画家ヴァン・ダイクの名が付いたレースとヒゲ(ヴァンダイク・ブラウンの項に追記しました)

フラゴナール 『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』『読書する娘』『かんぬき』

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18世紀フランス。その主題から、自分に依頼された仕事を断り、フラゴナールに仕事を回した画家がいました。

フラゴナールは代表作となる『ぶらんこ』を制作し、彼の『ぶらんこ』は美術史上に残る、ロココ絵画の傑作のひとつとなりました。

フラゴナールに仕事を回した画家の名と作品、『ぶらんこ』以外のフラゴナールの美しい絵画をご紹介します。

『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』 1765年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール 個人蔵
『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』 1765年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール 個人蔵

画像の上でクリックまたはタップすると大きい画像が出ます。また、画像の左下にある「引用元」のリンクをクリックしていただければ、元のファイルをご覧になることができます。「引用元」の表示が無いものは、この記事内に掲載したpublic domain の元ファイルから、解説のために必要な部分を拡大したものです。

目次

フラゴナールの代表作『ぶらんこ』(1768年)

『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『ぶらんこ』 1768年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

引用元:『ぶらんこ』

『ぶらんこ』展示風景
『ぶらんこ』展示風景

引用元:『ぶらんこ』展示風景 Philafrenzy CC-BY-SA-4.0

男性が押すぶらんこに乗った若い女性。

勢いが良過ぎて、ミュールが飛んでいます。

「偶然」下に居た男性は女性のスカートの下(中?)を覗いてしまい、大喜び。

18世紀フランスの画家、ジャン・オノレ・フラゴナール(Jean Honoré Fragonard、1732年4月5日-1806年8月22日)の傑作『ぶらんこ』です。

この仕事は最初、ある画家に依頼されました。

しかし軽薄な主題のため、その画家は注文を断り、代わりにフラゴナールを紹介します。

その注文内容とは、

 伝えられているエピソードによれば、注文主である男爵は、愛人である女性を描くように言い、「司教が揺らすブランコに乗っているところを描いてもらいたい。そして彼女のかわいい足が見えるようなところへ私の姿も描き入れて欲しい」と指示したという(ルース・ウェストハイマー『愛の芸術』訳者記載なし、サニー出版)。

(『恋する西洋美術史』 池上英洋(著) 光文社新書 P225)

注文主はサン=ジュリアン男爵(1713年-1788年)。

「ぶらんこに乗る」ことは、その当時、性行為を意味していました。

 フラゴナールはさらにその上をゆき、「司祭よりも女性の夫に設定したほうが面白いのでは?」。男爵も賛成。こうしていかにもロココらしい軽薄さと陽気な気分に満ちた佳品が出来上がる。

中野京子(著). 2014-3-30. 『名画に見る男のファッション』. 角川書店. p.117.

こうして完成したフラゴナールの『ぶらんこ』。

それでは、男爵からの注文を断った画家とは一体どなたなのでしょう?  

男爵からの注文を断った画家ガブリエル=フランソワ・ドワイアン(Gabriel-François Doyen, 1726年5月20日-1806年3月13日)

ガブリエル=フランソワ・ドワイアン(ドワイヤンとも表記)は、フランスの歴史画家でした。

このような主題を得意とする画家に『ぶらんこ』のような絵を発注した男爵って…。

『精霊騎士団を謁見するルイ16世』 1775年-1776年頃 ガブリエル=フランソワ・ドワイアン ヴェルサイユ宮殿
『精霊騎士団を謁見するルイ16世』 1775年-1776年頃 ガブリエル=フランソワ・ドワイアン ヴェルサイユ宮殿

引用元:『精霊騎士団を謁見するルイ16世』

『聖ヒエロニムス』 ガブリエル=フランソワ・ドワイアン
『聖ヒエロニムス』 ガブリエル=フランソワ・ドワイアン

引用元:『聖ヒエロニムス』

ガブリエル=フランソワ・ドワイアンが指導した画家のひとりに、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランがいます。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン自画像 1781年-1782年頃 キンベル美術館蔵
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(1755年4月16日-1842年3月30日) 1781年-1782年頃 キンベル美術館蔵

