bourbon-Penthièvre, duchesse d’Orléans) 1789年以降 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン ヴェルサイユ宮殿(現在マルセイユ美術館に寄託)

引用元:ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル

ヴェルサイユ宮殿Louise-Marie-Adélaïde de Bourbon-Penthièvre, duchesse d’Orléans , MV 3912

ヴィジェ=ルブランによる、ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル(1753年3月13日 – 1821年6月23日)の肖像画です。

1769年のオルレアン公イ・フィリップ2世との結婚により、シャルトル公爵夫人、後にオルレアン公爵夫人などとも呼ばれました。

『ローズ・ベルタン マリー=アントワネットのモード大臣』(白水社)ではシャルトル公爵夫人(当時夫はシャルトル公爵)として登場します。

プフの例

王妃マリー・アントワネットの「モード大臣」ローズ・ベルタン(1747年7月2日 – 1813年9月22日)が、シャルトル夫人の為にデザインした「伝記風プフ」。

プフの上には、シャルトル公爵夫人の飼っているオウム、息子のルイ・フィリップ、夫シャルトル公爵、実父パンティエーヴル公爵、義父オルレアン公爵の像が乗っていました。

勿論それ自体の画像はありませんが、こんな感じ?

Pouf aux sentiments de Depain, coiffeur pour dames (1780), センチメンタル・プフ(愛着プフ)の例 1780年
センチメンタル・プフ(愛着プフ)の例 1780年

引用元:センチメンタル・プフ(愛着プフ)

Gallerie des Modes et Costumes Français. 18e. Cahier des Costumes Français, 12e Suite d'Habillemens à la mode en 1779. S.103 "Costume de Dame de Cour sous le regne de Louis XVI…", Designed by: Claude-Louis Desrais (French, 1746–1816), 1779, Hand-colored engraving on laid paper, 44.1376, Engravings in the Museum of Fine Arts, Boston, Claude-Louis Desrais (1746 - 1816) のファッションプレート(1779年) ボストン美術館蔵
Claude-Louis Desrais (1746 – 1816) のファッションプレート(1779年) ボストン美術館蔵

引用元:Claude-Louis Desrais(1746-1816 )のファッションプレート

ボストン美術館Gallerie des Modes et Costumes Français. 18e. Cahier des Costumes Français, 12e Suite d’Habillemens à la mode en 1779. S.103 “Costume de Dame de Cour sous le regne de Louis XVI…”

Costume de Dame de Cour sous le regne de Louis XVI, en esag’e pour les bals de la Reine en 1774,1775 et 1776 adopté pour le role de la Marquise de Lenoncourt dans le drame intitule la bataille d’Ivry éxécuté a Lyon par le Sr. P. N. Sarrazin Costummier de la Famille Royale.

ボストン美術館Gallerie des Modes et Costumes Français. 18e. Cahier des Costumes Français, 12e Suite d’Habillemens à la mode en 1779. S.103 “Costume de Dame de Cour sous le regne de Louis XVI…”

(Google翻訳:ルイ16世治世下の宮廷婦人の衣装。1774年、1775年、1776年の王妃の舞踏会で使用されたもので、王室の衣装製作者であったP.N.サラザン氏がリヨンで上演した劇「イヴリーの戦い」において、ルノンクール侯爵夫人の役のために採用された。)

The heads and shoulders of three women who wear elaborate wigs and head-dresses. Etching by Rosmaesler (?). Wellcome Collection 32269i
The heads and shoulders of three women who wear elaborate wigs and head-dresses. Etching by Rosmaesler (?). Wellcome Collection 32269i

引用元:The heads and shoulders of four women wearing elaborate wigs CC-BY-4.0

Wellcome CollectionThe heads and shoulders of three women who wear elaborate wigs and head-dresses. Etching by Rosmaesler (?).

頭上には花だけでなく、船が載っていますが。

なぜそんなものが? と一瞬思いますよね。

フランス国立図書館の記事から引用します。

Au 18e siècle, la mode prend véritablement son essor en France et devient l’objet de toutes les extravagances. Cette fameuse coiffure à « la Belle Poule », plus tardive, était portée en l’honneur de la frégate qui s’était illustrée lors d’un combat naval en 1778.

