画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

17世紀、貴婦人たちの食卓にフォークが無い

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1600年代の貴婦人たちの食事風景です。彼女たちの食卓にナイフはありますが、現在私たちが日常的に使っているアレが無いようです…。

『夫の留守中の貴婦人たちの会話』( Les femmes à la table en l'absence de leurs maris ) アブラアム・ボスにちなむ(1636年頃の原画)
『夫の留守中の貴婦人たちの会話』( Les femmes à la table en l’absence de leurs maris ) アブラアム・ボスにちなむ(1636年頃の原画)

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目次

食事中の貴婦人たち

『夫の留守中の貴婦人たちの会話』( Les femmes à la table en l’absence de leurs maris ) アブラアム・ボスにちなむ(1636年頃の原画)

『夫の留守中の貴婦人たちの会話』( Les femmes à la table en l'absence de leurs maris ) アブラアム・ボスにちなむ(1636年頃の原画)
『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 アブラアム・ボスにちなむ(1636年頃の原画)

引用元:『夫の留守中の貴婦人たちの会話』

何をテーマにお喋りしているんでしょうねえ。

フランスの画家・アブラアム・ボス(アブラハム・ボスとも表記、Abraham Bosse, 1602年又は1604年-1676年)にちなむ絵、貴婦人たちの食事風景です。

この奥方たちは夫の留守に乗じて七面鳥とソーセージを賞味している。周到にも侍女たちを買収して口止めしながら。お気付きのように, 食事会は, 豪華に飾り付けられた, 寝室にもなる広間で繰り広げられた。当時, 寝室はまだ, 独立していなかったのである。

アントニー・ローリー(著). 池上俊一(監修). 2007-6-10. 『美食の歴史』. 創元社. p.81.

七面鳥とソーセージ、と『美食の歴史』に書かれていますが、今ひとつ様子がわかりにくい。

というわけで、ボスの絵にちなむもう一枚の絵を掲載、拡大してみました。

アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 17世紀 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)
アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 17世紀 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)

引用元:アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』

アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 17世紀 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)
アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)
アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 17世紀 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)
アブラアム・ボスにちなむ『夫の留守中の貴婦人たちの会話』 エクーアン城(国立ルネッサンス美術館)

豪華な衣装は勿論ですが、料理、お皿、杯、テーブルクロス、と食卓に並べられているものに目が釘付けです。

ここで、貴婦人たちの手元をご覧くださいませ。

右手にナイフがありますが、フォークは…見えませんね。

フォークは、1533年、イタリアからアンリ2世のもとに嫁いできたカトリーヌ・ド・メディシスによって、フランス宮廷に持ち込まれたといわれています。

ボスの絵が描かれたのは1630年代。

当時、フォークは、フランスの上流階級の食卓の「必需品」ではありませんでした。

16世紀、フォークがフランス宮廷にやってきた

8世紀-9世紀頃のフォーク ルーヴル美術館蔵(イスラム美術部門)
8世紀-9世紀頃のフォーク ルーヴル美術館蔵(イスラム美術部門)

引用元:8世紀-9世紀頃のフォーク Marie-Lan Nguyen (2005)

11世紀、フォークがビザンツから西方に到着。

この頃はまだ口に運ぶための「食器」ではなく、ナイフと同じように肉やパンを切り分けるための道具でした。

14世紀初頭、ナポリの宮廷料理人による料理書にフォークが登場。

14世紀後半の説話集には、登場人物が熱々のパスタをフォークで取る場面が出てきます。

16世紀。

イタリアの名門メディチ家(フランス語ではメディシス)の出身であるカトリーヌは、14歳でフランスの王子アンリと結婚します。

未亡人姿のカトリーヌ・ド・メディシス 1560年頃 フランソワ・クルーエの工房 カルナヴァレ博物館蔵
未亡人姿のカトリーヌ・ド・メディシス(1519年4月13日-1589年1月5日) 1560年頃 フランソワ・クルーエの工房 カルナヴァレ博物館蔵

引用元:カトリーヌ・ド・メディシス

イタリアから届いたカトリーヌ宛ての荷物の中に、フォークがありました。

この輿入れでフォークだけでなく、陶器やお菓子、テーブルマナーなどもフランスへ入ってきました。

アンリ2世 1553年頃 フランソワ・クルーエ フランス国立図書館蔵
フランス国王アンリ2世(1519年3月31日-1559年7月10日) 1553年頃 フランソワ・クルーエ フランス国立図書館蔵

引用元:フランス国王アンリ2世

フォークの登場によって、脂で指や優雅な襟を汚すことなく食事をすることができるようになりました。

ただし、フォークを使うのが日常的になったのは、1574年から89年のアンリ3世時代、フレーズまたはコルトレットと呼ばれる襞襟が流行してからのことである。「フォークを使うと、襟に染みをつけないですむことに気づいた」と、『食物と美食の歴史』の中で、A.ゴトルシャクが述べている。

エドモンド・ネランク, ジャン=ピエール・ブーラン(共著). 大阪 あべの 辻調理専門学校(監・訳). 1994-2-25. 『よくわかるフランス料理の歴史』. p.24.