引用元:ヴィジェ=ルブラン自画像

『マリー・アントワネットの宮廷画家 ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの生涯』にドワイヤン(ドワイアン)の名前が出てきます。

 ルイーズは父から絵の手ほどきを受けたが、父が亡くなってからは、王立アカデミー会員のガブリエル・ブリアール(1729-77)、ルーヴェシエンヌ宮殿の天井画を手掛けたことで有名)や同じく王立アカデミー会員の歴史絵画家フランソワ・ガブリエル・ドワイヤン(1726-1806)など、父の友人の画家たちの薫陶を受け、ブリアールのスケッチの模写や、彼から借りた胸像のスケッチを批評してもらった。

石井美樹子(著). 『マリー・アントワネットの宮廷画家 ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの生涯』. 河出書房新社. p.16.

また、『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』では、ドワイヤンの『疫病患者のために取りなす聖ジュヌヴィエーヴ(習作)』(1767年 ボナ美術館)が挙げられています。

1767年のサロンでドワイヤンの名を大いに高めた作品(パリ、サン・ロック教会)の習作である。ルーベンスを研究した彼はバロック風の様式で、動きの多いドラマティックな画面をつくり上げている。彼は、その後、教会装飾や公式の大肖像画にエネルギーを注いだ。

『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』. 同朋舎. p.31.
The Miracle of The Fervent 1773年 パリ、サンロック教会
The Miracle of The Fervent 1773年 パリ、サンロック教会

引用元:The Miracle of The Fervent

サンロック教会
サンロック教会

引用元:サン・ロック教会内部 Mbzt CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0

『フランス革命の女たち』(新潮社 p.38)にこの絵の一部分が掲載されていますが、タイトルは『疫病患者たちとゲノファーファ』となっています。

聖ジュヌヴィエーヴ(St. Genevieve, 422年頃-512年頃)はパリの守護聖人で、ラテン名を「 Genoveva またはGenovefa(ゲノファーファ)」と言います。

『疫病患者のために取りなす聖ジュヌヴィエーヴ』と『疫病患者たちとゲノファーファ』は同じもので、この絵の邦題はこれでいいのだと思いますが、既出のものが探せず、また、Wikipediaでは「 The Miracle of The Fervent 」となっていたため、今回はこちらのタイトルをそのまま当てました。

フラゴナールの「あぶな絵」

『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』( Young Woman Playing with a Dog ) 1765年-1772年頃

『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』 1765年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール 個人蔵
『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』 1765年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール 個人蔵

引用元:『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』

『ベッドで犬と遊ぶ少女』の「ラ・ジャンブレット」という副題は、フランスはアルビの焼き菓子 Gimblette です。

この絵のタイトルは、他にも『リング・ビスケット』(『禁断の西洋官能美術史』(別冊宝島)ともなっています。

「ラ・ジャンブレット」とは、輪になった焼き菓子で、上半身をはだけた娘が犬を高い高いして、この焼き菓子でじゃらしているのです。

(『名画 絶世の美女 ヌード』 平松洋(著) 中経の文庫 P138)
ジャンブレット
ジャンブレット

引用元:焼き菓子ジャンブレット Martineacknin CC-BY-SA-3.0

ロココ時代を代表するフラゴナールの作品で、たわいもない無垢な遊びで見せるちょっとしたポーズに、ロココ趣味のくすぐるような官能性を感じさせる作品です。当然、モラリストから批判されますが、王侯貴族の「私室用絵画(キャビネット・ピクチャー)」として人気を呼んだのでしょう。同時代の他の画家たちも描いたばかりか、クロード・ミシェルは、全く同じ構図で彫刻作品にしています。

『名画 絶世の美女 ヌード』. p.138. 

