画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

ロココ貴婦人のミュールとジャン・オノレ・フラゴナールの『ぶらんこ』

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ロココ時代の貴婦人たちの足元って気になりませんか?

一体どのような靴を履いていたんでしょう? ドレスの下を、少し覗いてみたいと思います。

『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

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目次

『ぶらんこ』( The Swing ) 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール

『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

引用元:『ぶらんこ』

まず、色の綺麗さとドレスの可愛さに注意が行きますね。

脱げたピンクのミュールが宙を舞い、ドレスの下から白いストッキングが覗きます。

『ぶらんこ』の注文

「司教が押すぶらんこ。それに乗る自分の愛人と、それを下から覗き見る自分の姿を描いて欲しい」

このような注文が、ある画家のところへ舞い込みます。

注文主はサン=ジュリアン男爵(1713年-1788年)。

絵の左下、とっても嬉しそうな表情の若い男性です。

「ぶらんこに乗る」ことは、その当時、性行為を意味していました。

内容の軽薄さから、その画家は注文を断ります。

代わりにその仕事を引き受けたのが、フラゴナールでした。

注文時は「司教」でしたが、ぶらんこの後ろにいるのは初老の男性に変更されています。

これにより、男性は女性の年上の夫とも取ることができ、「不倫」の匂いが濃くなってきました。

「ぶらんこに乗る」彼女を心配?、興味深そうに仰ぎ見る、彫刻のキューピッドたち。

画面左で「内緒」というように、意味あり気に唇に指を当てるキューピッド。

「ヒミツ」の匂いがまた濃くなります。

『ぶらんこ』 ウォレス・コレクション蔵
『ぶらんこ』 ウォレス・コレクション蔵

…、娘の片方の靴が脱げて飛んでいるのは性的に奔放であることを意味します。さらに靴が向かう先にあるクピド(エロス、愛の神)像が指を立てて内緒のポーズを取り、不倫の恋がテーマであることを示唆しています。

木村泰司(著). 『名画は嘘をつく 2』. ビジュアルだいわ文庫. p.141.
『クピド』 高さ91 cm×幅 50cm×奥行き 62 cm 1757年頃 エティエンヌ=モーリス・ファルコネ ルーヴル美術館蔵
『クピド』 1757年頃 エティエンヌ=モーリス・ファルコネ ルーヴル美術館蔵

引用元:『クピド』 Ricardo André Frantz (User:Tetraktys), 2007 CC-BY-SA-3.0

 フラゴナールは、この奇妙な三角関係を、男女の仲を取り持つキューピッドたちの微妙な所作しょさと絡み合わせながら描いています。彼は、自由な恋愛を謳歌する当時の風潮を、注文主の要望に添いながらも、一八世紀の貴族社会末期に繰り広げられた貴族たちの滑稽な現実を皮肉を込めて表したのでしょう。低俗な風俗画に留まるか、芸術の域にまで高まるかの、きわどい所に位置している作品です。

神林恒道・新関伸也(編著). 2011-12-20. 『西洋美術101 鑑賞ガイドブック』. 三元社. p.96.

この版画版も当時人気がありました。

絵の中に描かれた薔薇は女性を、初老の男性の足元にいる犬は男性を象徴しており、左の男性(注文主)が挙げた左腕は性的興奮を意味する、など、ここまでくると完全に「イケナイ感」たっぷりなのに、ロココらしく軽やかで華やかで、とっても嬉しそうな男性の表情につい、ニヤリとしてしまいそうです。

注文内容は下品ですが、絵は色っぽくても(官能的ともいう)、やっぱり下品にはなっていないと思います。

王様の脚線美

かつて、「脚線美」という言葉は男性の脚に使われていました。

フランスのルイ14世(1638年-1715年)はハイヒールを履き、バレエで鍛えた足を見せつけています。

ルイ14世の肖像 1700年頃 イアサント・リゴー ルーヴル美術館蔵
ルイ14世の肖像 1700年頃 イアサント・リゴー ルーヴル美術館蔵

引用元:ルイ14世の肖像

ヘンリー8世 1537年 ハンス・ホルバイン(子) ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵
ヘンリー8世 1537年 ハンス・ホルバイン(子) ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵

引用元:ヘンリー8世

イングランドのヘンリー8世(1491年-1547年)は、ヴェネツィア大使セバスティアン・ジュスティニアンからこのように絶賛されています。

国王陛下はこれまで目にした権力者の中でいちばんの美男子だ。身長はふつうの男性よりも高く、脚のふくらはぎは見事な形をしている。

ジェニファー・ライト(著). 二木かおる(訳). 『史上最悪の破局を迎えた13の恋物語』. 原書房.