 フランスでは、アンリ二世からアンリ三世の統治下において、フォークの利用が普及した。というのは、人々は誰かが手づかみした後の料理を食べることに耐えられなくなったからだ。

ジャック・アタリ(著). 林 昌宏(訳). 2020-3-4. 『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』. プレジデント社. p.110.

確かに、既に数人が手づかみでちぎった料理は…ちょっと(^^;、ですね。

この頃、ひとりひとりの前に皿が置かれるようになりました。

イタリアのムラノからは大量のグラスが輸入され、銀や錫メッキの杯に取って代わられます。

グラス(ヴェネツィア) 1550年-1600年頃 ロサンゼルス美術館蔵
グラス(ヴェネツィア) 1550年-1600年頃 ロサンゼルス美術館蔵

引用元:グラス(ヴェネツィア)

ソースの中に指を突っ込むという行為が「不潔」であると考えられ、各自フォークと皿を使うようになり、

まだ指で食べてはいたのだが、自分の皿に肉のかたまりを移してからのことになった。加えて、手を洗うこともきまりになった。

エドモンド・ネランク, ジャン=ピエール・ブーラン(共著). 大阪 あべの 辻調理専門学校(監・訳). 1994-2-25. 『よくわかるフランス料理の歴史』. p.24.

カトリーヌとアンリ2世の息子でお洒落な優男宮廷のファッションリーダー・アンリ3世、アンリ3世の次の王・アンリ4世はフォークを使っていましたが、その後は次第に使われなくなります。

後世のルイ14世もフォークは使わず、食事には指を使っていました。

 アンリ三世はフォークをよしとしてもちいたが、一世紀後のルイ十四世は、なお不要な贅沢とみなし、その廷臣も同様だった。イングランドでも事情は同じで、アン女王の治世になってさえ、指を使うことは完全に礼儀にかなっていた。

レイ・タナヒル(著). 栗山節子(訳). 2008-11-25. 『美食のギャラリー』. 八坂書房. pp.124-125.
フランス王アンリ3世(1551年9月19日- 1589年8月2日) 1570年 Jean de Court コンデ美術館蔵
フランス王アンリ3世(1551年9月19日-1589年8月2日) 1570年 Jean de Court コンデ美術館蔵

引用元:アンリ3世

アンリ4世 1622年より前 フランス・プルビュス ヴェルサイユ宮殿
アンリ4世(1553年12月13日-1610年5月14日) 1622年より前 フランス・ポルビュス (子) ヴェルサイユ宮殿

引用元:アンリ4世

アンリ4世はブルボン朝初代の王。カトリーヌ・ド・メディシスの娘マルゴと結婚しました。

その後マルゴとは離婚。マリー・ド・メディシスと再婚して、ルイ13世の父親となりました。

ルイ14世の肖像 1700年頃 イアサント・リゴー ルーヴル美術館蔵
ルイ14世(1638年9月5日-1715年9月1日) 1700年頃 イアサント・リゴー ルーヴル美術館蔵

引用元:ルイ14世の肖像

アンヌ・ドートリッシュと〔息子の〕若きルイ14世, パラティナ侯女〔ルイ14世の弟オルレアン公フィリップ1世の妃で, 食通で知られた摂政オルレアン公フィリップの母〕は, シチューに指をつっこみ, 水差しの水ですすぎ, 大きなナプキンで拭った。シックの極みは, 布にそっと触れることにあった。

 だが, 宮廷の礼式が定まり, 複雑になると, フォークは社会的差異の顕著な目安となった。左手に持つのが礼儀にかない, その使い方を習得すべきとされたからだ。

アントニー・ローリー(著). 池上俊一(監修). 2007-6-10. 『美食の歴史』. 創元社. pp.82-83.
フランス王ルイ13世妃アンヌ・ドートリッシュ 1620年-1625年頃 ピーテル・パウル・ルーベンス ノートン・サイモン美術館蔵
フランス王ルイ13世妃アンヌ・ドートリッシュ(1601年9月22日-1666年1月20日) 1620年-1625年頃 ピーテル・パウル・ルーベンス ノートン・サイモン美術館蔵