 クロード・ミシェル(Claude Michel, 1738年-1814年) Clodionとしても知られる、ロココ時代のフランスの彫刻家です。

『ベッドで子犬と戯れる娘』( Jeune fille dans son lit, faisant danser son chien ) 1770年頃

『ベッドで子犬と戯れる娘』 1770年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール アルテ・ピナコテーク蔵
『ベッドで子犬と戯れる娘』 1770年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール アルテ・ピナコテーク蔵

引用元:『ベッドで子犬と戯れる娘』

タイトルが、『犬と遊ぶ少女』(『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』(筑摩書房))、

『ペットと遊ぶ娘』(『お尻とその穴の文化史』(作品社))

の場合もあります。 

この作品は、

フラゴナールが、サロンを通さず制作・販売した作品。そのため、サロンに出すにはちょっとあからさますぎる表現がなされている。

池上英洋(著). 2014-11-10. 『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』. 筑摩書房.. p.204.

どういうことかと言うと、

犬と娘は性行為を暗示するポーズとなっている。この絵のように、一歩間違えるとポルノグラフィーになってしまいそうな「あぶな絵」をフラゴナールは得意とした。

美術手帖(編). 『ヌードの美術史 身体とエロスのアートの歴史、超整理』. p.66.

『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』でも解説されていますが、鼻のよい犬は「嗅覚」のシンボルであり、通常は「忠誠」を意味します。

夫婦を描いた絵の足元にいたりしますよね。

それが、「人間よりはるかに多産」という繁殖力の強さから、犬は「肉欲」のシンボルでもあるということです。

フラゴナールは故意に、この犬を男性を連想させる位置に置いて描いたようです。

『奪われた肌着』( La Chemise enlevée ) 1765年

『奪われた肌着』 1765年 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『奪われた肌着』 1765年 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵

引用元:『奪われた肌着』

35 cm×42 cm と小さな絵なのですが、

小天使が二人、笑いながら若い娘(おそらく宮廷女官)の服を脱がせている。娘は、袖を脱がすのに苦労しているいたずら小僧たちに腕を引っぱられている。尻を優雅に突き出している。素裸で、薔薇色で、誘うようだ。このきわどい絵は、フラゴナールの他の作品『かんぬき』の鍵や『水浴する女』の渦と同じように、短い一瞬を切り取り、すぐ近くの視点で描いている。

ジャン・ゴルダン, オリヴィエ・マルティ(著). 藤田真利子(訳). 2005-10-10. 『お尻とその穴の文化史』. 作品社. p.116.
『奪われた肌着』 1765年 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『奪われた肌着』 ジャン・オノレ・フラゴナール

引用元:『奪われた肌着』(額装) Sailko CC-BY-3.0

“The Beautiful Servant”

"The Beautiful Servant" ジャン・オノレ・フラゴナール スウェーデン国立美術館蔵
“The Beautiful Servant” ジャン・オノレ・フラゴナール スウェーデン国立美術館蔵

引用元:“The Beautiful Servant”

「 servant 」は「使用人、従僕」です。

ふざけ合っている図なのでしょう、前出の『奪われた肌着』のような感じですね。

“Le feu aux poudres” 1778年以前

"Le feu aux poudres" 1778年以前 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
“Le feu aux poudres” 1778年以前 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵

引用元:“Le feu aux poudres”

「 Le feu aux poudres 」は「火の粉」。

三人のプット―?が何かをしでかそうとしているところ。

火遊び、なのでしょうかね。危険です。

"Le feu aux poudres" 1778年以前 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
“Le feu aux poudres” ジャン・オノレ・フラゴナール

引用元:『火の粉』(額装) Sailko CC-BY-3.0

どれも寝室という狭い私的空間の中での出来事です。

小窓に見立てた楕円形の額から、こっそり覗き見をしているようですよね。 

この時代、広くて開放的な場所でのエロスの解放ではなく、私室での親密なエロスの方が好まれる傾向にありました。 

室内での秘宴のエロスは、それをのぞくエロスをつくり出した。エロスは二重三重に複雑となり、空想的になった。恋愛は男と女の手練手管による戦いとなった。

海野弘・平松洋(監修). 2014-5-23. 『性愛の西洋美術史 愛欲と官能のエロティック・アートの世界』. 洋泉社. p.67.