貴婦人たちの足は長いドレスに隠されていましたから、夫や恋人など限られた人しか見ることができません。

一体どのような靴を履き、どのようなストッキング(靴下)を身に着け、それをどのように留めているのか、少し覗いてみましょう。

貴婦人のドレスの下 ストッキングとミュール

『ガーター』 1724年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ メトロポリタン美術館蔵
『ガーター』 1724年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ メトロポリタン美術館蔵

引用元:『ガーター』

『化粧』 1742年 フランソワ・ブーシェ ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵
『化粧』 1742年 フランソワ・ブーシェ ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵

引用元:『化粧』

中国趣味の物が見られる室内。

付けぼくろをした女性がストッキングを紐で結んでいます。

このブーシェの絵の、衝立の後ろからちらっと覗いている絵は、当時パステル画で非常に人気が高かったロザルバ・カッリエーラのものです。

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ポンパドゥール夫人』

『ポンパドゥール夫人』 1756年 フランソワ・ブーシェ アルテ・ピナコテーク蔵
『ポンパドゥール夫人』 フランソワ・ブーシェ

引用元:『ポンパドゥール夫人』

ルイ15世の公式寵姫ポンパドゥール夫人のドレスから覗くミュールも、女性らしいデザインの、とても手の込んだ作りであることがわかります。

1700年代に使われていたミュール

下は、実際に1700年代に使われていた履物です。

ミュール(仏) 1710年-1729年 皮、絹製 メトロポリタン美術館蔵
ミュール(仏) 1710年-1729年 皮、絹製 メトロポリタン美術館蔵

引用元:18世紀初頭のミュール CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

ミュール(仏) 18世紀初頭 絹、リネン、皮製 メトロポリタン美術館蔵
ミュール(仏) 18世紀初頭 絹、リネン、皮製 メトロポリタン美術館蔵

引用元:18世紀初頭のミュール CC-Zero

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

17世紀スタイルとミュール

17世紀スタイルとミュール

乗馬ブーツを中心に16世紀末からヒールが浸透しはじめるが、17世紀になるとバロックの華やかな宮廷ファッションとともにハイヒールが登場する。また、金糸、銀糸で刺繍された美しいミュール(室内ばき)が流行し、室内の貴婦人たちの足元を飾った。

『靴のラビリンス 苦痛と快楽』. INAXギャラリー. p.27.

また、『エロチックな足 足と靴の文化誌』ではパンプス型やモカシン型など八つのデザインを挙げ、そのなかの一つ、ミュール型について、

ミュール型。この型の始りは、古代シュメール人がはいていた、底が平らで背の部分がない簡単な上履き(スリッパ)だった。彼らはこれを、部屋履きの靴、あるいは上靴を意味するミュル(mulu)と呼んでいた。何世紀か後に、イタリア人がその下に曲線美を具えたかかとをつけた。こうして、この型の靴をはいた足は、性的な魅力を持つようになった。というのも、靴底に足をすべりこませると、足は半ば覆われ、半ば露出していることになるからである。この靴型は今も世界中に拡がりつづけており、夜会靴として使用されることも多い。あるいは、この型の靴をしっかり足に合わせることができるように、バックベルトやホールターといった革紐がつけられていることもある。とはいえ、ミュールをはいたときの、足が半ば覆われ、半ば素足のままの外観は、シースルーのブラウスやドレスと同じ原理にもとづいて、デザインされているのである。

ウィリアム・A・ロッシ(著). 山内 昶 (監訳). 西川 隆・山内 彰 (翻訳). 1999-1-10. 『エロチックな足 足と靴の文化誌』. 筑摩書房. p.135.

女性靴用バックル

靴用バックル(イングランド) 1780年-1785年 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
靴用バックル(イングランド) 1780年-1785年 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

引用元:靴用バックル

バックル付きの靴(イングランド) 1740年から1750年の間 絹、ダマスク織、皮製 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
バックル付きの靴(イングランド) 1740年から1750年の間 絹、ダマスク織、皮製 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

引用元:バックル付きの靴

パトン( patten )

パトン 18世紀初頭ヴェネツィア ロシモダ靴博物館蔵
パトン 18世紀初頭ヴェネツィア ロシモダ靴博物館蔵

引用元:パトン Museo Rossimoda della calzatura CC-BY-SA-3.0

ミュールは「室内履き」でしたが、パトンはオーバーシューズ( overshoes )ともいい、 靴の上に重ねて履きます。

このパトンについて、

パトン

外出用のオーバーシューズ

17~18世紀、都市の道路はまだ整備されず、汚物に溢れていたことはよく知られているとおりである。貴婦人たちは、屋敷から馬車に乗るまでの間、靴が汚れないように、靴の上に重ねてパトン(オーバーシューズ)をはいた。底に金輪をつけたものもあって、外出用のほか、一般の人々の掃除や水仕事用にも使われたようである。

『靴のラビリンス 苦痛と快楽』. INAXギャラリー. p.33.