引用元:フランス王ルイ13世妃アンヌ・ドートリッシュ

エリザベート・シャルロット・ド・バヴィエール( Élisabeth Charlotte de Bavière, 1652年5月27日-1722年12月8日) 1678年頃 ニコラ・ド・ラルジリエール ナンシー美術館蔵
エリザベート・シャルロット・ド・バヴィエール(1652年5月27日-1722年12月8日) 1678年頃 ニコラ・ド・ラルジリエール ナンシー美術館蔵

引用元:エリザベート・シャルロット・ド・バヴィエール

ルイ14世の弟の妃で、この日食事に同席していたパラティナ侯女です。

手づかみだった宮廷の食事は次第に洗練されて行き、1670年以降になると、フォークを使わない人は「流行遅れ」と思われるようになりました。

しかし、『中世ヨーロッパを生きる』によると、ルイ14世のひ孫であるルイ15世や諸侯たちも、まだ手で食べていたようです。

ルイ15世(1710年2月15日-1774年5月10日)の肖像 モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール 1748年 ルーヴル美術館蔵
フランス王ルイ15世(1710年2月15日-1774年5月10日) モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール 1748年 ルーヴル美術館蔵

引用元:ルイ15世の肖像

17世紀のフランス宮廷においてフォークの使用は浸透しておらず、18世紀になっても手で食べていた王侯貴族。

同じ17世紀初頭のイタリアの中流階級市民の間では、高価な素材のものだけでなく、木や錫製のフォークも使われていたそうです。

熱々のパスタを手でつまむ、というのは考えただけでも火傷しそう(@_@;)。

パスタが食器の発展を促した、という記述は『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)にも見られますが、

ヨーロッパの他の諸国が一七~一八世紀においても古くからの手で食べる慣習を固守して、フォーク導入に抵抗していたのと比べれば、イタリアの「先進性」は際立っています。明らかなのは、イタリア全域でパスタを食事システムにとり入れたことが、フォークという最新食器の普及につながったということです。

甚野尚志・堀越宏一(編). 2008-4-18. 『中世ヨーロッパを生きる』. 東京大学出版会. p.128.

芸術や食事など、やはりイタリアの文化は最先端を行っていたのですね。

「噛まないでも良い」料理が登場

さて。

貴婦人なら美しい仕草で食事をするもの。華麗にフォークを使いこなします。

食べものを上品に口に入れ、噛み砕く。

「噛み砕く」。

そう、口の中で噛み砕くのですが、この行為が「礼儀の対極」にあると考えられます。

フォークにより、手づかみでものを食べることから解放されたら次は、「獣のごとき咀嚼の様」をどうするか、です。

そこで、顎を上下させて噛まずに済む、柔らかな料理が17世紀末頃に考え出されました。

即ち、ムースや肉団子、ソーセージです。

いかに見苦しい咀嚼そしゃくのさまを隠し, 安直だが汚い指の代用をするか?顎を激しく動かすのは, えじきを引き裂く獣のふるまいで, 礼儀の対極だ。そこで. 舌の上でとろけて噛まずに飲み込めるピュレ[裏ごし野菜]とムースが流行した。こうした「肉団子」や「プーダン〔豚の血と脂のソーセージ〕」の製造には, 筋を除くことから最終的なクリームの調合まで, 6 行程以上の操作を要した。料理長の才能のおかげで, 会食者は食物のエッセンスを飲み下し, 会話を中断せずに食事が摂れるようになった。

アントニー・ローリー(著). 池上俊一(監修). 2007-6-10. 『美食の歴史』. 創元社. p.81.

『よくわかるフランス料理の歴史』にも、ミキサーもフード・プロセッサーも存在しない時代に、料理人たちは既にムースを完成したとあります。

スゴイですね。

 このころのムースのルセットは、長く複雑である。まず、肉から筋をとり除いて乳鉢でていねいにすりつぶす。すりつぶすときに生じた熱を下げるために氷のうえにおいて冷やす。裏ごしをして、残っている細かい筋、不純物、骨のかけらをとり除く。再び氷のうえに戻し、卵白、パナード、脂肪分、バター、クリームなどを、長時間かけて、練りながら混ぜ込んでゆく。ムースは体に吸収する準備が完了した料理なのだ。

エドモンド・ネランク, ジャン=ピエール・ブーラン(共著). 大阪 あべの 辻調理専門学校(監・訳). 1994-2-25. 『よくわかるフランス料理の歴史』. 同朋舎出版. p.38.

咀嚼音を立てることなく、舌の上で溶かし、味わい飲み込む貴婦人たちの姿が目に浮かびます。

しかし、料理の担当者も、これを毎食やっていたのでは結構大変。

宴会の時は一体どれ程の量を用意したんでしょうか。

噛むことをしなくなっては顎の筋肉も衰えてしまいそうですが、『料理の文化史』によると、この流行は長く続かなかったようです。

この流行はありがたいことに短命に終わったが、その間にある公爵夫人は、かみ砕かずにしかもごくんと呑みこまずとも自然にのどの奥にすべりこむというので、食べる物をみなゼリー状にさせたという。

ケイティ・スチュワート(著)・木村尚三郎(監訳). 1993-9-10. 『料理の文化史 各国の代表的111レシピ―付』. 学生社. p.129.