フラゴナールによる歴史画

フラゴナールは、ロココを代表する巨匠、シャルダンとブーシェに師事しました。

雅宴画で有名なシャルル=アンドレ・ヴァン・ロー(または、カルル・ヴァン・ロー)からも影響を受けます。 

彼はブーシェに学び、そのおかげで歴史画や神話画に深い理解を得た。ローマ賞をとって留学したイタリアで、ラファエロやミケランジェロのすごさに圧倒されて自信を失くしたエピソードなどが残っていて、どことなくシンパシーが湧く。

池上英洋(著). 『恋する西洋美術史』. 光文社新書. p.224. 

『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』( Jeroboam Offering Sacrifice for the Idol ) 1752年

『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』 1752年 ジャン・オノレ・フラゴナール パリ国立高等美術学校
『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』 1752年 ジャン・オノレ・フラゴナール パリ国立高等美術学校

引用元:『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』

20歳の時の作品です。

ローマ賞を取り、ローマに留学しました。

『カリロエを救うためみずからを犠牲にする大司祭コレシュス』( The High Priest Coresus Sacrificing Himself to Save Callirhoe ) 1765年

『カリロエを救うためみずからを犠牲にする大司祭コレシュス』 1765年 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『カリロエを救うためみずからを犠牲にする大司祭コレシュス』 1765年 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵

引用元:『カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス』

…、彼もイタリアに滞在し、帰国後1756年の歴史画《カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス》でアカデミー会員の資格を得ていた。しかし、その後は公的な歴史画家の道を歩むことなく、パトロンの私邸のための制作に腕を振るう。そのひとつ《ブランコ》は、《カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス》のわずか2年後の作とは信じがたいほど対照的な特徴を見せている。《カリロエとコレシュス》は古代史に取材した悲劇を描いた大作、《ブランコ》は同時代の紳士淑女の恋の戯れを描いた小品だからである。《ブランコ》に漂うエロティシズムは《ベッドで子犬と戯れる娘》のような作品ではさらに濃厚になっている。

高階秀爾(監修). 高橋裕子(著). 『西洋絵画の歴史 2 バロック・ロココの革新』. 小学館101ビジュアル新書. p.167.

一度は歴史画家を志したフラゴナールですが、歴史画家の道を歩むことはありませんでした。

 フラゴナールは、1765年に 2世紀のギリシアの歴史家パウサニアスを典拠とする《カリロエを救うために自らを生け贄に捧げるコレシュス》(ルーヴル美術館)によって王立絵画彫刻アカデミーの準会員になり、次に入会資格作品の提出を期待されていたにもかかわらず、それを制作しようとしなかった。これ以降の彼は、ルイ15世の寵姫デュ・バリー夫人のルーヴシエンヌの城のための連作などの例外はあるものの、基本的には個人の愛好家の注文やマーケットのための仕事をすることになる。その多くは小さな寸法のもので、主題も色恋、子供、家族、肖像、風景など、非歴史画なものが中心となってゆく。

鈴木杜幾子(著). 『フランス絵画の「近代」 シャルダンからマネまで』.講談社選書メチエ64. p.39.

フラゴナールによる非歴史画

フラゴナールは官能的な「あぶな絵」も多く描きましたが、私邸のための風俗画、優れた肖像画や風景画も手掛けました。

理想化された農民の家族を描いた風俗画、勢いのある筆致で同時代の著名人の生気溢れる姿を捉えた肖像画、そして緑豊かな風景画がある。扱ったジャンルの多様性や様式の多彩さを優れた画家の特徴とするなら、フラゴナールは師のブーシェを凌ぐ存在だった。

高階秀爾(監修). 高橋裕子(著). 『西洋絵画の歴史 2 バロック・ロココの革新』. 小学館101ビジュアル新書. p.168.

『読書する娘』( The Reader ) 1770年頃-1772年頃

『読書する娘』( The Reader ) 1770年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵
『読書する娘』 1770年-1772年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

引用元:『読書する娘』

モデルの名は不明だが、その上品なたたずまいと服装により、富裕層の子女であることがうかがえる。下絵段階では、鑑賞者のほうを観るように顔を手前に向けていたことがX線調査によってわかっている。フラゴナールは少女をモデルにさまざまなポーズをとらせた「 figures de fantasia (想像人物画)」と呼ばれる早描きの肖像画シリーズを得意としており、本作品もその1枚と思われる。

池上英洋・荒井咲紀(著).2017-6-30.『美少女美術史 人々を惑わせる究極の美』.ちくま学芸文庫.筑摩書房. p.168.