Robe de mousseline avec bordure d’indienne et coiffure anglaise

(Google翻訳:18世紀、フランスではファッションが真に隆盛を極め、あらゆる種類の贅沢が流行した。後に登場したこの有名な「 ベル・プール 」ヘアスタイルは、1778年の海戦で功績を挙げたフリゲート艦を称えて着用されたものだった。)

下は、1780年頃の風刺画です。

Coiffure belle-poule, 1780年頃の風刺画
Coiffure belle-poule, 1780年頃の風刺画

引用元:風刺画 Moreau.henri

1780年頃の「ボリュームヘア」をテーマにしたヘアスタイルを誇張して風刺したカリカチュア。髪に物を挟むことで主張を表現している。(Google翻訳)

Wikipedia:Coiffure belle-poule

風刺画ですので、いくらか誇張も入っていると思われます。 実際にはこれに近い? これ ⇩

ベル・プール風ヘアスタイル (Coiffure belle-poule (estampe du XVIIIe, anonyme))
ベル・プール風ヘアスタイル (Coiffure belle-poule (estampe du XVIIIe, anonyme))

引用元:Coiffure Belle-Poule 2A

BnFCoiffure belle-poule

1778年6月17日の戦闘

アメリカ独立戦争(1775年~)が始まる直前、イギリス海軍とフランス海軍の間には緊張が高まっていました。

1778年6月17日、フランスのフリゲート艦 ベル・プール(Belle Poule)と、イギリスのフリゲート艦 アレトゥーザ (Aréthuse) との間で戦闘が行われます。

この戦いは、「アメリカ独立戦争中にイギリスとフランスの海軍の間で行われた最初の戦い」(Wikipedia)で、フランス側が勝利しました。

ヴェルサイユ、パリでは熱狂的に勝利を祝い、宮廷では「ベル・プール」を載せたヘアスタイルが流行します。

フリゲート艦ベル・プール(Belle Poule) Musée Mer Marine de Bordeaux
フリゲート艦ベル・プール(Belle Poule) Musée Mer Marine de Bordeaux

引用元:Maquette BPoule Dadanard CC-BY-SA-4.0

手元に資料が無かったので Wikipediaを参考にしましたが、この中に気になる人物の名が見えまして。

ルイ16世は沈黙を破り、 アンドレ・マリー・ド・グジヨン・ド・ベリザル伯爵のフリゲート艦を含む、イギリス軍に拿捕された2隻の艦船について言及し、「国際法に反してイギリス艦隊が私のフリゲート艦ラ・リコルヌとラ・パラスを拿捕し、とりわけ私の国旗を侮辱したことで、私が意図していた穏健さを放棄せざるを得なくなった[ 6 ]」と述べた。(中略)2隻の船の拿捕は、ベル・プール号の戦いが王国中に巻き起こした途方もない熱狂の中で、ほとんど注目されなかった。ラ・クロシェテリー氏がフリゲート艦の運命について抱いていた懸念は杞憂に終わった。報告を受けたドルヴィリエ伯爵は、急いで艦隊の優秀な水先案内人と100人の精鋭水兵を派遣し、彼らは待ち伏せしていたイギリス艦隊の監視の下、ベル・プール号の生存者たちを助けて同艦をブレスト港へ連れ戻した。同艦が港に到着するとすぐに、国王の従兄弟で海軍総監のシャルトル公が乗艦し、この輝かしい艦の士官と乗組員を祝福した。ルイ16世は、1週間後にラ・クロシェテリー氏に大尉の任命を与え、満足の意を表した。フリゲート艦の乗組員たちは、昇進や負傷者への年金、国王からのボーナスも受け取った。(Google翻訳)

Wikipedia:Combat du 17 juin 1778

「国王の従兄弟で海軍総監のシャルトル公」、先に挙げた「シャルトル公爵夫人(ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル)」の夫です。

王族ですが、マリー・アントワネットを盛んに中傷した人物としても有名です。

Louis Philippe Joseph, Duke of Chartres, later Duke of Orléans (1747-93), 1785, オルレアン公ルイ・フィリップ2世(1747年4月13日 - 1793年11月6日) 1785年 ジョシュア・レノルズ バッキンガム宮殿
オルレアン公ルイ・フィリップ2世 (Louis Philippe Joseph, Duke of Chartres, later Duke of Orléans (1747-93)) 1785年 ジョシュア・レノルズ バッキンガム宮殿