『貴婦人の宴会』

『生活の世界歴史8 王権と貴族の宴』に、『夫の留守中の貴婦人たちの会話』の別ヴァージョン(エッチング?)が掲載されています。

『貴婦人の宴会』というタイトルになっていますが、絵の下の説明文に、

宿六たちも遊びほうけているんだから, わたしたちも楽しみましょうよ. というわけで, 女性だけの宴会となった。食事のあとも, 宮廷のゴシップや亭主の浮気話など, おしゃべりははてしなく続く。

金澤 誠(著). 2007-5-20. 『生活の世界歴史8 王権と貴族の宴』. 河出書房新社. p.98.

とありました。

夫を宿六呼ばわりかい(・∀・)

美味しいものを食べながら、果てしなく続くお喋り。ワカル。

『生活の世界歴史8 王権と貴族の宴』、『よくわかるフランス料理の歴史』

『生活の世界歴史8 王権と貴族の宴』、『よくわかるフランス料理の歴史』には、当時のサロン事情やピュレやムースが流行した文化的(精神的)背景についても書かれていますので、ご興味があればぜひご一読を。

『美食の歴史』

『カール五世とハプスブルグ帝国』 など、他にも数冊持っている「知の再発見」双書シリーズ。
でも、読んでいて、時々「あれ、この続きはどこ行った?」と思う時がある。私だけですかね??

カラー写真なども多くて解りやすいんだけどな。

『パスタでたどるイタリア史』

興味深いパスタの歴史。見ていると食べたくなります。

主な参考文献
  • アントニー・ローリー(著). 池上俊一(監修). 2007-6-10. 『美食の歴史』. 創元社.
  • ケイティ・スチュワート(著)・木村尚三郎(監訳). 1993-9-10. 『料理の文化史 各国の代表的111レシピ―付』. 学生社.
  • ジャック・アタリ(著). 林 昌宏(訳). 2020-3-4. 『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』. プレジデント社.
  • 甚野尚志・堀越宏一(編). 2008-4-18. 『中世ヨーロッパを生きる』. 東京大学出版会.
  • 金澤 誠(著). 2007-5-20. 『生活の世界歴史8 王権と貴族の宴』. 河出書房新社.
  • エドモンド・ネランク, ジャン=ピエール・ブーラン(共著). 大阪 あべの 辻調理専門学校(監・訳). 1994-2-25. 『よくわかるフランス料理の歴史』. 同朋舎出版.
  • 池上俊一(著). 2014-9-5. 『パスタでたどるイタリア史』. 岩波ジュニア新書.
  • レイ・タナヒル(著). 栗山節子(訳). 2008-11-25. 『美食のギャラリー』. 八坂書房.
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コメント

コメント一覧 (2件)

  • hannnaさん、こんにちは。
    フォークが、なかなか根付かなかったなんて、不思議ですよね。
    当時の貴婦人は、やっぱり絹を着ていたのですよね。
    襟だけでなく、1回ぽとっとこぼすと、もうアウトのように思います。
    だって、脂っこそうだし(笑)
    アツアツの料理も、現実問題としてあまり食べられなかったのでしょうね。
    つわものは別として。
    歯ごたえのないもの…もはやデザートみたい。
    満足感あったのかしら。

    あきれたり、ため息ついたりしながら(笑)、とても興味深く読ませていただきました。
    ありがとうございます!!

    • ぴーちゃん様

      今回も読んでくださって有難うございます。
      昔々、フォークは焼いたチーズや肉を刺したりするためのものだったそうです。チーズなんて超あっついですもんね。
      そのフォークが次第に口に運ぶための食器になっていったという経緯が面白いです。

      貴婦人たちも襟や衣装に落としたりしたら、きっと、染み抜きにかかる侍女の皆さんがすごく大変だったでしょうねえ…。絶対自分じゃ洗わないだろうしね。

      「歯ごたえ」の話ですが、実は食事の満足感に言及した書籍もありました。
      確かに音を立てずに上品に飲み込むことができるようになったのは良いけれど、「よく噛んで食べる」という行為や満足感の方はどうなんだ、と。噛まないから顎の筋肉も衰えそうですよね…。
      (この習慣はそれほど長く続かなかったそうです。後日改めて追記します。気付かせてくださって有難うございます)

      一定しない天気、コロナウイルス等いろいろ続いていますが、どうぞご自愛くださいね。

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