『しるし』( The Souvenir ) 1775年-1778年

『しるし』 1775年-1778年 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『しるし』 1775年-1778年 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

引用元:『しるし』

少女がひとり、木の幹に何か刻み付けています。

それは大きな「S」の文字で、誰かのイニシャルだろうことが想像される。案の定、木のそばにある台のあしもとに1枚の手紙があることを確認できる。そう、この娘さんは想い人からの手紙を受けとって、溢れる熱い思いを、恋人のイニシャルのかたちで記しているのだ。その様子を興味深そうに眺めている犬の姿が可愛らしい。

池上英洋・荒井咲紀(著).2017-6-30.『美少女美術史 人々を惑わせる究極の美』.ちくま学芸文庫.筑摩書房. p.168.

『ラヴ・レター』(The Love Letter) 1770年代

『ラヴ・レター(『恋文』)』(The Love Letter) 83.2 x 67 cm 1770年代 ジャン・オノレ・フラゴナール メトロポリタン美術館蔵
『ラヴ・レター(『恋文』)』 1770年代 ジャン・オノレ・フラゴナール メトロポリタン美術館蔵

引用元:『ラヴ・レター』

窓から入ってくる日差しが、女性と手元の手紙、犬に射すよう周りは暗く彩色されているものの、影部に黒ではなく茶色を使うことで画面の印象は明るさをとどめている。本作のように、明るくやわらかな色彩でかつ官能的に人物を描くのが、ロココ時代の典型的な作風でもある。

『禁断の西洋官能美術史』. 別冊宝島. p.63.

『子宝』( The Happy Family ) 1770年代半ば

『子宝』 1770年代半ば ジャン・オノレ・フラゴナール ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵
『子宝』 1770年代半ば ジャン・オノレ・フラゴナール ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

引用元:『子宝

フラゴナールが一種の「理想」とした家族像。

この絵は当時人気が高かったらしく、真筆とされるヴァ-ジョンだけでも2点あり、また版画化もされている。一点のヴァージョンが1777年にマーケットに出た記録があるので、制作は1770年代中頃であろう。

 長径65センチの楕円形画面の中心を占めるのは、幼児を抱いた母親である。…

鈴木杜幾子(著). 『フランス絵画の「近代」 シャルダンからマネまで』.講談社選書メチエ64. p.41.

 舞台は一見農家の屋内のように見えるが、しさいに見ると不思議な空間である。窓の脇には本来あるべきはずの壁の代わりに立派な石柱が立ち、画面奥の腰壁の向こうにも列柱が見える。右端の把手とって付の壺を乗せた石の台も、よく見ると花綱飾りを巡らした古代の祭壇に似ている。つまりこの情景は古代建築の廃墟の一部を利用して造った住居のような場所に展開しているわけで、画家のイタリア旅行の思い出が反映しているのかかなり空想的な舞台設定となっている。

鈴木杜幾子(著). 『フランス絵画の「近代」 シャルダンからマネまで』.講談社選書メチエ64. p.41.

『冠を受ける恋人』 (連作『恋の成り行き』)( The Progress of Love: The Lover Crowned ) 1771年-1773年

『冠を受ける恋人』 1771年-1773年 ジャン・オノレ・フラゴナール フリック・コレクション所蔵
『冠を受ける恋人』 1771年-1773年 ジャン・オノレ・フラゴナール フリック・コレクション所蔵

引用元:『冠を受ける恋人』

1771年9月、ルーヴシエンヌ。デュ・バリー夫人の新しい館が完成し、国王も参列して開館記念式が盛大に行われました。

このサロンのための装飾パネルがフラゴナールに注文され、彼は4点のパネル画を制作します。

しかし1772年にサロンに飾られたのも束の間、翌年フラゴナールの元に返品されました。

フラゴナールの傑作をなぜデュ・バリー夫人は返却したのだろうか。一般には、プティ・トリアノンをモデルにした新古典主義建築であるこの館に、ロココを代表するフラゴナールの作品が似つかわしくなかったためと考えられている。

