森の中でくつろぐふたりの女性。ひとりは狩りの女神ディアナです。印象派の巨匠ルノワールはこの絵が大好きでした。
『ディアナの水浴』( Diane sortant du bain ) 1742年 フランソワ・ブーシェ
引用元:『ディアナの水浴』
シュリー翼919展示室 , INV 2712 ; MN 66 Diane sortant du bain.
ルーヴル美術館、シェリー翼で観られるブーシェ作品
若い女性が森の奥深くでくつろいでいますね。
近くに置かれた矢や獲物、猟犬などから、この美女は神話に登場する狩りの女神ディアナとわかります。
ディアナはギリシア神話ではアルテミスにあたります。
引用元:『ディアナの水浴』
引用元:『ディアナの水浴』
狩りの獲物が愛と美の女神ヴィーナスの「持ち物」である鳩とウサギであることから、ディアナ(潔癖な処女神)がヴィーナス(愛欲)に勝った、と読むこともできるようです。
引用元:『ディアナの水浴』
頭には月の女神のトレードマークである三日月を飾り、処女神らしく純潔を表す真珠を手にしています。
引用元:『ディアナの水浴』
もうひとりの女性は女神にかしずくようにも見えることから、女神の従者とか侍女かもしれません。
ディアナはニンフたちを従えて狩りをし、狩りの後はニンフたちと泉や川で水浴します。
今から水浴するところとも、水浴「後」とも取れますね。 邦題が『水から上がるディアナ』と呼ばれることもあります。
潔癖で人間には若干厳しめな女神様ですが、このディアナは赤ちゃんのような可愛らしさを感じますね。
ルーヴル美術館にはこのようなディアナの絵もあります。
『狩りの女神ディアナ』( Diane chasseresse ) 1550年代 フォンテーヌブロー派
引用元:『狩りの女神ディアナ』
16世紀のフランス国王アンリ2世の愛妾ディアーヌの姿。
猟犬を連れ、三日月の飾りと弓矢を持っています。
フォンテーヌブロー派の画家によるディアナ
愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエの姿『狩りの女神ディアナ』(フォンテーヌブロー派)
『ディアナの水浴』( Diane au bain ) 1715年頃 アントワーヌ・ヴァトー
引用元:『ディアナの水浴』
シュリー翼917展示室 , RF 1977 447 Diane au bain
貴族の男女が恋を語らう場面を情感たっぷりに描いたヴァトー。
雅宴画と呼ばれるジャンルを確立した、ロココ期を代表する画家です、
この絵はディアナが、誰か見ている者がいないかと後ろを気にしながら体を洗う場面。
足を組む所作は性的に潔癖、貞潔を表すといわれ、ブーシェが描いた処女神も同じように足を組んでいます。
ルーヴルにあるヴァトーの神話画
『ディアナの水浴』
足を組む
引用元:『ディアナの水浴』
ブーシェには、この絵と反対側の足、ヴァトーのディアナと似た構図で足を組む絵もあります。
『狩りから帰るディアナ』( Le Retour de Diane chasseresse ) 1745年 フランソワ・ブーシェ コニャック=ジェイ美術館蔵
引用元:『狩りから帰るディアナ』
ブーシェは若い頃、ヴァトーの絵を版画にする仕事をしていました。
どこか切なさが漂うヴァトーの画風とは異なり、ブーシェの作品は明るい官能性に満ちています。
ここでは、狩りを終えた女神が、水浴するために靴を脱いでいます。
紐を解く一瞬の動作。
艶めかしいお御足の曲線美をご堪能下さい。
引用元:『狩りから帰るディアナ』
青い布
引用元:『ディアナの水浴』
森の中なのに、敷かれたたっぷりとした(高価そうな)美しい質感の布。
屋外である筈なのに、そこだけ「貴婦人の私室」のようです。
サイズ的にもそんなに大きくない本作、ブーシェに続く画家フラゴナールなどもお手頃サイズの絵を描いており、注文主の私室などに飾られました。
なんだか小窓やドアの鍵穴から「覗き見」している気になりそうですよね。
この時代、女性のヌードを描くには神話の女神とか聖書の貞女であるなど、何か正当な理由が必要でした。
この場合は、獲物や三日月の飾りからわかるようにこの女性は女神ディアナであり、狩りを終えたディアナが水浴するところ、または水浴を終えたところを描いているんですよ、ということになります。