ロココ絵画の画家ジャン・オノレ・フラゴナール(Jean Honoré Fragonard, 1732年4月5日-1806年8月22日)

フラゴナールは、ロココを代表する巨匠、シャルダンとブーシェに師事し、シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー(または、カルル・ヴァン・ロー)からも影響を受けます。

1歳年下のユベール・ロベールとも交流を持ちました。

『朝の身繕い(部屋着)』 1741年 シメオン・シャルダン 

『朝の身繕い(部屋着)』 1741年 シメオン・シャルダン スウェーデン国立美術館蔵 
『朝の身繕い(部屋着)』 1741年 シメオン・シャルダン スウェーデン国立美術館蔵

引用元:『朝の身繕い(部屋着)』

『狩猟の合間の昼食』 1737年 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー

『狩猟の合間の昼食』( Halte de chasse ) 1737年 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー ルーヴル美術館蔵
『狩猟の合間の昼食』 1737年 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー ルーヴル美術館蔵

引用元:『狩猟の合間の昼食』

『廃墟となったルーヴルのグランド・ギャラリーの想像図』 1796年 ユベール・ロベール

『廃墟となったルーヴルのグランド・ギャラリーの想像図』 1796年 ユベール・ロベール ルーヴル美術館蔵
『廃墟となったルーヴルのグランド・ギャラリーの想像図』 1796年 ユベール・ロベール ルーヴル美術館蔵

引用元:『廃墟となったルーヴルのグランド・ギャラリーの想像図』

『サン=クルーの祭』 1775年 ジャン・オノレ・フラゴナール

『サン=クルーの祭』 1775年 フラゴナール フランス銀行(パリ)
『サン=クルーの祭』 1775年 フラゴナール フランス銀行(パリ)

引用元:『サン=クルーの祭』

※高解像度版はないとのこと。画集等で見るともっと鮮明で、柔らかい色遣いです。

パリ南西の郊外サン=クルーでは毎年9月の日曜日に、祭が開かれていた。パリから大勢の見物客が訪れた祭をかなり忠実に描いたと考えられるこの絵は、パンティエーヴル公よってオテル・ドゥ・トゥールーズのために注文されたものである。

(『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎 P29)

『ぶらんこ』の背景でもわかりますが、フラゴナールの風景画もまた素晴らしいです。

主な参考文献
  • 『史上最悪の破局を迎えた13の恋物語』 原書房 ジェニファー・ライト(著) 二木かおる(訳)
  • 『靴のラビリンス 苦痛と快楽』 INAXギャラリー 
  • 『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎
  • 『名画は嘘をつく 2』 木村泰司(著) ビジュアルだいわ文庫
  • 神林恒道・新関伸也(編著). 2011-12-20. 『西洋美術101 鑑賞ガイドブック』. 三元社.
  • 木村泰司(著). 2018-10-5. 『人騒がせな名画たち』. マガジンハウス.
  • ウィリアム・A・ロッシ(著). 山内 昶 (監訳). 西川 隆・山内 彰 (翻訳). 1999-1-10. 『エロチックな足 足と靴の文化誌』. 筑摩書房.
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コメント

コメント一覧 (6件)

  • こんにちはー。
    私などはシンプルに「いいなあ」と絵画を楽しみたい方ですが、身分や教養に応じて、隠された意図をきちんと「読み解かねばならない」ひとたちもいたのでしょうね。
    仰るように、庶民レベルではどうだったのでしょうか。興味がありますね。
    また、脚線美とチラリズムのドキドキ感はやっぱり女性の方がアリかも知れません(笑)。
    今回もお読みいただき有難うございました。

  • こんにちはー。
    絵には、いろいろな意味が込められているんですね。
    当時絵を見ていた人たちがこのような隠れた情報をどれほど理解して
    見ていたのか興味があります。
    当時、見ればだれでもわかるような常識的なものだったのか、
    見る人が見て、『二ヤリ』のレベルだったのか。
    どうだったんでしょうね。
    それと、やっぱり脚線美は女性のほうが。。。(^^)

  • 蝶々様
    今回も有難うございます。
    私はドレスを一着手に入れて壁にぼーんと飾ってみたいと思っています。
    着られないけど、常に近くで鑑賞したい…。あれひとつで立派な工芸品ですからね。
    男性のファッションはまた改めて特集してみるつもりです。
    現代の日本の感覚とはえっらく違うものもありますので、よろしければぜひまたお付き合いくださいませ。よろしくお願い致します。
    有難うございました。

  • Shun 様
    コメント有難うございました。
    ロココの絵画を見ても、貴婦人の靴は爪先しかわからないですよね。
    昔博物館で実際に見たとき、随分小さいなと感じたのですが、改めて「どんなのだっけ」と思い出そうとすると凄くおぼろげで…。
    覚えておくためにも記事にしてみました。
    結局書ききれなかったため、また次回に回してしまいましたが…。
    またぜひよろしくお願い致します。

  • やっぱり、ドレスは憧れちゃいますね💕
    でも、男性の服を見てしまうとニヤニヤしちゃうのでまだまだ歴史を解っていない素人の私ですみません😱

  • おはようございます。
    これまた素敵なお洋服(笑)。
    それに靴の装飾もすごいんですね。
    この時期の靴ってあまり目に留まることがなかったので、拝見して、わぁ~さすが!!(笑)って思ってしまいました。
    また絵の見方が変わってきましたo(^o^)o
    ありがとうございました!!o(_ _ )o

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