引用元:オルレアン公ルイ・フィリップ2世

フランス海軍の勝利を記念したヘアスタイル「ベル・プール 」。

これを考案したのは、マリー・アントワネットの美容師 レオナール (Léonard-Alexis Autié) です。

Léonard / Léonard-Alexis Autié,Vers 1751 - 20 mars 1820, レオナール 18世紀
レオナール (Léonard , vers 1751 – 1820) 18世紀

引用元:レオナール

ルイ16世妃マリー・アントワネットは、船をあしらったかつらを作らせ、それに宮廷全体が倣ったそうです。

ヘアピン、髪粉

18世紀、フランス宮廷の貴婦人の間で、「そびえ立つ髪型」が流行した時のことです。

髪の毛を不動の構造体のように垂直方向に固定するので、あるアレンジには「ハリネズミ」スタイルと名がついた。建造物のようなその髪の上には「プフ」と呼ばれる大きなクッションが乗せられ、これがさまざまな飾りの土台となった。ベルタンは、「ぴったりしたもの」「シンプルなもの」「互い違いのプリーツの入ったもの」「逆さ蝶」などさまざまなプフを作りだし、その上に流行のものをすべて、安物から贅沢品まで、うまく取り付ける才に長けていた。

『ローズ・ベルタン マリー・アントワネットのモード大臣』 白水社

ネーミングが…イカしてます、かね。

文中の「ベルタン」とは、後に王妃マリー・アントワネットの「モード大臣」と呼ばれた、ローズ・ベルタン(1747年7月2日 – 1813年9月22日)です。

Rose Bertin, 1770 - 1785, The image of Rose Bertin came from London's Witt library., Vigée Lebrun, ローズ・ベルタン (Marie-Jeanne Rose Bertin) と思われる肖像 1770 - 1785年 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン
ローズ・ベルタン (Marie-Jeanne Rose Bertin) と思われる肖像 1770 – 1785年 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン London’s Witt library

引用元:ローズ・ベルタン

あの大きなヘアスタイルをどうやって作っているのか、非常に気になっていましたが、

髪を支えるために、針金や馬の毛などが使われた。また、ボリュームを出すために入れ毛が使われ、仕上げには髪粉やポマードを使用した。

能澤慧子(監修). 2016-3-30. 『世界服飾史のすべてがわかる本』. ナツメ社. p.96.

やっぱり針金が使われていたのですね。

ついには「90センチメートルを超える高さの巨大な髪」も登場し、更にそこに大きな羽根飾りも付くとあっては、やはり生活するのにも一苦労、馬車に乗るのも一苦労です。

馬車の天井につかえてしまうので、窓から頭だけ出していた、ということもあったようです。

そこで、髪の高さを高くしたり低くしたりする方法が編み出されました。

重さも、一説には 5キロくらいのものもあったとか。

また、装着したプフには、多くのヘアピンが使われます。

つけ髪とは別に、馬の毛を入れて膨らませた大きなクッションが使われる。数10センチメートルの長いヘアピンがまるで森のように突き刺さり、その尖った先端は頭皮に固定される。パウダーやポマードが大量に使われるので、その芳香がやがて互いにいがらっぽくなって神経に触る。頭部からの発汗が妨げられるうえ、頭部の健康にも大きな脅威だ。何か重いものがこの美しき頭部の上に落ちると、尖った鉄の針で穴だらけになってしまいかねない。

『ローズ・ベルタン マリー・アントワネットのモード大臣』

…危険ですね。 物が落ちてきたら大惨事になりかねません。

Académie de coiffure on the rue de la Chaussée-d'Antin - The Picture Magazine vol3 1894 p263, Old print showing Léonard-Alexis Autié's Académie de coiffure on the rue de la Chaussée d'Antin in Paris in 1788, レオナールが設立した、ショーセ・ダンタン (Chaussée d'Antin) 通りにある理髪学校の風刺画 1788年
レオナールが設立した、ショーセ・ダンタン (Chaussée d’Antin) 通りの理髪学校の風刺画 1788年

引用元:Académie de coiffure on the rue de la Chaussée-d’Antin – The Picture Magazine vol3 1894 p263

A woman at her dressing table in 1780 having her hair powder, Library reference: ICV No 20153, Wellcome Collection, 化粧台で髪粉をかけてもらっている女性の図(1780年) Wellcome Collection
化粧台で髪粉をかけてもらっている女性の図(1780年) Wellcome Collection