また、布の青さが裸婦の肌の美しさを引き立てています。
青い布を使っている作品といえば、こちら ⇩
『褐色のオダリスク』( L’Odalisque Brune ) 1745年 フランソワ・ブーシェ
引用元:『褐色のオダリスク』
シュリー翼921展示室 , RF 2140 L’Odalisque
後宮(ハーレム)に仕える女性オダリスクを描いたブーシェの傑作ですが、こちらはまさに室内。
婦人の私的空間での光景です。
オダリスクの髪色から『褐色のオダリスク』、青い布色から『青のオダリスク』などと呼ばれることもある作品です。
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ムック本です。この本に『ディアナの水浴』は載っていませんが、『狩りから帰るディアナ』『褐色のオダリスク』は掲載されています。人体って美しい。
印象派の画家 ルノワールの憧れの絵
印象派の巨匠オーギュスト・ルノワールはブーシェの『ディアナの水浴』に魅せられ、彼のような画家になりたいと望んだそうです。
引用元:オーギュスト・ルノワール
ルノワールは10代の頃、磁器の絵付けの職人をしていました。
磁器の絵柄といえばロココの衣裳をまとった優雅な男女が描かれますが、その題材はヴァトーやブーシェの絵などから取られています。
ブーシェはルイ15世の寵姫だったポンパドゥール侯爵夫人の庇護を受け、首席宮廷画家に就任。
絵画アカデミーの会長、ゴブラン製作所の所長を務め、セーヴル磁器の下絵を描くなど精力的に活動しました。
ブーシェの描く際どく官能的な作品は、百科全書で有名な、同時代のディドロから強い批判を受けました。
引用元:フランソワ・ブーシェの肖像
, INV 30868(※グラフィック・アーツ相談室で予約して閲覧可) Portrait de François Boucher (1703-1770). )
宮廷金工家 J・C・デュプレシス デザインのポプリ・ポット』
フランソワ・ブーシェによるタペストリーの下絵『ウェルトゥムヌスとポモナ』
引用元:『ポンパドゥール侯爵夫人』
シュリー翼611展示室 , RF 2142 La Marquise de Pompadour (1721-1764).
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ルーヴル美術館にある『ポンパドゥール侯爵夫人』の肖像(ブーシェ作)
絵付けの職人をしていたルノワールは、自然にロココの装飾美術を学ぶ一方、ルノワールは許可を得て、19歳から23歳までの間ルーヴル美術館で巨匠たちの絵画を模写しています。
ルノワールの主題は肉体的快楽であり、彼はそれがまたブーシェの主題であったことを知って大いに喜んだ。学生のころ、ルノワールはブーシェの《水浴のディアナ》がお気に入りの作品であったが、彼は生涯を通じてその着想を反映させた。
ローレンス・ゴウイング(著). 高階秀爾(監訳). 1992-1-20. 『ルーヴル美術館の絵画』. 中央公論社. p.534.
ルノワールの裸婦に惹かれるひとのすべてがブーシェの裸婦に惹かれるとは思いませんが、私は子供の頃からルノワールが描く裸婦像が大好きで、ブーシェの絵がルノワールに影響を与えたと知ってナットクしました。
ロココ美術=軽薄な貴族趣味、と昔何かのテキストで見ました。
しかし私はブーシェの絵からは生きる喜び(悦び)、楽しさを感じます。
憂き世の辛さから逃れ、かつて顧客だった王侯貴族たちを楽しませるために展開した夢のような世界に浸るのは、この上ない幸せです。
座る裸婦( Seated female nude ) 1742年 フランソワ・ブーシェ メトロポリタン美術館蔵
文庫本。『ディアナの水浴』が掲載されています。他にも美しい女神様たちがたくさん載っています
- 小島英熙(著). H6-1-20. 『ルーヴル・美と権力の物語』. 丸善ライブラリー.
- ローレンス・ゴウイング(著). 高階秀爾(監訳). 1992-1-20. 『ルーヴル美術館の絵画』. 中央公論社.
- 平松洋(著). 2019-1-15. 『誘う絵』. ビジュアルだいわ文庫.
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