(『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎 P35)

後にフラゴナールはこの4点にもう1点『棄てられて』を加え、5点の装飾としました。

『ピエロに扮した少年』( A Boy as Pierrot ) 1776年-1780年 ウォレス・コレクション蔵

『ピエロに扮した少年』 1776年-1780年 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵
『ピエロに扮した少年』 1776年-1780年 ジャン・オノレ・フラゴナール ウォレス・コレクション蔵

引用元:『ピエロに扮した少年』

『ユベール・ロベールの肖像』

『ユベール・ロベールの肖像』 18世紀 ジャン・オノレ・フラゴナール ビュールレ・コレクション蔵
『ユベール・ロベールの肖像』 18世紀 ジャン・オノレ・フラゴナール ビュールレ・コレクション蔵

引用元:『ユベール・ロベールの肖像』

「廃墟の画家」として知られるユベール・ロベール(Hubert Robert, 1733年-1808年)です。

フラゴナールより1歳年下で、一緒にイタリアを旅行しました。

古代遺跡をテーマに、多くの作品を残しています。

『かんぬき(閂)』( Le Verrou ) 1776年-1779年頃

『かんぬき』 1776年-1779年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『かんぬき』 1776年-1779年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵

引用元:『かんぬき』

身をよじらせる。机に転がる林檎は禁断の果実か。ひっくり返った椅子は投げ出された脚を、花瓶と薔薇は女性器、閂は男性器をさすともされ、激しい性的衝動を暗示している。この暴力的で背徳的な場面を光の明暗が劇的に浮かび上がらせている。

海野弘・平松洋(監修). 2014-5-23. 『性愛の西洋美術史 愛欲と官能のエロティック・アートの世界』. 洋泉社. p.68.

ストーリーは説明の必要もないほど明白だ。人目を忍ぶべき関係にある男女が、抱き合いながらドアに閂をかけている。主人公たちをあえて画面の中心から外し、差し込んだスポットライトによって強く照らされる箇所も、同様に画面の端へと置く。画面左側には、薄暗い中にただ赤いカーテンだけが大きめに配されている。構図や明暗の画面内でのバランスが大きく狂いかねないこのような処置をすることには勇気がいるが、「よく見るとセオリーから外れている」点こそ、フラゴナールの特質である。

池上英洋(著). 2014-11-10. 『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』. 筑摩書房. p.216.

腕に抱かれている女性は彼を拒絶しているのでしょうか、または、背徳の高揚感に目を閉じているのでしょうか。

『かんぬき』 1776年-1779年頃 ジャン・オノレ・フラゴナール ルーヴル美術館蔵
『かんぬき』 ジャン・オノレ・フラゴナール

引用元:『かんぬき』(額装) sailko CC-BY-3.0

右奥の天蓋付きベッドについて、美術史家のダニエル・アラス氏は著書の中で、枕が女性の乳房、シーツが女性の膝、赤いビロードの布は男根のメタファー(隠喩、暗喩)であるとされています。

『 キャビネット』( The Armoire ) 1778年

『 キャビネット(The Armoire)』 1778年 ジャン・オノレ・フラゴナール メトロポリタン美術館蔵
『 キャビネット(The Armoire)』 1778年 ジャン・オノレ・フラゴナール メトロポリタン美術館蔵

引用元:”L’Armoire”

メトロポリタン美術館の解説はこちらです。

タイトルの『Armoire』は「キャビネット」の意味です。

若い男が何とも情けない表情で、妙な場所から出て来るというエッチングです。

右の二人は、顔を覆っている娘の両親でしょうか。

更に右には小さな子供たちもいて、この様子を見ています。

乱れたベッドが二人の関係を暗示しています。

(『かんぬき』と一緒にこちら別館で解説しています)