引用元:A woman at her dressing table in 1780 having her hair powder CC-BY-4.0

1778年のマリー・アントワネットの肖像

Erzherzogin Marie Antoinette (1755-1793), Königin von Frankreich, 1778 | Marie Louise Elisabeth Vigée-Lebrun, Leinwand, Gemäldegalerie, 2772, 273 × 193,5 cm, Kunsthistorisches Museum, Gemäldegalerie, マリー・アントワネットの肖像 1778年 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン 美術史美術館蔵
マリー・アントワネットの肖像 (Erzherzogin Marie Antoinette (1755-1793), Königin von Frankreich) 1778年 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン 美術史美術館蔵

引用元:マリー・アントワネット

美術史美術館Erzherzogin Marie Antoinette (1755-1793), Königin von Frankreich

ヴィジェ=ルブランによる、マリー・アントワネットの肖像画。

高く結った髪に、ダチョウの羽根飾りをつけています。

Portrait of Marie Antoinette, Charles Emmanuel Patas, the Gallerie des modes, Bibliothèque nationale de France, 18世紀 フランス国立図書館蔵
マリー・アントワネットの肖像 (Portrait of Marie Antoinette (the Gallerie des modes)) 18世紀 フランス国立図書館蔵

引用元:Portrait of Marie Antoinette – Patas

portrait (Savoie-Carignan Marie Thérèse Louise de, Lamballe Marie Thérèse Louise princesse de, femme, à mi-corps, de trois-quarts, assis, coiffure) / Portrait of the Princess of Lamballe / MARIE-THERESE-LOUISE DE SAVOIE-CARIGNAN, PRINCESSE DE LAMBALLE (1749-1792), 214 H ; 158 L, MV 3905 ; INV 9818 ; LP 3702, CALLET Antoine François, Collections des musées de France (Joconde), ランバル公妃の肖像 18世紀 アントワーヌ=フランソワ・カレ ヴェルサイユ宮殿
ランバル公妃の肖像 (MARIE-THERESE-LOUISE DE SAVOIE-CARIGNAN, PRINCESSE DE LAMBALLE (1749-1792)) 18世紀 アントワーヌ=フランソワ・カレ ヴェルサイユ宮殿

引用元:ランバル公妃

MARIE-THERESE-LOUISE DE SAVOIE-CARIGNAN, PRINCESSE DE LAMBALLE (1749-1792)

1776年頃?のランバル公妃。

マリー・アントワネットの女官長で、シャルトル公爵夫人の兄嫁です。

「一杯のチョコレート」を楽しむパンティエーヴル公の家族と「9月虐殺」

不潔

セットするには当然数時間がかかります。 費用もかかる。 となると、頻繁に洗えないから、不衛生です。

髪粉やポマード、虫も湧きそうだし、埃もつきそう…。

そして、一度セットしたら、2週間はベッドでゆっくり眠れなかったという…。

しかし、例外もあり、その代表的人物が、デュ・バリー夫人。

デュ・バリー夫人は例外

Portrait of the Countess Du Barry as Flora / Portrait de la comtesse Du Barry en Flore, 1769, V 2011.19, 70.5 cm 58 cm, François-Hubert Drouais, the Musée national des châteaux de Versailles et de Trianon, 『フローラに扮したデュ・バリー夫人』 1769年 フランソワ=ユベール・ドルーエ ヴェルサイユ宮殿
『フローラに扮したデュ・バリー夫人』(Portrait de la comtesse Du Barry en Flore) 1769年 フランソワ=ユベール・ドルーエ ヴェルサイユ宮殿

引用元:『フローラに扮したデュ・バリー伯爵夫人』

1769年のデュ・バリー夫人(1745年8月1日 – 1793年12月7日)。

宮廷貴族も大層不潔なこの時代に、デュ・バリー夫人にはとても「特異」な習慣があり、

女性たちは複雑に結い上げた髪のなかへ櫛を突っ込んで汚れをこそげ落とした。油ぎった頭皮にシラミがわくと、かゆくてたまらないからだ。それに対してデュ・バリー夫人には、汚れも、臭いも、ノミもシラミも無縁だった。夫人は週に何度もバラの香りの風呂を浴びていた。

エレノア・ハーマン(著) 高木玲(訳). 2005-12-30. 『王たちのセックス 王に愛された女たちの歴史』 KKベストセラーズ. p.70.

清潔にしていた女性だったのですね。

しかし、「週に何度もバラの香りの風呂」に入るのはすごく贅沢な習慣だったのでは…。

そこはやはり国王の寵姫だからこそできたことではないかと思います。

コーヒーを飲むルイ15世の寵姫たちの絵 デュ・バリー夫人とポンパドゥール夫人

ルーヴル美術館で観るデュ・バリー伯爵夫人ゆかりのもの

英国でも流行

デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ (Georgiana (Spencer) Cavendish, Duchess of Devonshire) 1775 – 1776年 ジョシュア・レノルズ

Georgiana (Spencer) Cavendish, Duchess of Devonshire, ca.1775-76, 25.20, Joshua Reynolds(Opens in new tab) (British, 1723–1792), 239.4 x 147.5 cm, oil on canvas, The Huntington Library, Art Museum, and Botanical Gardens, デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ 1775 - 1776年 ジョシュア・レノルズ ハンティントン・ライブラリー蔵
デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ(Georgiana (Spencer) Cavendish, Duchess of Devonshire) 1775 – 1776年 ジョシュア・レノルズ ハンティントン・ライブラリー蔵

引用元:デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ

ハンティントン・ライブラリーGeorgiana (Spencer) Cavendish, Duchess of Devonshire

英国社交界の華、ファッションリーダー、マリー・アントワネットと交流があった、デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナです。

デヴォンシャー公爵夫人が被るつば広の帽子「ゲインズバラ・ハット」

『青い服を着た婦人の肖像』(Woman in Blue) 1770年後半 – 1780年初頭 トマス・ゲインズバラ

Woman in Blue, Gainsborough, Thomas (1727-1788), late 1770s - early 1780s, oil on canvas, 76,5x63,5 cm, ГЭ-3509, The Winter Palace, 298, The State Hermitage Museum, 『青い服を着た婦人の肖像』 トマス・ゲインズバラ 1770年後半 - 1780年初頭 エルミタージュ美術館蔵
『青い服を着た婦人の肖像』(Woman in Blue) 1770年後半 – 1780年初頭 トマス・ゲインズバラ エルミタージュ美術館蔵

引用元:『青い服を着た婦人の肖像』

エルミタージュ美術館Woman in Blue

18世紀英国の画家、トマス・ゲインズバラ (Thomas Gainsborough, 1727年5月14日 – 1788年8月2日) の『青い服を着た婦人の肖像』(『青衣の婦人の肖像』)です。

このモデルは諸説ありますが、盛り上げて飾りをつけたヘアスタイルや髪粉、濃い頬紅、腕のブレスレットに、ロココの甘~い香りが漂いますね。 

衣装の青がタイトルの由来『青い服を着た婦人の肖像』

『グレース・ダルリンプル・エリオット夫人 (1754?–1823年)』( Mrs. Grace Dalrymple Elliott (1754?–1823) ) 1778年 トマス・ゲインズバラ

Mrs. Grace Dalrymple Elliott (1754?–1823), 1778, Thomas Gainsborough (British, Sudbury 1727–1788 London), Oil on canvas, 234.3 × 153.7 cm, 20.155.1, The Met, グレース・ダルリンプル・エリオット夫人 (1754?–1823年) 1778年 トマス・ゲインズバラ メトロポリタン美術館蔵
グレース・ダルリンプル・エリオット夫人 (1754?–1823年) (Mrs. Grace Dalrymple Elliott (1754?–1823)) 1778年 トマス・ゲインズバラ メトロポリタン美術館蔵

引用元:グレース・ダルリンプル・エリオット夫人 (1754?–1823年)

メトロポリタン美術館グレース・ダルリンプル・エリオット夫人 (1754?–1823年)

髪、こうして見ると、結構高さがありますね。

主な参考文献
  • 『ローズ・ベルタン マリー・アントワネットのモード大臣』 白水社
  • 能澤慧子(監修). 2016-3-30. 『世界服飾史のすべてがわかる本』. ナツメ社.
  • エレノア・ハーマン(著). 高木玲(訳). 2005-12-30. 『王たちのセックス 王に愛された女たちの歴史』. KKベストセラーズ.
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