主な参考文献
  • 『恋する西洋美術史』 池上英洋(著) 光文社新書
  • 中野京子(著). 2014-3-30. 『名画に見る男のファッション』. 角川書店.
  • 『マリー・アントワネットの宮廷画家 ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの生涯』 石井美樹子(著) 河出書房新社
  • 池田理代子(著). 1994-5-20. 『フランス革命の女たち』. 新潮社.
  • 池上英洋(著). 2014-11-10. 『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』. 筑摩書房.
  • 海野弘・平松洋(監修). 2014-5-23. 『性愛の西洋美術史 愛欲と官能のエロティック・アートの世界』. 洋泉社.
  • ジャン・ゴルダン, オリヴィエ・マルティ(著). 藤田真利子(訳). 2005-10-10. 『お尻とその穴の文化史』. 作品社.
  • 『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎
  • 『禁断の西洋官能美術史』 別冊宝島
  • 『名画 絶世の美女 ヌード』 平松洋(著) 中経の文庫
  • 『美少女美術史 人を惑わせる究極の美』 池上英洋・荒井咲紀(著) ちくま学芸文庫
  • 『フランス絵画の「近代」 シャルダンからまで』 鈴木杜幾子(著) 講談社選書メチエ64
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コメント

コメント一覧 (12件)

  • こんばんはー。
    しゅん様、今回も有難うございます。
    フラゴナールの作品て、窓から(または覗き穴とか)覗き見している気になりますよね。
    可愛い女の子が寝室という私的空間で、無防備な姿でくつろいでいるところをこっそり…のような。
    注文した貴族たちはそれを自分の私的空間に掛けて楽しんでいたのでしょうね。
    現代日本に生きる私からすれば、「それ、セクハラです」となる場面もありますけれど、当時はそういう時代で、そういう文化だったのだなと思います。
    面白いと思ってくださったなら良かったです。
    また次回もお付き合いくださいますようお願い致します。
    有難うございました。

  • こんばんはー。
    エロス専門?の画家がいたんですね。
    考えてみれば、絵画はどんな風にも、どんな場面でも
    自由に描くことが出来るものだから、いろんな画家がいてもおかしくはないですね。
    こんなところからも、当時の文化を伺い知ることが出来ますね。
    今回も面白かったですよー。(^^)

  • パンダ様
    今回も見ていただいて有難うございまーす。
    ほほほ、「あぶな絵」ですものね。まさに、見ちゃいけないものを見ちゃった感、「いけない、でもチラ見しちゃう」感、「こっそり覗き見」感がありますよね。ドキドキです。
    「あぶな絵」もすごく魅力的ですが、そればかりではなく、『ラヴ・レター』みたいに可愛い、物語を感じる絵もあるんです、とお伝えしたかったので。
    躍動感溢れる筆遣い、美しい色彩、とても素敵だと思います。
    それでは次回はひと前でもびよーんとしていただけるものをご紹介したいと思います(笑)。
    またよろしくお願い致します。
    有難うございました。

  • ハンナさ〜〜ん。今日はドキドキしちゃいましたよ。今回はビヨーーんって大きくできませんでした〜(≧∀≦)♡
    盛りだくさんの絵画、ドキドキしながらも無邪気な感じや、美しさに引きつけられるのがすごいですね。これぞ、芸術です٩(๑❛ᴗ❛๑)۶「ラヴ・レター」可愛くてとっても好きです。

  • 夏生様
    今回もコメント有難うございます。
    私も専門知識など無いのですよ。ただ、好きってだけの、ファンなのです。
    子供の頃美術館に連れて行かれて肖像画を観ている内に、「あの宝石欲しいな」「あの食器良いな」なんて思っていました。
    そして、「なぜ、この絵の茶器には持ち手が無いのか」「この衣裳やアクセサリーはいつの時代に流行したのか」等絵画から入りはしましたが、そのモノの生まれた背景や文化にとても興味を持ちました。
    この記事を夏生さんに楽しく読んでいただけたなら、私もとても嬉しいです。
    またぜひよろしくお願い致します。
    有難うございました。

  • 蝶々様
    コメント有難うございます。
    そのドキドキ感が大変お可愛らしいです♡
    私も初めてフラゴナールの「あぶな絵」を見た時は驚きましたが、まぁ、美術館が購入して飾ってあるくらいだからいいのか、と(笑)。本物を観た時はその色彩に騙されて、何だかふんわりした気になってしまいました。
    「犬」「閂」「脱げた靴」など、意味が解れば解ける謎もあると思いますが、私は『しるし』や『ラヴ・レター』、『読書する娘』のような、ただシンプルに「素敵だな」と思える絵の方が好きだったりします。
    ほんとに仰るように、絵って深いですよね。
    今回も読んでくださって有難うございました。またよろしくお願い致します。

  • まーたる様
    今回も見ていただきまして有難うございます。
    フラゴナール、一時はあまり好きではありませんでしたが、この色遣いと、特に『しるし』『ラヴ・レター』の絵が忘れられませんでした。
    『しるし』などより「あぶな絵」の方がよく取り上げられていますが、変にいやらしい感じを受けない明るいエロティックさがとても魅力的だと思います。元々ローマ賞を受賞するほどの才能があり、加えて古典の教養、詩的な色遣いが根底に有るのですから、観ていて不快ではありませんよね。「軽薄なロココ趣味」のせいで不当に低い評価がされるとしたら残念ですので、ここでは初期の歴史画や『読書する娘』なども取り上げてみました。
    ここではほんの少し触れただけですが、この絵が生まれた時代背景も大変興味深いものです。「文化史ファンのブログ」として、改めて記事にしてみたいと思っています。
    ぜひまたお読みいただけると嬉しいです。
    よろしくお願い致します。
    有難うございました。

  • schun様
    素晴らしいトスカと、コメントを有難うございます。愛妙はなぜなのかホントに分かりません…。
    フラゴナール、初期と人気絶頂の頃と随分違って見えますよね。私が一番最初に観た(覚えている)のは『読書する娘』の切手で、その後『ぶらんこ』『ピエロに扮した少年』『ラ・ジャンブレット』が全て同じ画家だと知り、非常に驚いたことを覚えています。
    一時はあまり好きではない時代と文化でしたが、オトナになった現在、少し面白さが分かってきました(笑)。schun様にも楽しんでいただけたなら良かったです。
    またどうか読んでやってください。
    有難うございました。

  • 私は、絵画に🖼️専門知識がありませんが
    今日の記事も楽しかったです。
    当時の流行、事件、注文主の趣味や秘密。
    絵画の中のメッセージは
    とても興味深いですね。
    ありがとうございました。😌

  • 少しドキドキしながら読んでしまいました😍
    本当に絵って深いですよね😆👍

  • おはようございます(о´∀`о)
    それぞれの絵画を拝見しまして、なんて美しいエロスなのかしらと思いました(*☻-☻*)
    性を表現するのはどこか生々しく感じたりするものですが、その生々しさもしっかり描かれていながらもいやらしさをあまり感じずに、圧倒的な美と画力に目を見張りました❗️
    絵の構成によっていろんな解釈があるんだなと、目からウロコみたいです(´⊙ω⊙`)
    『かんぬき』の絵がすごく印象的で、今にも動き出しそうな男女二人もですが、何より赤いカーテンの存在感がすごい❗️
    色味が抑えられてる中での真紅のカーテン、二人の情熱の赤なのかなぁ(*☻-☻*)
    『しるし』『ラヴ・レター』、女の子がすごく可愛い💕
    秘めた恋心と恋の喜びが伝わってきて、なんだか心ホカホカです(●´ω`●)
    どの絵にも物語があり、一つ一つすごく素敵でした❗️
    当時の恋愛や性についての考え方も知ることができて、また勉強になりました(*´∀`*)
    ありがとうございますヽ(*^ω^*)ノ

  • おはようございます。
    トスカお聴きいただけて良かったです。
    ありがとうございました!!愛妙はなぜでしょうね・・・。謎です(笑)。
    さて、同じ作家さんでもジャンルによってかなり背景色が違う→背景色が違うと感じもがらりと変わるって気が拝見していて感じました。
    フラゴナールさんって方は全く存じ上げませんでしたが、幅広く描かれている作家さんのようで、知るいい機会となりました!!
    ありがとうございました!!

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